16話目 奪う人、与える人
エレンは何か作業があるというので、先ほど見ていた書類と共に部屋を出て行った。
俺はついて行こうとしたが、2度塗りしてほしいのという、ちょっといろいろな意味でヤバい気がしたので、大人しく部屋に籠っていることにした。
後から考えると一緒に行くべきだったのだ。
行かない方がやばかったのだ。
結果は変わらないかもしれないが、少なくとも、今夜起こることは予測できたはずだったのに。
と、一週間後に改めて思ったのは内緒だ。
しかし、ここのところ搾り取られ続けた体はまだ休息を必要としていた。
まぁ、主にお腹と下半身だが。
もう来世の分までトンカツとウナギ、ニンニク、ニラを食った、絶対に食った。
先週入荷した門前町のウナギはすべて俺が食ったに違いない。
養豚場が営めるぐらいの豚肉を消費したはずだ。
ニンニクかニラ農家を継げるほど味にはうるさくなった。
ご主人様のお許しがあったので、俺はこのままベッドで本を読みながら休んでいた。
やっぱりこの時気が付くべきだったのだ。やつが起きている俺をほっとくほど大事な作業をしているという不可解な現象に。
俺は久しぶりに訪れた安らぎの時間を堪能するという愚かな行為に走ってしまったのだった。
本を読むなんていつ以来だ。
10年ぐらい読んでいないような錯覚に陥った。
実際は10日ぐらいだろうか。
その間はまるで叫喚地獄に居るような感じだった。
当然地獄の鬼はやつだ。黒マントと大鎌を持った鬼。
死神が地獄まで追いかけてくるなんて、職務範囲を超えているだろう。
どんだけ仕事熱心な死神なんだ。
俺は飲食と色という罪を犯した亡者のように鬼に攻め続けられたのだ。
地獄にも定休日があるのだろうか。
そうとしか思えないほど今日は平穏な時が過ぎていた。
やっぱりここでも気付くタイミングがあったじゃないか。
俺は何と俗物的なんだ。この瞬間だけを楽しめればいいという。
しばらくすると叫喚地獄の鬼が、小鬼となったような笑顔を携えて、誘いに来た。
あ~ぁ、終わった。もう終わったぞ過去の俺。
もう引き返せないところまで来てしまった。
衆合地獄の扉を開いてしまった。
まぁ、叫喚地獄よりは罪が一つ減ったから良しとしよう。
ちょっと待て、ダメだ俺、それじゃダメなんだ。
結局は十六小地獄をめぐる無限地獄へ一直線じゃないか。
「ジュラ、もうすぐ夕食だそうよ。いい加減、起き上がりなさいね。
あっ、待って、私が起こしてあげるわね。」
「そこまで今は疲れていないよ。」
「いいから、傀儡ちゃんは私の言うことを聞くの、いいわね。
言うことを聞かない悪い子は鬼がトウガラシもりもりに変更するわよ、あの精力剤を。」
「よろしくお願いします、ご主人様。」
「よろしくって、どちらかしら。トウガラシもりもり、それとも起こしてほしいの。」
こいつわざと言っているだろう。
でも、ここで裏をかいてもりもりでって言ったら、本当に盛りそうだからやめておこう。
「私はどちらでもいいけど。
どちらかというともりもりの方を取ってほしいけどなぁ。ダメかなぁ。ねぇ、ダーリン。」
人の胸を左の人差し指でつつくのは止めてください。
叫喚地獄の死神兼鬼がそんな色仕掛けをしてきても騙されません。
「起こしていただく方でよろしくお願い致します。」
その後は両親と、ご主人様と一緒に食事となった。
久しぶりのバランスの取れた食事だ。
このところ偏ったものしか食べていなかったから、疲れ切った胃も今日は昨日以上に張り切って消化をしてくれているようだ。
気のせいか、南部なのでこういう味付けだったのか、ちょっと辛くて、ほろ苦かった。
まぁ、その後も何事もなく食事は終了した。
これで叫喚地獄は卒業だな。後は衆合地獄でお許しをいただければ無間地獄から抜けられるぞ。
と、この時思っていました。
一生、衆合地獄から抜けられないとは思っていませんでした。
俺乙。
食後に両親と一緒に、一杯やりながら明後日の式について話をした。
バートリの教会で式を挙げることについては特に何も言わずに、久しぶりに母の故郷のバートリに行くことを楽しみにしている口調だった。
それよりも驚いたのは、ここペースから教会本山経由でバートリに行き、その日に帰ってこれることだった。
その移動に必要な転移魔方陣用の魔力溜めはすべてエレンが一人で賄うとのことだった。
一体やつはどれだけの魔力を有するようになったのだ。
半年前までは、確かに他の魔法術士よりも魔力は多いが、バートリと教会本山を往復するのが精一杯だったはずなのにな。
後で、機嫌が良いとき聞いてみよう。
そして、一緒の部屋、先ほど俺が寝ていた部屋で、一緒のベッドで寝ることになった。
明後日、式を挙げるのだからもう同じ部屋でもいいだろうという両親の考えだった。
「どうせ別にしても朝は1つになっているんでしょ。ねぇ、ジュラ。」
とっ、さも物分かりの良い母親を演じておりました。
俺の最後の望みが、今夜こそ一人だけでゆっくり寝ようという、俺の密かな望みは別の衆合地獄の鬼によって無残にも打ち砕かれた。
やつに引きずられるように俺の部屋に一緒に戻った。
やつは俺と自分にクリーンをし、肌と髪の手入れをして、ひとりだけとっとと寝てしまった。
明日は忙しいので、もう寝るとのことだった。
えっ、もう飽きたの。俺に飽きたの。衆合地獄を卒業していいの。
と、思ったが、口には出さなかった。
気が変わって、攻め続けられると確かに明日も立てなくなるからな。
明日は墓陵を2か所まわるし。
体力を使うからなぁ。
久々に夜のお役目以外で体力を消耗することに、図らずも小学生の遠足以来の高揚感を覚えてしまった。
早くねょ。
とっ、思ったが、寝ているやつを見ていたら、天使のように何か思い出して微笑む彼女を見ていたら、食べたくなってきた。
そして、初めて俺の方から・・・・・・・。
いただきました。
すぐに気が付いた彼女はすべてをくれました。
いつものように俺から奪い取るのではなく、全てをくれました。
やっぱり彼女は奪うのは似合わない。
こんなことを言うと死神の名に申し訳ないけど、奪うより与える人なんだ。
おれは素晴らしい時間、彼女を愛するという時間をいただきました。
全てが終わってもまだ日付は変わっていなかった。
彼女と一緒に居るようになってからこんなに心静かな夜は初めてだった。
今夜はこれで安心して寝られそうだ。
俺は改めて彼女の隣にもぐり込み、静かに目を閉じた。
そして、さわやかな朝を迎える・・・・はず?
はずたよな、この展開からすると・・・・・・
眠れん。全く眠くない。
牧場の羊が2600匹というあり得ん数になったぞ。
柵から溢れたぞ、羊様が。
そっかぁ、やられた。やられたんだ。混ぜられたぁ。
夕飯に精力剤を盛られた。やたら辛かったのはそのせいだったのかぁ。
俺は苦笑して、羊を解放してから、上半身だけ起き上がった。
可愛寝息を立てる彼女をふと見た。
その白い細い手から何かの瓶が零れ落ちた。
"ほれ薬"
これも混ぜたのかぁ、苦かったのはこれのせいだったかぁ。
今日は巧妙に搾り取られた。血は出なかったけどな。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
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