蕪島神社まで
読み方
「」普通の会話
()心の声、システムメッセージ
『』キーワード
<>呪文
宿のロビーで5人と1匹は出かける前の打ち合わせをしていた。
「さて、目的地は魔物に占領された聖域、蕪島神社ですが、何か質問は?」
「なんもないで、はよ行こか」
「ちょっと待ってお姉ちゃん。私は質問がある」
「なんや葵、こういうもんは出たとこ勝負やで、それにアランさんたちのレベルなら、どんな場所でも問題ないやろ、楽勝や」
茜は完全に迷宮をなめていた。だが、葵は自分の命がかかっていることを理解していた。だから、死なないために知らなければならない事を質問していく。
「魔物の構成とレベルは分かるんですか?」
「大丈夫ですよ。魔物のレベルは1~5程度なので、レベル1の初心者でも問題はありません。ただ、魔物のボスはちょっと厄介ですね。全体攻撃を行ってくるので注意が必要です」
「その情報ってどうやって仕入れたんですか?」
「魔物の名前は、迷宮に行ってボスに勝てずに逃げてきた冒険者から特徴を聞いて特定しました。そして、天界には魔物の図鑑がありますから、攻撃手段や弱点なども分かります」
「なるほど、じゃあ、攻略方法は分かっているわけですか?」
「ええ、そのために葵さんにミネラルウォーターを買って頂いたんです。ボスの弱点は水ですから」
「なるほど、全体攻撃に対する対処法はあるんですか?」
「大丈夫ですよ。道中、レベル上げもしますし、何よりお二人は魔術師、最初から回復魔術が使えます」
「ハローワークでは、攻撃魔術しか教えてもらってないんですけど?」
「あれ?魔術文字辞書をもらってないんですか?」
「え?そんなのがあるんですか?」
「魔術師には無料で配布されるはずなんですけど、受け取ってないんですか?」
「受け取ってないです」
「なら、これをどうぞ、レベルごとに使えるようになる言霊が記載されていますから」
「ありがとうございます」
「まあ、レベル1で使える言霊は、得意な属性の言霊と、形の言霊の矢と、効果の言霊の貫と癒だけです。水の魔術で言えば攻撃は水矢貫で回復の魔術は水矢癒となります」
「魔術師は攻撃と回復の両方できるんですね」
「ええ、なので人気の職業なんですよ」
「なるほど、そうなんですね。それで、蕪島神社まではどうやって行くんですか?」
「歩いていきます。ここから直接向かっても良いんですが、迷わず行くために、まずは本八戸駅を目指します」
「ふむふむ」
「そこから、線路沿いに鮫駅まで行き、そこから海岸沿いに進めば蕪島神社です」
「途中、敵に会う危険は?」
「遭遇するでしょう。ただし、雑魚ばかりなので武器は温存してください」
「分かりました」
葵はアランがちゃんと勝算があり、かつ初心者の葵と茜が死なない事を考慮していることが確認できたので安心した。
「他に質問は無いですか?」
「大丈夫です。行きましょう」
葵は、これが冒険ではなく、消化試合だと確信した。
「では、ミリア。ウータン丸様をお願いしますね」
「分かった」
ミリアはウータン丸を抱きかかえた。理由は、小さいウータン丸の歩くペースに合わせると明るいうちに目的地に着かないからだった。
本八戸駅までは、何事もなくたどり着けた。無人の駅は不気味だったが、茜も葵もアランが平然として先行して手招きするので信じて進んでいった。本八戸駅は2階建ての建物だ。1階には飲食店、切符売り場、待合室があり、2階がホームになっていた。
アランが2階のホームにつながる階段を上っている途中で異変に気が付いた。
「ゴブリンの群れが居る!ウータン丸様、お願いします」
「まかしぇてくだたい。可愛いは正義!」
ウータン丸がそう言って、背中に翼を生やしてミリアの腕の中から飛び上がり、一気に階段を飛び越えてホームで待ち構えているゴブリンの群れに姿をさらした。そして、次の瞬間、猫の手のようなものが先端に付いた棒がポンポンと音を立てて全てのゴブリンの前に出現し、ゴブリンの頬に猫パンチがさく裂した。その後、ありえない事が起こった。
