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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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 4 この二週間の出来事

 入学式の翌日から、シアンは宣言通りにローザを毎朝、学院のローザのクラス入り口まで送り届けている。

 翌日からはそこに、今のところローザの唯一の友人のカレラと、シアンの友人でカレラの兄もあるラモスが加わった。


 この四人での朝の登校風景はやはり人目を引くようで、毎朝足を止めて遠巻きに眺める者、噂話に花を咲かせる者まで出ているらしい。

 噂話の中には、どういうわけかローザを貶めるようなものも含まれていた。



「本当にシアン殿下と並んで歩いている方が第三王女のローザ様なの? ()()()()姿()なんて嘘じゃない! 私が聞いていた印象とは、随分とかけ離れているわ」

「やあね。いったいどなたからどんな風に聞いてらしたの? ローザ様はお小さい時からあんな感じのとても可愛らしい姫様よ」


「王宮の奥にある薄暗い塔の中にずっと閉じ籠っているっていうのは?」

「何だよ、それ? だいたいヴィスタルの王宮にそんな()なんて存在しないぞ!」


「私は末姫様はご病気が重くて、とても成人になるまで生きられないって聞いたんだけど……」

「確かに小さい頃はお身体もあまり丈夫では無かったそうだけど、ここ数年はすっかりお元気になられて、お忍びで城下をお散歩したり、食べ歩きをしたりしてたらしいわ」

「お忍びで? 本当なの?」

「ええ。だって私の家が花屋なのは知っているでしょ? ローザ様は時々うちの店に寄って、花を買って下さるのよ。王妃様へのお土産なんですって」

「一人で来るの?」

「まさか! ちゃんと護衛が一緒よ。姫様も護衛の人も一応貴族っぽっくない格好をして来るのだけど、街の人は皆んなローザ様だって気付いてるけどね」



 否定的な内容を話すのは、大概は王都から遠く離れた地の出身者だった。平民だけで無く、貴族の中にもそう信じていた者が少なからず居たようだ。


 こうして第二王子であるシアンが毎朝一緒に行動する事で、すっかり誰もそんな悪い噂話を信じるものは居なくなった。

 むしろ、初日の食堂前での一件もあってか、ローザはシアンの()()と認識されたようだ。王家の不興を買いたく無ければ、ローザ様には手を出すな! と言ったところか。


 もっともこの噂話に関しては、ローザが国内外の貴族たちから余計な関心を持たれることが無いようにと、カルロによって意図的に流されたものも含まれているらしい。

 それらにいつのまにか尾鰭が付いて、今では随分な言われようになってしまっているというのが真相のようだ。



 当事者であるローザ本人はといえば、自分がどう噂されているかなど全く気にする風もなく、毎日楽しそうに過ごしている。


 シアンの話によれば、ローザのクラスにはカレラの他に子爵家の娘が一人。フェルナンドが前に言っていた近衛騎士団長の息子。それからもう一人、第三騎士団副団長の年の離れた末弟が一緒だそうだ。

 ローザよりは少し大きいらしいが、カレラも子爵家の娘という子も背は低い。それに対して騎士団関係者の二人は血筋なのだろう、ガッチリと体格も上背もあるらしく、五人が一緒に居ると「デコボコ加減が凄い!」とシアンが笑いながらアスールに話してくれた。



 そういえば、ローザはカルロの指示にきちんと従い「魔力量測定は受けましたが、属性検査は受けませんでした!」と、検査が行われた日の夕食の時間に、わざわざシアンとアスールそれぞれに報告をしに来た。

 寮内でも同じクラスになった二人の友人と一緒に行動しているらしく、時々アスールもローザを見かけるが、いつも楽しそうに笑っている。



「ローザ。その後、試験の時に見かけたって言ってた猫には会えたの?」


 入学式の翌週になってもアスールは何かと忙しく、まだ図書室に行けずにいた。それならと、アスールは気になっていたことをローザに直接聞いてみることにしたのだ。


「いいえ。多分あの仔は学校の猫では無かったのだと思います」

「そう。それは残念だったね……」


(入学試験の時には自分の方から近づいて、ローザの膝の上に乗ったって話だったのに、その後は出てくる気配すら無い。……どういうつもりなんだ?)


