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アルカラスの灯は紅く煌く  作者: 橋本 泪
3/6

dva

僕の拳が直撃した彼女の顔の右半分は、見事になくなっていた。


ぷく。

ぷくぷく。


顔の失われた部分がぷくぷくと泡を立てて戻っていく。

彼女の希少魔法だ。


キトはアルカラス王立大学附属高等学校二年。

五属性すべての能力を巧みに使いこなす強力な魔法師であり、五属性の上位互換である特殊魔法、五属性とは全く違う特性を持ち、習練や遺伝によって継承することのできない固有のものである希少魔法。

それをすでに複数使いこなす天才中の天才。

それがキト=レイノルズなのである。


僕が怒りに任せてぶん殴ったくらいでは傷一つつけることはできない。


「あーあ。椅子がボロボロだ。っていうか燃え盛ってるよ! あつっ! 死ぬっ!」


死なないだろ。

焦るならさっきのパンチで焦って欲しかったのだが。


「やっぱりイヴァンは優しいねぇ」


キトは満面の笑みで僕にそう言ったが、目が笑っていない。


「お前、一ミリもよけなかったな」

「イヴァンは私を殺せないよ。私のこと愛してるからね!」


ついさっきもっと妹を愛せ!とか言ってたやつの言い分とは思えない。


「それに……」

「それに?」


彼女は先ほどとは打って変わって、愛らしい笑顔を作って見せた。


「私は母様にそっくりだからね」


……。


やはり煽ってるな。


「はぁ。機嫌が悪いのはお前の方みたいだな、キト。何かあったのか」

「いやいや、何言って……」


彼女は驚いた顔をしながら、顔の前で手をぶんぶんと振る。

彼女の癖だ。

嘘をつくときはいつも以上にオーバーなリアクションをする。

普段から大げさに反応するため、見分けるのはかなり難しいが。


「俺は世界の兄でも何でもないが、お前の兄だ。そんくらいわかる」


キトは少し照れながら頭を掻いている。


「えー、あはは。そうなんだ。じゃあ私もイヴァンだけの妹……」

「お前が機嫌悪い時は目が怖い」

「……え?」

「さっきも全力で笑顔を作ってはいたが、目が一ミリも笑っていなかった。あの目は外でしていい目ではない。あの目は人を殺せる。おにいちゃまからの忠告だ」


氷の魔法でも使ったのかと思ったほどだ。


「はぁ、イヴァンに期待した私がばかだった」


実妹につかれるため息は心にくるものがある。


「ま、私の悩みも同じようなもんよ。世の中の常識についていけないってかーんじっ!」


はあ、そうか。


「聞いてないけどな」

「こういう奴だった」


彼女は再びため息をつく。

もはやため息で呼吸をしているように思えてきた。


「もっと明るく振舞ったらいいのに。そうすればネイピアーさんともうまくやれるんじゃなーいの」


……また余計なことを。


「せっかく整った顔してるんでしょ? なら有効活用すればいいのに。表情筋を使え、表情筋を!」

「なぜ疑問形なんだ。僕は誰がどう見ても美形だ」

「なんでイヴァンがちやほやされるんだか。私には蛇にしか見えないけど」


切れ長の目とか、鋭い眼光とか、ポジティブな言い方があるだろう。


それに。


「僕はネイピアーとうまくやるつもりはない。その必要もない」

「実地訓練のペアでしょ? 大いにその必要あると思いますけどぉー」


彼女はいつの間にか淹れたコーヒーをゆっくりと飲んでいる。

僕も飲みたかった。


「実地訓練は沿岸警備だ。そんなもの一人でどうにでもなる」


はぁー、と大きなため息をつくキト。


「いつまでたっても成長しないんだから」


彼女は人差し指をピンとたて、はっきりとした口調で言った。


「魔法や科学が発達したこの世界で、どうして軍隊が存在するのか。イヴァンはそれを考えたほうがいいよ」


お説教か?

