ハローワーク
読み方
「」普通の会話
()心の声、システムメッセージ
『』キーワード
<>呪文
「お姉ちゃん!」
赤い瞳、長い水色の髪に青い装飾品を付け、白い服を着た少女、琴葉葵が自身の双子の姉、赤い瞳、長いピンク色の髪に赤い装飾品を付け、黒い服を着た少女、琴葉茜に話しかけた。
「葵。うちは、ボケたんやろか?ここまで移動してきた記憶が無いで?」
茜は、急激に変化した視界を記憶喪失の結果と勘違いしていた。
「お姉ちゃん。違うよ。ボケたんじゃないよ。魔方陣が現れて、どこかに移動したんだと思うよ?」
「え?そうなん?魔方陣って、あの光みたいなやつか?てっきりボケのせいで幻覚が見えたとおもっとったわ」
「違うよ。異世界に転移したんだと思うよ。だって、目の前にゴブリンが居るもん」
葵と茜の目の前には小さい醜い緑色の肌の禿げた醜い生き物が棍棒らしきものを持って立っていた。
「え?これってゴブリンなん?小汚いおっさんの間違いやろ?」
「いやいや、小汚いおっさんなわけないでしょ。肌の色、緑色だし」
「そうなんか?糖尿病とか肝臓やられとったら緑色にもなるんちゃうん?それに酒瓶みたいなもん持っとるし、どう見ても不健康な小汚いおっさんやろ?」
「いや、酒瓶じゃなくて棍棒だし、変な唸り声上げてるし、とりあえず逃げない?」
「いや、大丈夫やろ。今も襲ってこうへんし、たぶん死にかけの小汚いおっさんやって」
「いやいや、今は私が目を見てるから動かないだけで、視線を逸らしたらきっと襲ってくるって!」
葵は茜の能天気さに呆れながらも茜に逃げるように勧めた。理由は、武器を何も持っていないからだった。
「おい!おっさん!なにじろじろ見とんねん、警察呼ぶぞ!」
茜が威圧するとゴブリンは驚いて逃げて行った。
「え?」
「ほらな、やっぱり小汚いおっさんやったろ。脅したらすぐ逃げよった」
「あの、違うと思うけど。もう小汚いおっさんでいいや」
二人が居る場所は、草原だった。あたりを見渡すと遠くにピンクっぽい建物が見えた。
「とりあえず。あのピンクっぽい建物にいかへん?」
「他に当てもないし行くしかないよね」
二人はピンクっぽい建物に向かって歩き始めた。
途中で他の魔物に会うこともなく二人はピンクっぽい建物にたどり着いた。
「なあ、葵。これってアルファベットよな?」
「そうだね。お姉ちゃん」
ピンクっぽい建物の手前に白い逆三角形の看板が置いてあり、そこには緑の文字で『PiaDo』と書かれていた。
「ピアドゥってなんや?」
「そう読めるけど、意味は分からないね」
二人がそんな話をしていると年老いた老婆が近づいてきた。
「あ、人間や人間がおる。話きいてみいひん?」
茜が近づいてきた老婆に気づいた。
「賛成」
二人は老婆に駆け寄って話しかけた。
「え~っと、ここはどこや?」
茜が聞くと、老婆は答えた。
「こごは、あおもりけんはづのへし、ぬまだでだ。がんど、どっがらかきたど?」
「えっと、何を言っているのか分からりません」
葵は正直に答えた。
「ああ、なまってでわがらねぇが、わげもんつれでくるはんで、こごでまってろ」
そう言って、老婆はピンクっぽい建物の中に入っていた。
「何を言ってたか分かる?お姉ちゃん?」
「分からへん。でも、うちらの言葉は理解しているようやな」
「そうだね。しっかりと答えてたよね。そして、最後の言葉は分かった」
「待ってみよか」
二人が待っていると今度は中年の男性と老婆がやってきた。そして、老婆が中年男性に話しかける。
「このわらしだぢ、そどがらはいってきて、こごがどごがきいできたがらこたえだけんど、わのなまりひどくてつたわってねぇ、おめがらせつめいしてけろ」
「分かった。私から説明するよ」
「んだば、まがへだ」
そう言って老婆はピンクっぽい建物に入って行った。
「やあ、君たち、ここは青森県八戸市の沼館にある『ピアドゥ』という場所だ。君たちはどこから来たの?」
「え?ここって日本何ですか?」
