死神さんが死を迎えるとき 1話目 やつの傀儡
この物語は「聖戦士のため息 トラブルだらけですが今日も人類が生きてく領域を広げます」の別伝になります。
一応、本編を読でいなくてもひとつの物語としては成立しているようなしていないような。
この別伝を読んでいただき、面白いと思ったら本編もどうぞ的なものに仕上がればいいなぁと思ってたりして。
この別伝は、死神さんと旧ランク8位が結婚式のために故郷に帰ったときの物語です。
時間的には本編と同じ時の流れになっていますので、別伝としてお伝えすることにしました。
シュウが風の大精霊と会合した後の本編の進行に大きく影響してくる別伝ですので、本編ともどもよろしくお願い致します。
「なぁ、ナタ婆さん、このままでいいんか。」
「何がだ、マンタ爺さん。」
「ほれ、俺たちのなんて言ったっけ、名前を忘れたは。」
「この爺さんは耄碌しおって、名前は・・・・・・なんじゃったか。誰も呼ばんのでな。忘れてしもうた。まあ、爺さんの言いたいことはわかったんじゃ。」
「婆さんや、さすがに長い付き合いだ。俺の言いたいことがわかるとは。」
「うんにゃ、言いたいことはわからんが、誰のことを言いたいのかだけはわかったんじゃ。」
「なんだ、やっぱりただの耄碌婆さんだったか。期待して損したぞ。」
「この爺さんは何を儂に期待しておるんじゃか。
期待するならそれそこの・・・・・、なんじゃったっけ。名前を忘れたぞ。」
「だから、俺に聞くな。覚えていないと俺が先に言ったんだ。」
「まぁ、もう少し見守る他はあるまいな。
使命に覚醒してくれんと我らの真の力を渡せんわな。」
「そりゃそうだ。軽く願っただけでも、ほれ、なんだったけかな、そうそう魔族軍1個師団が闇に吸い込まれていったな。
あれは婆さんの力だろ。」
「確かに儂の力だが、そう願ったのはあいつ、なんだじゃったか名前が出てこんな。」
「また、そこに戻るのか、何度も同じ話に戻るのは耄碌した証拠だな婆さん。」
「爺さんこそ、名前を思い出せんくせに、耄碌したなぁ。」
「まぁ、耄碌して力が出せなくなる前にこいつには使命に目覚めてほしいものだな。」
「だから、もう少し様子を見るしかないと言っておるのじゃ。」
「「ふ~っ。」」
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シュウ君たちが第2軍団の要請で、第23基地の最前線に魔族殲滅の手伝いに行くときに、本当は中隊長の死神さんも付いて行かなければならないはずだった。
そうすれば俺もの地獄の日々から解放、それはないな、すこし、ほんのちょっとだけ、癒されるはずだった。
いつの間にか妻の座に収まった、本当に妻なのか、俺は死神と連れ添った覚えはないぞ、やつがあれこれ世話を焼いてくれるというか、全く俺の意思は確認せずに食わせ続けられて、夜は寝ないで血がにじむまで頑張ることを強要されている。
間違った、血しか出なくなるまでだ。
もう、一週間以上もニンニクとニンニクの芽、ニラ以外の野菜を食っていない。
魚も鰻とすぼっん、以外食っていない。すっぽんは魚じゃないな。
肉もトンカツ、しかもバラ肉、とオークのホルモン焼き以外食っていない。
飲み物も・・・・・・・・、なんだあの赤い飲み物は、鉄臭いぞ。
思い出したくないのであえて物体名は言わないでおこう。魚の項で言ったし。
せっかく、この地獄から抜け出して、まともなキャンプ飯にありつくチャンスだったのに。
あの硬くて歯が立たないパン(半年前に前歯がちょっとだけ欠けたぞ)、十分に戻しきれていない干し肉のスープ(野菜も半生煮え)、しんなりして芯のところがわずかに茶色くなったレタスがメインのサラダ(ドレッシングは怪しい酸っぱい油)、デザートは半分黒くなったバナナ(一部発酵臭付き)、そして、ちょっとヨーグルトっぽくなったミルク。
ああ懐かしのキャンプ飯。
あの頃はこんなもん食えるかと食事当番に八つ当たりしたこともあった。
マジごめんよ、この世の中にあれほどおいしいくて温かくて、懐かしい食事があるとは先月までは気が付かなかったんだ。
今では、どれも記憶のかなたにしまい込まれているかのような懐かしい憧憬になってしまった。
そう、あこがれのキャンプ飯にありつくこともできずに、今朝、言われるがままに魔力溜めに魔力を充填し、ここ教会本山に来たんだ。
転移に必要な魔力溜めの半分はシュウ君が用意してくれたんだが。
この転移魔法陣の部屋の中だけは普通の夫婦のように寄り添い合っている。
荷物は当然、俺が持っている。
