1 寮と食堂とローザの話
「馬車が四台も連なって走っていると、流石に注目されるんだね」
「王家の紋章付きの馬車で御座いますからね。当然と言えば当然かと」
特に話しかけたつもりも無かったのだが、目を瞑りじっと座っていたダリオが、アスールの独り言のような呟きに返事をしたことにアスールは驚いた。
「寝てるのかと思ったよ」
「目を瞑っていただけで御座いますよ」
「寝てても良いのに……」
アスールはまた窓越しに外の景色を見た。ヴィスタル中心部を抜け、馬車は郊外へと向かっている。ここからだと学院までは更に一時間半はかかるだろう。
「去年まではヴィオレータ様とは御一緒しませんでしたからね。今年はローザ様が御入学ですから、ヴィオレータ様が御一緒の方が御嬢様同士、何かと宜しいのではと陛下からの御達しが御座いました」
「父上が……。それで護衛騎士までこんなに引き連れて行くことになったんだね?」
「はい。左様で御座います」
これでは、到着までいつもよりずっと時間がかかりそうだ。
「まとめて二台ってわけにはいかなかったのかな?」
「初日は荷物も多御座いますし。それぞれの側仕えも居りますので」
「確かにそうだね。それにしたって、ローザの荷物! なんであんなに多いんだろう? もう大半は既に運び込んでるはずなのに!」
「姫様ですから、殿方とは御支度が違うのでしょう」
「でもヴィオレータ姉上はほとんど何も馬車に積み込んでいなかったように見えたけど?」
「……。それは、人それぞれなのでは?」
「……そうなんだ」
東寮の馬車寄せに四台の馬車が到着したのは、予定よりもかなり遅れた時間になっていた。だが逆にそれが幸いしたと言っても良いかもしれない。
他の入寮者たちは既に荷下ろしが済んでいるようで、馬車寄せに居たのはもうすぐここを離れる準備に入っている馬車が二台だけだ。
そして何故か、基本的には門の外で止められる筈の護衛騎士までもが学院への入場を許され、馬車寄せで乗ってきた馬から降りて待機している。
「どうして護衛騎士まで入れたんだろう? これも父上の御達しってこと?」
「まさか、それは無いのでは?」
「じゃあ、門番が余りの仰々しい一団に驚いて全部通しちゃったとか?」
「それは……あるかもしれませんね」
「なにせ、王家の紋章付きだしね」
アスールは悪戯っ子のように声をあげて笑った。
王立学院に入学して一年。アスールは入学前とは随分と雰囲気が変わったと、最近よく言われるようになった。
良い意味で固さが取れたとか、考え方が柔軟になり、親しみやすくなったとか。概ね彼の変化は好意的に受け入れられ、貴族平民の区別無く、友人も随分と増えたようだ。
もちろん勉学に於いても手を抜いたりはしない。入学試験から始まった、第一学年の “主席” という順位はきちんと守り抜いた。
「また今年も良い一年を過ごされますように」
「期待に応えられるよう頑張ります。ダリオもよろしくね!」
「御任せください」
アスールは勢いよく馬車を降りた。
アスールはシアンと共に、同行してくれた護衛騎士たちに礼を伝え、寮へと入ると男子の部屋が並ぶ三階へと上がる階段へ向かう。
「ローザを置いてきてしまいましたが……大丈夫でしょうか?」
「ヴィオレータも居るし、エマも付いている。心配いらないよ。あそこで僕たちが待っていたら邪魔になるだけだよ」
「それもそうですね」
どのみち三、四階の男子が二階に立ち入ることは禁止されている。手伝えることは何も無い。
「ヴィオレータには、夕食は四人で食べようと伝えてあるからね。明日戻ってくる人も多いだろうから、それほど食堂が混むことはないだろう? 入口で待ち合わせることにしておいたから、アスールもそのつもりでいてね」
「分かりました」
「じゃあ、食堂で」
「はい。後ほど」
三階に到着すると、シアンは南奥にある部屋へ、アスールは北奥の自室へとそれぞれ向かった。
「さあ、ピイリア。出てきて良いよ。長い時間狭い籠に押し込めていてごめんね」
「ピイィィ」
