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66 ヴィオレータのお願い

 夕食の席でヴィオレータがアスールにした突然のお願いに、アスール本人はもちろん、その場に居たシアンもローザも驚いていた。

 てっきりヴィオレータはアスールがホルクを育てていることも、まして、アスールのホルクが雌だということも知らないと思っていたからだ。というよりは、ヴィオレータはホルクには全く興味が無いと思っていたのだ。


「僕がホルクを飼っていることを、姉上はご存知だったのですか?」

「ええ。もちろん。確かピイちゃんでしょ?」

「はい。正式にはピイリアですが」

「えっ。ピイリアって名前だったっけ?」


 聞き慣れない名前をアスールが言ったことに驚いたシアンが、食べる手を止めてアスールを見ている。アスールはばつが悪そうに照れ笑いを浮かべた。


「学院の飼育室には、認定試験の後に “ピイリア” という名前で登録しました」


 認定試験に受かってから発行される許可証さえ持っていれば、個人所有のホルクも学院から飛ばすことができる。

 その許可証のホルク名にアスールは “ピイ” では無く、どうやら “ピイリア” と記入したらしい。


「どうしてピイちゃんではなくてピイリアちゃんになったのですか?」


 ローザがアスールに畳み掛ける。


「どうしてって言われても……まあ、その方が格好良いから? かな」

「ピイリアなんて女神様……居たっけ?」


 シアンがアスールを見てクスクス笑っている。


「女神様? ええ、何です? 女神様が関係あるのですか?」

「全然関係ないよ! ただその方が良いと思っただけだよ。別に良いでしょ」

「ピイリア。良いじゃないか。僕は素敵な名前だと思うよ」

「ありがとうございます。でも……」

「どうかしたの?」

「ピイリアって呼んでも返事をしてくれません……」

「あはは。それは困ったね。でも、それこそそのうち慣れるよ。多分ローザのティアラよりは余程早くね。それよりも、ヴィオレータの話を聞かないと」

「ああ、そうでした。すみません、姉上」


 アスールはヴィオレータに頭を下げた。


「良いのよ。貴方のホルクが雌だということはお祖父様からお聞きしました。私、王宮へ戻って来てからは毎日お祖父様にお願いして騎士団の訓練に参加させて貰っているの」


(本気ですか、姉上? 騎士団の? 毎日って仰いました?)


 アスールは声にこそ出さなかったが、驚いたことが表情に出ていたのだろう。


「毎日と言っても、まだ冬季休暇が始まってそれ程経っていないから、敢えて言うほどのことでも無いわね」


(いえいえ。そういうことではありません。僕だったら一日だって騎士団の訓練に参加するなんて御免(こうむ)りたいです。本当に!)


「それにね、例え雌だとしても、すぐに卵を産むとは限らないということも聞いているわ。だから、もしピイリアちゃんが私が学院に在学中に卵を産んだら、是非一つ譲って欲しいのよ」

「在学中? それ以降だったら不要ですか?」

「だって、多分無理だもの」

「何がですか?」

「学院に居る間だったら飼育室に手伝って貰って飛行訓練とかも受けられるけれど、卒業して王宮へ戻ってしまえば自分の手で訓練することなど不可能だわ」

「確かに」


 言われてみればそうだ。王宮内でもホルクは飼育されているが、そこの飼育担当者が王女にホルクの飼育方法を事細かに指導したり、ましてや飛行訓練に付き合ってくれたりはしないだろう。


「今年、卵を産むことはあり得ないでしょ? だから、もし来年二つ以上の卵を産んだ場合で良いのよ。私にその二番目を主張する権利をくれないかしら」

「二番目?」

「だって、一番目はローザでしょ?」


 ヴィオレータはローザの方を見てニッコリと微笑んだ。


「学院で一緒に飛行訓練に参加できたら楽しそうね、ローザ」


 ローザの顔がぱあっと輝いた。ローザはアスールを見てうんうんと頷いて見せる。ローザを巻き込むとは、ヴィオレータはなかなかの策士だなとアスールは思った。


「分かりました。もし来年ピイリアが卵を二個以上産んだら、まずローザに、それから次は必ずヴィオレータ姉上に声を掛けます」

「ありがとう。アスール」


「だったらローザは絶対に入学試験をパスしないとならないね!」


 しばらく黙って話を聞いていたシアンが口を開いた。そう言われて、ローザは大きな溜息をついた。


「あら。何か問題でもあるの?」

「私、算術が苦手なのです。もしかすると学院には入れないかもしれません……」

「そうなの? でも家庭教師は来ているんでしょう?」

「はい。先生は()()()()()とは仰いましたけど、お兄様たちが……」


 昨日兄たちから言われた言葉が余程ショックだったのだろう、ローザは涙声になった。


「「ごめん」」


 シアンとアスールが慌ててローザに許しを請う。


「大丈夫だよ」

「そうそう。まだ時間はあるし。ね」


 ヴィオレータはそんな三人のやり取りを見ながら何やら考え込んでいる。それから急に手をパンと一つ叩いた。


「良い方法があります!」


 三人の視線を集めたヴィオレータが宣言した。


「私たちが受けた算術の問題をローザに予想問題としてやって貰えば良いのよ!」

「えっと、どういう意味かな? ヴィオレータ?」

「ああ、兄上は四年も前ですものね……さすがに覚えていませんか?」

「もしかして僕が試験を受けた時の問題のことを言ってる?」

「はい、そうです」

「……覚えていなくは…‥ないかな」

「ですよね。兄上だったら絶対に大丈夫だと思いました。そうしたら、兄上が四年前の分、私が二年前の分、アスールが去年の分で、つまり三年分の過去問題がここにあるわけです!」


 そう言いながら、ヴィオレータは自分の頭を指差した。


「食事を終えたら書き出しましょう。そうと決まれば、いつまでも喋っていないで、さっさと食事を終わらせましょう!」



 夕食後、ヴィオレータから頼まれたエマが三人分の紙とペンを用意してくれ、ヴィオレータはあっという間に自分が受けた算術の問題を書き終えた。それから親切にも、別の紙に答えを書いている。

 シアンもヴィオレータが書いた物を確認した後で、同じように問題と解答を書き出した。二年前のヴィオレータも凄いと思うが、四年も前の試験内容を覚えているなんて、シアンには本当に驚かされる。

 アスールも昨年の試験会場の雰囲気を思い出しながら、問題と解答をそれぞれ書き出した。


「これで三年分ですね。どう考えてもあのドミニク兄上が試験内容を覚えているはずは無いので、そこは諦めましょう」

「これだけあれば充分だよ。これを見れば、大体毎年同じような問題が出されていることが分かる。今年もおそらく傾向は今までと変わらないだろうね」


 三人が書いた物をパラパラと見比べていたシアンが言った。


「僕が試験までローザの勉強をみるよ。泣かせてしまったお詫びにね」

「それならもう安心ですね」


 ヴィオレータがローザに優しく微笑んだ。


「後はピイリアちゃん次第ってことで、私は気長に待つとしましょう」



 その後迎えが来て、ヴィオレータは笑顔で手を振り西翼へと帰って行った。

お読みいただき、ありがとうございます。

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