62 アリシアの婚約式(1)
「お帰りなさい!」
アリシアの婚約式に合わせて、学院からシアン、アスール、ヴィオレータの三人が王宮に戻ってきた。ハクブルム国からの一団は数日前にはヴィスタル入りを済ませており、明後日には盛大な婚約式が執り行われる運びとなっている。
「今後の予定ですが、本日は夕食後お部屋にてお休み頂き、明日の午後クリスタリア王家とハクブルム国皇太子一向との公式な顔合わせとなります。夜には晩餐会が予定されており、ローザ様を除く王家の皆様には揃ってご出席頂きます」
授業終了後、慌ただしく三人揃って王宮へ戻って来ると、すぐさまサロンへと移動するように言われ、今こうして王宮府補佐官から今後の予定についての説明を受けている。
馬車寄せにはいつも通りローザが迎えに出ていて、当然のように戻ったばかりの三人と一緒にローザもサロンでの打ち合わせに加わっていた。
「また私だけ除け者ですのね……」
「晩餐会だから仕方が無いよ。ローザはデビュー前だろう?」
落ち込むローザをシアンがそっと慰めている。
補佐官が申し訳なさそうな顔でローザの方にチラリと視線を送ってから、また話を続けた。
「明後日ですが、婚約式は城の聖堂で執り行われます。皆様方は式開始十五分前迄には遅くとも着席の上お待ち下さい。婚約式終了後にご昼食。こちらは普段通りに。午後から城の門が開放されますので、指定の時間までは不用意にお出ましにならないようご注意下さい」
“城の門が開放される” というのは、城の門から前庭まで誰でも入って来ることができるようにして、城中央部分にあるバルコニーに王家が揃って挨拶に出ることを意味している。
今回はこの場で王女の婚約が成立したことを、広く国民に向けてカルロが宣言することになっている。
「夕刻より舞踏会。こちらもローザ様には……」
「もう分かっております。私は不参加ですね?」
補佐官と目が合ったのだろう、ローザは諦め顔で自ら確認した。
「はい。申し訳ございません。舞踏会は深夜まで続きますので、未成人のお三方も途中退席するようにとのことでございます」
補佐官は話を終えると書類の束を抱えてサロンから出ていった。
「では、私も失礼しますね。ローザ、また明日お喋り致しましょう!」
「はい、ヴィオレータお姉様。また明日」
ヴィオレータは西翼へ向かい、サロンにはシアン、アスール、ローザの三人が残された。扉が閉まったのを確認すると、シアンが立ち上がって大きく伸びをした。
「それじゃあ僕たちも東翼に移動しようか」
ー * ー * ー * ー
久しぶりの王宮での夕食だったが、明日以降の準備が終わらないとかで、シアン、アスール、ローザ、それから祖父であるフェルナンドの四人だけしか揃わなかった。
それでもローザにとっては楽しい時間だったようで、しきりとお喋りに花を咲かせている。
「ローザはもう姉上の婚約者のクラウス皇太子とはお会いしたの?」
「はい。今日のお昼過ぎに東屋で」
「母上がお茶会をしたということかな?」
「そうです。ギルダ伯母様とサイラ伯母様もご一緒でした」
ギルダ伯母様とサイラ伯母様というのはフェルナンドの娘たち、カルロの二人の姉のことで、ギルダはイェーレンダー公爵家にサイラはニールハン公爵家にそれぞれ嫁いでいる。
両伯母ともに社交シーズンを除き普段は公爵領で暮らしているのだが、アリシアの婚約式に列席する為に王都に戻って来ているのだ。
「伯母様たちは相変わらずお元気なのだろう?」
「はい。とても」
少しばかり歳の離れた二人の姉たちには王であるカルロであってもどうにも頭が上がらないようで、会う度に好き勝手を言われているようだ。
二人ともに息子しか居ない為、彼女たちの興味の対象は目下ローザに集中しており、王都に来るたびに山のようなプレゼントを持って来ては、ローザを着せ替え人形にして楽しんでいる。
「クラウス殿下もお気の毒に。あの二人の伯母上たちから根掘り葉掘りいろいろと聞かれて困惑している姿が目に浮かぶようだよ」
「ああ、それは大丈夫でした」
「えっ? そうなの?」
「はい。クラウス様はずっとご友人のオスカー・ミュルリル様とご一緒でしたし、途中からアルベルトお兄様もお見えになって、三人で少し離れた場所でずっとお話しされていましたよ。三人は王立学院のご学友なのだそうですね」
クリスタリアの王立学院は他国にもよく知られているらしく、王家の子息や高位貴族の嫡男が一年か二年の短期間だが “留学” と称して毎年数名は滞在している。
ハクブルム国のクラウス殿下も第四と第五学年の二年間を学院に留学していた。その当時同じクラスだったスアレス公爵家のアルベルトがクラウスを誘って城に連れて来たことでアリシアと出会っているのだ。
「そのオスカー・ミュルリルという男も、当時学院に留学していたということ?」
「そう仰っていましたよ」
「へえ。そうなんだ」
「どんな人だった?」
「クラウス様ですか? それともオスカー様?」
「二人とも」
「そうですね。クラウス様はとてもお優しい物腰の柔らかな方でしたよ。アリシアお姉様のことを大事にされていて、二人ともとても仲睦まじいように思えました。オスカー様はアルベルトお兄様がお見えになるまではずっと黙ってクラウス様の後ろに立たれていたので……。でも三人でお喋りをしていた時はとても楽しそうでした」
ローザはその時の様子を思い出しながら話し続けている。
「もうお喋りはそのあたりにしておいたらどうだ? ローザの食事がちっとも進まんではないか」
フェルナンドが口を挟んだ。
「ローザ、早く食べてしまいなさい。それが終わらないことには、楽しみにしていたデザートが運ばれてこないぞ」
「あっ。そうでした!」
「ドミニクが土産だと言って、ローザに持って来てくれたんじゃよ。どうやら城下で今とても人気があるという店らしくて、行列に並んでまで買ったそうだぞ」
「そうなのです。綺麗な色の可愛らしい “マカローナ” という焼き菓子ですよ。沢山あるので分けて差し上げますね」
「沢山あるのは、ドミニクがお前と一緒に食べようと思っていたからだと、儂は思うがな」
フェルナンドは気の毒そうに笑っている。
「兄上が甘い菓子を、それもわざわざ城下で買うなんて珍しいですね」
「あれはあれでローザに怖がられまいと必死なんじゃ。なのに妹の側で油を売っている暇は無いだろうとカルロが来て、あっという間に連れ戻されておった」
「それはまた、お気の毒に」
「本当ですね」
そう言いながらもシアンもアスールも笑いを堪えている。父王が自分だけ仲間外れにされるのを必死に阻止している姿が容易に想像できたからだ。
ローザが黙って食事を終えると、四人は食卓からソファーセットへと移動した。使用人たちがお茶と、ドミニクからのマカローナをテーブルに並べている。
「へえ、これがマカローナなの? 本当に綺麗なお菓子だね」
アスールが皿に盛られた色とりどりの小さな丸い焼き菓子を見て目を丸くして、それから堪えきれずに大きな声をあげて笑い出した。
「あははは。これをあのドミニク兄上が行列に並んでまで購入したのかと思うと……」
「ああ、確かに笑えるな」
「そう言ってやるな」
そう言いながらもフェルナンドは孫たちと一緒になって笑っていた。
マカローナはその色ごとに違う果物の味のするクリームの入った焼き菓子で、とっても優しい味がした。
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