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54 飛行訓練認定試験(1)

 いよいよ認定試験当日。


 アスールはルシオとギアンと共に準備を整え、試験開始の合図を待っていた。よく晴れた秋の空には雲もなく、風は殆ど吹いていない。

 まだ飛行にも不慣れな幼いホルクにとっては絶好の “初長距離配達日和” といえるのではないだろうか。


 ホルク飼育室の先生はもちろんのこと、事務室の職員、雇傭システムで飼育室に出入りしている学生たち、多くの見学者が今か今かとその瞬間を待っている。



 年配の先生が歩み出て、広場で待機している七人に向かって声を張り上げた。


「それでは、ホルクに書類とセクリタをセットして下さい」


 アスールは割り当てられた場所で、ピイの足に取り付けた小さな筒に書類を入れ、首のケースにローザから貰ったセクリタをセットした。


「ピイ、頼むよ。この書類をローザのところまで届けるんだ。ローザ、分かるよね?」

「ピイィ」

「ちゃんと戻って来るんだよ」

「ピイィ」


 アスールはピイを左腕に乗せて頭をそっと撫でてから、深く息を吐いて立ち上がった。


 一定の間隔をあけて配置された他の六人もそれぞれ準備はできたようだ。全員が緊張の面持ちで先生からの合図を待っている。


「では、試験を開始します。ホルクを飛ばして下さい」


 七羽のホルクが大空へと飛び出して行く。今日の試験の行き先は全員王都クリスタリアなので、七羽全てが同じ方向を目指して飛んでいる。あっという間にホルクは見えなくなった。



「早いもので三、四十分。遅くても一時間程で全羽戻って来るでしょう」


 年に一度の恒例行事でもある飛行認定試験を見慣れている先生や事務員たちは、ホルクの姿が見えなくなると早々に飼育室に戻っていった。

 雇傭システムに関わっている学生たちは、今日の試験に参加している自分たちの仲間を取り囲んでいる。アスールとルシオはどうしたら良いのか分からずに、ホルクが消えた空を眺めて立っていた。


「アスール! ルシオ!」


 声のした方を見ると、二年前に同じように認定試験を受けた兄のシアンと、ルシオの兄であるラモスの姿がそこにあった。二人は笑顔で手を振っている。


「兄上!」


 アスールはそれまで緊張で強張っていた身体の力が、兄の顔を見た瞬間にふっと抜けた気がして、シアンの元へと急いで走り寄った。


「見てたよ。上手に飛ばしていたじゃないか」

「ありがとうございます」


 ルシオもやって来た。兄のラモスと拳を合わせ笑顔でフィスト・バンプを交わしている。


「しばらく待機だね。お茶でも飲んで待つかい?」

「ええと、お茶ですか? 早ければ三十分って話だったから、そんな余裕は無いですよね?」


 アスールはシアンが「お茶でも」と言ったことにかなり驚いた。だが、シアンは至極当然のような顔をして話を続ける。


「アスール、君の書類の受取人はローザなんだろう?」

「はい」

「あの子が書類を受け取って、すぐにサインをしてホルクを飛ばすと本気で思ってるの?」

「えっ?」

「僕は取り敢えずローザは書類を受け取ったらピイを誉めてご褒美を与えると思うね」

「あっ!」


 そう言われれば……そうかもしれない。


「もしかすると、疲れただろうからと休ませるとか?」

「うぐっ」

「あるいは、君宛に手紙を書いて、それも一緒にピイに運ばせるかもしれないよ」

「まさか!」


 焦ったアスールをシアンは面白そうに見ている。


「まあ、お祖父様がローザの側にいらっしゃることだし、それ程心配は要らないとは……思うけどね。ただし、ピイは雌だから他のホルクより小さいだろ? その分飛行スピードは出ないよ」

