15話目 バートリ家の墓陵
久々にゆっくりと寝た。
子供の頃に使っていた部屋やベッドのためであろうか。
体があの平穏な日々を覚えているのであろうか。
両親に守られながら、昼は目一杯遊んだり、学んだり、訓練をしたり。
美味しい夕飯と家族との団らんの後は明日からも楽しい日々が送れることを願いながら、いつの間にか眠りにつく。
そして、窓から入った日が頬を暖めるまでゆっくりと寝る。
今と全く違い、安らかな日々。
心地よいままで朝まで寝ていられた日々はもう終わり、しがらみで縛られた体はこのままの心地よさを味わっているわけにはいかない。
起きなければ。
しかし、心地よい。
体がすっきりとしたような感覚がこのまま寝ていろと俺を誘う。
任せてしまおうか、全てをこの心地良ささに。
しかし、彼女が帰ってくる。
その前に起きなければ。
起きなければ何もすることができない。
俺はそっと目を開けた。
そこはさっきと同じ、幼いころより使用している俺の部屋、そしてその中にあるベッドに俺は寝ていた。
良かった、何もなさないまま例の地下19階に連れ込まれていなくて。
ここであれば、俺のできることはあるだろう。
首を動かす。
いた、やつがいた。
なにかの書類を熱心に読んでいる。
何か思いついたのだろうか。
俺をまた縛り、操る方法を。
そんなことをしなくともずっと俺はやつに捕らえられたままなのに。
そう、20年前から。
「ごめん、ずっと寝てしまった。そこで待って居たのか。」
「おはよう、ずいぶんとすっきりしたわね。
さてっと、それだけ元気ならこれとこれは大丈夫そうねぇ。」
やつは先ほど見ていた書類をめくり、何やらにやついて時々俺の方をみて、笑顔を向けてくる。
そう、その表情はずっと以前に俺に向けられていたものと同じだった。
そして、今でもその笑顔はバートリの彼女の住民に向けられていた。
「なにをするつもりだ。」
「あら、明後日から妻になる者に向ける言葉ではないと思うけど。なんかとげとげしいわ。」
「しょうがないだろう、このところのエレンの俺に対する所業から言って。」
「このところの所業ねぇ、傀儡化の事かしら。」
「そうだ、今は俺を取り戻しているが、いつ心に黒い靄が落ちてくるかわからん。」
「ずっと、靄が降りていた方が良いかしら。思いのままにお世話できるし。」
「思いのままにお世話だって?
思いのままに操るんじゃないのか。」
「傀儡が思いのままに動くのは当たり前じゃない。
そんな当たり前の傀儡にはなってほしくはないわ。
あなたは私の夫になるの。特別な傀儡になってもらわないと。
ありきたりな傀儡は地下19階に売るほどあるわよ。
売れないと思うけど、あんな役に立たないおじい様たちは。」
「俺もそこに送るつもりか。」
「特別じゃなくなったらそうなるかもねぇ。」
「それまでは俺をなぶり尽くすつもりか。」
「そんななぶるなんて、私の特別な傀儡ちゃんにそんなことはしないわよ。
ただ、私がお世話をするだけ。
今もあなたが寝ている間に、うなされて汗をかいた体をくまなく冷たい濡れたタオルで拭いてあげていたのよ。
気持ちよく寝られたでしょ。」
「うっ、あっ、ありがとう。」
「お礼なんていいわ。私の傀儡ちゃんをお世話するのは当たり前だわ。」
「しかし、その微笑みは・・・・、他に何をしたんだ。」
「何も。疑り深いわねぇ。
第一、傀儡ちゃんなんだからされるままでいなさいな。
全身に精力剤なんて塗っていないからね。あれかなりのトウガラシが入っているようなのよね。
あっ、やつぱり塗ればよかったわ。
そうすれば体がほてって、冷たい私の体を求めてくるかもしれなかったわ。
ちょっと、もう一回寝て、今すぐ寝て、ねぇ、ジュラ。」
「・・・・・・・・全身に塗るつもりなのか。」
「もちろん。」
「瞼は目がやばい。」
「まだ、自分の体に未練があるの。いまさら。
