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67 ローザと試験と白い猫

 試験から戻ったローザはご機嫌で、心配していた算術の試験の出来が良かっただろうことは誰の目にも明らかだ。

 夕食後、いつものようにお茶を頂きながら、シアンに算術の答え合わせをして貰っていた。


 祝賀の宴からの数日間、シアンは本当に付きっきりでローザの入学試験の対策に取り組んだ。

 そうして前日までには、兄姉の協力によって提出された問題を鑑み、シアンの手によって作り出された予想問題なら概ね正解を導き出せる程度までになっていた。


「あれだけ頑張ったんだ、問題なく合格するとは思うよ」


 戻ったローザが今日出された問題を書き出し、それに丸付けを終えたシアンが、笑顔でローザの頭を撫でながら言った。ローザがほっと息を吐く。


「良かった。これで最高学年のシア兄様と一緒に一年間学院で過ごすことができますね。今日は試験会場になった学院本館と中庭くらいしか見られませんでしたけど、王立学院はとっても素敵なところですね。早く学院生になりたいです」


 ローザは楽しそうに今日見てきた学院の話をしている。


「学院に入学すれば貴女も寮で暮らすのよ。側仕えとしてエマが付いて行ってくれるとはいえ、自分一人で何でもできるようにならなくては駄目なのよ。本当に大丈夫かしら?」


 パトリシアが溜息を漏らす。


「大丈夫です、お母様。アス兄様だって出来ているのですから!」

「ちょっとローザ、それってどういう意味? 僕はローザよりは余程しっかりしているよ!」

「それは一つ年上だからなだけですわ。ですから、私だってきっと大丈夫です!」

「そう? それなら良いけれど……」


 アリシアがそんな弟妹たちの楽し気なやり取りを見て言った。


「でも、ローザが学院に入ってしまったら、王宮は寂しくなってしまうわね……」

「そうよ。貴女(アリシア)も夏にはハクブルムにお嫁入りしてしまうしね」


 パトリシアが小さな声で呟いた。


「そう言えば、今日算術の試験が終わった後、面接が始まるまでに少し時間があったので、カレラ様と二人で中庭をお散歩してからベンチに座って集合時間までお喋りをして待っていたんです」


 ローザは、しんみりとしてしまったパトリシアに新しく楽しい話題を提供しようと思ったのだろう、明るい声で話を続ける。


「ああ、僕も去年そこでルシオとマティアスと三人で時間を潰したよ」

「でしたら、アス兄様もあの猫ちゃんに会いましたか?」

「猫ちゃん?」

「ええ、そうです。とても人懐っこい猫ですね。学院で飼われているのでしょう?」


 アスールは、確か前に魔導具研究部顧問のクレランス先生が、以前西寮の寮監だった人が黒猫を飼っていたって話を聞いたことを思い出していた。でもその人は何年か前に既に寮監を辞めているはずだ。


「今、学院で誰かが猫を飼っているなんて聞いたこと無いけど。黒猫じゃないよね?」

「いいえ。とっても綺麗な白い猫ちゃんです」

「白い猫?」


 アスールはハッとして目の前に座っているシアンを見た。シアンの方も思うところがあったらしくアスールの方を見ている。


「ローザ、その白い猫はどんな猫だった?」


 シアンがローザに尋ねた。


「ええと。とっても綺麗な白い猫で、晴れた日の空のような美しい青い瞳でした」


(ああ、やっぱり。それって間違いなくティーグルだよ……)


「ベンチに座ってカレラ様とお喋りしていたら、突然私の膝の上にその猫ちゃんが飛び乗ってきたのです。ビックリしたけど、とっても大人しいし、触ってみたらすごくふわふわもふもふで」


(えええっ。ティーグル、図書室から出てわざわざ中庭まで行ったのか?)


「面接の開始の時間まで、ずっと私の膝の上から降りないのですよ。背中を撫でてあげたら気持ち良さそうに眠ってしまいました」

「ローザ。その猫を触っていて、気分が悪くなったりはしなかった?」

「いいえ。大丈夫でしたよ。どうしてですか? シア兄様」


 ローザはシアンの質問の意図が分からず戸惑ったような表情を浮かべた。


「猫ちゃんはちっとも汚れていなかったですし、すごく清潔そうでしたよ。もちろん、何か病気を持っている感じもしませんでした」

「そう? それなら良いんだ」


 シアンはティーグルがローザの魔力を吸い取ったのではないかと考えたようだが、どうやらそうでは無かったらしい。


「シア兄様もアス兄様も、その猫ちゃんのことを見たことは無いのですね? だったら誰か試験を受けに来ていた子が連れて来ていたのかしら? それとも迷い込んでしまったとか?」

「さあ、どうだろう……」

「だとしたら、もう会えないですね。残念です」




「兄上、さっきローザが言っていた白い猫って……あれ、ティーグルのことですよね?」


 試験を終えたばかりのローザはやはりそれなりに疲れていたようで、エマに付き添われて早々に自室へと戻って行った。

 シアンとアスールはテーブルを移動し、チェス版を挟んで向い合い、お互いにしか聞こえない程度の声で話している。


「まず間違いないだろうね」

「ローザが試験に来てるって、ティーグル、よく分かったな……」

「ローザの魔力量を考えればティーグルが察知するのも頷けるよ」

「ああ、そういうことですか」


 アスールがポケットに入れていたセクリタの小さな欠片の魔力ですらティーグルには分かるのだから、その魔力の持ち主であるローザ本人が同じ敷地内に居れば気付くのも当然かもしれない。


「ローザ自身を確認に来たんだろうか?」


 シアンが駒を動かしながら考え込んでいる。


「ほら、アスールも覚えているだろう? お祖父様がティーグルに言っていたじゃない。学院在学中ローザを見守ってくれないかって」

「だから見に行った? 光の属性の気配を感じたから?」

「もしかするとそれが誰か分かっていなかった可能性もあるだろうけどね……」

「他にも光の属性の子が居るかもってことですか?」

「居ないとは言い切れないでしょ?」

「それはそうですね」


(光の属性持ちはとても少ないとは聞くが、本当のところはどうなのだろうか? ローザのように秘密にしている子が他にも居るのだろうか? だとしたらティーグルはローザ以外を選ぶのか?)


 アスールはいくら考えても答えの出ない疑問に支配されかかっている。


「ティーグルはローザを見守るつもりでしょうか?」

「さあ、それはティーグルが決めることだから何とも言えないけど。ずっと膝の上でローザに撫でられていたって話だったし……まあ、そういうことなんじゃないかな」



 学院に居ない今、シアンにもアスールにもティーグルの真意は分からない。


 だが、少なくともローザの様子からして、ティーグルがローザの魔力を無断で抜き取った感じは無さそうだ。

 ティーグルが図書室を離れられたということは、先日フェルナンドが渡したローザの大きなセクリタの魔力を、あの後ティーグルは取り入れているということだろう。

 あれだけの大きさだ。今日ローザから更に魔力を抜き取る必要に迫られているとは思えない。


「僕らに対してもそうだし、ローザに対してもティーグルに害意は無さそうだから、とりあえずは心配要らないんじゃないかな。お祖父様も然程心配している感じはしなかったでしょ?」

「そうですね」

「ローザが入学すれば動きがあるよ、きっと」

お読みいただき、ありがとうございます。

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