「とりあえず明日にでも行ってみるか……」

「アス兄様、どこに行かれるのですか?」

「えっ?」


 アスールは驚いて聞き返した。


「明日はどこへ行かれるのですか?」

「ああ、ごめん。調べたいことがあるから放課後に図書室でも行こうかな、と思って」


 アスールは焦っていたので、思わず本当の行き先を教えてしまった。まさか考えていたことが自分の口から出ていたとは思っていなかったのだ。


「そうですか。図書室、良いですね。学院の図書室にも本が沢山あるのでしょう?」

「そうだね。王宮と同じ物が殆どだけど魔力関係の本は高度なものまで沢山揃っているよ。後は……過去の試験問題だったり、研究成果だったりが置いてあるのは学院ならではって感じかな」


 アスールは去年の今頃を思い返していた。とりあえず図書室主催のガイダンスを受けなければ新入生に貸出の許可は下りなかった筈。

 ローザはしばらくは図書室へは向かわないだろう。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 翌日、アスールは授業後に図書室へ向かった。今日図書室へ行くつもりだということはシアンには伝えてある。

 最終学年になったシアンは授業のコマ数も多く、学院執行部に、魔導具研究部と、おそろしく多忙なようで、今日も「時間にゆとりがあれば合流できるかもしれない」と言っていた。



 いつものキャレルに荷物を置いて書棚の間をのんびりと歩いた。ローザにああは言ったが、特に調べたいことがあるわけでも、どうしても読みたい本があるわけでも無い。

 王宮の図書室もそうだが、アスールはこうして本が沢山並んでいる “図書室” という()()そのものが好きなのだ。

 とりあえず目についた魔力操作の本を手に取り席に戻る。随分と読み込まれたその本のページをめくる。

 しばらく本の内容に没頭していると、突然膝の上にすっかり慣れた重みを感じる。


「やあ。久しぶり。冬季休暇中も元気だった?」


 アスールが声をかけると、ティーグルはアスールの膝の上で伸びをしている。


「久しぶり? 休暇……。ふむ、それで学院に子どもらの姿がほとんど無かったのか」

「休み前に言わなかったっけ?」

「覚えておらん」

「……まあ、良いけど」


 アスールは苦笑いを浮かべながらも、ティーグルの頭から背中までを優しく撫で続けている。ティーグルもまんざらでもない様子で時々喉を鳴らしている。


「ねえ、ローザに会ったでしょ?」

「ローザというのはあの魔力の主のことか?」

「そうだよ」

「それなら、しばらく前に中庭に強い魔力を感じたんで行ってみたら、そこに居た。あの娘は、我のことなど何も知らぬ風だったぞ」

「……伝えてないからね」

「守って欲しそうだったのに、伝えておらんのか?」

「だって、どうするかを決めるのは『人では無くティーグルだ』ってお祖父様が仰ったから」

「確かにそうだ」

「で? どうなの?」

「どうとは?」

「ローザのこと、どう思った?」

「素晴らしく綺麗な光の魔力の持ち主だな。魔力量もアルギスと同じか、もしかするとそれ以上か……」

「そんなに?」


 そこからはティーグルが黙ってしまったので、アスールはこれ以上話すのを諦めてまた本を読むことにした。ティーグルの気まぐれにもアスールはそこそこ慣れてきていた。



「えっ、何?」


 すっかり夢中になって本を読み込んでいたアスールのお腹あたりを、ティーグルが何度も突いていることに気付いて、アスールは思わず声をあげた。

 これは()()()()()()という合図だ。


「はい、はい」


 結局シアンは現れず、帰寮を告げる最終の鐘がなるまで、アスールはティーグルを膝に乗せたままずっと本を読んでいた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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