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61 大胆な先王とローザのセクリタ

 シアンの言った通り、騎士コースの模擬戦は今まさに決勝戦が始まろうとしていた。

 入場口付近に居たシアンとアスールを目敏く見つけたフェルナンドが関係者に話をしてくれたようで、ほとんど待たされることなく二人は関係者席に案内してもらうことができた。


「良いところに来たな。今から決勝戦だよ」

「そのようですね」


 前年度決勝戦まで進み惜しくも敗れたドミニクは、その年の優勝者と並んで試合が始まるのを最前列で待っていた。フェルナンドが言うには、前年度優勝した騎士コースのその人は、模擬戦決勝で勝利したことで騎士団からのスカウトを受け、現在第三騎士団に所属し日々訓練に明け暮れているそうだ。

 他にも関係者席には近衛騎士団の副団長をはじめ、錚々たるメンバーが見学に来ているそうだが、アスールには誰が誰なのかさっぱり分からなかった。



 決勝戦が始まった。


 王立学院の学院祭での模擬戦では、出場する選手に魔力の使用は禁止している。純粋な剣や槍等の技術と体術を競う形をとっているのだ。

 武器は自分の得意な物を使用しても良いらしい。もちろん相手に致命傷を与えることがないように、学院で使用している武器には刃は付けられていない。



「シアン。お前さんはエントリーせんかったのだな」

「はい。私は騎士コースでも、剣術クラブでもありませんから」

「だが、エントリーしていればかなり良いところまでいけただろうに……」

「そんなことはありませんよ」

「いや、あるじゃろ。来年は出たら良い!」

「そのつもりはありません」

「なんじゃ、つまらんの」


 フェルナンドはしばらくブツブツ言っていたが、シアンは全くその気は無いようで知らん顔を決め込んでいる。


(やっぱり兄上はお強いんだな)


 アスールは最近剣の鍛錬をサボり気味な自分を反省した。


 決勝戦は大いに盛り上がり、優勝者と準優勝者の二人には第一王子のドミニクから記念の盾が贈られていた。



「さてと、そろそろ行くか? その()()()()()とやらを見に」


 フェルナンドがニヤリと笑って立ち上がり、両腕をシアンとアスールの肩にまわす。


「と、その前に腹ごしらえをせんとな」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「ほう。この貴石はこんなところに移されておったのか」


 模擬戦を見終えた後、充分に腹ごしらえをしてから三人は学院本館にある図書室へと向かった。学院祭中と言うこともあって、教室から少し離れた場所にある図書室付近の廊下に人影は無い。



「あら。シアン殿下とアスール殿下。お揃いで」


 図書室の入り口にいつも居る司書の先生が声をかけてきた。

 学院祭中にも関わらず図書室に来る人が居るなんて思いもしなかったらしく、なんとも不思議そうな顔をしている。

 それから、二人に続いて入室したフェルナンドに気付き、先生は驚きのあまり椅子をガタンと鳴らして慌てて立ち上がった。


「これはフェルナンド様。今日は、ど、どうかされましたか?」


 先生は見ていて可笑しいくらいに動揺している。


「少しばかり本を寄贈でもしようかと思ってな。どんな本が置いてあるのか見せて貰っても良いか?」

「もちろんでございます。私がご案内致しましょうか?」

「いや、孫たちが居るから心配は不要じゃ。適当に見せて貰うよ」

「畏まりました」


 図書室の奥へ進み、もう司書先生に声は届かないだろう程離れてから、シアンが笑いながらフェルナンドに聞いた。


「お祖父様は学院に本を寄贈なさるのですか?」

「まあ、ああ言ってしまった以上、そうする他あるまい」


 そう言いながらフェルナンドは苦笑いをしている。

 アスールはそんな祖父と兄のやり取りを聞きながら閲覧室の最奥にある例の貴石を目指した。ティーグルがはっきりそう言ったわけでは無かったが、きっと普段はあの貴石の中で力を温存しているに違いない。

