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64 第一学年最後の休日

「やったー。これで全部終わったー!」


 学年末に行われる進級認定試験の最終科目を終え、ルシオは席から立ち上がって身体を思いっきり伸ばしながら嬉しそうに叫んでいた。

 教室内には他にもルシオと同じように解放感を味わっている者も居れば、試験の出来が芳しくなかったのか、ぐったりと机に項垂れている者もいる。


「試験は終わったが、これで全部終わりじゃ無いぞ。試験結果が今一つだった者には、当然だが追試もあるからな。じゃあ、また来週」


 フェリペ先生はそう言い残して教室を後にした。



「まあ、大丈夫だろ」


 マティアスがそう言って、立ち上がる。

 今日もマティアスは剣術クラブの練習に行くようだ。学院に入学してからの十ヶ月で、マティアスは随分と雰囲気が変わったとアスールは思った。

 すっかり子どもっぽい雰囲気はなくなり、厳しい訓練にきちんと参加しているからだろう、身体つきもぐっと締まってきている。実際に第一学年の中では飛び抜けて強いと聞く。



「じゃあ、僕も今年度最後の料理クラブに行ってくるよ。今日は第五学年生の追い出しティーパーティーなんだよね」


 ルシオもそう言って、鼻歌を歌いながら荷物を片付け始めている。

 ルシオとは幼い頃からの付き合いなので、この十ヶ月でそれ程の変化は感じない。それでも、いつもこんな感じの “お調子者” のように見えて、その実、観察力、洞察力に優れており、周囲への気配り、根回しは称賛に値するとアスールは評価している。



「僕は図書室に寄って本を返してくるよ」

「「それじゃあ、夕食の時に」」

「後でね」


 アスールは一人図書室へと向かった。




「今日も一人か?」

「……。ああ、そうだよ」


 お気に入りのいつものキャレルに座ると、ティーグルがどこからともなく現れて、ふわりとアスールの膝の上に飛び乗った。

 このところアスールはずっとこの場所で試験勉強に明け暮れていたのだ。


「小僧には、友人は居ないのか?」

「い、居るに決まってるだろう! ここに来るには僕一人の方が都合が良いだろうと勝手に思ってたんだけど」

「ふむ」


 ティーグルは右前足で、くいっとアスールの左腕を叩く。アスールは慣れた手付きでティーグルの背を撫でた。

 アスールの膝の上で、こうしてアスールにゆったりと背中を撫でてもらうのが、すっかりティーグルの日常となってきている。


「そうだ! 伝えておかなきゃならないことがあるんだった」

「何だ?」

「再来週から学院は二ヶ月の冬季休暇に入るんだよ。僕はその間王宮に戻らなくてはならないから、ここにはしばらく来られなくなる」

「ふむ。我には小僧の言ってることはよく分からんな。再来週とはいつだ? 二ヶ月とはどの位だ?」

「あー。うん。君にとっては……二ヶ月なんて、あっという間なのかな?」


 三百年も眠っていたんだから、二ヶ月なんてどうってことは無いのかもしれない。それでも、こうして頻繁に顔を合わせるようになってしまうと、少しは心配にもなる。


「この間お祖父様から貰ったセクリタから得た力があるはずだから、休みが終わって僕がまた学院に戻って来た時に、消えちゃってたりはしないよね?」


 ティーグルは何も答えずに大きな欠伸を一つした。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「じゃあ、今回もよろしくお願いします」

「おお。任せとけ!」


 学年末最後の休日をリルアンで過ごすことに決めたアスールたちは、いつもの髭の老人のところで花束を購入して、すっかり顔馴染みになったイアンに()()()()()()の配達を頼んだ。

 初めてリルアンに来て以来、アスールとルシオにとって、こうして花束を贈るという行為がすっかり恒例行事のようになっている。


「今日の花はいつもよりも随分と豪華だな。何か意味があるのかい?」


 イアンが荷馬車に花を積みながらルシオと喋っているのがアスールにも聞こえてくる。


「学年が終わるんですよ。一年間学院に通わせて貰ったお礼ってことで」

「そうかい。それならお袋さんも喜ぶな」

「だと良いですけど」


 もう今回でこうしてイアンに配達を頼むのも六回目だろうか。

「門では酷い目にあった」と言って二度目に依頼した時には随分と行くのを渋っていたイアンも、今ではすっかり王宮の門番とも顔見知りになったようで、三度目以降は気軽に依頼を受けてくれるようになっていた。



「ちょっと早いけど、今日も “あったかパン” で良いよね?」

「そうだね。混む前に行こうか」


 三人はリルアンに来る度に “あったかパン” に顔を出している。店内でランチを食べることもあれば、パンをいくつか買うだけの時もある。それでも毎回立ち寄るのには理由があった。


「いらっしゃい」

「こんにちは。ダミアンは元気?」

「ええ。今奥で寝ているわ。今日はここで食べていく? そろそろ起きる頃だと思うけど」

「座れるの?」

「大丈夫。さあ、入って入って」


 ダミアンと言うのは、最初に出会った時に大きなお腹をしていたパン屋の奥さんから産まれた男の子のことだ。


「あなたたちは今日もチャパランかしら? 今の時期はカボチャのミルクスープがお勧めなんだけど」

「カボチャのミルクスープ?」

「そう。中身をくり抜いたパンを器にしてスープを入れてるの。カボチャ、ニンジン、タマネギ、キノコ。それからたっぷりベーコンが入っていて栄養満点よ」

「へえ。美味しそう」

「器のパンももちろん食べられるわよ。うちの冬の人気メニューなの」

「「「僕はカボチャのミルクスープで」」」

「あらまあ。三人とも同じものね。すぐに用意するわ」



 運ばれてきたカボチャのミルクスープは奥さんの言ってた通り、くり抜かれたパンの中に溢れんばかりに具沢山のスープが入っていた。

 熱々のスープをハフハフ言いながら食べ、器のパンもちぎって食べる。パンにはスープがしみ込んでいて、これがまた、なんとも美味しい。


 ほとんど食べ終えた頃、奥から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。ダミアンが目を覚ましたのだろう。奥さんが奥の部屋へと飛んでいった。


「ダミアン。うわ。また大きくなったね」

「そうね。もうすぐどこかにつかまれば立てそうよ」

「凄いな、ダミアン!」


 奥さんに抱っこされたダミアンはまだ眠いのか、あまり機嫌が良くないらしい。またすぐに奥に引っ込んでしまった。


「顔が見られて良かったね」


 奥さんが戻って来ないので、支払いの時には厨房に居た旦那さんが粉を叩き落としながら奥さんの代わりに出てきた。


「僕たち、冬季休暇に入るので、次に来れるのは三の月以降なんです。奥さんとダミアンによろしく伝えてください」

「分かった」


 旦那さんも相変わらずだ。



 入学式からは毎日が本当にあっという間だった。もう残り数日でアスールの学院一年目も終わろうとしている。

お読みいただき、ありがとうございます。

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