急に覆いを外され、籠から出てきたピイリアは一瞬ここが何処だか分からなかったようで、アスールの手の上で警戒した様子を見せたが、すぐに見慣れた寮の部屋だと気付き、お気に入りの窓辺へ移動した。
アスールは認定試験後、個人所有のホルクとしてピイの名前を “ピイリア” と学院の飼育室に登録したが、ピイはそれを自分の名前とは認識しなかった。
ピイリアと呼びかけても返事をしてもらえず、随分と時間をかけピイリアとしつこく呼び続け、やっと最近になって返事をしてもらえるようになったのだ。
「ほら。ピイリア、大好きな木の実だよ。しばらくそこで遊んでいてね」
「ピイィ」
アスールはピイリアが機嫌良く窓辺で遊んでいる姿を横目で確認しながら、持ってきた荷物の整理を始めた。
学年が上がったので、また新しい教科書が何冊も配られるだろう。第一学年は属性別を除いて、全員が同じ授業を受けていたが、第二学年以降は選択科目が増えるとシアンが教えてくれた。
ざっくりとした科目の説明をシアンからも聞いてはいたが、アスールは詳しいガイダンスが開かれるのを心待ちにしている。
「と、その前にクラス発表と入学式だね」
「ピイィ?」
「ああ、ごめん。こっちの話だよ」
「ピイィ」
ー * ー * ー * ー
シアンとアスールが食堂の近くに着いてみると、何やら人集りができていた。今回は四人一緒なので、それぞれの側仕えは伴っていない。
「何かあったのでしょうか?」
「なんだろうね……」
その一団の殆どは第三学年の学生たちで、その奥に背の高いヴィオレータの姿がちらりと見えた。
「まさか!」
そう言うと、シアンが敢えて大きな足音を響かせながら早足にその人集りに近付いていく。足音に気付いた数人が振り返り、普段は見たことのない険しい表情のシアンに驚いてサッと道を開けた。
「ヴィオレータ!」
普段の穏やかなシアンからは想像し難い厳しい声が響いた。
「兄上!」
「こんなところに大人数で集まって、君たちはいったい何をしているんだい? 食堂へ入る人の邪魔になっているのが分からないのかな?」
最上級生の、それもこの国の第二王子からの叱責に、その場に集まっていた者たちは蜘蛛の子を散らすように居なくなった。
「申し訳ありません、兄上。少し早く部屋を出過ぎました。まさかこんなことになるとは思いませんでした……」
ヴィオレータがシアンに謝罪した。
「僕にも配慮が足りなかったよ。こんなところで待ち合わせをすべきでは無かった。大きな声を出して悪かったね、ヴィオレータ」
「大丈夫です。助かりました」
「ローザ、もう大丈夫だよ」
ヴィオレータの後ろからローザが恐る恐る顔を出した。
「びっくりしました。突然大勢の大きい人たちに囲まれて……」
「そうだね。でも、大きいと言っても二学年上なだけだよ。もっと大きい人は学院に沢山居るからね、これくらいでびっくりしていては、騎士コースの上級生に囲まれたら失神してしまうよ」
先程までの厳しい表情が見間違いだったかのように、もうすっかり普段のシアンに戻ってローザを笑わせている。
「二人とも待たせて悪かったよ。さあ、食堂へ行こう」
その後は、前の年にアスールが驚いたり戸惑ったりしたのと同じ反応をローザが見せながら、トレーを持って列に並び、メインの肉料理の横に、沢山並ぶ料理の中から好きなものを取り分けて貰う。ローザは散々悩んだ挙句、無難な副菜だけを二品だけ選んでいた。
「お姉様。こちらのデザートも沢山選んでよろしいのですか?」
「ああ、ローザ。残念ながら、デザートは一人一つよ」
「そうでしたか……」
最後に自分でカトラリーとグラスを取るように言われ、丸い大きな目を更に丸くしている。
まだ背の小さいローザが両手でトレーを持って席まで移動する姿は、側から見ていても危なっかしく、周りの席から心配そうな視線が集まっている。だが、本人は一向に気付く様子も無く、ヨタヨタとしながらも楽しそうにトレーを運んでなんとか無事に席まで辿り着いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。