60 飼育室主催オークション
普段は外部の者が入校できない王立学院内で、王族であろうとシアンやアスールに護衛が付くことは無い。だが、今日のように外部の者が入校している日には特例として、王族にのみ護衛として騎士団の精鋭が配置されている。
シアンに誘われてアスールは二学年が運営しているカフェに入った。ここもなかなか繁盛しているようだ。
「何にする?」
渡されたメニューを上から見ていく。食べ物に関しては作っているのは学生では無く、各寮の食堂の料理人が手がけている。ここのカフェはどこの寮が受け持っているのだろうか、それほど目新しい品は無いようだ。
「じゃあ、サンドイッチとミルクティーで」
「僕にも同じものを」
それぞれに二人ずつ付いている騎士団の制服を着た体格の良い護衛が入り口とテーブルの脇に立つので、まるでアスールやシアンがどこに居るのかを示す看板を連れて歩いているようだとアスールは思った。
一般客、特に平民からすれば王族の子どもを近くで見る機会は少ないのだろう。やたらと視線を感じる。どうにも居心地が悪い。
「兄上は全然気になったりしないのですか?」
「ん? 何が?」
「…‥視線。です」
「ああ。もう慣れたよ」
「慣れ?」
「そう。もう四年目だからね。気にしていても、どうにもならないってこと。王家に連なるってそういうことだよ、きっと」
「はあ」
その後はそのまま二人で模擬店を見て歩いてから、ホルク飼育室主催のオークションを見学に行くことにした。
会場となっているホールは既に多くの人で賑わっていた。オークションに参加する場合は入り口で小銀貨一枚を支払って番号が書かれた入り札を買う。
アスールとシアンが入場の列に並んでいると、飼育室の先生に声をかけられた。
「お二人もオークションに参加されるのですか?」
「いいえ。どんな感じなのか、見学したいと思いまして」
シアンがにこやかに答える。
「でしたら、こちらへどうぞ。護衛の方もご一緒に」
案内されて着いたのは重厚な扉の前だった。先生が鍵を開ける。中に入って気が付いた。そこは入学式の時に来賓として列席していたカルロ、パトリシア、フェルナンドが揃って座っていたあの席だ。
「私たちは扉の外におりますので」
護衛騎士の二人がそう言ってボックス席から出て行った。
「もしかして、祖父と兄もこのオークションを見学に来るのですか?」
シアンが先生に尋ねた。
「さあ、どうでしょうか。いつお見えになっても大丈夫なように常に待機はしておりますが、別会場で騎士コースが模擬戦を行なっておりますので、おそらくお見えにはならなだろうと考えております」
「ああ。まあ、そうでしょうね」
シアンは先生の考えに同意した。その後先生は今日のオークションの進行について軽く説明をしてくれた。話しながら思いついたことがあったらしく、先生からとある提案をされた。
「もしセクリタをお持ちでしたら、ホルクの飛行テストの受け取り役をお願いできませんか?」
それぞれのホルクがちゃんと役に立つことを証明するためにオークション前にこの会場内で飛行テストをすると言う。
「構いませんよ。アスールも良いよね?」
「はい」
「では、よろしくお願いします」
先生はシアンとアスール二人分のセクリタを借り受けるとボックス席から出て行った。
程なくしてオークションが始まった。司会を担当するらしい人物が壇上で今日のオークションの流れを説明している。三羽のホルクがオークションにかけられるようだ。
最後に司会者がボックス席に居たシアンとアスールを来賓として紹介した。シアンは王子らしい笑顔で爽やかに右手を軽く上げて客席からの拍手に応えている。笑顔が多少引き攣ってはいたが、アスールも一応兄に倣い右手を上げた。
オークションは雇傭システムで普段から飼育室に出入りしている学生の手で進められていた。三人の学生がこれからオークションにかけられるホルクを連れて舞台上に現れると、客席から感嘆の溜息が漏れ聞こえてくる。それ程にホルクは美しい鳥なのだ。
一羽ずつ外見の美しさや性格などが紹介された後、セクリタを使っての飛行テストが行われた。一羽目は客席の最後列に居た学院長へ。二羽目、三羽目は二階ボックス席のアスールとシアンの元へと飛んで来た。
ホール内を力強く羽ばたいて飛ぶホルクの姿は、一瞬にしてその場に居合わせた者たちを完全に魅了したように思えた。
「ホルク飼育室。なかなか演出が上手いね」
シアンは感心したようにアスールの横で呟いている。
オークション参加者はホールの前の方の席にまとまって着席しているようだ。それぞれが手に入り札を持っているので分かりやすい。
受付でライラから聞いていたように、オークションは学生たちも参加できる程度の金額でスタートした。初めのうちは学生たちが楽しそうに入れ札を上げてこのオークションというお祭りに参加している。
だが次第に金額は上がり始め、最終的には数人の貴族たちと、如何にもお金持ちそうな商人風の男性と、派手なドレス姿の女性との競り合いになったが、三羽のオークションは無事に終了した。
「なんだか、すごいものを見た気がします」
アスールは正直オークションに対して余り良い印象を受けなかった。
全ての落札者がそうとは言えないだろうが、こうして競い合って落札されたホルクがきちんと愛情を持って飼育されていくとは到底思えなかったのだ。
ホルクは見た目も非常に美しく、羽数も少なくとても貴重な鳥であることは有名で、富や権力の象徴になりがちだとフェルナンドも言っていた。お金さえ出せば手に入る鳥であって良い筈は決してない。
「ちゃんと落札者のところには調査員が行くから、心配要らないよ」
アスールの様子から察しただろうシアンが、オークション終了の声に王子然とした笑顔で拍手をしながら、シアンが小声で話しかけてきた。
「調査員ですか?」
「そう。落札者のところへは、きちんとした飼育環境が整えられるか等を調べるために飼育室から調査員が派遣されるそうだよ。もし調査員から飼育に適さないと判断された場合、落札価格の半額を返金してホルクは飼育室に強制的に戻されるらしい。過去に数例あったって聞いたことがある」
戻されたホルクは適正な価格で、きちんと管理して運用できる者へ再譲渡されるそうだ。そうならないに越したことはないが、その話を聞いてアスールも少しは気分が良くなった。
同じホルクの飼育者として、オークションに出品された三羽のホルクがこれから先、幸せな未来を過ごせることを願った。
「さあ、お祖父様をお迎えに行こうか!」
シアンが立ち上がってアスールに声をかける。オークションが終了した会場からは参加者や見学者たちが続々と退場しはじめていた。
「お祖父様は今どこに?」
「まだ騎士コースの模擬戦を観戦中だと思うよ。この時間なら決勝戦には間に合うだろうから、折角だしそっちも見学してみようよ。お祖父様の席の側に案内して貰える筈だから」
シアンはアスールにそう言ってウィンクした。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。