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アルカラスの灯は紅く煌く  作者: 橋本 泪
6/6

trajati

「作戦は理解できたか」

「意外と単純だな」

「あとはお前らの魔法コントロール次第だ。人命がかかっていることを忘れるな」


一気に緊張感を取り戻した二人。

調子に乗って失敗されては困るからな。


「ほら、行けよ」

「うっ、うるさい指図するな!」


今から僕の指図通りに動くんだろ、早く行け。


カーチーンが地面に手を当てる。


細柱ピリエ!」

「うおぉ! なんだ!」


その言葉と同時に数十人の人質の下の地面が隆起し、細い柱が下から突き上げた。

これで市民とテロリストを引きはがすことに成功した。


しかし柱はすぐに崩壊する。


「もう崩れるのか! 情けないぞカーチーン!」

「ごめん、フォンテーン! こんなに多く出すのは初めてで!」


無駄口をたたくな。

次はお前の番だ。


緩衝キッセン!」


右腕を引っ掻くように振ると、無数の水滴が落下する市民めがけて飛んでいく。

その水滴が楕円形に広がり、クッションのように彼らを受け止めた。


作戦成功だ。

あとは……。


「教授!」


ゴホッゴホッ。


でかい声を出すのは苦手だ。


「市民の受け取りを!」


彼はうなずき魔法を唱えた。


滑落スクルザフカ


水のクッションに乗った市民たちが、まるでウォータースライダーのように空中を滑り落ちていく。

彼が魔法でこちら側へ風の流れを作り出しているのだ。


こうして人質を取り戻すことに成功した。


「七光り、緩衝キッセンは解除していいぞ。これで存分に魔法が使えるだろ」

「誰が七光りだ! それになめるなよ、僕は複数の魔法を同時に使いこなせる!」


そんなこと僕たちのレベルなら当然だろう。

すぐに調子に乗るのは良くない癖だ。

おかげで扱いやすいが。


人質が解放されたのを見て、防衛団員は早くも戦闘態勢に入っている。

武器を構えテロリストに突進するもの、魔法の準備動作に入っているもの。

一方の総合軍学部生は動き出しが遅れている。

経験の差という奴か。


だが申し訳ないな。

今回は若手に譲ってくれ。


僕は地面を這わせるように手を振り上げた。


炎壁フランビラティ


テロリストと防衛団の間に巨大な炎の壁を作る。

それなりの軍人なら破れるかもしれないが、僕の意図は伝わっただろう。


ガイターノ教授とアイコンタクトを取る。

彼はうなずいた。


許可は得た。

さあ見せてやれ。


「行け、バカコンビ」

「誰がバカだ!」


彼らは大声で叫び、テロリストに突っ込んでいく。

恐怖心は完全になくなったようだ。


「俺たちも行こう!」


いつの間にやら隣に来ていたジェルダンが僕に呼びかける。


後乗りどもめ、僕の作戦の邪魔をするな。

ここまでの努力を水の泡にする気か。


炎壁フランビラティ


僕は両手を振り上げ、クラスメイトの前にも壁を作り上げた。


「何するんだよイヴァン!これじゃ遠隔攻撃すら……」

「静かにしてくれ」


彼は少し驚き、そして表情をこわばらせている。

ビビるなよ、旧知の仲だろ。

そんなに怖い顔をしているか?


僕は自分の正面に腕を伸ばし、魔力を込める。

フォンテーン、カーチーン、感謝する。

人質は解放、騒ぎに気付いたほかの市民は避難済み。

そして君たちが突っ込んだおかげでテロリストたちはこちらに大して気が回っていない。

相当な雑魚だな。

だが戦力差数十を相手に大立ち回り、総合軍学部生の意地を見せたんじゃないか?

おかげでゆっくり狙いを定められる。

最期にふさわしい、素晴らしい活躍だった。


そう、最期だ。







アルカラスに出来損ないはいらない。

じゃあな可燃ゴミども。






焼却スパリバニエ


小さな火の玉がテロリストと二人めがけて飛んでいく。

そして一人のテロリストに衝突した。

と同時に。






ゴオォォォォォ。






すさまじい音を立て、巨大な火球が辺り一帯を燃やしている。


実に美しい。


火というものは、はるか太古の昔から人間を引き付ける不思議な魅力を持っている。

しかし想像よりも威力が強かった。

これは反省点だ。


何はともあれ、これでテロリストは壊滅。

尊い犠牲も二人で済んだわけだ。







そう思った矢先。


火球により燃え上がった場所に、三つの人影が見えた。

煙がはれ、その正体が少しずつ見えてくる。


敵か?

いや……。


そこにあったのは人の形をした三つの岩。

二つは小太りのチビの形、もう一つは……女性、か?