随分言うようになったもんだ。


「遠征はもう来週、関係修復は不可能だ」


もう五時か。

自主トレと情報収集の時間だ。


席を立ち、コーヒーカップを台所の食洗器へ。

便利なものだな。


「じゃあ、僕は部屋に戻る」


キトはコーヒーカップを傾けながら左手でオッケーサインを作った。


急がなければ。

遠征地クォノの都市フェンサ、経由地のメッツ、その他諸々。

土地柄、文化、犯罪発生率。

調べるべきことはたくさんある。

大学の訓練やレポートが忙しく、なかなか調査が進まなかった。

情けない話だ。

講義内で行う調査もあるが、これだけでは不十分。


悪趣味な半螺旋階段を上って二階へ。

あと一週間もすればやたらにでかいこの家ともしばらくおさらばか。


実にいい気分だ。


「おーい、イヴァーン!」


下から大きな声が聞こえる。

席を立つこともなく叫んでいるのだろう。

ずぼらなうえに、はしたない。


「人間関係なんて十秒で直ることもあるんだよー!」


そして声がでかい。











左手のエレウォッチを自動販売機にかざす。

ゴトッと音がして、一本の缶コーヒーが姿を現した。

しくじったな、ホットにしたつもりだったんだが。


エレウォッチの残高から百二十ペルが引かれている。

しかしこれは実に便利だ。

財布、身分証明、これさえあればなんにでもなる。

魔力を検知して作動し、所有者以外の魔力では動かないため、万が一の時も非常に安全だ。


クソ、開かない。

普段から爪を短く切っているからだろうか。

僕はプルタブを開けるのが得意ではない。


はぁ。


ため息をつきながら後ろを振り返ると、そこには美しい城塞都市が広がっていた。


アルカラスの首都アルカラポリス。

歴代アルカラ王が有らせられる王城フローリオを中心に、著名な軍人や政治家、選ばれしものが多く居住し、国内でも最先端の技術と叡智を活かした施設がそろっている。

地形的にはやや中心から東にそれるが、この国の中心都市はこのアルカラポリス以外ありえない。


このアルカラス王立大学も王城フローリオがすぐ近くに見えるほどの場所に位置しており、王の名のもとに建てられた由緒正しき学院であることを裏付けている。


わざわざこの素晴らしい都市を出て、野蛮人だらけの後進国のためこの身を捧げるなどバカげている。

同盟国だか友好国だか知らないが、面積が広くて魚が取れるだけの後進国家に借りを作っておく必要もないだろう。

接地面積も狭い。

たとえ反旗を翻されようが、あの程度の軍隊大学生だけで制圧できるんじゃないか?


はぁ。


差し込む夕日が何か僕を感傷的にする。


遠征まであと三日。

僕は心底嫌気がさしていた。


この国を守ることを志した人間が、なぜ他国を?

罰ゲーム以外の何物でもない。

優秀な人間が損をするシステムなんてクソくらえ。


そんなことを考えながら缶コーヒーを傾けていると、後ろから左肩をトントンと叩かれる。

誰かはわかっている。

僕は無視して黄昏続ける。


アルカラポリスでは景観保護のため、コンクリートなどの建築素材に厳しい制限がかけられている。


トントン。


白や茶色、そして国のシンボルカラーである赤。


トントントン。


この三色を基調とした統一感のある建築が、鮮やかかつ荘厳な威厳ある風景を創出しているのであろう。


トントントントン。


しつこいな。

そろそろ反応してやるか。

そう思ったその刹那。

僕は左肩が外れるような激痛に襲われた。


「何しやがる」

「拳を振り下ろしただけだけど」


何が「だけ」なんだ?

