23話目 記憶を飲み込む闇の穴
手を繋いで基地から歩いて10分ほどたったころに、彼が漸く口を開いた。
聞きたいことはわかっている。早く聞けばいいのにね。
「もう一つの墓標ってこの辺にあるのかい。」
「さっきから、それを聞きたくてもじもじしていたのが面白かったわ。
傀儡ちゃんのもじもじ、かわいいわ。」
「くっ、ご主人様、教えてくださいませ。」
「どうしようかなぁ、もう少しもじもじも見ていたいしなぁ。」
「お願いします。聞かれてまずいことなの。
今は周りには誰もいなくて、2人っきりのようだよ。」
「2人きっきりになって、傀儡ちゃんは何をしようとしているのかなぁ。
さっきの激辛もりもりを私で消費したいのかなぁ。
うふふふっ、まぁ、いいわ教えてあげるわね。」
「ご主人様、お願いします。」
「ここからさらに1時間ほど歩いて行くと、今でも大きな穴が開いているところがあるわ。」
「穴?」
「そう、穴。
バートリ家の墓標の丘がまるまる入るぐらい大きな穴だわ。
その穴がもう一つの墓標。
私にとって、バートリの住民にとってもね。」
「その大きな穴は見たことがあるけど、それって、まさか20年前の・・・・・・・。」
「漸くわかったようね。
そうなの、そこで、20年前に私の両親、兄たち、お爺様、そして一族とバートリの住民が魔族の攻撃を受けて、消滅したところらしいわ。」
「らしいって、本当のところはわからないのかい。」
「バートリ家の一族と,それと一緒にいた住民は誰も生きて戻ってこなかったから、本当のことなど何もわからないわ。
だだ、当時の軍の配置を、私が遺族でバートリの現執政官と言うことで、ここの司令官に特別に見せてもらったんだけど、その穴のところにバートリの部隊もいたようなの。
バートリの皆は闇魔法で抵抗できなくされ、そして、何か爆裂する魔法で、地面ごと消滅させられてしまった、と言うのがその軍の司令官の考えだったわ。
そう、まさに消されてしまったバートリの家族と一族と住民。
それは体だけでなく、軍の記録からも、記憶からも。
私はその話を聞いても、尚、バートリの家族と一族、住民の消え去った場所で痕跡を探したけれど、布切れ一つ見つからなかったわ。
だから、その穴が私にとっては一番大事な家族の墓標なの。」
「そうか、そう言う場所だったのかあの穴は。知らなかった。」
「誰にも言っていないものね。
従軍したバートリの者が全滅したのを知った後に、私は12歳で父の後を継がされてバートリの執政官となったわ。
初めの一年間はバートリの町に残された住民を必死に守ったわ。
職校生だったあなたも一年間、いろいろ手伝ってくれたわよね。
パン粥を配って歩くとか、食料の調達とか。」
「ああ、おれは魔法職校の3年生だったが、卒業に必要な単位は既に2年生で取って、残すは例の課題と卒試だけだったから、ほぼ一年は手が空いてたんだ。
それで新米執政官で親戚でもある君を手伝っていたんだ。
その間は結構一緒にいたつもりだったんだけど、いつ、ここに来たんだい。」
「初めてきたのはペーチの幼年魔法職校を卒業してすぐね。執政官になってだいたい1年後かしら。」
「じゃぁ、俺が職校を卒業して、第2軍団に入隊して、新人の基礎訓練を受けていた時か。」
「その時にあなたが何していたかは知らないけど、私は一人で来たわ。
いつも一緒だったあなたを誘えるわけがないじゃない。
だって、魔族との戦闘の最前線に乗り込んで行くのだから。
私一人であれば、魔族と出会っても私だけが犠牲者で済むし。
だから私は一人で来たの。家族の痕跡を探しに。
丘の天辺に埋葬するものがないかを探しに。
だって、あんまりだものね。
何も後ろ暗いところがないのに、洞穴の墓標に魂だけを入れられるのはね。」