ぽろぽろと岩が向けはじめ、内包されていた彼らの衣服や肌が見え始める。

後ろの二人は間違いない、フォンテーンとカーチーンだ。

岩が完全に剥がれ、中から出てきた二人が膝をついて崩れ落ちる。


「はぁ、はぁ、死ぬかと思った……」

「レイノルズ、貴様……!」


二人が僕にきつい視線を向け、何か言おうとしたその時。


「身内殺しは感心しないな」


もう一つの岩から口元だけが表出し、僕にそう言った。


少しずつあらわになっていくその姿。

身長は百七十センチほど、特別大きいわけではないがしっかり認識できるバスト。

やはり女性か。

長く伸びた黒髪は、無造作にぼさぼさで放置されている。

大人びた顔立ち、それに相反するガキ臭い無邪気な表情。

赤いローブ。

そして襟には金字でXVI(16)の刺繍。


これは、さすがに想定外だったな。


ガイターノ教授とドンカスター少佐は彼女の前で右手を胸に当てた。

これはアルカラスのジェスチャーで、敬意を表する際に使われるものだ。

もとは国営防衛団の中だけのしきたりだったが、今では国民の多くがこのジェスチャーを使って防衛団への敬意を表したりする。


「お騒がせして申し訳ありません。彼らは過激派のテロ組織、遠征中止を求め我々と……」

「迅速な対応が功を奏し、市民に重傷者はいません。現在防衛団が保護を……」


すぐさま報告を始める教授と少佐。

さすがにこの二人でも頭が上がらないか。

それもそうだろう。

なぜならこの人は。


「あいあい、報告は本部にしといて。私はこの子に話があるんだ。確かー、イヴァン! イヴァン=レイノルズ、だっけ?」


彼女は頭をポリポリ掻き、左上を見ながら僕の名前を紡ぎだした。

そしてこちらを見つめている。

柔らかい表情をしているのに、とてつもない圧力を感じる。


右手を胸に当て、返答しようとすると、彼女が先に言葉を続けた。


「お初にお目にかかりまっす、私はアルカラス国営防衛団中将にして十六番隊隊長、ミガロ=アルカランだ。今日から三か月、君の引率役としてクォノ遠征に同行する。よろしくな」











「お初にお目にかかりまっす、私はアルカラス国営防衛団中将にして十六番隊隊長、ミガロ=アルカランだ。今日から三か月、君の引率役としてクォノ遠征に同行する。よろしくな」


彼女がそう口にした次の瞬間、その場にいた人間は皆唖然とした。

僕も例外ではなかったかもしれない。


「な、ミガロ中将、それはいったいどういう……」

「今言ったとおりだ。私はクォノへの引率役として、イヴァン=レイノルズとマリア=ネイピアーに同行する」

「し、しかし」

「何もわがままを言っているわけではない。カザン大尉が先のピルス派遣の帰路で負傷したことは知っているだろう。その後任決めに難航していたようで、クォノに所用がある私に白羽の矢が立ったわけだ」


彼女はドンカスター少佐に反論のスキすら与えない。

そして再びこちらに顔を向け、少し意地悪な顔で僕に笑いかける。


「申し遅れました。アルカラス王立大学総合軍学部三年、イヴァン=レイノルズと申します。三か月間、未熟者ではございますがご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「まあ、そう固くなるなって。それに君は嘘が下手だな」

