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駄々っ子  作者: 崎 陽太
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眼の前がぐらぐら揺れる。しかし、私の存在はしっかりとこの世界から認識されだした様で自分ははっきりと此処にいると言う世界の意向を汲み取る事が出来た。まあ、段々と靄が晴れた中で目の前に映っているのは子供の様な彼女の姿だった。

どうやら彼女の何かに当てられた。店主の言った事とは強ち間違いではないらしい。鳥渡だけ彼女の事を気を付けて眺めることにした。でも、この時点で彼女の籠絡に囚われていたのは今の私は知る由もない。

「はいよ。まず酒だ。」

どん。と一升瓶と大きめの御猪口を眼の前に出された。何かの冗談哉。ぽかんと呆けた目で其れを見つめていた。私の思いとは裏腹に彼女は柳眉を持ち上げて、御機嫌な様子。一体どれ程飲むつもりだと云うのだろう。私はお腹を膨らせる為に此処に来たのに。提供されると云うのなら少しは呷ったかもしれないがもう引きに引いてしまっている自分がいた。

「ささ、どうぞお飲み下さい。ほらほら。傾けて。傾けて。」

彼女についての評価がまた揺らぎそうになったとこで、酒を勧められた。飲むつもりでは居たのだが、なにせこのスケールだ。呆れ果てて物も何も言えない。喉に通りそうにもない。一体何を飲めば満足感が得られるのか。スピリタスでも注射してtripin'すればいいのか。

 彼女の問いかけには御猪口を差し出して答えた。にんまり彼女は笑う。其の笑顔に気を取られる。ああ、気を付けよう。何でもないのだから。彼女は。もう馬鹿らしいだって知っているだろう。空気の重さに潰されそうになってしまうのはもう懲り懲りだろう。醜い人の成れの果てに愛想尽かされるのも、尽かすのも、ただ、面倒くさい。其れでいい。自己完結。

 したむ。酒が。器に酒が満ちる。愛や月の果ても今夜有らゆる場所で芽吹き、枯れ、散る。かの清少納言も言ったはずだ。男女をばいばじ云々。太古の人間でさえ人の奥底を推し量れていたのに。非道いもんだ。カラカラの喉を潤そう。

 くいと酒に齧りつく。この酒は大分強いのだろう。喉奥が締め付けられる様に火照る。思わず声が出る。

 「ふう。」

 この一呼吸の中に私の人生が詰まっていると言っても過言ではない。混じりに混じった昏昏とした思いの縁から零れ落ちたのだから。徒に御猪口を手元で弄ぶ。強かに生きてきたつもりだったが、こういう酒の席ならば弱さを打ち明けるのも悪くない。隣の彼女の飲みっぷりには酔が覚めそうになるが、強い酒だ、そうそう夢から覚めることはないはず。そう思う前に私の体は無意識に酒を口に含んでいた。

 彼女の何かが私を注目させたように透き通る液体には人間を拐かす魔性がある。

 「たまりませんね。この感覚は。美味しい。あ、あとマスターできたかい。」

 「おうよ。後は仕上げだけだ。」

 店主は私の顔ぐらいある卵焼きを私達の前に出した。店主は徐にポケットから醤油を取り出し、さっと其の上に振り掛けた。きらきら澱んだ光を反射しながらぺしゃぺしゃ鳴っている。其処からふわりと醤油の香ばしい香りが漂う。ごくり。溜飲。嫌なもの等頭の何処にも無く、今目の前にあるこれを食したい欲求が全てになる。隣の彼女にさへ目は向かず、今か今かとその出来上がりを心待ちにしている。

 「お待ち。」

 その一言をスタートにして私達は箸を勢いよく運ばせた。そのまま食べやすい大きさにカットしよう。さくさくと箸を入れる。その隙間から出てきた蒸気が顔一面に飛び込んできた。卵と砂糖の甘い香り、さっきの醤油の香ばしさと相まって欣喜が胸に広がる。もう待ちきれない欲求はその極上を口に運んでいた。咀嚼。甘みがじゅわと広がる。口の中が幸せとはこういう事を云うのだろう。今まで食べてきたものの中で一位二位を争う美味しさ。此れは美味い。

 その余韻をくっと締めたいと思い、御猪口に手を付ける。その時だった。

 



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