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5話目 ひとり

執政官公邸の門にいる衛兵が私の顔を見て、一瞬驚きの表情を作る。

しかし、すぐに笑顔になって、少し弾んだ声で聞いてきた。


「エレオノーラ様、本日は執政官代理殿にご用でしょうか。」

「いつもお疲れ様。その通り、今日はジュルジュ殿と相談することがあり参りましたの。」

「わかりました。今、伝令を出します。

おーい、誰かいないか。執政官殿がお越しだ。」


その声に反応して、慌てて、若い男の行政官が門の脇にある受付から出て来た。


「エレオノーラ様、お久しぶりです。代理殿にご面会ですか。今、伝えてきますので、そのまま公邸にお入りください。

玄関の中でお待ちになりますか、それとも執政官執務室に直接行かれますか。」


「ありがとうございます。執務室に参ります。ジュルジュ殿をそこ呼んでいただけますか。」

「それでは呼んで参ります。」


私は石造りの公邸に入り、階段を上がった。

毎日、ここで仕事をしているかのように、すれ違う職員とは軽い挨拶を交わした。

半年ぶりに来たというのに。


2階に上がる階段を登りきったところで、前から若い女性が急ぎ足でやって来た。


「執政官、おはようございます。」

「秘書官、おはようございます。お元気でしたか。」


「いつも元気です。特に今からは最高に元気になります。

エレオノーラ様のお仕事のお手伝いをできるのですから。」


「それは良かったわ、張り切りすぎて転ばないように気を付けてよ。」

「あっ、ありがとうございます。それでは執務室にご案内? 参りましようか。」


私はいつも元気な秘書官の後ろに付いて行き、やがて、ほとんど使われていない執政官執務室に半年ぶりに入り、来客用の椅子に腰を掛けた。


「ただいま、お茶をご用意します。」

「ありがとう。今から執政官代理殿がいらっしゃいますので、そのつもりでいてくださいね。」


「わかりました。お時間があるようでしたら、これとこの書類だけは目を通していただけますか、代理のサインだけでは発行しない条例案ですので。」

「見せていただけますか。」


一つは戦後軽減税率の廃止と、もう一つは北西部の荒れ地の開発許可だった。

いずれも執政官でなくても代理でも発動できる条例だ。

でも、皆はこれを私に見せて、そして、私の許可が欲しいのだということは容易に想像ができた。


大防衛戦で疲弊した町政が完全に立ち直ったことを私に知ってほしいに違いない。


第2軍団の緩衝地帯に近接したここバートリの町は大防衛戦時に多大な人員と物資の提供を強いられた。


そして、戦いの後は当然得るものは何もなかった。


そこにあったのは、帰ってこない家族を探して緩衝地帯や密かに戦闘地帯に入る者、運よく遺体が届けられた家族はただひたすら嘆き、魔族への恨み言やぶつけようのない怒りで地をたたく者、働き手を失って嘆く余裕もなくただひたすら援助を求めて役所のドアを叩きつける者等々が残されただけだった。


