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アルカラスの灯は紅く煌く  作者: 橋本 泪
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cetiri

実地訓練当日、王立大の門扉には総合軍学部の三年生が勢ぞろいしていた。

そこから少し離れた場所でガイターノ教授と赤いローブをまとった複数の人間が喋っている。

彼らが引率役の軍人たちだろう。


また別の場所には一般市民の姿も見える。

僕たちの旅立ちを見送りに来たのだ。

すっかりお祭りムードだな。

毎年わざわざはるか遠くの郊外から訪れるものも多いと聞く。

どうやら将来有望な軍人を早くから応援することに重きを置く奴らがいるらしい。

そういう人間を巷では王立大学生オタク、通称「学オタ」と言ったり、若い才能を探し出すことを好むことから「スカウトマン」と揶揄されたりする。

未来のホープに目をつけておき、その対象が国民的なスター的軍人になると興味を失うことから「早漏」なんていうはしたない蔑称をつけられることもあるそうだ。


この国で防衛団員は芸能人扱いされることも多く、ビジネス面でも大きな影響力を持っている。

そうなればこういった阿呆が湧くのも致し方ないのかもしれない。


「やあやあレイノルズ君、随分荷物が多いじゃないか」


門の隣で腰を下ろしていた僕に二人の男が近づいてきた。

一人は小太りのチビ、もう一人は小太りのクソチビ。


「フォンテーンか。リュック一つだ、多くない」

「パンパンじゃないか、不安であれもこれも持ってきたか? 必要物資は支給されるといっていただろう」

「そうだな。怪我の調子はどうだ?」

「ふん。貴様ごときの攻撃で怪我などせん」


そうか。

僕には「降参だぁ」という情けない悲鳴が聞こえた気がしたが。


「そうだぞレイノルズ! 調子に乗っていられるのも今のうちだ!」


隣の腰巾着がキャンキャン吠えている。

まさに弱い犬程よく吠える、だな。


「七光りのバカ息子と金魚のフンが何を言っている。さっさと大学を辞めて悠々自適に引きこもり生活でもしてろ」


「レイノルズ。君は僕のことを七光り七光りといつもバカにしているが、親がすごいというのは素晴らしいことなのだよ」


その主張自体は間違っていない。


「アルカラスは実力主義の国と呼ばれ、成り上がりが多いイメージを持たれているが、その実情は正反対といっても過言ではない。親がすごければ子に与えられる環境も優れたものになる。同じ能力を持った人間が貧困家庭と金満な家庭で育てば、より高い実力に育つのは後者だ」


そうかもな。


「さらに言えば僕の父はかの有名なアルカラス国営防衛団十六中将が一人、四番隊隊長ブライス=フォンテーンである! その遺伝子を余すことなく受け継ぎ、圧倒的な魔力を含有するこのマリク=フォンテーンこそが! 未来のアルカラス国営防衛団を担う世代最高の逸材なのである! それを今回の実地訓練で証明し、貴様の栄光に終止符を打って見せよう!」


アルカラス国営防衛団は大元帥とされる国王アルカラ六世のもとに、25万人程度の兵員が集っている。

人口約6200万人の大国としては決して多くはない数だが、優れたシステムと高い個人能力で世界最高クラスの軍隊と評されている。


その中で大元帥、元帥、大将に続く権力を持つのが中将である。

国営防衛団には十六人の兵士が中将の称号を授かる決まりとなっており、それぞれが一番隊から十六番隊と呼ばれる強力なチームを所持し、率いている。


その一人がこのバカの父親、ブライス=フォンテーン氏であるわけだ。


「お前は環境にも遺伝子にも大いに恵まれたにもかかわらず、それをうまく利用できずに無能っぷりをさらし続ける恥さらしの間抜けという事でいいのか?」

「相変わらず口だけ達者だな」

「口すらも達者になれなかったゴミに言われてもな」

「ぐぬーー!」


わざわざ間抜け面をさらしに来たのか、哀れな奴だな。

あんまり怒ると毛穴から脂肪が出てきそうで気持ち悪いから、あっちに行ってくれ。


「レイノルズ! 貴様誰に向かって口をきいているのかわかっているのか!」


金魚のフンが大声で怒鳴り始める。

どうしてこう、能力のない人間は声がデカいのか。


「お前こそ誰に向かって口をきいている。万年最下位の裏口入学者が」

「誰が裏口入学だ!」


このセイヴェイ=カーチーンという男、王立大学附属高等部からの編入性であり、いわゆる外部入学制なのだが実技座学ともに目立った実績はなく、すれすれで合格ラインに滑り込んでここまで来た。