激痛だぞ、ご丁寧に魔力まで込めやがって。

そうじゃなければ僕には効かないはずだからな。


「何度呼んでも無視するのがいけないんでしょ? 意図的に」

「無視されていると分かって呼び続けるお前に問題があるぞ、ネイピアー」

「その呼び方はやめてって言ったでしょ」


冷たい目で吐き捨てるようにそう言った。

彼女はマリア=ネイピアー、僕とともにクォノへ実地訓練に行くクラスメイトだ。

岩の魔術を使い、守備的な戦術においてはそれなりに力を発揮する。


しかし僕に言わせればそんな戦い方などこのアルカラスにふさわしくない。

圧倒的な攻撃こそが最大の守備なのだから。


茶色いロングヘアーを後ろで結び、前髪は触角とか何とかいう細い髪を垂らしている。

高く通った鼻筋にきりっとした眉毛。

それに似つかわしくない丸っこい目。

かなりの美形、らしいがそんなことはどうだっていい。

とにかく僕はこいつが気に入らない。


「そんなにネイピアーの名が気に入らないか」

「……やめてといったのが聞こえなかった?」


聞こえてたらなんだっていうんだ?

お前が僕に指図できる理由がどこにある。


「逆ならわからないでもないがな」

「は?」


彼女は顔を歪めた。

わざわざ説明しないと理解できないのか。


「お前みたいな出来損ないを必死に持ち上げるネイピアー家の身にもなれって言ってんだよ」


一瞬空気がピリついたが、彼女はすぐに平静を取り戻した。


「全く。あんたの嫌味にも慣れちゃったわ。いやな慣れね」

「慣れるも何も事実を言われたからキレるなんて、逆ギレ以外の何物でもないからな。怒らないのが当然だ」

「はぁ。図太すぎるのも考え物ね」

「太いのはお前の腹だ……。おい、なんだその手は」


突如腹部に激痛が走ったと思ったら、彼女が僕の腹をつまんでいた。


「あっれー? たるんでるんじゃないの、習練足りてないんじゃないのー?」


彼女は笑顔を作ってはいるものの、顔に怒りマークが浮かび上がっている。

血管が切れそうだ。


「ふざけるのもたいがいにしろよ」

「は? 何もしてませんけど」


何もしてねぇわけねぇだろ。

完全に殺しにきてたよな。

肉をつまむ指に魔力込めてただろ。

そうじゃなければ僕には効かないはずだからな。


「それに私の腹のどこが太いと? 総合軍学部の厳しい訓練に取り組んでいれば、腹の周りに肉をつけることは不可能よ」


ムキになりやがって。


「全く。こんな話をするために俺の貴重な時間を邪魔したわけじゃないだろうな」

「当然よ」


彼女は黒いローブをぱっぱと払い、表情を少し厳しくした。


「遠征の話を」

「断る」

「はぁ」


どうも僕はよくため息をつかれる。


「私たちだけよ、何の打ち合わせもしてないの」

「だろうな。凡人は作戦がなきゃすぐ死ぬ」

「呆れた。あんた自分の友達のことまでそんな風に言うわけ?」


ああ、ジェルダンやツァニカのことか。


「彼らは優秀な凡人だ。天才とは違う。大学の評価基準とはいえ君に劣っているわけだしな。出来損ないごときに。だが彼らはアルカランだ。毛嫌いする理由もないし、あいつらはいいやつだ。友人であることに誇りを持っている」

