24話目 贈り物と伝言
この闇に飲み込まれた私の記憶。
そうだ、思い出した。
あの日、いつものようにバートリの人々の痕跡を探して、私は穴の淵を彷徨っていた。
そして、気が付かない内にあの黒い霧に覆われた。
闇魔法フィールドの黒い霧は初めて見るものだったが、この場でそのようなものを出す者は魔族以外に考えられなかった。
魔族、そして黒い霧。
魔族に捕らわれてしまった。何もできない。
この穴で消失したバートリの人々のように、私も魔族の餌食となるのだ。
私までもが魔族の餌食になるのか。
悔しい。悔しい。
バートリの人々の無念が、まさか自分の身に起ころうとは。
私は無駄な抵抗、水属性フィールドの展開を試みたが、やはり完全に黒い霧の中に入ってはなすすべもなかった。
幼年魔法職校をすでに卒業しているので、本当は初級攻撃魔法ぐらいは使えるのだが、この黒い霧の中ではコップ一杯の水も出すことができない。
そうなると私にできることは、安らかな死を願って、幸いに家族が消失したこの場所で死ぬことを天に感謝することだけだ。
私が覚悟をきめて、そしてできる最後の抵抗として黒い霧の主を睨もうとした。
やがて、黒い闇が割れた。
そこには聞いているよりも二回りも大きい魔族が立っていた。
その体の大きさにも驚いたが、頭に立派な角が生えているのが目に入ると、やはり、人類とは全く種族が違うことをいやでも悟らされた。
黒い霧とその体の大きさ。私はそれに圧倒され、声を上げることすらできなかった。
しかし、そいつは臣下に命令を下す様に、静かに、しかし、聞く者に対しては絶対的な命令のように聞こえるように、威厳のある口調で私に話しかけてきた。
「私は魔族の将軍、12魔将と呼ばれている者の一人だ。
今日はあなたと命のやり取りをしに来たわけではない。
私の仕える方からあなたに伝言を持ってきた。
だから、主命により、あなたを傷付けるつもりも驚かすつもりもない。
これから主からの言葉を差し上げる。
私には何のことだかさっぱり意味が分からないので、言われた通り伝える。
時間がないので、1度ですべてを覚えてほしい。よろしいか。」
私は死をもたらすもの、死そのものが目前に居たため、悲鳴すら発することはできなかった。
まして、彼の指示に従わないことなどできようはずもない。
私は彼の主の伝言とやらを受け取ることを了解した意志を伝えるため、ゆっくりとうなずいた。
私がうなずいたのを確認すると、その魔将は伝言を話すために、ゆっくりと口を開いた。
「我が主は言った。
"まずは、このマントと大鎌をあなたに授ける。
時が満ちるまで、何も探らずにこのマントを常に纏い、必要があればこの大鎌を使いなさい。"
魔族がこの真っ黒なマントと、私の身長よりも大きい大鎌をくれるというの。
なぜ。
あっ、ダメ。今は詮索する時ではなく、伝言をしっかりと覚えること。
「続けて、我が主は次のように言った。
"これを身に着けたあなたが、この装備に似つかわしいものを超えるとき、このマントと大鎌があなたに語り掛ける。その言葉に耳を傾けなさい。
しかし、その通りにするかどうかは、あなたとあなたの良き理解者と相談して決めなさい。"
最後に我が主は言った。
"あなたが語り掛けられるにふさわしい者になるまで、この出会いの記憶をそこの闇の穴に封印する。
しかし、心配しなくても良い。ふさわしものになれば自然とこの場所を再び訪れ、そして、記憶を封印したその闇の穴をのぞくだろう。
その時はこの出会いの記憶を取り戻し、やがてこのものたちに語り掛けられるだろう。
その日を楽しみにしている。"」
私は魔将の伝言を心の中で繰り返した。
その間は魔将は私を見てはいたが、ただ黙って、じっと立っていた。
そして、言葉を反芻し終わったころに、再び魔将が口を開いた。
