13話目 逃避
秘書官とバートリの町について語っていると、福祉課の職員が戻ってきた。
「執政官、子供たちが起きたら施設に連れて行きます。
それで構いませんか。」
「もちろんです、そうしてください。
お兄ちゃんとは一緒ですか。」
「今、病院から連絡が来まして、ケガは直せたけれど、体の衰弱までは戻せなかったのことです。
医師の見立てで、今晩は病院で泊って、明日もう一度見て回復したのを確認してから施設に連れて行った方が良いと言われましたので、そのようにするつもりです。
この子たちは施設に行く前に、お兄ちゃんの無事な姿を見せて、今日は我慢しなければならないけど、明日からは一緒だよと何とか諭したいと思っています。
もう心配はいりません。子供たちはバートリの住民となることができました。
執政官、おめでとうございます。」
「おめでとう? 」
「だって、そうじゃありませんか。バートリの住民は皆な家族。
家族が増えることは良いことですよね。
特に執政官にとってはそうじゃありませんか。
この子らのこれまでの境遇はどうしようもありませんが。
これからは家族として、一緒に暮していけるのです。
きっと、今日からは幸せだと思ってもらえると思います。
私たちはあなたにそう言われて育ちましたよ。」
「そうですわね。ようこそ、我が家族、バートリの家庭へ。」
私はそう言って幸せそうに眠っている弟の方のほっぺをつんつんしてみた。
「それともう一つ、おめでとうを言わせてください。
執政官は明後日、結婚式と聞きました。
これは素直に、おめでとうございます。
この子らの後の事はお任せください。
まぁ、いつもの事なので慣れていますから。
執政官は明後日の準備でお忙しいのでしょ。」
「わかりました。後の事はよろしくお願いします。
行政官、慣れていると言っても、ひとりひとりの個性がありますのでそれに合った対応をよろしくお願いします。
特に、この子らの境遇では初期のケアの失敗は後々の心の成長にで響きますので。」
「申し訳ありません。慣れているから任せろというのは失言でした。
私たちもこの子らと家族となるのは初めてのことです。
慎重に様子を見ながらケアを進めていきます。」
「それではよろしくお願いします。」
渇く、どうしようもなく。もうここにじっと座っていられないほどだ。
「秘書官、私はそろそろペースに戻ります。」
「えっ、3時のおやつのケーキを食べて行かないのですか。
サッちゃんが張り切って作っているのに、雌鶏も頑張って卵を産んでいるかもしれないのに。」
「うふふふっ、サッちゃんと雌鶏さんには申し訳ないけど、いろいろ準備もありますので。」
「わかりました。子供らの事と明後日の式と披露宴はお任せください。
執政官はドレスと旦那とペースの親族の方々を連れてくるだけでいいですからね。
後は私の言う通りに手足を動かせば問題ありませんからね。」
「うふふふっ、それではまるで私はあなたの操り人形ね。
子供と式の準備はお願いしますね。」
「この秘書官にまっかせなさ~い。
ケーキはこの子らに食べてもらいますので、後でほしくなってももうありませんからね。」
「それは残念ね。
うふふふっ、それじゃ後の事はお任せしますわ。ではまた後で。」
「いってらっしゃ~い。」
私は気付かれない程度にできるだけ早く食堂を出て、公邸の隣にある教会に急いだ。
もう、渇きが限界にきた。一刻も早くあの食堂の小部屋から、皆が働く公邸から出たかった。
なぜだかわからないけど。
私は司祭様との約束もすっぽかして、教会本山にあわてて転移した。
そして、漸く一息着くことができた。
このままペースに戻ることはできない。
このように取り乱したままでは傀儡ちゃんの前に出ていけない。
私は完璧なご主人様なのだから。
渇きが癒されないとわかっていながら、私は黒魔法協会を目指した。
私の黒いマントを見れば誰も寄ってくるものはいない。
特に軍の幹部は。
わたしはそっとダンジョン地下19階の自分の部屋に入った。
落ち着く、ここは誰も来ることができない私の空間。
いるのは例の標本たちだけ。
それも今は見たくないので倉庫に行くように指示してある。
そう、彼らは本当の傀儡。
私が魔力を注ぐとちょっだけ動くことができる、ゾンビ以下の存在。
誰も居ない、ソファとテーブルだけしかない空間で私はたたずむ。
やっと落ち着いた。
何もない所に来てやっと落ち着いた。
ここでは何もかも自分でしなければならない私だけの空間。
傀儡がいて働いてはくれるけど、魔力は注がなくちゃならないし、丁寧に指示も出さないといけない、自分でやっているのと同じ。
でもこの空間に居ると胸に渇きは覚えない。
潤ったとも思わないが、渇きは覚えない。
さぁて、落ち着いたところで、戻りますか。傀儡ちゃんの元に。
また、冷淡な主人に戻れそうだわ。
私は教会本山からペースの転移魔方陣に戻った。
魔力が多いと楽だわね。
自由に好きなところに行ける。
そう自由なはずだけど、どこにでも行けるはずだけど、私の行けるところは限られている。
そのひとつ、傀儡ちゃんの元に行かなくちゃ。もう起きたかな。
すこし元気になっていたら何をやってもらおうかな。
いいや、何をしてあげようかな。
やっぱり、秘伝の精力剤を試してみよう。
彼がどれくらい変われるか今晩試してみなくっちゃ。
何かすごく楽しみになってきた。
私は教会の司祭様にお願いして馬車を用意してもらった。
用意をお願いしておいて何だけど、結婚式はここではなく、バートリの教会で挙げることを告げた。必要以上に丁寧に説明した。
私のためではなく、式の準備をしてくれている秘書官、サッちゃん、役場の皆、バートリの住人のため。
その司祭様は笑って了解してくれた。
バートリの執政官とペースの執政官の次男の式なのですから、当然ですと言ってまったく気にした様子はなかった。
それ以前に私たちが結婚することも知らなかったらしい。
使えないわね傀儡ちゃんは。そういうのは新郎が段取りを組むものでしょ。
私がちゃんとしておくから良いけど。
これからの生活が思いやられるわ。
私はこれからの生活を考えた。
何もできない傀儡ちゃんのお世話が大変そう。
でも、面倒なはずなのに何故か胸が渇くことがなかった。
彼との生活が楽しみというのではなく、私がいないと何もできない傀儡ちゃんとの生活を考えると不思議と心が潤うのだ。
どうして、潤うのだろう。どうして、渇くのだろう。
私にはわからない。
潤ったところで、教会の馬車に乗り込み、ペースの執政官の私邸に向かう。
そこは、私のバートリの私邸とは違い、あらゆる威厳に満ちていた。
ペースが王国の時代よりこの地域の中心であることがうかがい知れた。
建物の規模、中の調度品、絵画や彫刻、そして歴史、全てが一流であった。
よその執政官が見たらよだれが出そうな私邸の中身に私は何ら興味はなかった。
私のバートリの何もない私邸の方が立派だと思う。
埃だらけの何もない私邸。
きっと、よその執政官は決して中に入ろうとはしないし、入る価値もないと思うだろう。
でも、その私邸は私の誇りだ。何もない空っぽの私邸が。
決して無理をしているわけではない。
月並みな言葉ではあるが、私の財産はバートリの住民だ、家族が財産なのだ。
だから、私邸には何もなくても良いのだ。
それで満足なはずだった。財産が、私邸の財産が町中に散らばって、新しい財産を築いている。
それで満足なはずなのに、今はあの町に帰るたびに何とも言えない渇きを覚えてしまうのだった。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
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