「あの、なんで、ゴブリンが平伏してるんですか?」
葵の問いにアランが答える。
「ウータン丸様は神から選ばれた精鋭です。この世界の平和の為に遣わされた主天使なのです。ですから、『可愛いは正義』の必殺技『にくきゅうパンチ』を受けた下級の魔物は、その御威光に平伏するんですよ」
「チートやん。でも、何でレベル1なん?」
「制約があるんですよ。ウータン丸様は、魔物といえど殺すことが出来ません」
「え?なんでなん?」
「敵を殺さないというのが『可愛いは正義』の装備条件なんです」
「あれ?そうなると、経験値を得るためには、敵を殺す事が必須ってことなん?」
茜の問いにアランが答える。
「そうです。だからウータン丸様はレベル1なのです」
(なるほど、理由は分かったけど、この数のゴブリンを倒すとなると大変やな、50匹はおるで……)
「さあ、ゴブリンは無害化したので、お二人は遠慮なくレベル上げをどうぞ」
「ええっと、この数を私とお姉ちゃんだけで全滅させるには時間がかかると思うんだけど……」
「それは、そうなんですが、迷宮に行くまでにレベルを5に上げて欲しいので、時間がかかってもお二人に倒して欲しいのですね」
「しゃあない。やるで、葵!」
茜はやる気になった。
「分かったよ。お姉ちゃん!」
(アランさんの目的はレベル5で使えるようになる言霊だと思うし、指示にしたがおう)
「なんとか全滅させたけど、MPの残量がヤバない?」
茜の問いにアランが答える。
「どれぐらい残っていますか?」
「75しか残ってへんで……」
「私も同じです」
火矢貫と水矢貫の魔術は消費MPが5なので、一人25匹倒してちょうど125MPを消費していた。
「レベルは3になったんやが、MPは自動で回復しないんやな」
「そうですね。MPを回復するには食事をする必要があります。迷宮に入る前に休憩所があるので、そこで回復しましょう。それまでは、ウータン丸様が敵を無力化しますのでMP尽きるまで、敵を倒してください」
「分かったで」「分かりました」
茜と葵は納得して返事をした。
「MPが尽きた後は、私とユーで敵を殲滅します」
「あの、ミリアさんは?」
「ああ、ミリアの魔法は消費MPが大きすぎるのでよっぽどの強敵が現れない限り使えません」
「あの、魔法と魔術って違うんですか?」
「違いますよ。魔法は自然現象を再現する方法で、言葉自体が効果を表します。魔術は文字を組み合わせて効果を発揮させる方法です。特徴として魔法は高威力、高消費で、攻撃魔法が多いです。対して、魔術は言霊を組み合わせることで、威力、消費魔力、効果を自在に変更できるのですが、威力は魔法の半分以下しか出せません」
「なるほど、ミリアさんは切り札って事ですね?」
「切り札というよりは出来るだけ使いたくないというのが正しいですね」
「なんでですか?」
「言ったでしょう?MPは食事で回復すると、つまり、ミリアが魔法を使うとエンゲル係数が跳ね上がり、報酬を食費が上回ってしまうんです。なので使いたくないですね~」
「魔法使う。お腹減る」
ミリアは無表情のままお腹を抱えるポーズをとった。
「なるほど、良く分かりました」
(という事は、私の空腹感もMPのせいか……)
「あの、MP無くなったら倒れたりするんですか?」
葵は心配になって質問した。
「大丈夫ですよ。空腹感はありますが、それだけです」
「それなら大丈夫ですね。もう一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「アランさん。なんで、駅が残っているのに、その周辺には建物が無いんですか?」
最初に訪れた建物『PiaDo』もそうだが、商業施設なのに、周りに他の建物が無かったのだ。道路は残っているものの草原が広がっていた。まるで、建物だけが切り取られたようになっていたのだ。そして、今歩いている線路と駅もそうだった。