 案の定、三人が貴石の目の前に立つとすぐに、すうっとティーグルが三人の前に姿を現した。


「ほう。これはこれは」

「小僧、今度は誰を連れて来た?」

「小僧って……。まあ良いけどね。こちらは僕たちの祖父。クリスタリア国の先王だよ」


 ティーグルはフェルナンドの周りを、まるでフェルナンドの人となりを見定めるかのようにぐるりとひと回りした。


「フェルナンド・クリスタリアじゃ」

「我はティーグル。言っておくが……ティーグルと言うのは名前では無いぞ」

「心得ておるよ」

「そうか。なるほど、小僧どもとは違って、随分と気前の良い御仁のようだな」

「気前が良い? それ、どういう意味?」


 アスールはティーグルの言わんとしていることが全く理解できずに、フェルナンドの方を見た。フェルナンドはニヤリと笑って右のポケットに手を突っ込む。


「全てお見通しってことだな?」


 フェルナンドが取り出したのは、濃いピンク色に輝くとても大きなセクリタだった。


「ローザのですか? 随分と……大きいですね」


 シアンがそのセクリタの大きさにただただ目を見張っている。


「そうじゃ。昨日ローザに魔力を入れて貰ったばかり、出来立てのほやほやじゃぞ」

「まさかそれを?」

「ああ」


 フェルナンドはしゃがみ込むと、ティーグルの目の前にセクリタをのせた右手を差し出した。ティーグルはセクリタには見向きもせずに、不愉快そうにフェルナンドをじっと見上げている。


「要らんのか?」

「ふん。どうせ何かしらの “交換条件” でもあるんだろう?」

「交換条件? そうだな。それも良いな」


 フェルナンドは右手を突き出したまま、左手で頭を掻いた。


「ふうむ。そうじゃな。だったらこの力の持ち主でもある儂の可愛い孫娘、ローザが学院に在学している五年間だけでいい、あの子を陰から見守るというのはどうだろう?」

「見守るとは?」

「実はローザは非常に強力な光の属性を持ってはおるが、後はからっきしなんじゃ。王宮に暮らしている分にはいくらでも守る手段はあるが、ここではそうもいかない」


 学院は基本的には学生以外の入校はできないことになっている。特例として王族に関しては側仕え一名の帯同は許可されているものの、護衛を付けることは許されない。


「入学してしまえば、ローザの能力が明るみに出ることは避けられない。強力な光属性の持ち主を欲する者は多い」

「学院内で攫われるとでも?」

「その可能性は否定できん」

「だったら、なにもここへ来させず、そのまま手元に置いておけば良かろう?」

「あの子がそれを望まんのじゃ」

「よう分からんな。人の子の考えることは」


 フェルナンドは持っていたセクリタをティーグルの前に置いて、ゆっくりと立ち上がる。


「まあ良い。それは元々お主にやるつもりで持って来たものだ。受け取ってくれ。見守るか否かは、ローザ本人を見てから考えてくれれば構わない。まあ、儂としては断られるとは、これっぽっちも思っとらんがな」

「言うのう」

「あの子はそれだけの子だ」


 そう言ってフェルナンドは満足気に笑った。




「あのように大きなセクリタを、渡してしまっても良かったのですか?」


図書室を出ると、すぐにアスールがフェルナンドに問いかけた。


「構わん。あの程度のセクリタ、ローザにとってはどうという程では無い」

「ローザにはそうかもしれませんが、ティーグルにとってはかなりの力になるのでは? 小さな欠片ですら半年以上と言っていましたよ」


 シアンが考え込んでいる。フェルナンドはシアンの頭をガシガシと撫でながら、ひどく愉しげに大きな笑い声をあげた。


「あの巨大な貴石に比べたら、あの程度のセクリタではクズみたいなもんじゃろ。あれの中で三百年眠っていたんだ。アルギス王というお方は、我らの想像を絶する程の力の持ち主だったのだろうな……」

「確かに!……あの貴石は、セクリタでは無いですよね?」

「違うじゃろうな」

「アルギス王が作った特別な魔鉱石?」

「かもしれん」

「凄いな」


 魔鉱石を研究しているシアンは目を輝かせている。


「それで? これからどうするのですか?」


 アスールは今後の方針どころか現状すら理解できずにいた。ローザのセクリタを残して図書室から出てきてしまった祖父の意図が全く分からない。


「これから? そうさな、なるようになるじゃろ」

「ええ?」

「仮にもティーグルは神に仕える程の神獣じゃ。悪いようにはせんじゃろ」


 そう言うと、フェルナンドは今度はアスールの頭を思いっきり撫で回した。

お読みいただき、ありがとうございます。

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