9 王と王女と神獣と
「楽しみですね。もうすぐ到着ですよ」
週末。すっかり恒例になっている王宮へと向かう馬車の中、ローザの膝の上にはレガリアがちょこんと座っていた。
一台目の馬車には、シアン、アスール、ローザ、それからローザの側仕えでもあるエマが乗り込み、続く二台目にシアンとアスールの側仕えであるフーゴとダリオの二人が二羽のホルクと共に乗っている。今回はシアンもアスールもホルクを連れての帰城になった。
「ずっと膝に乗せていて疲れない? そろそろ交代しようか?」
斜め前の席に座っているアスールがローザを気遣って、ここまでの道のりの半分ほどの時間、レガリアを自分の膝の上で預かってくれた。
絶え間なく揺れる馬車の中、膝の上でじっとしていなければならないレガリアもなかなか大変そうではあるが、それでもレガリアはどちらの膝の上でもおとなしく、ほとんどの時間ずっと目を瞑っていた。
「もうすぐ見えてきますよね。このままで大丈夫です」
「……なら良いけど」
「来週までに、移動用の籠を用意致しましょうね」
ローザの隣に座っているエマが口を開いた。
「移動用の籠?」
「ええ。これから暑い季節もやってきますし、移動中ずっとお膝の上というわけには参りませんよ。籠に柔らかいクッションを敷いてさしあげれば、居心地もきっとよろしいかと」
「そうね。それは良い考えだわ!」
目を瞑ってはいてもちゃんと会話は聞いているらしく、レガリアはエマの意見に同意するかのように、ローザの腕の上に前足をポンと乗せた。
ー * ー * ー * ー
「おかえりなさい」
「「「ただいま戻りました」」」
サロンではパトリシアが満面の笑みを浮かべて子どもたちを迎え入れた。
普段だったら三人が学院から戻れば必ずそこに居るはずのアリシアの姿はサロンには無く、部屋の奥のテーブルを囲むようにカルロとフェルナンド、他に三人の人物が入り口に背を向けるようにして座っていて、何やら難しい顔をして話し込んでいるのが見えた。
三人が入って来たことに気付いたカルロが子どもたちに向かってにこやかに手を振っている。
フェルナンドは座っていた椅子から立ち上がり、子どもたちの方へ向かって勢いよく歩み寄ると、レガリアを抱えたローザをレガリアごとひょいと抱き上げた。
「おかえり。三人とも元気そうだな」
ローザはレガリアを落とさないように左手でしっかりと抱え直し、自分自身も振り落とされないように、右手でフェルナンドの首に手を回してしがみつく。
「お祖父様、レガリアが落ちてしまいます。私を下におろして下さいませ! もう小さな子どもでは無いのですから!」
「そうか? すまん、すまん」
エマはローザが万が一にも落とされて怪我でもしないかと、心配そうな顔でフェルナンドの横に張り付いている。
荷物を運び終えたダリオとフーゴは戯れ合う祖父と孫娘のいつも通りの微笑ましい姿に、ついつい口元が緩むのを必死に堪えているようだ。
フェルナンドはエマに諭されローザをそっと床におろすと、ローザに抱えられているレガリアに向かって恭しく挨拶をした。
「ようこそ、ヴィスタル城へ。神獣ティーグル。この城へ来るのは初めてですかな?」
「いや。だが、以前はこんな建物では無かった気もするが……」
「おそらく、そうでしょうな。この城が建てられてまだ二百年程ですから」
「レガリアは、建て替え前のお城を知っているの?」
「そういうことになるな」
ローザは自分たちが知らない時代を知るレガリアの存在に目を輝かせている。
「今度昔のお城の話を聞かせてね」
「そのうちな」
奥のテーブルで話し込んでいた者たちが近付いて来た。カルロと一緒に居たのは、ローザもよく見知った顔ぶれだった。
「おかえり、ローザ」
「ただいま戻りました、お父様」
カルロはレガリアを潰さないように気遣いつつローザを優しく抱き締めた。
「シアンとアスールも元気そうだね」
「「はい。父上」」
