57 アスールとシアンと内緒の話
「兄上。夕食が済んでからで良いのですが、後で相談したいことがあるのですが……出来れば兄上と二人だけで」
アスールは食堂へ向かうため、側近たちと談笑しながら歩いているシアンを呼び止めた。
「分かった。じゃあ、僕の部屋が良いな。夕食後に部屋まで来てくれる?」
「はい。お手数をお掛けしてしまい……」
「良いよ。謝る必要はない」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、後でね。アスール」
アスールは夕食後、ダリオを伴ってシアンの部屋へ向かった。シアンの部屋の扉をノックをすると、扉を開けて迎えてくれたのはシアン本人だった。
「よく来たね」
シアンはにこやかに笑ってアスールを招き入れる。室内からは紅茶の良い香りがしていた。
「殿下。これを」
「ありがとう」
アスールはダリオから手土産の焼き菓子の包みを受け取るとそれをシアンに渡した。すぐにフリオがその包みをシアンから受け取り、包みを開くと手際良く皿に盛り付けはじめる。
「今日はもう既にダリオには昼間、差し入れ用のケーキを用意してもらったのに……なんだか申し訳ないね。それでも、ダリオの作る焼き菓子は美味しいから僕は断らないよ。ありがとう」
「いつでも御持ち致しますよ」
ダリオはニッコリと微笑んだ。
「それでは、私たちは失礼させて頂きます」
「えっ。ダリオもう戻っちゃうの?」
「御二人だけの方が宜しいのかと思いまして」
「……ああ、そう? そうだね。そうして貰えるかな。帰りは勝手に帰るから気にしなくて良いよ」
「畏まりました。では、失礼致します」
そう言うとダリオはフーゴを連れてシアンの部屋から静かに出て行った。
「成る程。普段よりもずっとフーゴの手際が良いと思っていたけど、そういうことだったのか」
「えっ?」
「アスールが僕に声をかけた段階で、ダリオからいろいろと指示が出ていたんだと思うよ。フーゴに」
「ああ」
「やっぱり彼は凄いね。交換、する?」
「それはちょっと……」
「ははは。冗談だよ」
(冗談? いやいや。半分本気だよね? あの顔は……)
アスールは苦笑いするしかなかった。
「それで? 今日の試験で疲れている筈なのに、相談って何?」
「ああ。……うーん。ちょっと説明し難いのですが……。そうだ! 先ずはこれを見て頂けますか?」
アスールは持って来た巾着袋からセクリタを二つ取り出して、テーブルの真ん中によく見えるように並べて置いた。
「これ、こっちのピンクのはローザのセクリタだね? 今日使った物と一緒に大量に渡されたんだって?」
「はい。まあ、そうなんです」
「どれで、こっちは? 魔力注入前のセクリタ?」
シアンはそう自分で言ってから、それが理に敵わないことに気付いたようで、ハッとして透明なセクリタを掴もうとしていた手を慌てて引っ込めた。
「どういうこと? 今アスールはこのセクリタを素手で持って、ここに置いたよね?」
「はい」
「なのに透明なまま? 魔力は注入済みなのにセクリタがこんなにも透明なのって……いったいどんな属性の持ち主のセクリタなんだい?」
シアンが動揺するのも無理は無い。セクリタは非常に魔力の影響を受けやすい魔鉱石で、触った人の魔力を吸収して色を変える。
その為に扱いはとても難しく、授業でもそうしたように、魔力を注入する以外の目的でセクリタを触る場合には、魔力を遮断する素材で出来た手袋が欠かせない。
話は少し逸れるが、セクリタをはじめとする魔鉱石を産出する鉱山や魔鉱石加工関連の場所で働く者に、出来る限り魔力量の少ない者が重要視されるのはこれが主な理由だ。
元々持っている魔力量が少なければ少ないほど魔鉱石を誤って魔力で染めてしまうリスクは軽減するのだから。
魔力量が多いことが良しとされる昨今の時流の中で、魔力量の少ない者が重用される貴重な職種とも言えるだろう。
魔力量の多い少ないに関わらず、クリスタリアには国民を守り養うだけの多様な仕事がある。良質な鉱山を多く持っていることも、この国が豊かで安定している理由の一因となっている。
「実は、これもローザから貰ったセクリタなんです」
「どういうこと?」
シアンの顔色が変わった。
「ピイが王宮から持って帰った書類の裏に……」
アスールはシアンと広場で別れてから自分の身に起こったことを、逐一シアンに説明した。シアンは時々考え込んだような表情を浮かべることもあったが、ずっと黙ってアスールの話に耳を傾けていた。
「つまり、そのティーグルがローザのセクリタからなんらかの力を得たと言うんだね?」
「はい。ティーグルと名乗ったその猫っぽい白っぽい何かはそう言っていました」
「名乗った?」
「ええ。僕が君は誰って聞いたらそう答えました」
「アスール。ティーグルっていうのは、たぶんその猫っぽい白っぽい何かの名前じゃないよ。ティーグルっていうのは光の女神ルミニスに従う神獣のことだよ」
アスールは驚いた。まさか兄の口からそんな言葉が飛び出すとはおもってもみなかったからだ。
「神獣? そんなものが実際に居るのですか?」
「さあ、それは僕にも分からないよ。僕も本の中で読んだことがあるだけだからね」
「本ですか?」
「そう。子ども向けの本だよ。今でもアリシア姉上の部屋に置いてあるんじゃないかな。元々は王宮の図書室に置いてあったんだけど、子どもの頃の姉上はその類の本が本当にお好きで、毎日のように図書室に読みに行くものだから、お祖父様が神話関係の本の多くを姉上の部屋に移す許可を出されたんだ。たぶんそのままだと思うよ」
「だから城の図書室には神話の本がほとんど無かったのですね……」
アスールは城の図書館の蔵書料に対して、余りにも神話関係の本が見当たらないのを不思議に思っていたとシアンに伝えた。
「そうだったんだね。ごめんよ。まさかアスールが神話に興味があるとは思わなかったし、実際本が移されたことなんて忘れていたよ。もしかしてローザも読みたがっていたのかな?」
「そう思います」
「だったら今度姉上にお会いした時にでも、本を図書室に戻してもらえるよう伝えるよ」
これ以上二人で話していても埒が明かないと言うことで、翌日アスールとシアンでティーグルに会いに行くことになった。
「ねえ、アスール。悪いんだけど、明日、ローザのセクリタを一つだけ持ってきて欲しい。場合によってはティーグルとの交渉材料になるかもしれないしね」
「分かりました」
「ティーグルかあ。明日が楽しみだな」
シアンは悪戯っぽい笑顔でアスールを見て言った。
「少なくとも僕の知るティーグルは……猫ではないけどね」
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