「嘘?」


髪を掻き上げ、額に手の甲を当てている。


「君は私のことが嫌いだろう」


彼女はこちらも見ず、ローブの袖をすりすりと触りながら僕に問うた。

一体何のことだか!なんてとぼけるのも時間の無駄か。


「確かに僕があなたのことを知っていて当然とでもいうような口ぶりは、少々高慢ちきだとは思いましたが」

「レイノルズ!」


ガイターノ教授が恐ろしい形相をして僕の方に詰めよろうとしたが、ミガロ中将がすっと腕を出してそれを止める。

ドンカスター少佐も僕の発言に明らかな不快感をあらわにしている。


「これから三か月間を共にするわけだ。不安要素は早めに取り除いておくべきだろう。お互いを開示しようじゃないか」

「ご自由にどうぞ」

「はっはっはっ! つれないねぇ」

「貴様いい加減にしろ! 天才だか何だか知らんが中将に向かって無礼が過ぎるぞ!」


少佐が中将の制止を振り切って僕に掴みかかる。

奥の方にはまだ市民がいる。


「いいんですか? 僕はメディアによって都合のいい正義のヒーローに仕立て上げてる。この状況をあの市民たちが見たら評価を落とすのはあなただ」

「ぐっ」


彼は僕の胸ぐらから手を放し、どさくさに紛れて軽く突き飛ばしてきた。

学生相手にこんなやり返し方しかできないのか。

それに僕を小突いた罪は重い。


「人質の救出すらできない無能が僕に楯突くな」

「貴様ぁぁぁぁ!」


はぁ。

何のために一度怒りを収めたのか。

我慢の限界に達したドンカスター少佐は剣を抜き、僕に斬りかかる。

その剣にはいかづちが帯びており、バチィッと大きな音を鳴らしている。

見事にかかってくれたな。

プライドの高いやつは扱いやすくていい。


雷振セミチェルキオ!」


甘い、甘すぎる。

こんな奴が少佐なんて国の恥だ。

国営防衛団に雑魚はいらない。

潔く死ね。


灯影シエンカ……」


ドンカスター少佐の影から現れた無数の細い炎の柱が彼の体を串刺しにし、燃え上がった。

地獄のように燃え盛る人体。


「なぜ毎度邪魔をするんですか」

「言ったろ? 身内殺しは感心しないな、と」

「正当防衛ですよ」


中将はやれやれとため息をついているが、その表情は明るい。


「ミガロ中将! なぜ邪魔を! 僭越ながら今回は手出し不要でした!」

「本気で言ってるのか?」


彼女は囂々と燃え盛る物体を指さす。

岩か土か、何か自然の素材からなるそれは先ほどまで人の形をしていたが、今は見る影もない。

手ごたえが薄いとは思った。

とっさに身代わりを造ったのだろう。

さすが中将だけあって判断力と魔法創生の速さが違う。


「当然躱せていました! 私は体を電気にして……」

「あいあい、邪魔してごめんね」


彼女は少佐の言い訳を適当に聞き流し、彼と僕に向かって忠告した。


「ったく、二人とも堪え性がなさすぎる。癇癪は兵士に不要だ。戦場で癇癪なんて起こしたら自分どころか仲間の命まで危険にさらす。大いに反省しろ」

「……申し訳ありません」

「以後気を付けます」


僕は謝罪の言葉を口にしなかった。

それを見た少佐はお前も謝れとでも言わんばかりの表情でこちらをにらみつける。

そういうところだよ。

俺ですら謝ってるんだからというプライドが露骨に透けて見える。


「周りを見てみろ。団員も学生たちもみな冷静に傍観していたぞ、彼らを見習え」


雄弁な身振り手振りで彼女はそういった。

さすがに皆皮肉と気付いているようで、悔しそうな表情をしている。

テロリストを前にしても、団員と僕の小競り合いを見ても何もできなかったのだ。

それなりに思うところはあるのだろう。


「さ、出発時間も過ぎたことだし! さっさと行こう、遠征!」


ミガロ中将は拳を空高くつき上げ、小学生の遠足のような開始の合図をした。

緊張感はみじんも感じられない。


「レイノルズ君、道中色々話を聞いてみたいのだが、先に一つだけ聞いてもいいかな」

「なんでしょう」

「テロリストに突如殺意を向けたのはなぜだ」

「……彼らがアルカランじゃなかったからですよ」

「やっぱりそうだったかぁー。いつ気付いた」

「少佐の名前を」


彼女は僕の説明に納得したのかうんうんとうなづき、サムズアップしてウィンクをした。


「了解。さんっきゅーでぇーす!」


どうしてこう、ノリが軽いのか。


先ほどのテロ集団『誇り高きアルカラン』。

彼らは偽物だ。

あの無能少佐はジアコモ=ドンカスターと名乗ったが、テロリストたちは少佐をジャコモ=ドンカスターと呼んだ。

これは他国から来た人間の訛りだ。

おそらくこちら側の大陸出身ですらない。

そんな人間が我々アルカランののを語っていると思うと吐き気がするほど頭に来た。

だから殺した。

それだけのことだ。


どうやら団員も学生も出発の準備はできたようだ。

未だ自信喪失気味の者もいれば、気持ちを切り替えて前を向いているものもいる。

一部の人間は用意されていた車に乗り込み、またほかのチームは反対側へ歩き出している。

遠征を狙ったテロリズムや犯罪に一般市民が巻き込まれないよう、公共の機関は極力使わないことになっているのだ。

魔法で空を飛ぶことができるものもいるが、領空の侵犯はどの国家でも非常に厳しく取り締まられているため、実質使えない手段となる。

強力な魔法師に特大の魔法でも空から打ち込まれたら被害は計り知れないからな。

旅客飛行機が国境を横切っただけで残骸も残らないほどボロボロに撃ち落とされるだろう。


「さあ、私たちも出発だ」

「よろしくお願いします」


僕は地面に転がっていたリュックを背負い、彼女の後をゆっくりと追った。


この時僕の決意はより強固の者となった。

アルカラス国営防衛団は今のままではだめだ。

かつての精鋭ぞろいの軍隊は何処に行ったのか。

ミガロ中将は実力者のようだが、あの人には防衛団にふさわしくない明確な理由がある。


早く。

僕が早く名を上げて、防衛団を、この国を変えなければ。


自らの右手を見つめ、ぎゅっと握りしめた。

そして前を行くミガロ中将を追い、少しだけ歩くスピードを上げた。


今回は読み切り形式の掲載という事でここまでにしています。

回収していない伏線もあると思いますが、いずれしっかりこの作品が完成した際にお見せすることができればと考えております。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価や感想お待ちしています。

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