か弱い妻がたくましい夫に支えられているように、彼女は俺と腕を組み、そして、にこやかに笑っている。
仲の良い夫婦を演じている。そう、演じているのだ。
いや、俺は演じさせられている。間違いなく。
実はどうか。
俺は立っていられないほど疲弊しているので、腰の高さまで積み上げた荷物に左腕を付き、右手は彼女、いや死神に支えられているのだ。
死神に支えられて生き長らえている感覚は何か取り返しのつかない人生の矛盾を感じる。
死神とは俺の人生を終わりにしてくれる、ある意味、永遠の安らぎを与えてくれる尊い存在なのではないのか。
それに俺の体を半分ゆだねて生きていることに矛盾を感じるのだ。
おれは傀儡。
死神の傀儡と化している。
意識だけは俺のものだが、体は既にやつの傀儡と化している。
このまま飲み込まれてしまえば、心も飲み込まれて完全に傀儡となってしまえばなんて楽なんだろうと言う甘美な誘惑に、この一週間は何度も襲われている。
しかし、それはだめだ。
あの約束を果たせなくなる。あの誓いを永遠に果たせなくなる。
この誘惑に負けたら。ただの傀儡となったら。
俺は心の中で気合を入れ直し、力の入らない左手にムリに力を入れて荷物を持つ。
一瞬、やつの目が光る。
まだ、体力が残っているのね。今晩それを搾り取ってやるわと言う目だ。
俺はやつの目を見ないようにした。
その目に宿った光を見ると二度と手に力が入らなくなるように思えるからだ。
二度と自らの意志では力を入れたくなくなるだろう。
そうだ、まだ、俺はやつの傀儡にはならない。
この体も心も、まだ、俺のものだ。
俺は荷物を持ち、ふらつきながら教会本山の転移魔法陣を降りる。
次はこの16基からいくつか離れた部屋にある20基の転移魔法陣に移動するのだ。
そこの転移魔法陣を作動させるために俺の持っている魔力をすべて魔力溜めに注ぎ込まなければならない。
やつの目的はこれだ。
ここに転移してくるのに必要な魔力の半分と次の転移に必要な魔力を魔力溜めに注ぎ込むと俺の魔力は空になる。
魔力が回復する明日の朝までは俺は魔力がなくて魔法を使うことができない。
体力もすべて吸い尽くされた俺にとっては、もう、やつに抗う手段は残されていない。傀儡と化すのだ。
俺たちは3つ先の転移魔法陣の部屋に移動した。
俺は今の移動で体力を使いつくしたので、魔法陣の真ん中に荷物と一緒に崩れるように座り込む。
そんなことは構わずにやつは、部屋の戸棚に整理してしまってある空の魔力溜めを取り出し、転移魔法陣の所定の位置に並べ始めた。
並び終えるとやつは俺の方を向き、顎をくいっとさせて、俺に魔力を魔力溜めに注ぐことを促した。
俺は足に力が入らなかったが何とかふらつきながら魔力溜めのところに移動して、魔力を注いだ。
移動して魔力を魔力溜めに注いでいるうちにも何度が転んで時間だけが過ぎていく。
そのことにいら立ったのか、ちっというやつの心の声を聞いたような気がする。
俺は今度はやつの目を見るために顔を向けると蔑むような眼で俺を見ながら薄笑いを浮かべていた。
魔力と体力がなくなって、俺の心もやつに抵抗する力を失っていた。
やつの傀儡の誕生である。やつは自分の傀儡を作ることに手慣れているようだ。
教会本山に転移してきたときにはかろうじてあった心の抵抗がきれいに取り払われていた。
おれはこいつに仕える傀儡だ。薄笑いにも舌打ちにもなんら感じるものはない。
ただ、望まれたことをやるだけの存在だ。
すべの魔力溜めに魔力を注ぎ終わると、さっと俺のところにやつはきて、腕をとって、その細腕からは信じられないような力で、俺を引き寄せ耳元で、妖艶な声でささやいた。
「お疲れ、ダーリン。
さっ、行きましょう。
あなたの生まれた町に。あなたの生まれた家に。あなたを愛している家族のもとに。
そして、すべてを私たちの色に帰するために。」
その偽りの甘美な声に俺は頷いた。
別に奴の言うことに同意した訳ではない。
傀儡は頷くことだけが許されているのだから、俺もそれに従っただけだ。
別に同意した訳ではない。傀儡は心を持っていないのだから、考えることも拒むこともできないのだから。
やがて、俺とやつの周りはうす明るい靄で覆われた。
そして、その光の靄が晴れたときには俺とやつは俺の故郷、ペーチの教会の転移魔法陣の上にいた。
帰ってきた、久しぶりの帰郷だ。
しかし、帰郷とは言わないな、なぜなら傀儡に故郷は存在しないのだから。
故郷があるとすればやつの手の中なのだろう。
本日はまとめて6話分を公開する予定にしています。
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