10話目 心の渇き、癒す生きる希望
子供たちに食事と着替えをさせるとサッちゃんと農園のおばちゃんは仕事に戻って行った。
代わりに福祉課の職員がやって来た。
食事と着替えをさせてこの件は終わりではない。
この姉弟はおそらく親に捨てられたのだと思う。
そうであれば、彼女らはここの町の住人になって、私の家族となる権利がある。
そう、この町で生きる権利を得たのだ。
バートリの町は陰の町。こういう薄暗いことはしょっちゅう起こる。
先ほどの農園のおばちゃん、やっぱり、私の方がちょっとだけ年が上かもしれないので、お姉さんと呼ぼう。こうなりゃ、やけだ。
お姉さんだ私は。今から刷り込んでおこう。
まぁ、その農園のお姉さんが言うように、この町に子供を捨てにやってくる親は多い。
捨てる理由はいろいろあるが、わざわざこの町に捨てに来るのだ。
近頃はこの町も復興を果たし、ペースと同じように活気づいて明るくなった。
第2軍団が20年前に失った領土を旅団が回復したことで、もっともっと明るい雰囲気の町になると思う。
それでも、捨て子は減るどころか増えるだろう。
バートリの町が捨て子の標的になるのは、そう、この町に捨てられた子供は即刻町の住人となって、生きる権利、あらゆる生きる権利を得ることに起因していると思う。
食事以外に、着る物も住むところも、教育も受けられる。
初めは施設に入ってもらうが、集団が嫌いな子は別途小さいが家が提供される。
そして、近所の人や福祉課の職員が1日と開けずに親と同じように接してくれる。
一番いいのは住民の家にその家族としてやっかいになることだが、これはなかなか難しくて、1割ほどにとどまっているようだ。
もちろん費用はすべて町の公費より出される。
お小遣いも町の子供たちの平均はもらえる。
そのように捨て子を家族として町が面倒を手厚く見るので、初めはすねていた子供もやがて現実を受け入れ、ここに捨ててくれたことを感謝する様になる。
そう、この町に捨てていくのは親としての最後の愛情だったんだといずれ気付く。
この町に居れば安心して成長できる、普通の子供のように成長できることが分かった時に、親の最後の愛情に気付くのだ。
この町には大きな町にありがちなスラム街がない。
スラム化する必要がないのだ。
力なき者は町が力を与えてくれる。孤児も働くことができない孤独な老人も安心して暮らすことが保証されているのだ。
そう言う噂が広がって、この町は捨て子が集まってくるのだ。
捨て子より悲惨なのが孤児だ。
孤児も多いが、こちらは自力でこの町にたどり着かなければならない。
バートリの噂を聞きつけてここにやってくる孤児は多い。
多いがおそらくはその1割もたどり着けていないのではないかと思う。
罪作りなうわさだ。
この町に来れば幸せになれると心ない大人に吹き込まれるのであろう。
しかし、子供一人でここにたどり着くのは至難の業なのだ。
教会の宿泊施設を利用し、旅を重ねる知恵もない。
でも、安心して暮らせる町の噂をかき消すつつもりは私にはない。
おそらく代理殿、町の行政官のすべてもそうだろう。
町の住民は皆家族だ。血のつながりだけが家族ではない。
その家族はみんなで守る。
これが私の町の信念となっている。誇らしいことだ。
この信念がないとあの戦後は生きられなかった。
持っている者が無き者に分けられるだけ分けないと生きられなかったのだ。
だから、ご先祖には申し訳ないが、私はバートリ家の私邸にはいかない。
何もないのだ。空っぽなのだ。
ベッドもソファも食卓も何もない。
お鍋や食器もない。
そういえばあの食器は高く売れたなぁ。数百年前の逸品らしい。
銀のホークも高値で売れたはずだ。
寝ることもできない家にいてもしょうがないではないか。
私は町で一番古い孤児院の一室を堂々といまだに占拠している。
あそこだけは誰にも譲らないわ。
あそこは私がこの町で唯一自分になれるところだ。
まぁ、そう言う訳でバートリ家、いやバートリの町の財産を売れるだけ売って、町の人々を何とか守ることができた。
20年前は餓えた子供だった者が今では町を背負って立っていてくれる。
先ほどの農園のお姉さんもそうだ。
きっと、サッちゃんもそうだろう。
秘書官ズも。町役場の若い職員もそうだ。
そしうて、今は捨て子だの孤児だのと手がかかっている子供たちも10年後は、15年後は町を背負っていく若者に成長するだろう。
もうこの町はその成長したかつての子供たちに任せてもいいのはないか。
もう、私がパンがゆを配って歩く必要はないのだと思う。
ここは私の青春のすべてを吸いつくした町。
もう吸われるものは何も残っていない。
この町にしてやれることはない。土木工事とけが人の手当だけだ。
それもいくらでも代わりの者がいる。
そんなことを考えながら、ソファーの上で安心して眠る姉弟に毛布を掛け直してやってた。