まぁ、良いわ。
今日は止めとくわ。」
「やらないのか。」
「やってほしいの。言っとくけど瞼だけじゃないわよ。目にも塗るわよ。うふふふっ、目が覚めるわね、でも目は開かなくなると思うわ。」
「やっぱりやめてください。」
「素直な傀儡ちゃんね。
実は式はバートリの教会で挙げることにしたわ。住民たちが楽しみにしているんだって。
あなたのことも皆が知ってるので、一杯祝ってもらえるわね。
良かったわね、傀儡ちゃん。人の体でいる内に式が挙げられて。うふふふふっ。
その後、私の私邸の庭で披露宴をしてくれるんだって。
だれに披露するのかしらね。
これが私の新しい傀儡ちゃんです。よろしくって言うのかしら。」
「じぁ、わんと言えと君が言ったら、俺はにゃぁと言おう。」
「あらあら、ずいぶん反抗的な傀儡ちゃんねぇ。やっぱりこれ塗ろっと。
まぁ、そう言う訳で明後日は忙しいわ。
あなたのご両親も、教会本山経由でバートリにお連れしなきゃいけないし、式や披露宴もあるし。」
「ああそうだな。ところで式では俺は何をすればいいんだ。」
「傀儡ちゃんはそんなことは気にしなくていいの。
周りに言われた通りにすればいいの。ねっ。」
「ああっ、分かった。そうするよ。」
「やけに今日は素直ね。
というわけで、明後日はとても忙しいの。
だから明日は一緒に行ってもらうわよ。」
「どこに? 」
「結婚の報告に決まっているじゃない。私のご先祖様と、そして、私の両親、兄弟によ。」
俺は戦慄を覚えた。まさか、一緒に地獄めぐりをすることになるとは。
確かに彼女の黒魔法であれば、地獄を彷徨う魂を呼び出すことができるかもしれんが。
そのまま、その会見の場から戻ってこれる気がしないんだが。
まぁ、会いに行くのは魂だけだろうから、体はここに残る・・・・・・、そうか、そうだな。
傀儡にするためのに俺の魂が邪魔なんだな。
魂を抜いて、地獄に連れて行き、エレンの親族のそれと一緒に置いてくるつもりだな。
まぁ、もういいけど。
この状態では地獄に居るという鬼の方が優しいかもしれんな。こいつよりも。
「黙っちゃって、何を考えているの。
まさか、私が先祖の魂を異界から呼び出して、挨拶しろと言うと思っていたんじゃないわよね。
失礼しちゃうわ。
ご先祖の墓標に、バートリ家の墓陵に一緒に行って、結婚の報告をしましょうと言っているの。
でも、どうしてもというなら、両親と兄弟ぐらいであれば呼び出せるかもね。
魂がまだ自分を保っていたらね。」
俺はちょっとほっとした。
エレンの両親の魂に会わずに済んだのがうれしいのか、地獄に俺の魂を引きずり込まれないのがうれしいのかはわからなかったが。
「わかったよ、明日はバートリの君の家の墓陵だな。当然、お供しますよ。」
「傀儡ちゃんが嫌とは言わないしね。
それと両親と兄弟の墓陵はバートリにはないわよ。」
「どういうことだ。他に君の家が墓陵を持っているという話は聞いたことがないが。
ペース家の墓陵に合葬されていることは考えられないし。」
「まぁ、詳しいことをあなたは今は知らなくていいわ。黙ってついてきてね。私の傀儡ちゃん。
楽しいことがいっぱいあるかもね。今晩も明日も。」
何をするつもりだ。
「その慄いた顔もいいわねぇ。少しだけ魂を残しておいてあげたかいがあったわ。私の特別な傀儡ちゃん。
でも、明日も予定がいっぱいだから今晩は期待しているようなことはしないわよ。
塗るぐらいは覚悟はしておいてもらわないといけないけどね。」
やっぱり塗るんかい。おれはこれ以上変なものを塗られないように、口をつぐんだ。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
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