カルロは息子たちのことも順に抱き締めると、再びローザの方へと向き直った。
「神獣ティーグル。私が現在のクリスタリア国王、カルロ・クリスタリアです。此度は我が娘ローザへの “祝福” を感謝致します」
「うむ。我とてローザには世話になっておる。カルロ。礼など不要だ」
カルロはレガリアの言葉に笑顔で応えると、背後に控えていた三人を順にレガリアに紹介した。
「こちらの三名はこの国の多くを知る者たちです。こちらから、王宮府長官のハリス・ドーチ侯爵。前騎士団で私の側近、イズマエル・ディールス侯爵。王宮府副長官で同じく側近、フレド・バルマー伯爵です」
カルロに紹介された三人はローザに抱かれたレガリアに恭しく礼をとった。
「レガリアだ」
レガリアはそう名乗ると、するりとローザの腕から滑り降りた。
次の瞬間、レガリアは本来の姿を表し、その場に居た者たちはその圧倒的なティーグルの姿に一斉に息を飲んだ。
「これは儂が想像していた姿を遥かに上回る」
フェルナンドがローザの横で感嘆の声を上げた。
扉の近くで控えていたダリオとフーゴの二人も、レガリアの姿に驚き、目をみひらいている。
レガリアが神獣ティーグルだという事実を主人たちから知らされてはいたものの、二人はレガリアの真の姿を直接見たわけでは無く、まさかこれほどとは思ってもいなかったのだろう。
そんな二人の横でエマはすまし顔で立っていた。エマは既に昨晩、ローザの部屋でこの驚きを経験済みだった。
「そうでしょう。お祖父様! 大きいレガリアはとっても格好良いのですよ。小さい時はあんなにも可愛いらしいのに」
レガリアはピタリとローザに優しく寄り添いながらも、堂々たる威厳を保ってその場に座っている。ローザはそんなレガリアの背をゆっくりと撫でていた。
「すっかり打ち解けているようだな?」
「はい。昨日から寮監さんの許可を貰ったので、私の部屋でずっと一緒に過ごしているのです」
数日をかけてあの気難しい寮監を説得し、やっとの思いでシアンがレガリアを寮のローザの部屋で飼育する許可をもぎ取って来たのだ。
ソファーに座るシアンが、ローザの嬉しそうな声に苦笑いを浮かべている。
「レガリア様とお呼びしても?」
一歩前に進み出たカルロがレガリアに話しかけた。
「レガリアで良い。お前の小さな娘が我につけてくれた名だ」
新しい名を誇らしげに名乗るレガリアの横で、ローザが少し不貞腐れたように呟いた。
「……小さくなんてありません!」
「ん? 我に比べれば人は皆小さいだろう?ローザ、ここに居る者の中でも、お前は特に小さいぞ。我は何か間違っているか?」
「間違ってはいませんが……」
「小さいと言われるのは不快か?」
「……少しだけ」
「それは悪かった。人の子の気持ちというものは、なかなかに難しいものだな」
ローザは「大丈夫です」と小さな声で囁いて、小さな子どものようにレガリアにぎゅっとしがみついた。
レガリアは長い尻尾をローザの身体にそっと巻きつける。
カルロが困ったような、なんともいえない表情を浮かべながらレガリアとローザを見つめていた。そうな風にカルロに見られていることに気付いたレガリアが静かに言った。
「我はローザの命がこの世にある限り、我が全霊でもってローザを守護しよう。ローザを害する者、何者からも必ず守ってみせる。心配は要らん」
「感謝致します」
「うむ。ほら、ローザ。父親に心配をかけるでない」
レガリアは尻尾でローザをグッと前に押し出した。ローザは押された勢いで数歩前に歩み出てカルロに抱きついた。カルロはそのままローザを抱き上げる。
「確かにもうローザも小さな子どもでは無くなったな。随分と重くなった」
カルロが声を上げて笑う。
「お父様。それはそれで、レディーに対してとっても失礼ですよ!」
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