「執政官、お食事をどうぞ。さっき、食べ損ねたでしょ。」
サッちゃんがトレーに作り直したパスタとハンバーグを盛って現れた。
「あわただしくて、昼食のことを忘れていたわ。
でも、秘書官は食べないで走りまわっているのでしょ。
私だけが食べるのはちょっと。」
「それは気にしないで食べてください。
かつて、私も秘書官もあなたの食事を待たずにがつがつ食べていた口です。」
福祉課の職員はそっと席を外した。
「そうなの。そんなことがあったかしら。
私はこれでも肉食女子なので一番先に食べるタイプだわ。」
「執政官が子供たちよりも先に食べるところをこれまで見たことがありません。
あの時もそうでした。」
「あの時ですか。」
「そうです。私は親に捨てられました。
この町に捨てられたのがせめてもの親の愛情だったと気付くのには相当な時間が必要でしたが。
私が孤児院に入ったばかりの頃、あなたは職校の冬休みで孤児院で寝泊まりしながら、たまった執政官の仕事をこなしておられました。
その秋はどこも不作で唯一北部の小麦地帯が豊作と言う年だったと聞いています。
その冬はあなたの大切にしてたきれいなダイヤのペンダントがその胸が消えた年だったと先輩捨て子の秘書官に後から聞きました。
小麦に化けたんですよね、
その化けた小麦で作った団子汁を私は知らずにがつがつ食べていました。
でもあなたは、最後まで配られた椀に団子汁をよそうことはなかった。
最後の一杯は実は私が食べたんです。
私はそのころから本当に食いしん坊で。
そんな私にあなたは言葉をくれました。
一杯食べてくれてありがとうと。
私は褒められたのがうれしくて、それからも一杯食べるように頑張りました。
でも幼い私は知らなかっただけなんですよね。
あなたが自分の分も私に分けてくれたことを、あなたもまだ育ちざかりなのに、それを幼い私に分けてくれたことを。
後から知りました。
秘書官や彼女と同じくらいの年頃の子はそれを知っているから絶対に最後の一杯には手を出さなかったと言います。
私は知らなかった。
あなたの一杯を私が食べたことを。
あなたは自分のお腹を満たすことよりも私の笑顔を欲したことを知らなかった。
だから今度は、私たちがあなたのお腹を満たす番です。
もう、あの頃のようにあなたに頼って生きて行かなくても大丈夫なようにあなたに育てていただきました。
だから、今度は自分の幸せだけを考えて生きてほしいと思います。
小さい頃の私のように。
あなたの残してくれた志は私たちが絶対に引き継ぎます。
だから、明後日の結婚式を境に、自分だけの幸せを追い求めてください。」
この子が何を言っているのか私にはわからない。
もう、私が必要ないの。
私が邪魔なの、この町にとっては。
「さぁ、召し上がってください。
ここにあるすべて、この町のすべてがあなたの志が作り上げた成果です。
その成果を十分に堪能してください。
私はあの後、あなたの志を知りました。
そして、その極一部ですが私の志とすることができました。
餓えた町民をなくすことです。
料理を勉強しました。
料理に必要な卵を得るために雌鶏の飼い方も勉強しました。ついでに肉にする方法も。
私の志、あなたの一部だった志の成果を堪能してはいただけませんか。」
そうか、私は住民に家族として安心して暮らしてほしいと思い必要な物を提供したいと考えてきた。
でも、それは食事だったり、着る物でったり、住むところだけじゃないのね。
一番大品物、それは生きる意味。生きる希望なのだわ。
それをサッちゃんは志と言った。
私の志を受け取ったのだと。その志を生きる希望として頑張って来たのだと。
でも、今の私の志は何。
生きる希望は何。
このごろ全てむなしく感じたのはそれがなくなったから。
バートリの町の復興を果たして、私は生きる希望を、生きるための志を失ったの。
それでか、あんなにジュラを欲しがったのは。
欲しがることで希望とした。
手に入れた後は思い通りにしたいと思って、心と体を食べた。
でもそれでは、生きる希望にはならなかった。
近頃の私は生きる希望が欲しかった。
生きる意味が欲しかった
生きるための志が欲しかったのだ。
この心の渇きはそれだったんだ。
生きるための志か。
難しいな。何を目標にこれから生きて行けばいいんだろう。
ジュラとの幸せ。
それだけではだめだ。
ジュラのすべてを手に入れても、この渇きは癒されていない。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
お話に興味がある方はお読みくださいね。
感想や評価、ブックマークをいただけると励みになります。
よろしくお願いします。
もちろん、聖戦士のため息の本篇の方への感想、評価などもよろしくお願いします