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逆さ虹の森の迎撃戦(三)

 総数、三百匹へと数を減らした山賊ネガ・パンダ団のレッサーパンダ兵たち。

 それでも数的な優位は揺るがず、またまだ余裕だろうとたかをくくった楽観的な進軍は続きます。

 しばらくは特にエンカウントもなく、順調に森の中を進んで行きます。

 すると、レッサーパンダの先行部隊は、じっとりと湿った空気を感じる広場らしき場所に到達しました。


「なんだか、不気味な場所だな……」


 誰からともなくのつぶやきが、薄暗い虚空に消えていきます。

 周りを見渡せば足元にはうねうねとした樹の根っこが張り巡らされており、非常に歩きづらいです。

 すると、どこからか聞こえる明るい女の子の声が、彼らにこんな質問を投げ掛けてきました。


(ドー)(テー)のひと、(てー)あーげて!』


 シーンと静まる、レッサーパンダの山賊たち。

 可愛らしい声に似つかわないどぎつい質問に、兵隊たちはポカーンと口を開け、中には『ど、童貞じゃねーし!』とうそぶく者もいます。

 すると、ゴゴゴゴゴと地鳴りのような音が響き。


 ビシュッ! バシュッ! ドシュッ!


 いきなり何本もの木の根っこが鎌首をもたげ、大蛇のように兵隊たちに襲いかかってきました。


『うわーっ!』

『た、助けてーっ!』


 木の根っこは何匹かのレッサーパンダを捕らえると、ぐるぐる巻き付いて締め上げてしまいます。


『ぎゃあああああーーーっ!』

「な、何だっ!? これはどうした事だ!」


 目の前の異様な光景に、あたふたするばかりの先行部隊の隊長。さらには。


『シロートドー(テー)のひと、(てー)あーげて!』


 またしても可愛い声で、悪魔(デーモン)のような質問が飛んできます。


「た、隊長! もしかしたら、この問いに正直に答えないと、木の根に絡め取られてしまうのかもしれません!」

「な……、何だと……!?」


 山賊兵の読みどおり、ここは正直者しか通る事ができない、逆さ虹の森の名物スポットの一つ『根っこ広場』。

 ウソをついた者を根っこで捕まえてしまう習性を持った樹木が群生している不思議なところです。


 基本的に(むら)(びと)たちは、危険なので寄り付かないようにしているのですが、ウソをついた子供を叱るときの引き合いに出されたり、一生の愛を誓うためのプロポーズの名所としても知られています。

 噂では、(ピー)ノキオもこの木を材料として造られたとか……。


「そ、そうか……。ならば、仕方ない! 素人童貞の者は正直に手を挙げるのだ!」


 切り込み隊長は命令しながら、自分自身も右手を(かか)げます。

 隊長は素人童貞だったのか……。という隊員たちのつぶやきがあちらこちらから耳に入り、屈辱に打ち震える部隊長。面目も丸つぶれです。

 そして、パワハラのようなとても恥ずかしい命令に、隊員からは『し、素人童貞じゃねーし!』の声が上がりますが。


 ビシュシュシュッ!


『うわあああああーーーっ!』

「こらーっ! 貴様ら、正直に答えろ! 木の根っこに捕まってしまうぞ!」

『うぎゃあああああーーーっ!』


 嘘をつけば根っこに締め上げられ、正直に答えれば恥辱にまみれるという、死ぬか社会的に死ぬかを選ばなければならない、どう転んでも地獄のような状況。


『童貞のひと、手をあげて!』

『ど、童貞ちゃうわ!』

『シロート童貞のひと、手をあげて!』

『し、素人童貞ちゃうわ!』


 ドシュッ! バシュッ! ビシュッ!


