プロローグ
今年のクリスタリア国への春の訪れは例年よりも少し遅いようだ。
春を運んで来ると言われている小さな妖精たちが、うっかり寝坊でもしているのだろうか?
周りの木々の蕾もまだ硬い。
王立学院の入学式を一週間後に控えたこの日も、学院の寮では慌ただしく新入生を迎える部屋の準備が進められている。
平民の子どもたちが入寮する北寮は、備え付けの家具を利用する者がほとんどらしく、入寮日にそれぞれの荷物を持って、大勢の子どもたちが既に掃除の済んだそれぞれの部屋へと賑やかにやって来るだけで、全ての作業はすんなり終わる。
それに対して、平民の中でも比較的裕福な商家の子どもたちが入寮している西寮の一部と、貴族の子どもたちが入寮している東寮の一部では、一週間か、それ以上をかけて、我が子の為に念入りに準備される部屋もある。
その後使用人によって荷物が運び込まれ、万全の体制が整った上で子どもたちが入寮して来るのだ。
これが毎年、この時期の王立学院の恒例行事となっている。
冬季休暇に入り、子どもたちの姿がほとんどなくなった学舎で、最近よく姿を見かけるようになったものといえば、聖獣ティーグルか。
強い光の属性を持ち主だったアルギス王が、彼の守護者だったティーグルを魔石に封じてからおよそ三百年。
学院の敷地を広げる為にその魔石を不幸にも偶然掘り出してしまってからも、随分と月日は流れた。
掘り出されて以降は、ティーグルは魔石に込められたアルギス王の力を使って生き延びていた。
だが、魔石の力もいよいよ尽き始めたらしく、ここ数年はティーグルの姿を見たと言う話を学院に通う子どもたちの口から聞くことも無くなっていた。
それなのにどうしたことか?先日ティーグルはふらりと中庭に現れた。
どこから力を得たのかと尋ねたが、ティーグルは「もうすぐ分かる」とだけ言い残して、またふらりと図書室の方へ歩き去った。
あの聖獣には遠く及ばないが、私もこの地に纏わる長き日々を語れる程度には歳を重ねてきている。
あのティーグルがアルギス王の手でこの地に埋められた日も、この地に王家の夏の離宮が建てられ、またその離宮が学院へと姿を変えたのも、多くの子どもたちがここで学び、巣立って行った姿も、全てこの場所から見守ってきた。
今ではすっかり老木と成り果てたが、懐かしい友が元気な姿で私の側で寝転ぶ姿を再び目にすることもできた。
私も、もうしばらくはこの中庭から、楽しそうに学んだり悩んだりする子どもたちの成長を眺めながら、ティーグルと共に頑張ってみようかと考えている。
入学式はもうすぐだ。
第3部 学院二年目編 スタートです。
いよいよローザが王立学院に入学します。ローザとティーグル、アスールと友人たち、クリスタリア王家にも大きな変化の波が訪れます。
楽しんで頂けたら幸いです。
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