11話目 癒されない心の渇き
しかし、この渇きは誰にも言えない。
誰にも言えないので自ら潤おそうともがいてきた。
大防衛戦で逐次戦力投入という愚かしい作戦にバートリの人員を無駄に投入したやつらを狩ってみた。
そう、例の地下19階に裸標本となっているやつらはそれを決定したバカどもだ。
職校の研究生を卒業した後に就職した黒魔法協会で密かに研究した黒魔法を、今は失われた黒魔法を用いて私の専用のダンジョンを作り、それにやつらをに引きずり込んだ。
私なりの密かな復讐。
さぞかし気持ちが良かろうと当時の軍の最高司令官を闇に引きずり込んだ。そして、そのまま裸標本にして見た。
毎晩、眺めて罵声を浴びせた。
夜が明けるまでもう動かぬ物体と化した標本に鞭を打ってみた。
何も変わらなかった。
ただ、肉片となった標本と相変わらず渇ききった心のままの私が地下19階にたたずむだけだった。
渇きは日を追うごとに激しくなった。
その度にやつらを引き込んだ。
そして、標本にした後、今度は大鎌で首を跳ねた。
当時の参謀長だ。
跳ねた首の目が私を睨む。
気持ちが悪いだけだった。
気分は晴れないし、渇きは相変わらずだった。
その後も当時の軍の最高幹部が知れるたびに闇に引きずり込んだ。
でも、もう標本を傷つけることは止めた。
それどころか、二度と眺めることなく倉庫にしまいこんである。
私は数年を掛けて当時の責任者を闇に引きずり込んだ。
そっと。
もう渇きがどうのということではなく、ただ取るべき責任を果たしてもらっただけだった。
大防衛戦の愚かな作戦の責任を、自らの命で。
裸標本の方は漸く満足する戦果を果たせたが、胸の渇きは潤うことはなかった。
何故だ。
やつらを心の底で恨みながら、町の復興に奔走していた時の方が、お腹が空いていても孤児たちに食事を分け与えていた時の方が胸の渇きはなかった。
私はバカな軍の幹部に復讐を、無駄に死んでいったバートリ家の恨みを、バートリの住民の恨みを代わって果たしたかったのではないのか。
いつか復讐を果たすために、歯を食いしばって、教会本山の中枢に蜘蛛の巣を張って来たんじゃないのか。
わからなくなった。
わからないままに、日々が過ぎる。
そんなときに彼らに会った。
シュウとエリナ。
彼らに会って、何かが動いた。
そう、私だけではなく、世界が揺れたのだ。私の心も揺れたのだ。
そして、その揺れが収まらないまま旅団を作った。
なぜか作った方が良いと思った。
バートリの戦後の孤児院と同じだ。
こうした方が良いと思ったからだ。
その旅団と一緒に居る時だけは渇きが癒えた。
しかし、すぐに渇きは戻ってきた。
そう、それはシュウたち第3小隊が魔族1個師団を壊滅させた時からだ。
彼らはバートリ家やバートリの住民の血が肉が骨が飲み込まれた死地を、魔族に侵された死地を奪い返してくれた。
20年ぶりに奪還したくれたのだ。
漸く勝利を報告できる。かつて無駄に流した血を意味あるものにできる。
最終的にはバートリが守るべき地を人類に帰したのだから。
その後も我が旅団はバートリの守るべき地を奪還し続けた。
20年前のバートリの任務を漸く果たすことができた。
漸く祖先に、父や母、兄たちにバートリ家が負った責務を果たすことができたと報告することができる。
奇跡が起こった。
そう、第3小隊の勝利は力なき私にとっては奇跡だった。
奇跡が起こったのだ。
しかし、第3小隊が対魔族戦で勝利し、人類領土を奪還すればするほど、私の心は逆に渇きを覚えた。
おかしい。
バートリの悲願が達成されたというのに。
喜びはあるが、胸の渇きは潤うことはなかった。
何故だろう。
それが癒されないと心が闇に沈んで、2度と私に光が当たらないような気がするのだ。
何故だ。何をすればいいのだ。
「執政官、どうかされましたか。怖い顔でハンバーグをにらんだままですよ。お口に会いませんでしたか。
ごめんなさい、正直に言います。