彼の父は国の大臣を務める優秀な人物であり、入学以来金持ちぞろいのこの大学でも屈指のボンボンバカ二人として活躍してくれているのだ。

編入生は優秀という僕の固定概念を打ち破ってくれたことには感謝している。






バゴォォォォン。






突如不穏な音が鳴り響く。

音のした方を見ると、小規模な爆発が起きていた。

そして数十人規模のフェイスマスクと赤いローブをまとった集団。

そのローブにはアルカラスの象徴である、火の灯った松明が描かれている。

これは国営防衛団の赤いローブとは違うものだ。


「よく聞け!我々は『誇り高きアルカラン』! 貴様らも知っての通り、我々は現行のぬるい政策に憤りを感じている!」


誇り高きアルカラン。

近年わが国で大きな社会問題となっているテロ組織だ。

過激派のアルカラン至上主義者で構成されており、国の上層部まで構成員が紛れ込んでいるといわれている。


彼らは見送りに来ていた数十人の民衆を人質に取った。

人質の数が少ないと魔法で取り返される可能性があるのを考慮しているのだろう。

それなりに経験のあるテロリストだな。

何らかの交渉を試みたいのだろう。


その場にいた兵士の一人が前に出て、彼らに向かって話し始めた。


「私はアルカラス国営防衛団が少佐ジアコモ=ドンカスターである。現在この場にいる団員の中で最もくらいが高い。話は私が聞こう。要求はなんだ」

「即刻国外遠征を中止しろ」


なんだ、いいこと言うじゃないか。


「なぜだ」

「我が国のホープをわざわざ他国に送り出し、軍役に従事させるとは何事か。優秀な人間をこの国の防衛に付かせ、国民の平和な生活を守るのが軍の務めであろう」


全く持ってその通りだな。

即刻中止しろ。


「優秀な人間だからこそ外の世界を知る必要があるのだ。何より君たちには他でもないアルカラス国営防衛団がついている。国の防衛は常に万全だ」

「万全ならなぜ貴様らは人質を取られているのだ。我々が下手な同族殺しを避けているからこそ先の爆破で死傷者は出なかったが、その気になれば何十もの死体が出来上がっていたことだろう」


その通りだな。

明らかにテロリストの標的になりそうな催し、多数の警備を配置しているにもかかわらずこのざま。


「ジャコモ=ドンカスターとやらよ。即刻決定を下せ、さもなくばこいつらはここで人生を終える。ちょうどいい。華やかな葬式ができそうじゃないか」


先ほどまでお祭りムードだった辺りを見回し、彼はそう言った。

しかしどうも、彼らのリーダーは僕が期待したような人間ではないようだ。


「それはできない。これは我らが王アルカラ六世の意向だ」

「いいのか、こちらには市民の命があるんだぞ」


ボロが出始めたな。

こちらには市民の命があるんだぞ?

間抜けな構文だ。

所詮偽物か。

うまくやってくれりゃあ僕の遠征はなしになったかもしれないのに。


先ほどまでの威勢は何処へ行ったのか、フォンテーンとカーチーンは腰が引けている。

雑魚二人とはいえそれなりの訓練は積んできたはずだが。

人の命がかかるシチュエーションにビビっているのか。


しょうがない、少しけしかけてやるか。

僕にはあいつらを退治しなきゃならない理由もできた。


「おい馬鹿ども」

「誰がバカだ!」

「ここでテロリストどもを始末すれば一気に名が売れるぞ」


彼らはぽかんとした顔をしてこちらを見ている。


「無理だろ。人質がいるんだぞ」

「だから何だ」

「下手に手を出して殺されたらどうする」

「市民を心配する心はあるんだな。踏み出せないことに対するいいわけでないことを願う」


フォンテーンはギリッと歯ぎしりをし、怒りを孕んだ口調で言い返してくる。


「それに僕の魔法が当たって負傷者が出たらどうする」

「出ないようにやればいい。そのためにあんな低威力の魔法を使ってるんじゃないのか」

「ふざけるなよイヴァン、これは訓練ではなく現実なんだ」


現実だからこそ迅速に対応した方がよいと思うのだが。


それにあの団員たちは何をやっている。

あの程度のテロリストどもから人質を救出できないのか?

お前らが動かないから軍学部のやつも動いてないんだぞ。

それとも僕たちのことを試しているのか?


「おいダブルチビ。僕の指示通り動け」

「誰がダブルチビだ!」


「おい、そこのやつら! 騒ぐとこいつらを殺すぞ」


テロリストたちは僕らの方を指差し、脅しをかける。

もう片方の手の人差し指を人質のこめかみに当てている。

最低限の魔法は使えるようだな。


全く。

声のでかいやつは嫌いだ。


「お前らを立ててやるといっているんだ。実地訓練に行く学生がテロリストから一般市民を救出、大学や防衛団もさぞ喜ぶだろうな。新聞の一面も確定だ、おめでとう」


ごくっ。


生唾を飲む音が聞こえた。

あと一押しか。


「学部の女どもも見直すだろうな、お前らのこと」


彼らは互いに顔を見合わせ、こくりとうなずく。


「具体的にどうすればいい」


こういう時バカは便利だ。


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