18話目 俺の家族なんだ
彼と私は丘の来た方と反対側に降りていく道を進んだ。
丘の天辺にある墓標までは、掃除や住民がお参りに来るので、石畳の道が広くてきれいに掃除されているため歩きやすい。
しかし、墓標を超えて下り始めると様子が一変する。
道は石畳みのままなのだが、道幅は狭くなり、人ひとり分しかない。
ここを訪れる者はほとんどいないため、枯草や落ち葉で石畳みは覆われ、道の両脇も下草が伸びて、道そのものを覆い隠してしまいそうだった。
彼はそんな道を覆っている下草をかき分けて、私たちの進む道を広げていた。
10分ほど下った頃、大きな洞穴が見えてきた。
洞穴とっいも、自然にできたものではなく人の手で掘られ、壁と天井は積み上げた石で覆われていた。
洞穴の中を覗くと、10m奥には鉄の格子の扉があった。
その格子の中には人の半分の高さの石標が立っていた。
彼は振り返り私に話しかける。
「カギは持ってきたよね。」
「もちろん昨日執務室から取って来たわよ。今開けるわ。」
私が鉄の格子の扉を開けるためにカギをポケットから取り出して、カギを開けようとすると、彼は私の手のカギを取り上げた。
「錆びているかもしれないから、俺が開けるよ。」
かれはポケットから何か油のような液体が入った瓶を取り出し、ちょっとだけカギに付けた。
そして、鍵穴に入れて回してみたが、案の状、錆ついているようで開かない。
さらに油を足して、鍵穴にも十分に油がいきわたるようにして、カギを開けようとするがやはり回らなかった。
「前回開けたのはいつ。」
「半年前になるかしら。」
「半年前かぁ、その時にちゃんと油をさしておいたの?
んっ、ちょっと待って。」
「どうしたの。」
「何かでカギを上を叩いたような跡があるな。
石でたたいて、カギを壊そうとしたやつがいるのかもしれないな。」
「それでちょっと歪んで、開かなくなったのね。
しょうがないわね。こっちの扉を開けるわ。」
私はもう一つの扉の鍵、魔法のカギを開けた。
そして、鉄の格子の扉を開けた。
「初めからこっちを開ければよかったわ。」
「・・・・・、鉄のカギの意味がないじゃないかな。」
「あら、この鉄の格子を開けようとするおばかさんは絶対に鉄のカギを何とかしようとするわ。魔法のカギがあるなんて思わないのでしょうね。
まぁ、魔力溜め2基分の魔力がいるから、知っていたとしてもなかなか一般の墓荒らしさんでは開けられないと思うわ。」
「そんなに魔力が必要なのか。」
「後であなたにもここの魔法のカギの開けるイメージを教えてあげるわ。
そうすれば、元気なあなたなら開けて、締められるわ。」
「カギの開け閉めだけで、魔法溜め4基分か。墓を荒らすよりも教会で魔力溜めのアルバイトした方がいいかもね。
しかし、誰だ、この鉄のカギを壊そうとしたのは。墓荒らしかな。
石の墓標しかないのに。」
「多分、捨て子たちよ。もっと奥に入ろうとしたんじゃないかしら。
入り口の方では雨が吹き込むので濡れそうになったんじゃないかしら。」
「捨て子か。だから鍵の壊し方が荒っぽかったんだな。開けられなかったし。
墓荒らしであれば、もっとうまく鉄のカギなんかは開けるだろうしね。
でも、なんで捨て子とわかったの。」
「うふふふっ、それは昨日ここで怪我をした捨て子を保護したからよ。
その姉弟が町役場に助けを求めてやって来たの。それを保護したの。」
「昨日、もしかして、俺が寝ている間の事か。」
「そう、あなたが毎晩のお務めで疲れて寝ている間にね。
わたしは全く疲れてはいないわよ、一緒にお務めしているのに、不思議ねぇ。」
「・・・・・・、確かに謎だ。」ボソ
「何をぼそぼそ言っているのかな。その謎を解くために、今日はも激辛もりもりで行きますか?」
「ご主人様、明日は式がございますので、今日はできればちょい辛で。」
「あっ、ちょっとはやる気なんだ。
ふ~んっ。そのやる気に応えて超激辛でいっちゃいましょう。」
「辛すぎて、辛すぎて、涙が出るであります。」
「傀儡ちゃんは、私が用意したものを喜んで食べればいいの。」
そんなおばか夫婦の会話を私は笑いながら楽しんで、彼は涙目で許しを請うていると、洞穴の外で下草がすれる音が聞こえた。
「傀儡ちゃん、誰かが来るわ。静かにして、向こうの壁に行きましょう。」
「お~い、アンドル、いないのか。
お~い、アンナ、返事をしてくれ。
お~い、アドリアーン、どこにいる。」
男の声だ。3人を呼ぶ声がする。
そうか、3人を捨てた父親か。戻って来たんだ。
秘書官のの言っていた通りだった。
「誰なんだろ、こんな人の家の墓標に来るなんて。
住民は丘の上の方の墓標に行くだろうし。」ヒソ
「恐らく捨て子の父親ね。
バートリの町に捨てた親の半分は戻ってくるんだって。」ヒソ
「子捨ての親が戻ってくるのか。ありえんな、ペースでは。
捨てたら、後はどうなろうが知らないから捨てるんだろう。」ヒソ
「そこが、バートリの町の特徴なのよ。」ヒソ
「特徴? 子供の捨て方に特徴があるのか?