「伝言とマントと大鎌は受け取ったか。それなら、マントを身に着け、大鎌をマントの中にしまいなさい。」
私は言われた通り、羽織っていたマントを脱いで、魔将に渡されたマントを羽織った。そして、大鎌をマントの端で包もうとすると大鎌はマントの中に消えて行った。
マントよりずっと長いのにどこに行ったんだろう。
大鎌よ、出て来いと心で思ったら、なんと、私の手に大鎌が現れた。
魔将がそれを確認して再び口を開いた。
「我の役目は終わった。
我が主の元に帰ることにする。
近くに別の魔族、こちらはあなたを傷つける魔族だ。
その身にマントを丁寧に巻き付ければ、おそらくは、やつらに見つからないだろう。
それではさらばだ。」
そう言うと、魔将は穴の中の闇に消えた。
私はマントを巻き付けたまま、魔将が消えた闇の穴をのぞき込んだ。
そして、記憶も吸い込まれた。
気が付いた時には、魔将の記憶はなくなり、ただ、なぜか着てきたマントを脱いで、見知らぬマントを着ているのだろうかという疑問だけが残った。
疑問に思ったが、とりあえず早く帰らないと暗くなり、基地の皆さんに心配をかけてしまうので、急いで基地に帰ることにした。
悔しいが、目的であるバートリの者の痕跡は発見できなかった。
私はこの穴をバートリ家の、そして、バートリの住民の墓標と定めることにした。
私が新たな墓標に丁寧に祈りをささげていると、空が本当に茜色に染まってしまい、さらに、冷気が強まって来た。
私は暗くなる前に走って基地に帰ることにした。
着てきたマントを穴のそばにおいて。
見知らぬマントを初めから着てきたように体に巻き付けて。
思い出した。
私はここで魔将に会って、その者の主いうものからこのマントと大鎌、そして、あのような伝言を受け取ったのだ。
漸く思い出した。
「どうしたの、エレン。
はいつくばって、穴の中を怖い顔でのぞき込んで。
何かいやなものを見たのかい。」
「いいえ、違うの。ここに来た時の事のことを思い出したの。」
「思い出した? いままで忘れていたのかい。」
「忘れたいたのではないわ。
この穴の闇にその時の私の記憶が吸い込まれていたの。
それを今取り戻して、そして、吸い込まれていた記憶を見ていたわ。」
「記憶が吸い込まれるのか、この穴は。
いやな記憶だけを吸い込んでくれるのなら、ちょっと覗いてみたいな。」
「やめておいた方が良いわよ。傀儡ちゃんの場合はつらい記憶だけが残りそうだから。」
「辛い記憶しか残らないなんて辛すぎるからやめておくよ。」
「くだらないことを言っていると蹴飛ばして、この闇の穴に落とすわよ。
そうすればきっと、記憶がすべて吸い込まれて、本物の傀儡になれるわね。
落としてもいいかなぁ。」
「ご主人様、止めてください。辛い記憶もないよりはいいです。
それで、どんな記憶だった。
ただ、穴をのぞいた記憶が戻って来たとか。」
「傀儡ちゃんは幸せねぇ。そんな単純な記憶しかないんだ。
そんな記憶だったら、なくなっても良いんじゃないの。
蹴飛ばして、落としてあげるわね、この穴に。
さぁ、お尻をこちらに向けなさい。蹴飛ばすから。」
「ごめんなさい、ご主人様。もう、変なことは言わないので、どんな記憶だったか教えてください。」
「教えてもいいけど、聞いた後に私の話を忘れてほしいから、穴に蹴飛ばすけどいいの。」
「もう、絶対に聞きません。墓標へのお参りも終わったから、基地に帰ろうか。」
傀儡ちゃんになってどんどん現金になっていくわね、こいつは。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
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