8 ローザと図書室の猫(2)
「契約ですか? 私と?」
「そうだ。さすれば我は其方の生がこの世にある限り其方を守護しよう」
「守護……」
「ふむ」
ローザはしばらく考え込んでから、膝の上のティーグルに問いかけた。
「それって、私ばかりが得をするのではないですか?」
ティーグルは心底驚いたようにローザを見上げている。
「いや、それは無い。我は最早力が尽きかけて居る。我は其方の守護者になることで、其方の魔力を共有する立場になるのだ。我にとっても利は相当に大きいぞ」
それを聞いてもローザは納得がいかないといった表情を浮かべている。
「契約。契約は、どのようにするのですか?」
「其方が我に名を与えるのだ」
「名……それだけですか?」
「ああ。それで良い」
シアンもアスールもローザとティーグルのやり取りを口を挟むことなくずっと黙って聞いている。
「それと……私とあなたが契約をしたとして、あなたは今後、どこで暮らすのですか?」
「どこで?」
「はい。寮の私のお部屋にいらっしゃる?」
「別に我の寝床など、どこであろうと構わん。別にこのまま図書室でも良いぞ。其方が我を求めさえすれば、我は直ぐにも駆けつけることができる故」
ティーグルはちょっと得意そうだ。
「でしたら、私のお部屋でもよろしいですよね?」
「ん?」
「決まりですね! 猫を飼うことにしたと、寮監さんに伝えれば良いのかしら? ねえ、シア兄様?」
「我は猫ではないぞ!」
「もちろん分かっております。でも、他の方には “猫” と思って頂いた方が、都合がよろしいのでしょ?」
「それはそうだね」
それまで黙っていたシアンが答えた。
「寮ではホルク以外にも小鳥なんかを飼っている者も居るようだし、許可を得るのはそれほど困難では無いと思うよ。“猫” であるならね」
「猫に見えますから、問題ありませんよね?」
シアンはローザとティーグルを交互に見た。それからティーグルに向かって今までとは違う、恐いくらいに真剣な表情を浮かべ問いただした。
「ですが、契約後もその姿ってことは無いのでしょう?」
「契約後?」
ローザは急に雰囲気の変わったシアンに戸惑っているようだ。
「契約を結び魔力を共有できるようになれば、もちろん我は真の姿を取り戻すこともできる。だが、このままの姿で居る方が其方らにとって都合が良いなら、我はそれでも構わんよ」
「真の姿って?」
「ローザ、ティーグルは神獣だよ。それも “神獣の王” と呼ばれる程の存在なんだ。この姿が本当の姿である筈は無いんだよ」
「どうする? 我が恐ろしいのなら、無理に契約など結ばなくても良いぞ」
ティーグルはローザに優しく問いかけた。
「其方の力は非常に強い。時々その力を分けてくれるだけでも、我は充分この姿を保つことは可能だ。其方に畏れられるのは、我の本意では無い」
そう言い終えると、ティーグルはローザの膝から飛び降りた。
無理強いをするつもりは毛頭無く、ティーグルはローザの意志に任せるつもりのようだ。直ぐに次の光の属性持ちが現れるかなんて、誰にも分からないというのに。
「大丈夫よ。レガリア。私、あなたと契約致します」
「レガリア? それが我の新しい名か?」
ローザがニッコリと微笑んだ。同時にローザから大量の魔力がティーグルに向かって流れ込んでいく。
実際にその魔力の流れが目に見えるわけでは無かったが、確かにシアンにもアスールにもそれと分かった。
「まあ。なんて素敵なの!」
ローザの光の魔力を充分に得たレガリアは、神獣の王と呼ばれるに相応しい姿を取り戻した。
体長は三メートルは優にあるだろう。全身は銀色にも見える美しい新雪のような白く柔らかい毛皮に包まれ、小さかった時よりもピンク色の縞模様がはっきりと見て取れる。
瞳は夏空のように輝く青色。鼻と肉球が薄いピンク色で、なんとも愛らしい。
ローザは一直線にレガリアに歩み寄ると、座っているレガリアの胸元に勢いよく抱きついた。
「ふわふわもふもふ。気持ち良い♪」
「「ローザ!」」
シアンとアスールが慌ててローザに駆け寄った。
「大丈夫よ、お兄様」
ローザはレガリアに抱きついたまま顔だけを向けて、二人の兄に微笑んだ。
「ああ、心配は要らん。我がローザを害することなど決して無い」
ティーグル。レガリアの話によれば、契約を交わしたものがその主を裏切ったり、害したりすることは有り得ないそうだ。
「だったら、まあ、良いけど……」
アスールは若干不服そうな表情でローザとレガリアを交互に見ている。
「アス兄様。兄様もこっちへ来て触ってみて! すっごく気持ち良いから!シア兄様も!」
ローザに言われ、シアンが大きくなったレガリアの背中にそっと手を伸ばした。
「あはは。本当に素晴らしい触り心地だね!」
「ですよね! ほら、早く。アス兄様も!」
アスールも再度声をかけられて、おずおずとレガリアに近づいた。ローザがぱっとレガリアから離れ、アスールの手を引っ張ると、自分がそれまで居たレガリアの胸元にアスールをぐいっと押し込んだ。
「うわあ」
アスールは倒れ込むようにして、レガリアにしがみ付く羽目になった。
「……」
「どうですか? もふもふですよね?」
「……うん」
ローザは満足気に微笑み、抱きつかれているレガリアもおとなしく座っている。レガリアの長い尻尾がアスールの両足に優しく絡みついた。
ー * ー * ー * ー
「ところで、どうしてあの名前に決めたの?」
「レガリアですか?」
「そう」
夕食後、談話室でアスールはローザと二人きり、慌ただしくダリオが用意してくれたお茶を飲んでいた。
シアンと二人であれば、どちらかの部屋で話せば済むのだが、ローザとではお互いの部屋を行き来することができないため、ちょっとした話をするだけなのに、こうして談話室を利用しなくてはならない。
今日は談話室に他の人は居ないが、内緒話をするには談話室は結構不便だったりする。
シアンはといえば、東寮のローザの部屋でティーグルを(あくまでも表向きは猫として)飼うことを了承して貰うために、シアンの側仕えのフーゴ、アスールの側仕えのダリオ、それからローザの側仕えのエマの三人を伴って寮監室に出向いている。
多少気難しい寮監ではあるが、さすがにこれだけの人数を揃えた王子に乗り込まれれば、余程のことが無い限り拒否されることも無いだろうとアスールは考えていた。
アスールとローザはここで皆の帰りを待てば良いのだ。
「レガリアには大陸の古い言葉で “王に属する宝” という意味があるのですよ」
「王に属する宝?」
「はい。元々ティーグルはクリスタリア王家にとても近い存在のようですし」
「そうだね。クリスタリア王家初代アルフォンソ王から、ローザの前の契約者だったアルギス王まで、何人もの王を守護してきたって言ってたよ」
「ですよね。だからピッタリな名前かなと思って」
「うん。良い名前だと思う」
「ありがとう存じます」
「それにしても、ちゃんとした意味を考えて付けた名前だったなんて……正直驚いたよ」
「どういう意味ですか?」
「てっきり僕と同じで、適当につけたのかと思ってさ」
アスールは自分のホルクにピイィという鳴き声が可愛いからと一度は “ピイ” と、ひどく安直な名前を付けている。(最終的にピイリアと改名したのだが)
「レガリア。アス兄様のピイリアちゃんともお揃いみたいで、可愛い名前でしょ?」
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