「……病的ね」


勝手に言ってろ。


「それに、たかだか四人組の小隊に作戦なんて必要ない」


実地訓練は四人組で行われる。

総合軍学部の生徒二人と、国営防衛団少尉以上の王立大卒業生が二名付き添うことになっている。


「あのねぇ、この遠征には私たちの未来がかかってんのよ? もう少しちゃんと考えたらどうなの?」

「未来は自分の力で切り開くものだ。たかだか大学の小旅行企画で僕の未来をつぶさせたりはしない」

「たかだかって……。三か月の実地訓練、国営防衛団としての初任務、初めての実戦、上官との初対面、初めてのことだらけなのよ?」


まあそうかもな。


「それにこの遠征の結果が、実質大学の最終成績みたいなものでしょう?これが終わったら大学ほとんど行かないわけだし」

「それは違う。卒業論文に卒業試験がある。実技と知性、その両面の評価において多大な影響があるだろう」

「その二つだけでしょ」


棚への上げ方が実に豪快だな。

だが確かにこの遠征の結果は大学での評価に大きな影響を及ぼすだろう。


軍人が尊敬の対象とされているこの国で、国営防衛団は常にマスメディアから注目を浴び、誇大表現と情報操作によって祭り上げられている。

ともなれば未来のアルカラス国営防衛団を担う僕たち学生も注目の的であり、そのトップに位置する王立大総合軍学部ともなれば、すでに国民の六割はクラス二十人の生徒全てを認知している。

能力や顔の造形によって愚蒙な追っかけが付く始末だ。


大学側もその事実を利用して生徒を遠征で活躍させ、国お抱えのメディアである国営報道局にでたらめに着色した記事を書かせ評判を上げる。


そうすることで国全体の雰囲気が良くなり、国民の士気が上がる。

これは国に一体感をもたらすだけではなく、言い表せない高揚感によって好景気を作り出す。

にわかに信じがたい話だが、期待感というものが景気を良いものにするようだ。


無論、僕らが使用しているデザインの武器が売れたり、ポスターやら抱き枕やら謎の軍人グッズが売れたりと、直接的な経済効果もある。


さすれば国は潤い、国営防衛団や国営報道局にも金が舞い込む。

そのため国全体が実地訓練という名のバカげたインターンに必死なのだ。

それゆえに実績を残せば高く評価されるし、悪い結果になれば輝かしい将来への道筋に大きな亀裂が生じることになる。


「それに四人という少数部隊だからこそ高い自由度の戦術が組めるわけだし、話し合いは必要よ」


全くわかっちゃいない。


「実力のある人間だけで少数部隊を組む場合、戦術なんて足手まといだ。戦場は盤面でもテレビの中でもない。大規模な戦争をしに行くわけでもない。それならとっさの判断で互いの長所と短所を判断し、状況に合わせて臨機応変に対応するのが得策だと思うが」


事前に戦術なんて考えていたら判断力が鈍る。

対応力が落ち、認識に個人差のある共有事項が引っ掛かりとなってチームワークも乱れる。

知っておくべきはチームの人間の得手不得手くらいのものだ。


実戦はターン制ではないし、動きのパターンも確実なものはない。

ゲームとは違う。


「この遠征の引率を担当する人間は少なくとも僕らより上の立場のものだ。実戦経験は僕らよりあるし、学生よりはまともな奴が来るはずだ」


先ほども言ったが、この催しには国とメディアの思惑が絡んでいる。

使えない軍人をつけて失態をさらすような真似はしないだろう。


加えて僕らは成績上位者二名、大学始まって以来初の国外遠征。

失敗は許されない。

ある程度優秀な人物が引率兼護衛として付くことになるのは間違いない。


「まあ魔法を使わず肉弾戦でもするなら話は別だがな」


彼女は唇をかみ、悔しそうに俯いている。

こんな奴がうちの二番手か。

何が至上最高の世代だ。


クソッ。

絶対に僕の方が優れているのに。


なのになぜこいつばかり。

いつもいつもいつもいつも。


気がつくと僕は口走っていた。


「姉の爪の垢でも煎じて飲め」


彼女はすっと顔を上げ呆然としたが、その目はすぐに怒りを帯びたかと思うと、血が出るほど唇を強く噛み、怒りと屈辱で今にも泣き出しそうな顔をしながら言い放った。


「……最低」


すかさず彼女は建物のほうに体を向け、スタスタと歩いて行ってしまった。


1人取り残された僕は、帰宅のためバッグに荷物をまとめる。


そう、僕たちは何処まで行っても結局一人。


慣れ合う必要なんてないんだ。


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