「そうだったのか。そうだよな、家族を洞穴の墓標になんて入れたくはないよね。」
「それに、ここに私が一人で来ることを知ったら、絶対反対したでしょ。
何かと手を回して、私がここに来ることを邪魔したでしょ。
傀儡ちゃんは。」
「当然だよ、君はバートリの執政官なんだよ。
しかも、もうバートリ家の者は君だけしかいないし。」
「バートリ家のためだけが理由なの。 」
「いや、君を失うのは耐えられないから。」
「本当に。」
「もちろんだよ。」
「うれしいわ、今日の夕飯はウルトラ激辛もりもりにしてあげるわね。」
「俺の心配はウルトラ激辛もりもりの価値しかないのか。」
「えっ、価値があるだけましでしょ。傀儡ちゃんの価値なんてそんなものでしょ。あるだけまし。」
「泣いていいか。」
「体の水分が減ると、土に還りやすいかもねぇ。」
「じゃ、泣かない。」
悲しい出来事を傀儡ちゃんをからかうことで明るい話にする。
ジュラももしかしたら私の心を考えて、からかわれているのかもしれない。
土に還ることは本気で信じているのだろうけどね。
悲しい記憶を明るい話で補いながら歩いていたら、時間の過ぎるのがわからないほどだった。
1時間の距離が10分ぐらいに感じたわ。
傀儡ちゃんを弄んでいると時間の過ぎねのが速いわねぇ。
そして、漸く目的の大きな穴の所にたどり着いた。
私は持ってきた花を穴の奥の方に投げ入れた。
穴の周りには草だけでなく、木も生えてきていたが、穴の中は未だに草も生えていなかった。
雨で所々崩れてはいたが、崩れていないところにもなにも生えておらず、茶色い地面が剥き出しになっていた。
強力な闇魔法の影響だろうか、或いは、ここで消えていったバートリの人々の嘆きや恨みがこもっているためであろうか、
正解はわからないがこの穴が正常な状態にないのは明らかだった。
花を投げ込んだ後、バートリの洞穴の墓標でした様に私たちは祈った。
消えていった者たちの魂が安らぐこと、生き残った私たちが結婚すること、バートリの町が復興したこと。
そして、ジュラに話したように、不幸になってしまった人たちを救済し、再出発するための町を作りたいこと。
ここで消えていった者たちの魂を十分に鎮めることがかなわず申し訳なかったが、新しいバートリの住民を、新しいバートリの町づくりを見守ってほしいと必死にお願いした。
バートリの墓標で祈るよりも、さらに必死に祈った。
祈っている間中、穴から吹き上げてくる風に晒されて体が冷たくなっているはずだが、それを感じないほど真剣に祈ったのだ。
父や母、兄たち、祖父、バートリ家の一族、バートリの住民たち、ここで消えていった者たちに必死に祈った。
初めてここを訪れたときは這いずるように、バートリの者の痕跡を探した。
次の日も次の日も探し続けた。
第22基地にムリを言って5日間、探し続けたが、結局何も見つからなかった。
まだ、早春の時期で、今日と同じぐらいの風の冷たさだったと記憶している。
しかし、今日は心静かに祈っている割には風の冷たさを感じなかった。
きっと、バートリの者が見守ってくれているおかけなのだろう。
私は祈りを終え、もう一度、暗い穴の中を見た。
暗くて何も見えない。
引きずり込まれそうな闇があるだけだ。
そう引きずの込まれそうな闇。
闇に捕らわれた。
闇が私を優しく包む。
その闇の中から自分を引き戻したときに、一緒に20年前に闇に引きずり込まれた記憶が戻ってきた。
そうだ。
寒く感じないのはあの魔族のせいだ。
そうだ、忘れていた。
この穴の暗闇に残してきた記憶が戻ってきた。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
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