『うわあああああーーーっ!』

『ぎゃあああああーーーっ!』


 後続の部隊にもその洗礼が襲いかかり、いつ果てるか知れない阿鼻叫喚のルーティーンが繰り返されます。


『も、もう止めてくれーーーっ!』

『助けてくれーーーっ!』

『いやあああああっ!』


 恐慌をきたし、精神崩壊を起こす者も続出します。

 ゆうに百匹以上の犠牲者を出しながら、ようやくレッサーパンダたちはこの世の地獄から解放されました。


「全軍……、前進……」

『さー……、いえっさー」


 切り込み隊長の元気の無い号令一下、山賊たちは心に消えない大きな傷を負いながら、再び逆さ虹の森の村に向かって進軍を始めました。


 そのはるか前方には、任務を終えて根っこ広場を脱出した、いたずらリス兄妹の妹『木上りりす』の姿があります。


「ふー、お兄ちゃんがいなくて不安だったけど、なんとかうまくできて良かったわ」


 悪魔のような諸行を成しながら、ニコニコ笑顔で大地を駆けるりりす嬢。後方の守備隊に向けて、ピィーッと合図の草笛を鳴らしました。


「でも、暗黒ウサギさんから言われたとおりにやったけど……、『(ドー)(テー)』とか『シロート(ドー)(テー)』ってどういう意味だったのかな?」



 *



 とうとう兵数は半数を切り、約二百匹程度に減ってしまったネガ・パンダ団の山賊部隊。

 生き残った『正直な童貞』『正直な素人童貞』『ヤることヤったけど今はフリー』そして、複雑な事情を抱えた『リア充ではない彼女持ち』の兵士たちで部隊を編成し直し、とぼとぼと進軍を続けます。


 度重なる策略を受けた結果、疑心暗鬼に陥ったレッサーパンダたちは、ちょっとの物音だけでもビクビクします。

 誰かが、ブーッとおならをしようものなら。


『敵襲ーっ! 敵襲だーっ!』

『方円の陣を敷き、全方向からの攻撃に備えろーっ!』


 と、上へ下への大騒ぎ。

 そして、原因が『()』だと分かると、おならをしたレッサーパンダはフルボッコの袋叩きにされる始末で、山賊団の雰囲気も最悪です。

 その上、だらだらと続く長い上り坂も、地味に彼らの体力を奪います。

 さらにとぼとぼと歩き続けると、道が左右に分かれていました。

 そこには。


「やあやあ我こそは、泣く子も黙る『赤い彗星の西(しゃあ)』! 薄汚い悪党どもめ、この先にある逆さ虹の森の村へは(ひと)()として通さんぞ!」


 分かれた道の片方に仁王立ちする、全身赤い忍者装束の『(あか)()きつね』さんの姿がありました。

 本名を伏せ、源氏名(ペンネーム)で名乗りをあげながら、たった一匹で道の真ん中に立ちふさがります。

 腐っても二百匹のレッサーパンダ軍団は、たかがキツネごとき軽く蹴散らして行こうと攻撃の構えを見せますが。


「待て、これはきっと孔明の罠だ! この大軍勢に一匹だけなんておかしい。どこかに伏兵がいるはずだ!」


 切り込み隊長から制止がかかり、隊員たちは身震いしながら辺りをキョロキョロ見回します。


「それに、キツネ族は狡猾でウソつきだ。もしかしたら、ヤツがいるのは違う方向の道かもしれん」


 確かにそのとおりだ、と隊長の深読みに賛同するレッサーパンダの兵士たち。


「というわけで全隊、キツネがいない方の道へ突撃ーっ!」

『うおおおおおーーーっ!』


 号令を上げながら突っ込んで行く隊長に続き、きつねさんがいる方とは反対の道へ攻め込む山賊たち。

 ようやく、彼らは坂の頂上まで登りきりましたが。


『うわあああああーーーっ!』

「どうした!? ああっ!?」


 頂上と思っていた所は実は断崖絶壁。おっちょこちょいの隊員の数名が落っこちてしまいました。


「まずい、こっちは崖だ! みんな引き返せーっ!」


 間違いに気づいた切り込み隊長は大声で後ろに呼びかけますが、時すでに遅し。

 ドドドドドと押し寄せる後続のレッサーパンダたちに、ところてんのように押し出され。


『うわあああああーーーっ!』

『ぎゃあああああーーーっ!』


 レミングの集団自決のように、先行したレッサーパンダの小隊は、あわれ谷底へと消えていきました。


『くっそーっ、よくも騙したな!』

『謀ったな、西(しゃあ)ーっ!!』

「いや、僕は騙すつもりなんて、これっぽっちも無かったんだけど……」


 ここまでの策略ですっかり動物(にんげん)()(しん)に陥っている山賊たちは、お(ひと)よしのきつねさんを疑ってかかるだろうというサンゲツの読みが当たり、レッサーパンダたちを文字どおり崖っぷちに叩き込む事に大成功。

 しゃあしゃあ罵倒しながら追ってくる山賊たちから逃げながら、赤井きつねさんは次の防衛(ライン)、『(ちょう)(はん)(きょう)』へと向かいます。

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