町の経済は崩壊寸前で、特に食料などはほとんど戦地へ送ってしまったために、明日の食べ物にも困る始末だった。

当然、働く者の数も減り、復興などと言う言葉を発する余裕は住民にはなかった。


それでもこれまでであれば明日への希望を語り、この苦難を乗り越えるための方法を大声で叫ぶ指導者たるものがいるはずなのだが。


実は最悪の事態に町は陥っていたのだ。


こういう苦難に直面したときこそ、良き指導者が必要なのだが、住民たちがそれと仰ぐものが、執政官を筆頭に、バートリ家の者がすべて戦地の露となって果ててしまったのだ。


そう、まだ、ぺーチの幼年魔法職校に通っていた私、エレオノーラを残して。

老若男女、全てだ。


バートリ家は魔法に優れた家系で、ほとんどの者は魔法職校に入り、若い時には軍に在籍する。


今回の大防衛戦で人類のどうしようもない苦戦が伝わると、第2軍団の緩衝地帯に近い町から予備役の軍人がすべて駆り出されて前線に投入された。

住民も輸送部隊などの兵士として多くが徴兵されていた。


しかし、魔族の大兵力に対して逐次戦力の投入と言う、バカげた作戦のため、ほとんどの人類軍人は帰ってくることができなかったのだ。


その優秀さから一族のほとんどすべてが最前線に投入されたバートリ家の者もだれ一人として、生きて町の門を再びくぐることはできなかったのであった。


私は当時、ぺーチの幼年魔法職校の3年生になったばかりだった。

優秀なバートリ家にあっても近年まれにみる秀才と称された私は、すでに卒業に必要な課程をほとんど終え、苦手な剣技の単位を残すのみとなっていた。


そんな余裕の学生生活を送っていたある日、突然職校長に呼び出された。

それは己の死への宣告よりもむごいものだった。


バートリ一族の全滅。


お父様もお母様もおじいさまも、年の離れた兄上たちも、おじさまも、おばさまも、いとこたちもすべて戦死との話を聞かされた。


私はこの職校長は何をからかっているのだろうかと疑った。

エイプリルフールは先々週に何事もなく、過ぎたではないか。

何をいまさら私をたぶらかそうとするの。


わかった、この方は職校長ではなく、私を化かしに来たタヌキね。

すぐウソとばれることを大げさに語って、私のカバンに入っている放課後皆さんと楽しむつもりのクッキーを奪い取ろうとしているのね。


そう思って、怖い顔をすれば狸さんは逃げだすだろうと思い、思いっきりにらもうと顔を・・・・・。


隣にいた伯母様、ペーチ家の執政官の長男に嫁いだ私のお母様のお姉様が、突然泣き崩れた。


伯母様が泣き崩れたところなど初めて見たし、慶事でうれし泣きをしているところ以外は涙などこれまでも見たことがなかった。


それでこの狸職校長が真実を語っていることを私は悟った。

お父様もお母様もお兄様たちもすべて戦場に散ったのだ。

そして私は一人寂しくこの地上に取り残されたのだ。


伯父のペーチ執政官により、遺体なき葬儀が執り行われた。

お父様たちと一緒に戦地に赴いた町の軍人と兵士の葬儀も一緒に行われた。


遺体なき葬儀に参加した町人の親族は、ここに来て初めて愛する人がもう町の門を通って、我が家に帰ってくることはないのだと悟ったようだった。


私はまだ家族や親族の死を町の人々のように受け入れてはいなかった。

だから、親族の死を悼む町の人々をどこか他人事のように、自分には関係のないことのように見ていた。


きっと、明日にはお母さまが、明後日にはお父様が、来週には兄たちとおじいさまが私の肩を抱いて心配かけたなと言ってくれるものだと信じていたのかもしれない。


そんな他人事のように町の合同の葬儀を最前線でぼ~っと眺めていると、隣のご婦人、きっと町の行政官幹部の未亡人と思われる方が大粒の涙も拭きもしないで私の目を見て問いかけてきた。


「大丈夫です。エレオノーラ様、私たちが付いています。

例え夫がいなくても私たちがお支えしますので、町の執政官として十分にお力を発揮してください。

町の復興を指揮してください。

私たちはあなた様のお言葉に従います。」


私はこの人は何を言っているのだろうと思った。

町の執政官は私の父で、そのような政についてはお父様か、陳情であればおじい様にしてほしてと思った。


そのことを言いかけたとき、私の目に彼女の大粒の涙がはっきりと見えた。

それは先日職校で見た伯母の涙と同じ悲しみに溢れたものであった。


そうだった、執政官家は私を除いてみな鬼籍に入ったのだった。

執政官家で残っているのはわたし、私が執政官として人々をこの困窮から救わねばならないのだと思い出したのだった。


本日もう1話,公開します。

活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。

お話に興味がある方はお読みくださいね。


感想や評価、ブックマークをいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


もちろん、聖戦士のため息の本篇の方への感想、評価などもよろしくお願いします


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