落としの源さん
僕はまだ捜査一係所属を拝命して間もない新人刑事だ。
何しろ僕は、生来気が弱く、そんな性格を憂えた警察官の父が柔道を習わせたり、剣道を習わせたりして精神を鍛えようとしたほどで、その成果があったのか、高校を卒業する頃には随分と積極的な性格に変わり、警察官を目指すほどになった。
しかし問題があった。
僕には霊感がある。小さい頃から人には見えない物が見えてしまうのだ。
気が弱かったのはそれが一因していて、イジメの原因にもなったことがある。
刑事になれたのは嬉しかったが、殺人現場に出向くのは嫌だった。
被害者の霊が見え、しかもその事でその霊に着いて来られ、一晩中枕元で泣かれた事もある。
本当にストレスと疲労が蓄積したが、まさか、
「霊が見えるので殺人事件は担当できません」
とも言えず、苦悩した。
父だけは僕の霊感を知っていたので何かと気遣ってくれた。そして、
「私が現役の時、落としの名人が後輩にいた。彼は今でも捜査の最前線にいる。彼についてみろ。きっと道が開ける」
と話してくれた。
僕にはそんな事で何かが変わるとは思えなかったのだが、とにかくこのままではいけないとも思っていたので、その人についてみる事にした。
そのベテランの方の名前は磐木源蔵。いかにも「デカ」という風体の人だ。
磐木さんは僕の父に世話になった事を話してくれた。
そして僕が思い悩んでいる事も知っていた。
「親父さんからも連絡をもらってる。デカとしてやってけるか、俺についてよく考えてみろ」
「はい」
磐木さんはニッコリして、
「じゃ、取調べの書記を頼む」
と言うと、先に取調室に行った。僕は刑事課に行き、準備を整えてから取調室に向かった。
僕が入室すると、丁度容疑者が椅子に座らされるところだった。
僕は先輩たちに目礼し、隅にある椅子に座って調書を広げた。
「さてと。始めようか」
磐木さんの凄みのある声が聞こえた。横目で見ると、容疑者は半笑いの顔で磐木さんを見ていた。
(どうやって落とすんだろう?)
僕は調書と容疑者の顔を交互に見ながら磐木さんの動向に興味を向けた。
「うわああああ!」
調書を取り始めてまもなく、容疑者が急に叫んだ。僕はギクッとしたが、
「お前なんだろ、殺したのは。全部吐いてすっきりしちまえよ」
と言う磐木さんの声に彼を見た。
まさしく腰が抜けた。
磐木さんの背後に、容疑者に殺された被害者の霊が立っていたのだ。
僕はまた見えてはいけないものが見えていると思い、調書に目を戻した。
「わあああ! やめてくれ! そんな目で俺を見ないでくれ!」
容疑者の絶叫にも近い声。
えっ? 容疑者にも霊が見えている?
僕は不思議に思い、もう一度勇気を振り絞って磐木さんの方を見た。
磐木さんは容疑者の手を握っていた。容疑者は必死に謝っている。
もしや? しかしそんなことが可能なのか?
それからまもなくして、他の刑事がどれほど追求しても全く落ちなかった容疑者が全ての犯行を自供し、「落ちた」。
取調室を出て刑事課に戻る途中、僕は磐木さんに声をかけた。
「磐木さん、もしかして・・・」
「そうだよ。お前と同じ。霊が見えるのさ、俺にも」
「・・・」
僕は嬉しいような恐ろしいような思いで尋ねた。
「磐木さんには人に霊を見せる力があるんですか?」
磐木さんは僕を廊下の端まで連れて行き、
「そんな力なのかどうかわからんが、容疑者に触れる事によって俺に見えてるモノを見せる事が出来るようだな」
「でも最初は霊はいなかったですよね?」
「呼んだのさ。容疑者を観念させるためにね」
「・・・」
僕は唖然とした。磐木さんはニヤリとして、
「俺が落としの源さんと呼ばれているのは霊感のおかげなのさ。どうだい、お前も道が開けたろ?」
確かにある意味道は開けたが、僕にできるかどうかは大いに疑問だった。
「俺も霊が見えて散々ストレスが溜まった時期があった。見えて困るという発想から見えるのだから互いに協力する、という発想に切り替えたんだ。そうすれば、見えることが煩わしくなくなる」
磐木さんの説得に僕は耳を傾けたが、首を縦に振る事はできなかった。すると磐木さんは、
「心配するなって。この力を教えてくれたのは、お前の親父さんなんだからさ」
僕はそれを聞いてもうやるしかないと自分に言い聞かせた。
父に嵌められたのかな?
そんな風にも思えた。