俺にはなんだか理解できないな。」ヒソ
捨てた子供を探しに来た父親が洞穴から離れた場所を探し始めたので、私は昨日、秘書官と話し合ったバートリの捨て子について彼にかいつまんで話して聞かせた。
「そうか、戻って来たんだな。
でも子供は、保護されて孤児院にいるんだろ。
どうしようか。」ヒソ
「何とか、子供が父親と一緒に暮らせるように説得できないかしら。
父親が一緒に暮らしたいと思えば、手をいくらでも差し伸べるすべがあるのに。」ヒソ
「父親が望まなければ一緒には暮らせないか。
いずれにせよ、手を差し伸べられることを話して、父親がその気になってもらわないとね。」ヒソ
「まずは話してみましょうか。」ヒソ
父親が私たちが隠れている洞穴にまた戻ってきたようだ。
「なんだ、アンドル、アンナいるんじゃないか。
悪かったよ、父さんが悪かった。捨てるような真似をして。
でも、離れたから気が付いたんだ。家族は離れちゃ他人になっちまうと。
もう、他人になったら、心から笑ったり、怒ったり、泣いたりできないんだと。
他人になったら、一緒に頑張ることが出来ないんだと。
父さん、離れてとなり町で働いてみたんだ。
日雇いの仕事だ。
僅かなお金にしかならないけどな。
そのお金を握り締めたときにわかったんだよ。
お金の持つ価値を。働く価値を。
全部家族がいないとむなしいだけなんだよな。
給金をもらっても、お土産も買えない。
稼いだ金で食事をしても、一人じゃうまくないんだ。滅多に食えない高い料理なのにな。
一緒においしいって言ってくれる家族がいないと、おいしくないんだよ。
悪かったよ。父さん、反省している。お前たちをここに置き去りにして。
こんなことを言えた義理じゃないが、もう一度一緒に暮らしてくれないか。
頼む、アンドル。
お願いだ、アンナ。
許してくれ、アドリアーン。」
最後の方の懇願は涙声で、子供らの名前しか聞こえなかった。
泣きながら、私たちの方に父親が近づいてきた。
私は出ていけなかった。
父親が今の言葉を言うべき相手ではなかったからだ。
動けない。どうしていいかわからない。
でも、何かに懇願する人は助けてあげたい。
どうしたらいいだろう。
私が悩んで身を潜めていると彼が私をその背中に隠して前に出た。
「申し訳ない、聞くつもりじゃなかったんだが。
出口が一か所しかなくてね。出ていけなかったんだ。」
男は泣き顔を驚愕の顔に代えて、何か言おうとして口をパクパクしていた。
「あなたのお子さんは、昨日、バートリの住民として、ここに住む皆の家族になりました。
申し訳ないが、あなたが子供たち3人とまた一緒に暮らしたいのなら、今の家族の家長にそれをお願いしなければならないと思います。」
「何を勝手に俺の家族を自分たちの家族にしてんだ。今すぐ返せ。
あいつらは俺の家族なんだ。俺のものだ。」
「捨てておいて何という言い草だ。第一、子供たちは物じゃない。
俺たちの家族になったんだ。
人として扱えないやつに戻せるわけがないだろ、自分の家族を。」
私はこそこそ傀儡ちゃんの背中に隠れている場合ではないことを悟った。
このままだと、この父親と昨日の子供たちは二度とお互いのことを家族とは呼べなくなってしまう。
父親が感情的になって、言ってはいけないこと、言ったら引っ込みがつかない言葉を今にも言いそうだ。
もう俺は知らん、勝手にしろと。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
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