「ああ、確かにそうですね」

「だから、ピイが戻って来るのが一番遅い可能性は大いにあると思う。学院の食堂を借りてフーゴがお茶の準備をしてくれてるんだけど、どうだい?」

「頂きます」

「それが良いよ。ラモス、食堂へ行こう!」



 フーゴの手により、食堂のテラス席には既にお茶の準備が整っていた。焼き菓子まで用意されている。


「焼き菓子はダリオの差し入れだよ」

「そうかなと思いました。最近チョコレートを使ったお菓子の研究を熱心にしているようなので」


 皿に並べられていたのは、綺麗にマーブル状に模様が入ったスライスされたケーキだ。ルシオの目が既にそのケーキに釘付けになっている。


「あまりのんびりもしていられないから、頂こう」


 シアンが皆にお茶とケーキを勧めた。チョコレートがちょっとだけほろ苦くて今日のケーキもすごく美味しい。ラモスがケーキを一口食べるなり「何これ、美味しい」と呟いた。


「ここからでも王都の方向はよく見えるし、ホルクが戻って来たらすぐに気付くね」


 ルシオが言うように、テラス席からはホルクを空に離した広場がよく見渡せる。四人でしばらくとりとめもない話でもして、ここでピイとチビ助の帰還を待つことにした。




「なんだか広場が騒がしいね」


 そう言いながら、シアンは持っていた双眼鏡を覗き込んだ。


「早いな。もう戻って来たのがいるよ。うーん。でも残念だけど……君たちのホルクじゃないね」

「シアン殿下、その双眼鏡だとホルクの個体差まで見分けられるのですか?」


 驚いたルシオが椅子から立ち上がって、今にもシアンに齧り付きそうな勢いで質問をする。


「まさか! ただ単に首に付けられているセクリタが一瞬光って濃い緑色だったのが見えただけだよ。二人のセクリタじゃないのが分かっただけ」

「ああ、なるほど」

「見てみる?」

「是非!」


 ルシオはピントの合わせ方をシアンから教わりながら、うわーっと感嘆の声をあげた。


「よく見えるだろう?」

「はい。想像していたよりずっと! アスールも見てみる?」

「僕は今は良いよ。それよりもそろそろ広場に戻った方が良いかもね」


 騒ぎ声が聞こえたのだろう、飼育室からも数人先生が出て来ているのが見える。アスールはフーゴに「ごちそうさま」と言ってから、急く気持ちを抑え広場へと歩いて戻った。

 歩いている間にも一番手のホルクがどんどん広場に近付いて来ているのが分かった。ホルクは大きな美しい翼を力強く羽ばたいている。


「一番手はギアン先輩のホルクだよ」


 アスールは気になって空ばかりを見ていたが、ルシオの声に広場に目をやると、ギアンが左腕を空に向かって掲げているのが見える。

 上空のホルクにもギアン先輩の位置が分かっているようで、ホルクはだんだんと飛行スピードを落としてギアンを目指して下降しはじめた。


 わーっと歓声が上がり、ホルクが無事にギアンの左腕に降りたった。ギアンがホルクに嬉しそうに労いの声をかけている様子が見える。

 広場に四人が戻って来ると、再び歓声が上がり、王都の方向からさらに二羽のホルクが向かって来るのが見えた。


「あの後ろの! あれ、チビ助だよ!」


 シアンから双眼鏡を借りたままのルシオが興奮した様子で叫んだ。それから、隣にいるアスールに双眼鏡を投げて寄越した。


「早く見て! アスール! そうだよね? あれ、チビ助だよね?」


 アスールは押し付けられて双眼鏡を覗く。前にシアンから教えて貰ったのを思い出しながらピントを合わせた。申し訳ないがホルクの違いが分からない。


「ピイ以外は判別できないよ。……ごめん」


 ルシオは確信を持って走り出していた。


「セクリタは? 色は見えない?」


 シアンが横からアスールに声をかける。


「セクリタ? 確かに水色っぽいけど……。あっ、あれはルシオのだ! 光が当たるとルシオのセクリタは少し緑色っぽく見えるんです!」


 アスールが興奮気味にシアンに双眼鏡を渡す。シアンも覗き込んだ後に、笑顔でそれをラモスに差し出した。

 既にルシオは自分の降下地点に到着していて、気の早いことに左腕を高く掲げてチビ助の戻りを待っている。




「残りは二羽ですか……」


 先生が空を見上げて呟いた。一時間近くが経過して、戻って来ていないのはアスールのピイと、もう一羽の雌鳥だけになっていた。


「雌鳥は雄に比べると小さいですからね。時間がかかるのも仕方ありませんよ」

「ああ、一羽見えてきましたよ!」


 試験を終えたホルクと学生はもう飼育室に移動しているので、まだ広場にいる学生はアスールともう一人。それ以外は先生が三名。見学者の姿もほとんど無くなっていた。


「ピイじゃない……」


 アスールがガッカリしたように双眼鏡をシアンに手渡した。シアンはそれを受け取ると、何も飛んでいない王都の方向を無言でずっと覗いている。しばらくそうしてから、シアンはまた双眼鏡をアスールに差し出し、ある一点を指差している。


「来た! ピイが帰って来た!」


 飛び跳ねて喜ぶアスールの頭をシアンが両手で撫で繰り回す。小さい頃によくシアンからこんな風に髪をくしゃくしゃにされてた頃をアスールは思い出した。


「兄上……」

「良かったね。早く降下地点に行きなよ」

「はい!」


 駆け出すアスールをシアンは微笑みながら眺めていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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