少年は拒否したい
「ふーっ、大分落ち着いてきたわ」
たっぷり30分ほど優馬を抱いていた天使は優馬からそっと離れる。
「やっとか……。それで、あそこで未だに泣いてるおじさんの説明をしていただいても?神としか聞いてないのですが、何故自分はここにいるのかとか声が出せるようになった理由とか色々聞きたいのですが…。」
「そうね…。すっかり忘れてたわ。そこのおっさんは確かに神よ。でもおじさんとか言わなくていいわ。おっさんで十分よ。何故ここにいるのかっていうのは優馬ちゃんも分かってるんじゃない?」
「まあ……、おそらく死後の世界とかそんな感じかと……ちゃん?」
「あら?ちゃん付けは嫌だったかしら?でも佐藤さんだと可愛くないし君付けは論外よね……。あ、死後の世界で合ってるわよ。付け加えるなら転生とか死後の行き先を決めるとこね。」
「好きに呼んでもらってもいいですけど……そっか、やっぱり死んじゃったか…」
改めて死を認識させられるとクるものがあるが、それよりも、だ。
「あの、僕は生きてる頃耳が聞こえなかったのですが…。あとこんなに流暢に話せなかった…というか単音しか出せなかったのに何故ここではそれが出来るのですか?」
「それは簡単な話ね。ここは死後の世界。言わば肉体では無く魂の世界よ。生きてた頃の怪我とか病気とかは魂には関係ないもの。あ、容姿とかは死んだ時のものになるのが一般的ね。…まあだからこそ驚いたんだけどね…どう見ても優馬ちゃんは天使……大天使だわ…」
天使は最後の方は無意識のうちに話しているようだったが、優馬には天使が微かに呟いた話も正確に聞き取れていた。ていうかさっきから思っていたがここって思考が漏れていないか?
「…っ?…そうか、そうよね。私も優馬ちゃんの思考が聞こえるから逆も当たり前よね。……やべえ、変な女って思われたかしら…」
(やべえって言ったなこの天使。これはあれだ。………素直な人なんだな。)
優馬は一瞬、育ちが悪いと考えそうになったが、思考が漏れることを思い出し、咄嗟に考えを変えた。もしかしたらもう遅かったかもしれないが……。
「す…すなおなんて……久し振りに言われたわ…」
(おっけー。せーふ。)
何か悶えている天使を横目に入れながら優馬は神の方に目を向けた。
「落ち着いたら何故泣いていたのかお聞きしても?あと、早く話を進めましょう。」
「あぁ、すまない。この年になると一度泣くと止まらなくてね。ぶり返しがすごいんだよ。……ふぅ。泣いてた理由はね……」
「あ、神様。優馬ちゃんって天使候補で連れて来たんですか?」
「えっ、天使候補?なんですか、それ?」
神の話に横入りした天使の言葉に優馬は困惑した。
「あぁ、違うよ。彼、佐藤優馬君は僕が直接魂をここに呼び寄せたんだ。言わば転生候補であり、客人だね。本来ならここに人を呼ぶことは滅多に無いんだけど…、ちょっと彼は特別でね…。」
「……?…はあ…まああなたが呼んだってことは分かりますが、天使候補でも無いのにあなたが直接呼ぶ理由が……本来なら転生候補も私のような天使が………ちょい待ておっさん。その後ろで光ってるモニターは何だ?」
(そう、僕も気になっていた。ていうかこんな暗闇だと目立つわあれ。気にならない方がおかしいわ)
神の後ろには大型量販店の監視モニターの様なものがあった。ひとつひとつは大きくないが10数個はありそうだ。それに何より…
(…ん?1枚だけ映ってるあれ、どっかで見たことあるな……ていうか僕がいた病室じゃね。思いっきり父さん見切れてるし。)
そう、モニターには優馬が息を引き取った病室が映し出されていた。どうやら、優馬が死んでからそれなりの時間が経っているようで、もう優馬の遺体はそこには置いていないようだった。見切れている父の姿もよれよれではあるものの、いくらか落ち着いているようにも見れる。
モニターを指摘された神は勢いよく振り返り、モニターがあることを確認した後、滝のような汗をかきながらブリキのおもちゃのようにぎこちなく天使の方を振り向いた。
「……違うよ?」
「てめえ……このくそおやじ…最近仕事しないから気になってたが……」
「ちゃうねん三葉ちゃん…ちょっ…聞いて?」
「下界の人の人生を神だろうと盗み見て良い訳ないだろがっ!!!!」
「ハイ、ソウデス。」
「仕事の合間に少しじゃ無いなこのモニターの数は…1、2、3、…14。………お前優馬ちゃんの人生全部見てたな!!!あっ!?そうなんだろっ!!!!?」
「ハイ、スミマセンデシタ。」
「謝る人が違うだろがっ!!」
「ハイ、ソノトオリデス。……すまないな…優馬君。」
「あーいいよ。」
「軽いわよ!?優馬ちゃんもしっかり怒るときは怒りなさい!!」
「えーー……」
優馬は早く次に進まないかなーと思った。それよりもモニターに母が映らないことが気になっていて最早話も聞いていなかったのだ。気付いたら三葉と呼ばれた天使がおっさんに怒っていて、謝られたから反射的に許してしまっただけなのだ。
「僕の薄い人生見られただけで怒らないよ。それよりも僕がここに呼ばれた理由?のほうが気になるんだけど…」
「しょうがないわね……もう。まあ、確かにそっちは気になるわね…。おらおっさん早く説明しろ。」
「ハイ、セツメイシマス。……君、転生しちゃう?」
「しない」
優馬は間髪入れず答えたのだった。