「あれから」と「これから」
あれから僕たちの距離はずっと近くなったはずだけど、実感がまるで無かった。
今日もこうして、2人で図書館にいる。
僕たち付き合ってるってことでいいよね?と何度も確かめたくなった。しかしそんな失礼なこと聞けるわけもなく。
けど、これはこれで嫌いじゃない。やってることはいつもとそう変わらないのに、僕は前より高宮のことを意識している。
それは僕が間違いなく彼女に恋をしていることの証明で、今の状況があの日の告白の延長にあるという事実に喜びを隠しきれなかった。
...高宮がそこまで思ってくれてるかは分からないけど。
「高校どうしようかなぁ。」
高宮が教科書を置き、気怠そうに独りごちる。
甘酸っぱい体験は過ぎ去って、僕たちは3年に上がっていた。
今は受験シーズン真っ盛り。どこかへ遊びに行くこともなく、勉強をするためにいつもの様に図書館へ来ているのだ。
本当は高宮と一緒に行きたい場所がいくつもあったが、時期が時期だ。これは彼女の人生を左右することでもあるし、迂闊なことは言えなかった。
「候補は決まってるの?」
「うーん、一番は西高かな。翔太は南高だっけ?」
「え?あ、ああ。でも高宮が西高なら僕もそこに...。」
西高って、確か...
「もしかして翔太、私が先輩を追いかけて西高に行こうとしてると思ってない?」
「べ、別に、そんな...。」
図星だった。
中2の終わり頃に、僕も例の先輩と話をしたことがあった。
一足先に受験生になった先輩にアドバイスを貰いに行こうと高宮に誘われたのがきっかけだったと思う。
僕は彼女との時間を奪われるようで悔しかったけど、受験が不安なのも本心だったのでついて行った。
爽やかな人だった。常に明るくて大らかで、その上アドバイスは的確で、僕が勝てる要素
はなかった。
先輩は西高を目指している旨を話した後、去り際、僕だけに聞こえるように
「高宮をよろしくな。」
と囁いた。
腸が煮える思いだった。
どの口が言うんだ。お前のせいで、高宮がどれだけ悩んでいた分かるか。
湧き上がる激情を必死に抑えた。
久々に先輩と話せた高宮が、とても楽しそうだったから。
「せっかく先輩が卒業してライバルがいなくなったのに、私が西高に行ったらまた出会っちゃうもんね。それが怖いんでしょ。」
「ち、ちが...いや、うん、そうです...。」
これ以上取り繕うのは無理だ。
「で、私が取られないように翔太もついてくる...と。また彼氏気取り?」
「そんな!今は”気取り”じゃないだろ?」
「あ、自覚あったんだ。」
「そりゃまあ。」
「でも翔太の彼氏としての立場、そろそろ危ういよー。」
「え、なんで...やっぱり先輩が...。」
「違う違う!だって告白してきたくせに、そこからなーんにもないじゃん。一応確認だけど、私たち、付き合ってるってことでいいんだよね?」
「そ、そうだよ!けどほら、中2の夏が終わったら、もう受験が迫ってくるわけだろ?だから邪魔したくなくて...」
僕が一番聞きたかったことを逆に質問されて食い気味に答えた。言い訳がましくなったけど、高宮も同じ気持ちだったのが嬉しい。
「はぁ...受験ねえ。それだよそれ、受験が近くなるからその前に楽しんでおこうとか思わないの?恋について研究を続けるとか何とか言っといて、すぐにお勉強モードになっちゃったし。私がこれ見よがしに恋愛モノ読んでても翔太は教科書ばっか見てたじゃん。」
「いやあの...すみません。」
怒涛の責めに対し、僕に許されるのは謝罪だけだ。
本当は高宮のことばかり気になって、気恥ずかしさを隠すために教科書に集中するフリをしていたのだけれど。
もしあの状況で恋愛モノなんて見たら、受験を捨てて高宮と一緒に過ごしたくなったはずだ。でもそれは迷惑だろうから我慢してたんだよ。
まあ、そんなこと言っても聞き入れてもらえそうにないけど...。
「そうこうしてる間にこんな時期ですよ。私ももうちゃんと勉強するしかないじゃん。せっかく先輩にも頼んで焚きつけたのに...。」
「え?」
「いやー、私が先輩の前で楽しそうにしてるとこを見たら燃えてくれると思ったんだけどなー。効果無かったかー。」
なにそれ
「よく考えて。私がまだ先輩のこと好きだったら、今もこうして翔太と一緒にいる必要ないじゃん。卒業式あたりで再アタックしてたよ。」
なにそれ、じゃああの時やけに楽しそうだったのは、先輩と話せたのが嬉しいからじゃなくて、僕の反応を見て期待してたからってことか⁉︎
「だ、だったらなんで高宮は西高に...。」
「あー、それ?実は私のお姉ちゃんが通っててさ。色々話を聞いてたんだよね。で、西高いいなーって。」
「お、お姉さんいたの⁉︎」
「あれ、言ってなかった?」
「初耳だよ!全然知らなかった...。」
「しっかし、翔太くんは南高かぁ〜。寂しくなっちゃうなー、どうしよっかなー、西高はイケメン多いってお姉ちゃん言ってたなー。」
「いやいやいや、今決めた!僕も絶対西高行くから!」
「え〜?頭のいい翔太くんなら進学校の方がいいんじゃないの〜?」
「こ、これは償いというか...中学校で楽しめなかったぶん、高校でいっぱい、ね?今度はもっと頑張るからさ。別々の高校行って自然消滅とか嫌だし...」
「相変わらずチョロいな〜。すぐ必死になっちゃって。」
「うぅ...だって...」
「ふふっ、これからもよろしくね、翔太。」
「...ああ。こちらこそ、高宮。」