65 姉と兄と弟と妹
「随分と楽しそうだね、ローザ」
学院の冬季休暇が始まり、王宮にシアン、ヴィオレータ、アスールの三人が戻って来ていた。新しい年を迎え、一の月の最初の光の日である明日は “成人祝賀の宴” が王宮にて執り行われる。
「それはそうです! 私にとってはお兄様やお姉様と並んで参加できる待ちに待った “成人祝賀の宴” ですもの」
「そんなに楽しいものでも無いけどね」
「そうですね。ずっとニコニコ笑って座っているだけで」
「シアンもアスールもやめてあげて。せっかくローザが楽しみにしているのだから」
ローザを揶揄うシアンとアスールをアリシアが窘めた。
東翼のサロンでは、パトリシアの子どもたちが勢揃いし、なんとも楽しそうな話し声や笑い声が廊下にまで漏れ聞こえてきていた。
「そう言えば、算術の勉強はちゃんと進んでいるの?」
「そうだよ、もう学院の入学試験まで半月ほどだ。間に合うのかな?」
「大丈夫です。試験には通るだろうと先生のお墨付きを頂きました」
「通るだろう?」
「はい!」
「それは……お墨付きとは言わないのでは? ねえ、兄上?」
「そうかもしれないね」
「およしなさい、二人とも! 大丈夫よ、ローザ。試験なんて……通れば良いのだから。そう。大丈夫……よね?」
「後半月もあるしね」
「まあ、そうだね。頑張って、ローザ」
ローザの学院受験に対して最後まで良い顔をしなかったカルロも、秋の学院祭から帰ったフェルナンドが賛成に転じたことで、渋々首を縦に振った。ローザは試験を受けられることにはなった。
ただし王家の子どもと言えど、合格するかどうかは本人の実力次第である。
「今年は他に誰が受験するんだったっけ? 知り合いは居るの?」
シアンがローザに尋ねた。
「はい。カレラ様が」
「カレラって……。誰だったかな?」
「バルマー伯爵家の。ルシオのすぐ下の妹君ですよ、兄上」
「ああ、ラモスの。そうか、そうだったね。それなら安心だ」
「はい。当日もご一緒するお約束をしています」
パトリシアとしてはローザと同い年のカレラをローザの遊び相手にと考えていたが、バルマー家には、カレラの二つ下にもマイラという名の女の子が居る。
そのマイラがまだ王宮で遊ばせるには幼すぎるとの理由から、バルマー家としてはカレラ一人だけを王宮に連れて来ることもできず、シアンにとってのラモスや、アスールにとってのルシオ程には、ローザとカレラは親密な関係とは言えなかった。
それでも、一人で出歩いた経験の無いローザにとっては、とても心強い味方のようではある。
ー * ー * ー * ー
新成人の呼び出しよりも少し早く、国王一家がこれから祝賀の宴が開かれる大広間へと入場した。
既に広間には新成人の家族などの多くの貴族たちが集まっている。挨拶を軽く交わし、カルロを中央にして、国王一家が壇上に並べられた椅子に並んで座った。
ローザにとってはこれほど多くの貴族たちからの視線を浴びるのは、これがはじめてとなる。
「ご一家が全員お揃いになるのは今日が初めてですわね」
「もしかすると、こうしてご一家が揃われる祝賀の宴は、今回が最後では?」
「そうですわね。次の夏の宴が開かれるのは、アリシア様がハクブルム国に嫁がれてしまった後になりますね」
「それにしても、末姫のローザ様のお可愛らしいこと」
「ええ、本当に」
奥様方の話題の中心は圧倒的に、結婚を間近に控えた第一王女のアリシアと、これが王族として公式に参加するはじめての行事となる第三王女のローザに集中しているようだ。
「ただ座ってニコニコして居れば良いんだよ」
不安気な表情のローザに気付いたシアンが、小さな声で話しかける。
「そうそう。後は時々拍手すれば良いんですよね?」
シアンとローザに挟まれるように座っているアスールが言った。
「そうだね。拍手も我々にとっては重要な任務だったよ。ありがとう、アスール。忘れるところだった」
「どういたしまして、兄上。お役に立てましたようで光栄です」
ローザは真面目な顔をして冗談を言い合っている兄たちを見て、やっと少し笑顔を見せた。
王宮府長官のハリス・ドーチ侯爵が姿を現した。
「始まるよ、ローザ。笑顔だよ!」
ドーチ侯爵が次々と名前を呼び上げ、新成人たちが大広間の中央を緊張の面持ちで歩いて入場して来る。今年も祝賀の宴が始まった。
ー * ー * ー * ー
「ああ、今年もこうして東棟でお夕食を頂けるなんて、本当に嬉しいわ」
ヴィオレータがはしゃいでいる。
今年も未成人の四人はカルロから退出を許され、昨年同様、夕食を一緒に食べるために東棟にあるダイニングルームへ向かっていた。
「あれからもう一年なのね」
「そうですね」
「あの時ローザは、ダイニングに入って行った私を見て驚いていたわね」
「はい。まさかお姉様がお見えになるとは思ってもみなかったので」
ダイニングではエマが待っていた。
「姫様、初めての祝賀の宴は如何でしたか?」
「ちょっと疲れました」
「まあ。それはそれは、お疲れ様でございました」
エマはローザから小さなバッグを受け取ってから、ローザにの耳元で何か囁いた。ローザはしばらく考えてからこくりと頷く。それを確認するとエマは他の三人に向かって言った。
「すぐにお食事になりますので、皆様は先にお座りく下さいませ」
エマはローザを部屋の隅に置かれている椅子に座らせ、髪を崩さぬよう、慎重な手つきでローザの頭からティアラを外している。どうやらこの慣れないティアラが重くて辛かったらしい。
クリスタリア王家の場合、王女は十歳になると公式の場ではティアラを着用する。ローザにとっては、今日がティアラデビューの日でもあったのだ。
「外しちゃったの? すごく似合っていたのに」
ローザが席に着くとシアンが言った。
「だって、ずっと付けていると重いのです。ですよね? お姉様」
「そうね。私も最初はそう感じたわ。でも、もう慣れました。ローザはまだ小さいから余計に重く感じるのでは無いかしら? これから背が伸びてくれば、ティアラなんてちっとも気にならなくなると思うわ」
それを聞いてアスールが急に笑い出した。
「どうしたの。アスール?」
いつも行儀が良いと思っていた弟の、突然に大笑いにヴィオレータが驚いている。
「ローザのティアラが大き過ぎるのでは無くて、ローザが小さ過ぎるのですね! てっきり手配ミスで大きくて重いティアラが間違って届いたのかと思ってました。だって、ティアラが歩いているみたいだなって……ぐふふ」
「アス兄様、笑いすぎです!」
「ごめん。ぐふ。ほんと、ごめん」
顔を真っ赤にして笑っているアスールに、ローザはプイっと横を向いてしまった。ヴィオレータはどう取りなしたら良いのか分からず二人を見比べオロオロしている。
ところが、唐突にヴィオレータは何かを思い出したようで、アスールに向かってこう言った。
「そうだわ、アスール。私、貴方にお願いがあったのよ!」
アスールは笑うのをやめ、ローザもヴィオレータを見ている。
「あのね。貴方のホルクが卵を産んだら、私に一つ譲って頂戴!」
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