56 猫っぽくて白っぽい何かの言い分
「やっぱり見間違いじゃ無かったんだね」
アスールはその何かに向かって話しかけてみた。
「見間違い? 何を言っておる」
「だって、君は姿が急に消えるし、僕が呼んでも応えなかったじゃないか!」
「ふん。それより小僧。早くそれを寄越せ!」
「何? 何を寄越せって? って言うか、それが人に物を頼む態度なの?」
「何をわけの分からないことを言っておる! それを我のために持って来たのではないのか?」
「何を?」
「小僧がそこに持っている光の欠片に決まっておろうが!」
「光の欠片?」
猫っぽい白っぽい何かはまたふわりとアスールの膝の上に飛び乗った。今度ははっきりと見えている。
「ここに持っているであろう? 早く寄越せ!」
ポケットを右手でてしてしと叩いている。アスールは諦めてポケットに手を突っ込むと、手に触れたセクリタを掴んで取り出した。
「光の欠片ってこれのこと?」
何かは身を乗り出すようにアスールの掌に乗った青く輝くセクリタを覗き込んだが、露骨にガッカリしたように首を左右に振った。
「違う。これではない。我にはこれでは駄目なのだ。他にもあろう?」
「他にもって……。まさかこっちのことを言ってる?」
アスールは同じポケットの中に入れておいた巾着袋を取り出した。
「そうだ。それだ!」
何かは巾着袋の中身も確認しないうちから、嬉しそうに巾着袋を持つアスールの手に身体を擦り寄せてくる。だが、アスールは巾着袋の口を開けるのを躊躇った。
「小僧、良いから早く寄越せ!」
「……駄目だよ」
「なんだと?」
「だって、僕は君のことが信用できない。これは大事な預かり物なんだ。勝手にあげられないよ」
何かは急に力を失ったかのように薄くぼんやりとしてきた。
「どうしたの? なんだかちょっと透けてきてる気がするんだけど……」
「もうこれ以上は身体を保てん。小僧、少しだけでも良いから欠片を分けてくれんか」
そう言いながらも、何かはどんどんぼんやりしていく。アスールは巾着袋を開けて、一つだけローザのセクリタを取り出すと、何かの目の前に差し出した。
実際に食べたわけでは無い。だが何かが口を開くとセクリタの濃いピンク色が吸い込まれるように光を失い、最後には透明な欠片だけがアスールの掌の上に残った。
気付くと薄くなり過ぎてもはや輪郭だけといった方が良いくらいだったものが、今ははっきりと実態としてそこに存在している。
「助かった。その欠片の主は随分と力があるようだな。小僧の身内か?」
「教えられない」
「どうすれば小僧は我の話を信じるのだ?」
アスールはもう一方のポケットから懐中時計を出して時間を確認する。
「あのさ、悪いんだけど今から手紙の返事を書かないと駄目なんだ。ホルク便で今日中に……ってそんなこと言っても分からないよね」
「ふむ」
「とにかく今は急いでるんだ。それにこんな重大なこと、僕だけで決められない。明日か、遅くても明後日まで待てる? 兄上を連れてくるよ」
「兄とは、前にここで一緒に居た若者か?」
「 ‥‥ああ、そうだよ。もしかして見てたの?」
「ああ。小僧っこどもは、揃いも揃って我に気付かんかったがな」
アスールは苦笑した。
「ところで、君は誰なの?」
「我か? 我はティーグル」
「僕はアスール・クリスタリア」
「クリスタリア? もしかしてアルギスの息子、いや、孫か?」
「違うよ。父上の名はカルロ。お祖父様はフェルナンド」
アスールは少し考えてハッとした。
「アルギス? アルギス・クリスタリア? それってもしかして随分と昔のクリスタリア王の名前だよね? 少なくとも三百年以上前の王様だよ」
「ほう。もうそんなに経ったのか?」
ティーグルにとってはどうでも良いことなのか、知らん顔で大きな欠伸をしている。
「ああ、そうだ。手紙。手紙を書かなきゃ!」
「ならば我は邪魔はせん。光を分けてくれたこと、感謝する」
ティーグルはグッと伸びをしてからアスールの膝からふわりと飛び降り、閲覧室の奥へゆっくりと歩いて行った。そして巨大な貴石の手前辺りで、すっとティーグルの姿は今度は完全に見えなくなった。
ー * ー * ー * ー
アスール兄様へ
ピイちゃんは無事に王宮へ書類を運んで来ましたよ。
ここに着いたのは一番最後でしたけど、小さいので仕方が無いとお祖父様が仰っていました。ご褒美にお水とお花の種をあげました。
書類には今からサインをしてちゃんと送りますよ。安心して下さい。
今度はいつお城に戻られますか? ピイちゃんでなくても構いませんのでお手紙を送って下さい。
楽しみに待っています。紙が小さすぎますね。もう書ききれません。
ローザ
ローザへ
ピイは元気に学院に戻って来ました。書類へのサインもありがとう。
お陰でピイは無事に合格できました。
城へはアリシア姉上の婚約式の時にシアン兄上と一緒に帰る予定です。
この手紙は学院のホルクで飛ばします。ご褒美は必要ないので、セクリタとこの手紙を外したらすぐに離して下さい。勝手に学院に戻ります。では、またね。
アスール
ー * ー * ー * ー
「すみません。遅くなりました」
「ああ、殿下。大丈夫ですよ。まだ時間はありますから」
アスールはローザへの手紙を送るためホルクを借りた。既に料金はダリオが支払い済みだ。
「じゃあ、このホルクをお使い下さい」
アスールはポケットから巾着袋を取り出した。中にはニつのセクリタが入っている。ホルク便にはセクリタは一つあれば良いのだが、今朝部屋を出る前になんとなく多めに持っておいた方が良い気がして巾着袋にセクリタを三つ入れたのだ。
試験の時にそのうちの一つをピイに付けて使った。それはローザの手元に戻ったはず。
今、この巾着袋には二つのセクリタが入っている。アスールはそれを両方取り出して、濃いピンク色のセクリタを借りたホルクの首のケースに装着した。
「はあ、いったいどう解釈すれば良いんだ?」
アスールの手の中には、すっかり色の抜けた、おそらくは魔力の完全に抜けたセクリタだけが一つ残っている。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。