閑話
「優馬ちゃん。ここでしばらく過ごすのだからわたし以外の他の天使も紹介するわ。」
転移するための身体ができるまでの間、神の仕事を手伝うことになった優馬。
三葉からの熱烈な猛プッシュによりしばらくは三葉のもとで仕事をすることになっていた。
「三葉さん以外の天使は何人いるの?」
「んー、わたしの仕事を手伝ってくれる子が6人と、神様のお付きが1人の7人ね。わたしは一応天使達の統括を任されているわ。」
「ふーん。ということは神様に最初に選ばれた天使は三葉さんなんだ。」
「ええ…。残念ながらね…。」
「そういえば三葉さんて出身?は日本なの?名前が日本ぽいし」
(僕が読んだ本だと何とかエルとかばっかだったし。あれってスペインの名前なんだっけ?…ん?ラテン語?…どこだっけ?)
「優馬ちゃんの言う通りわたしは日本から来たわよ。優馬ちゃんが生きてた時代から大体1500年くらい前ね。ちなみにミカエルはラテン語読みでミハイルとかマイケルだったりとか国で呼ばれ方は変わるわ。」
「…ナチュラルに心読まないでよ。それって天使なら誰でもできるの?」
これから7人?の天使達と会う優馬にとっては結構重要な問題だ。生きている頃から人との関わりが家族以外に希薄だった優馬は人によっては不快なほどあけすけにものを言う性格なのだから。声に出さないだけなら何とでもなるが心にも思うなっていうのは無理だ。
「ふふふ、実はこれはねー……」
「あっ!みつはさーーん!!その子ですかーー?新しい天使候補の子!」
ドヤ顔で何か言おうとした三葉を唐突に元気な声が遮った。少し不愉快そうに三葉が見た方を優馬も見る。そこには三葉よりも少し小さい羽根を持った優馬より少し上くらいの少女がいた。突然だが三葉は例えるなら400ccの二輪車だ。大型車にはタンクも馬力も敵わないが、洗練されたスマートな車体や扱いやすさ。モトクロスなどのスポーツタイプなど小排気量で十分な馬力あるその姿はある種の優雅さを兼ね備えている。
そして今来た少女は……例えるなら1000ccのスーパースポーツタイプ。洗練されたボディーもさることながら特筆すべきはやはりその馬力。アクセルを少しひねるだけドンとした加速が感じられる圧倒的なパワー。人によっては取り回しも困難であろうその車体には男女問わず魅了されるだろう。つまり……
(でっか……)
その少女はとにかくでかい。身長は優馬と同じほどの150前半ほど。だがでかい。何とは言わないが、こちらに向かってくる彼女のあれは今にも走り出しそうなほどだ。優馬の見た女性(母、病院の看護師2人、家庭教師、三葉)の中では最大だ。
…比較対象が少なすぎるが優馬がサイズを知っている女性の中では明らかに最大のものだった。
「もう、シイル。そんなに慌てて走らないの。溢れちゃうわよ?」
「ふぅふぅ……こぼれるって…何がですかー?」
肩で息をしているシイルと呼ばれた少女。彼女が肩を上下するたびに彼女のそれも上下する。
「はぁ……わたしも小さいほうじゃないけど……咲の気持ちもわかるわね。ほらほらお客様の前よ。あんまりはしゃがないの。」
「……ふぅー。はい、すみませんでしたー。それでみつはさん。こちらのお方は?」
「この子は優馬ちゃん14歳。ちなみに天使候補じゃないわよ。ちょっと事情があって150年ほどここで仕事を手伝ってもらうことにしたの。」
そう言って紹介された優馬は少女に頭を下げる。
「佐藤優馬。よろしくシイル。」
そう言って優馬は手を差し出した。その手を握りながらシイルはぶんぶんと握手する。
「ゆうまちゃんですかー。男の子みたいな名前ですねー。こちらこそよろしくお願いしますねーゆうまちゃーん。」
そう言ってる間もシイルはニコニコしながら優馬の手を握りぶんぶんと振る。それに合わせてぶるんぶるんと震える。
(この子力強いなー。僕の腕取れないかなー。)
シイルと優馬はしばらくぶんぶんニコニコぶるんぶるんとしていたが、そんな2人を三葉は呆れた様子で見ていた。シイルは相変わらずで予想出来ていたことだったが問題は優馬だ。放っておくといつまでもシイルにぶんぶんされていそうだ。彼は受け入れすぎてしまうところがある。最初にここに来た時もそうだった。普通のひとには死は受け入れ難いものに決まっている。三葉自身も天使になる前はそうであった。
優馬と来る前に神と別れたがその時に神に言われたことを思い出す。
『優馬君……彼は全てを受け入れる。死さえも。恐らく彼は物心ついたときから無意識のうちに死を受け入れていた。だからこそ彼は14歳まで生きた。本当ならば小学校に上がる前に死んでしまっていたはずだ。人間には驚かされるばかりだ。あんな幼い子供でさえ精神が肉体を凌駕する。…三葉。彼を見守ってほしい。ここにいる間、彼には安らかにいてほしい。ここには危険も病気もない。彼は産まれた時から死と戦っていた。勝てないとわかっていたのに。……もう休んでもいいはずだ。……今、手伝いを頼んでおいてどの口が言うんだって感じだがな。』
そう言って苦笑する神の姿はとても神々しく慈愛に満ち溢れていた。三葉は他の神を知らない。いるのかも知らない。日本で言えばまだ古墳時代、森の木々と動物に囲まれながら生きていた三葉。ひとの関わりによる暖かさを与えてくれたのは神が初めてであった。三葉は自分が初めてここに来たことを思い出し、自覚無しに笑顔を浮かべていたが、そろそろあのマイペース2人組を止めなければいけない。そして何より訂正しなければいけないことがある。
「ほらほら、いい加減手を離しなさい。取れちゃうわよ優馬ちゃんの腕と、あんたのそれ。ああそれと優馬ちゃんは男の子よ。れっきとした……ね。」
そう言って三葉はいつぞやのおっさんのように優馬を見るのだった。