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彼女に手を引かれたまま灯火が消え逝く街を後にした。其れは少し自分から遠退いてしまう感覚を私に覚えさせた。何故だろう。此の世の世俗から立ち消えて仕舞いそう。此れも又一興かもしれないが。現世との繋がりを絶たれそうで若干の憂虞を持ってしまった。
束の間。私が意味のない物の何かに狼狽してしまっていた頃にはどうやら目的地に着いていたらしい。
「大丈夫ですか。もう、着きましたよ。此処で一緒に飲みましょうよ。ホントに此処の卵焼きは美味しいんですから。」
嬉々とした彼女の声は弾む。何故かは知らないが彼女の体は数分前よりも婀娜っぽく見えた。
「どういったお店なんです。」
いつもと変わらない調子。そんな私の様子を見て彼女は不服そうだった。
私の放った言葉は彼女には届かなかったらしい。私が挙動をする前にぐいと腕を引っ張り店内へ連れ込まれた。
「いらっしゃい。」
重く冷たい声。そして何処か消え入りそうな客が数人いた。何時ぞやの外套もちびちび酒をしたらせ徳利に残らない様に御猪口の縁一杯一杯に。面持ちは憔悴だった。此の世に諦めを見ている様な。
「此処でいいですか。」
カウンター席を彼女は指差した。そわそわしながら、子供が目を輝かせている。父性というかそんな物が心の中に顔を出した。「其れでは失礼しますよ。」
彼女が私の質問に答えないからもう其のことは放っといてはいたが、店の雰囲気からはどういったお店かは大体予想が付いた。
店内を舐める様に見ていると、端に映った彼女は満面の笑みを浮かべてとてもご満悦だ。私が彼女の思った通りに動いたからだろう。彼女は一人気分を高揚させながら店長と思われる人にこう言った。
「マスター。何時ものヤツ、お願い。」
「お前も物好きな奴だよ。何処とは言わないが。おい、其処のお連れ、此奴には気を付けた方がいいぞ。」
忠告を喰らう。元々分かる。昼間から酔潰れ、危うく事故を引き起こしそうになった人物がマトモな訳がない。そして懲りずに夜にも酒を煽ろうとして居るのだから。こんな事があった日には何日かは節制しないのか。私だから良かったものの人命だってなくなって仕舞うかもしれないのだ。嗚呼、恐ろしい。
「はい。わかりました。」
素っ気無い態度だって事は私にだって分かる様にした。そしたら彼女は口をへの字に曲げていた。なんだ、もう酒が入っているのか。そんな事を頭の片隅に出そうとは思わなかったのに、なんでか蕾が開きかけた。
「おいおい、そんな調子じゃ。だめだろう。ほら、もう当てられてるじゃないか。だから人間なんて連れてくるなって行ったんだ。毎日毎日懲りねえな、おい。どうすんだまた昼間みたいになったら。」
しっかり理解はしてた。だけど、してただけだった。