葵は衝撃を受けていた。知っている地名だった。本州最北端の青森県、その東側にある港町八戸市だった。
「ああ、日本だよ」
「異世界転移じゃなかった?いやいや、ゴブリンが居たし、私が知っている日本のはずが無い」
葵は、名称は一緒だが異世界だと思った。
「なんや、やっぱりさっきの緑色の肌の生き物は病気で死にかけの小汚いおっさんやったやん」
茜は勝ち誇ってそう言った。
「いや、あれは正真正銘ゴブリンだよ。お姉ちゃん」
「ああ、あんたら漂流者か?」
『漂流者?』
二人は声を合わせて聞いた。
「ああ、地名は同じだが、魔物の居ない世界から転移してきた者たちを漂流者と呼んでいるんだ」
「じゃあ、やっぱり私が知っている日本とは違うんですね」
「そうだ。あんた達の知っている日本とは地名や建物の位置はだいたい一緒らしいが、魔物が居たり魔術があったりと違いは様々ある。まずは、冒険者ギルドに行って登録だな」
「冒険者ギルド?」
葵は嫌な予感がしていた。異世界転移の定番、冒険者ギルド。それは、命がけの仕事を押し付けられる危険な場所だった。
「ああ、この世界で、漂流者が生活できるように仕事を斡旋してくれる組織だ」
「それって、もしかして魔物退治とかですか?」
「良く分かったな。でも、そんなに心配しなくても良いよ。冒険者になるのは手に職を持ってない無能だけだから」
その答えを聞いて葵は、自分の職業が決まったと思った。茜は「なんとかなるやろ」と思っていた。
中年男性に案内されてたどり着いた建物にはハローワークと書かれていた。そして、公共職業安定所という縦長の看板も置いてあった。
「なあ、葵。ここって職安よな?」
「そうだね。お姉ちゃん」
「なら、冒険者にならなくても済みそうやな」
「そうだといいね」
二人が建物に入ると受付へ案内された。
「この二人、漂流者なんで、適性検査と仕事の斡旋を頼む」
中年男性が受付の女性に話をすると、受付の女性は笑顔で二人に話しかけた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
「あの、ハローワークですよね?」
葵が確認する。
「ああ、あれはこちらの世界の住人にとっての看板であり表記です。漂流者にとっては冒険者ギルドとして業務を行っています」
「あくまでも、冒険者ギルドなのか……」
「何と言いますか、もともとはハローワークだったんですが、漂流者が現れるようになり、別の建物を用意するのも予算が無いので、似たような業務を行っているハローワークが、冒険者ギルドの業務を行うことになったんです」
「はぁ、分かりました」
「では、まずは適性検査を行いますので、2階の3番窓口にこの用紙を持って行ってください」
受付の女性は求職申込表を二人に渡した。
「普通に求職申込表なんやな」
「ええ、仕事を求めているという意味では冒険者も求職者も一緒ですので」
「なるほどな」
二人は言われた通り2階の3番窓口に求職申込表を提出した。では、こちらにお掛けください。窓口の女性に進められて椅子に座る。椅子の前には水晶の球が置かれていた。
「では、その水晶の球を触ってみてください」
「これでええか?」
茜が水晶の球を触ると赤い炎が水晶に映し出された。
「ええ、大丈夫ですよ。茜さんは火魔術師の才能あるみたいですね」
「火魔術師?」
「ええ、火の魔術を使える才能です」
「じゃあ、うちは魔術をつかえるっちゅうことか?」
「そうです」
「どうやるんや?」
「魔術は、魔力を込めて呪文を唱えることで発動します」
「面白そうやな、試してみたいんやけど?」
「分かりました。お連れ様の才能を確認してから訓練場へ案内いたします」
「葵、才能はなんやった?」
葵は茜の隣の席で水晶の球を触っていた。そこには透明な水が映し出されていた。
「葵さんの才能は水魔術師の様ですね」
「あの、火魔術師と水魔術師の才能を持っている場合、冒険者以外の職業につけますか?」
葵は、絶望的な表情で受付の女性に質問した。
