逆さ虹の森の迎撃戦(二)
場面は戻って、現在。逆さ虹の森の入り口では。
「し、しまった……。さすがに敵を甘く見すぎたか……」
村獣たちの落とし穴作戦で部隊の半数以上を失い、レッサーパンダの切り込み隊長は自分のうかつさを後悔しましたが、時すでに遅し。
さらには。
『なんて、素敵な歌なんだろう……』
と、他の小隊群がぞろぞろと歌声に吸い寄せられるようにその場に現れ。
ボコーン、ボコーン、ボココーン!
ボコーン、ボコーン、ボココーン!
『うわあーっ!』
『ぎゃあああああーーーっ!』
『どわわわあああーーーっ!』
自分達と全く同じように、次々と落とし穴の中へと消えて行きます。
「こ、このままじゃまずい! 無事な者は後ろの部隊に危険を報らせろ!」
『さ……さー、いえっさー!』
先陣の隊長は、後続の部隊に進軍を見合わせるよう、あわてて伝令を走らせます。
~♪ ~♪ ~♪
なおも響き渡る、ソプラノによる美しい旋律。
しかし今となっては、歌声で船を呼び寄せて難破させるギリシャ神話のセイレーン伝説、あるいは食虫花が醸す芳香のような妖しさを感じ、レッサーパンダの隊長に戦慄が走ります。
「残りのものは耳をふさいで進軍開始、足元に気を払いながら全速前進!」
『さー、いえっさー!』
レッサーパンダの軍団は全体数の五分の一、約百匹ほどの損害を出しながらも、落とし穴のゾーンを通過して行きました。
「あらら~♪ 意外と突破されるのが早かったわ~♪ でもまあ、これくらいで充分でしょうか。みんな、あとはお願いね~♪」
木の枝の上に潜みながら唄っていた、歌の上手なコマドリの『嶋居こまどり』さんは、ピィーッと草笛を吹いて後方の守備隊に信号を送りました。
未だ、四百匹ほどの威勢を誇るレッサーパンダの一団。
出鼻こそくじかれたものの、なんのこれしきとばかりに森の中をドンドン進んでいきます。
すると。
「なんだ、ここは……」
「なんて美しい場所なんだ……」
彼らの目の前に現れたのは、水が良く澄んだ青くキレイな池。
木漏れ日がスポットライトのように水面を照らし出し、実に神秘的な雰囲気を漂わせています。
しばし、その美しさに目を奪われる山賊たちでしたが。
ポチョーン。
どこからともなく飛んで来たドングリが、池に波紋を広げます。
するといきなり、池がパーッと青白く輝きを放ちました。
「な、なんだなんだ?」
「一体、何が起こっているんだ?」
不思議な現象に、ザワザワとするレッサーパンダの山賊たち。
さらにどこからともなく、若者らしき声がその空間に響きます。
『リア充、爆発しろっ!』
ドーン! ドーン! ドドドーン!!
すると、なぜか隊員の何人かが爆発して吹き飛びました。
「何だっ!? 敵襲か!?」
「た、隊長っ! 彼女持ちの隊員が爆発しました!」
「な……、何だとーっ?」
*
さかのぼる事、数時間前。
物見からネガ・パンダ団が攻め寄せて来る報告を受け、逆さ虹の森の村では暗黒ウサギのサンゲツが、各防衛線の責任者を集めて作戦を伝えました。
「そんじゃ次は、『くりりりす』兄妹!」
「その呼び方はやめてくれよっ!」
「何だァ、テメェ文句あんのか?」
「いえ、別に」
サンゲツから黄金の眼で睨まれ、リス兄妹の兄『木上くりす』はツッコミを控えます。
「ねえ、お兄ちゃん。『くりりりす』の何がいけないの?」
「お前は黙っときなさい」
妹の『木上りりす』の疑問を、くりすはシーッのジェスチャーでねじ伏せます。
「テメェらにゃァ逆さ虹の森のパワースポット、『ドングリ池』と『根っこ広場』をそれぞれ担当してもらうぜェ」
「ドングリ池と……」
「根っこ広場を……?」
サンゲツの言う『ドングリ池』と『根っこ広場』とは、逆さ虹の森の中でも特に不思議な力を持つ、神聖な場所として祀られているところです。
「池にまつわる伝説は知らん訳じゃあるめェ。イタズラ好きのテメェには持ってこいの持ち場だろ?」
「ちょっと待ってよっ! ドングリ池は私利私欲のために使えば天罰が下るから、むやみに近づいちゃいけないって言われてるんだよっ!?」
そのドングリ池には女神が棲まい、キレイなドングリを投げ込んで願掛けをすれば、たちどころに願い事が叶うといいます。
古には、大規模な森林火災が起こった際に、大雨を降らせて火事を消し止めたとの言い伝えもあります。
ただし、自らの欲望を満たすような願い事にはひどい罰が下るという話も……。
「そんとおりだ。前に『金をくれ』と願掛けしたら『金ダライ』が降って来たしな。ッたく、ドリフのコントじゃあんめェし」
「あ、実際に下っちゃったんだね」
「そんで、『村の奴らと食うから月見ダンゴをくれ』っつったら、本当に大量のダンゴが降って来たからな。ありゃあマジでクソ旨かった」
「あ、やっぱりおダンゴが好きなんだ」
「何だ? 俺様が好きなモン食って何が悪りィ?」
「いえ、別に」
サンゲツに凄まれツッコミを引っ込めますが、暗黒ウサギも案外かわいいところがあるもんだなと、いたずらリスのくりすは思いました。
「だいたい、こんな時に今さら私利も私欲もあったもんじゃねェだろ。つー訳で、ドングリ池に敵が侵入してきたら、ドングリを投げ込んで敵を追っ払うように願掛けしやがれ。あと、ドングリは良いモノを厳選しねェと効果はねェからな」
「それは分かったけど……。でも、敵を追い払うためにはどんな願い事をしたらいいの?」
「それにゃあ、ちょうど良い『呪文』があるぜェ。それはなァ……」
*
『リア充、爆発しろっ!』
ドーン! ドーン! ドドーン!
ドーン! ドーン! チュドドーン!
「隊長! 後続の部隊にも同じような被害が!」
「何いっ! まずい、早く対処しないと全滅の憂き目に遭うぞ……」
「ですが、隊長! なぜか、彼女がいない隊員には全く被害がありません!」
「そうか! なら、リア充じゃない隊員は爆発の原因を突き止めろ!」
『さー、いえっさー!』
彼女いない歴=年齢である切り込み隊長の命令を受け、非リア充の隊員たちは散開してドングリが飛んで来る方向を探索します。
いたずらリスのくりすは木々を飛び移りながら、ドングリを投げる場所を変えていましたが。
「いました! 敵とおぼしきリスの姿が!」
「やべっ、見つかっちゃった!」
殺到するレッサーパンダの群れ。
くりすは懐から色、艶、形、完璧な美しさを持つ『命と同じくらい大切なドングリ』を取り出すと。
「これが、最後だ! 『リア充、爆発しろ』ーっ!!」
ドドドドドド、チュドドドドーンッ!
今までにない広範囲で爆発が広がり、リア充はもちろん、その近くにいた敵兵も巻き込んでぶっ飛ばし、百匹以上の山賊を戦闘不能に陥らせました。
「ぼくの仕事はここまでだ! りりす、後は頼むぞっ!」
引き際を見極めた、いたずらリスの『木上くりす』は、迫るネガ・パンダ団の追っ手をかわしながら、後衛にいる自らの妹に向けてピィーッと草笛を吹き鳴らしました。