「それは、2年前の出来事のせいです。元々、この世界も君たちが居た世界の様に魔物も魔法も魔術も存在しなかったんです。でも2年前、この世界に魔王が生まれてしまった」
「魔王?」
「そうです。世界のルールを変革するものが生まれてしまったんです」
「それで、どうなったんですか?」
「魔王は世界に魔力を作ってしまいました。その結果、魔物が大量に発生し、人間を襲い、建物を破壊し始めたんです。そこで、神は世界を守るために結界を張ったんですが、一部の建物にしか結界を張れなかったんです。その結果がこの風景です」
「なるほど、だから文明は滅ぶ事なく、魔物が徘徊する世界になったんですね」
「その通りです。そして、これから向かう聖域には、魔力を生み出す魔晶石というものがあります。それを封印するのが目的です」
「なるほど。ちなみに、2年前、どれぐらい死んだんですか?」
「世界の人口は100分の1になりましたよ」
「その割には、住民たちは落ち着いていましたね」
「神の啓示がありましたからね。神を信じない人たちも姿を目撃すれば信じざるを得ませんからね。そして、私たち天使が世界に遣わされ、魔物たちを退治して回っていますから、秩序は取り戻しています」
「なるほど、状況は分かりました。ちなみに、私たちは何でこの世界に転移したんですか?」
(神が呼んだのか、それとも魔王が呼んだのか……)
葵は神を疑っていた。
「正直に言いましょう。神ですよ。人口が著しく減ってしまった人類には迷宮を攻略し、魔晶石を封印出来るだけの戦力がありません。だから、異世界から呼び寄せることにしたんです。もちろん、全ての魔晶石を封印し、魔王を倒す事が出来れば元の世界にお返しします」
「やっぱり……」
(何の説明もなくこの世界に呼んだ神を恨むべきなんだろうけど、アランさんとミリアさんが堕天した理由聞いたら神に逆らうのは危険だな……)
「こちらの都合で呼んだのです。出来る限り護衛します」
「それは、神に言われたからですか?」
「それもありますが、私個人としては、この世界の都合に付き合わせるのですから、出来る限りのサポートを行うことは当たり前だと思っています」
「神は信じられないけど、私はアランさんを信じます。その上で聞きます。冒険者ギルドで冒険者の死亡報告はあまり無いと聞いたんですが本当ですか?」
「ああ、なるほど、冒険者ギルドの話には嘘は無いですが、勘違いさせるような言い回しをしていますね」
「勘違い?」
「ええ、死亡の報告はあまりないんですけど、行方不明者は多数居ます」
「行方不明?」
「冒険者の最後を見とった人が居れば死亡報告となるんですが、迷宮でパーティーが全滅した場合は、行方不明になるんです。もっと言うと目撃者の居ない状態で魔物に殺されても行方不明なんですよ……」
「ああ、という事は、やっぱり危険な仕事だったんですね……」
「まあ、魔物と殺し合いをするんです。危険しかないですよ」
「そうですよね」
「でも、大丈夫。葵さんと茜さんは、私が責任を持ってお守りしますから」
「よろしくお願いします」
「難しい話は終わったみたいやな、さあ蕪島神社に行くで」
茜は、葵とアランの話を殆ど聞いていなかった。茜は難しい事は考えずに今を生きていた。
「お姉ちゃんは死ぬのが怖くないの?」
「葵、人間、死ぬときは死ぬんや。それに、今、死ななくてもいずれ必ず死ぬ時が来る。だからな、どれだけ長く生きたかなんて何の意味もないんや。どれだけ楽しく生きたかが重要や。だから、うちは楽しいと思ったことをやるんや。その結果、死ぬことになっても最後まで楽しめたらいいんや」
茜はそう言って最高の笑顔を葵に見せた。
「お姉ちゃんは、凄いね」
「せやろ。だから、葵も気楽にしとったらええ」
※実際に訪れる際は、JR八戸駅から、JR八戸線に乗り換えて、鮫駅まで行きます。そこからは、種差海岸遊覧バス「うみねこ号」が出ています。バスの運行は観光シーズンの4月から11月に合わせていますので、詳しくはインターネットで検索してください。