「無理ですね。会計とか、掃除とか、料理とかの才能であれば冒険者以外の職業につけるんですが、戦闘系の才能を持っていた場合は冒険者にしかなれません」
「ですよね~」
「なんや、葵。冒険者になるんが嫌なんか?」
「お姉ちゃん。冒険者になるって事は命がけで戦うってことだよ。嫌に決まってるでしょ」
「でも、魔術が使えるんやで、面白そうやないか?」
「命がかかってなければね」
「まあ、そう言わんと一遍魔術っちゅうもんを使ってみよ。気が変わるかもしれへんで?」
「まあ、お姉ちゃんがそう言うのなら……」
「では、訓練場までご案内いたしますね」
受付の女性は笑顔で二人を訓練場へ案内した。
訓練場は、ハローワークの隣に隣接されていた。そこは100メートル四方の運動場のような場所で、多くの冒険者志望の人間たちが訓練を行っていた。
琴葉姉妹は、魔術の練習場に案内された。そこには、射撃場の様に的が置いてあり、的までの距離は50メートルだった。
「さあ、こちらで思う存分、魔術をお試しください」
「魔力の操作方法は?」
「なんとなく感覚で分かるはずですよ。体を巡っている力の流れを感じて手のひらに集中させる感じでやってみてください」
「こうか?」
茜は言われたとおりに意識を集中させてみた。すると、不思議な事に力の使い方が分かった。
「わっ!ほんまや、なんや力を感じるで」
「では、魔術の呪文ですが、簡単に説明すると属性の言霊と形の言霊と効果の言霊を組み合わせて使います」
「なんや、ようわからん」
「火の魔術であれば、属性の言霊は火、形の言霊は矢、効果の言霊は貫でファイヤアローの魔術が使えますよ」
「ふむ、言葉の組み合わせで発動する魔術が決まるっちゅうことか」
「その通りです」
「さっそくやってみよ」
茜は右手に魔力を集中させて、呪文を唱えた。
<火矢貫>
茜の右手から炎の矢が打ち出されて的に命中し、的が燃え落ちる。
「おお、これが魔術か、凄いやんけ、これなら死にかけの小汚いおっさんなんていちころなんちゃうん?」
「すごいね。お姉ちゃん……」
葵は魔術の予想外の威力に驚いていた。この威力なら確かにゴブリンなど一撃で殺せそうだった。だが……。
「あの、魔物って色々居るんですよね?」
「ええ、種類はたくさんあります」
「ファイヤアローで殺せない魔物ってこの辺に居たりします?」
「居るにはいますが、特定の場所にしか生息していませんし、危険な場所に行かない限りは安全ですよ」
受付の女性は笑顔で答えた。
「もう一つ、冒険者の死亡率とか分かります?」
「そうですね。死亡例はあまり報告されていません」
(受付の女の人は、嘘はついてないように見える。でも、本当に大丈夫なのかな?死ぬのは怖いけど、働かざる者食うべからずだしな~。やるしかないか)
葵は心を決めた。
「水の魔術は属性の言霊は水で良いんですか?」
「そうですよ。試してみます?」
「はい」
葵は右手に魔力を集中させて、呪文を唱えた。
<水矢貫>
葵の右手から水の矢が打ち出されて的に命中し、的が砕け散った。
「葵、やるやん。これなら、うちら冒険者としてやっていけるんちゃうん?」
「選択肢はないみたいだし、私、頑張ってみるよ。お姉ちゃん」
「では、求職申込表に必要事項を記入の上、1階の受付に提出してください」
琴葉姉妹は、求職申込表に必要事項を記入し、1階の受付に提出した。
「では、こちらが冒険者証となります」
「がっつりハローワークカードって書いてますけど?」
茜は冒険者証というからには、なんかそれなりの物が来ると思っていたのだが、予想を裏切られた。
「別途、冒険者証を作る予算が無いんです。ごめんなさい」
「まあ、ええわ。それで、何をしたらお金がもらえるん?」
「魔物を倒すと魔石になるので、それをお持ち頂ければ換金いたします。とりあえずゴブリン2匹倒すのをお勧めします」
「ああ、あの死にかけの小汚いおっさんか、分かった。ほな行くで葵」
「うん。行こう。お姉ちゃん」
こうして二人は冒険者となった。