牛ひき肉でなく、合い挽きです。
さすが教会本山という大都市で長年暮しておいです。
一目でそれを見抜くとは。
でも、私は合い挽きの方が味に広がりが出ておいしいと思いますが。」
「あっ、ごめんなさい。
このハンバーグを睨んでいたわけではないのよ。
ちょっと思いに沈んでいただけ。」
「なにか心配事ですか。私にできること、バートリの住民にできることであれば何でも言ってください。
私たちはもうかつての孤児や捨て子ではありません。
たいていのことは自分で出てきますし、得意なことで他の人を救うことだってできます。
だから、心配事があれば、まずは、我々バートリの住民に話していただけませんか。」
あっ、また渇きが強くなった。心が締め付けられるようだ。
「ありがとう。
でも、そう言ったものではないの。
私の心の問題なの。」
「うっ、マリッジブルーってやつですか。
ジュラ様が、ペース家が今回の結婚に当たってなんか言ってきましたか。
結納金を出せだの。町の税の一部を差し出せだの。
もう、いつまで経っても本家気取りなんだからペースは。」
「うふふふっ、残念。そういうものではないの。
本当に私の心の問題なの。
でも、あなたにそう言ってもらうとうれしいわ。
私の最後の一杯の団子汁を遠慮なく食べちゃう幼い少女から、他人を心から思い、手を差し伸べる大人の女性になっていたなんて。」
「執政官、その話はなしで。
秘書官以外にばれるとそれマジで他の住民に白い目で見られるんで。
お願いします、秘密にしてください。」
「しょうがないわねぇ。そこまで困るというなら内緒にしておきましょう。
でも、秘書官はどうかしらねぇ。」
「そうなんです。それで困っているんです。」
「サッちゃん、どういうことかしら。私の秘書官があなたを困らせているの。
それは是非聞いておかないと。
なんでも、私がいない間に執政官執務室の私のデスクにふんぞり返って、私のふりをしている秘書官ですものね。」
「えっ、そうなんですか。それはいいことを聞きました。
でへへへへっ、これで3時のおやつに毎回ケーキを搾取されずに済みます。
団子汁の話で、私からおやつを搾取しているんです。
あの秘書官は悪魔です。」
「えっと、そこの他人の分の団子汁を食べてまで大きくなったサッちゃん。
何を、執政官に吹き込んでいるのかなぁ。」
「げっ、秘書官。
お美しくて、女神様のような広い心をお持ちの秘書官様、いつお戻りになってございますでしょうかです。」
「今日のおやつ、執政官と私、代理の秘書官と福祉課の女子たちに一人2個のケーキの献上を命じる。」
「えっ、今から作るの。夕食の準備もあるのにぃ。」
「執政官に変なことを吹き込む時間があるのに、ここで疲れて寝ている新しい住人の手続きで走り回っていたあたしたちにケーキの2つも出せないというの。
これは問題ね。
広報のプチ事件欄に団子汁分捕り事件を載せるように総務課の女子たちに掛け合ってこようかしら。」
「わかりました、ケーキを一人2個ですね。是非作らせてください。私の自慢のモンブランをすぐ作ってきます。
特に執政官の分はクリーム多めですね。
ではいってきます。
まずは卵だな。
さぁ、私の雌鶏たち、仕事よぉ~。生めぇ~、生めぇ~。」
「大丈夫かしら、雌鶏たち。
ストレスでお肉に一歩近づかなければいいのですが。」
「大丈夫ですよ、執政官。いつものことです。」
「そうなの。
でも、ほどほどにね、秘書官。
雌鶏がお肉に体半分近づいたような気がするから。」
「了解です。」
「それよりも、この子たちのことです。お兄ちゃんはどうなりましたか。」
いま、ちょっとだけ、渇きが薄れた。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
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