暗黒ウサギのサンゲツ
逆さ虹の森のさらなる奥地、鬱蒼とした密林をくぐり抜けた先に、長い間打ち捨てられたような苔だらけの洞窟があります。
「これが、言い伝えにある『封印の洞窟』ですか……?」
「はい、ここに件の『燦月』を封印してあるのです」
先ほど会議をしていた村の代表者たちは、今その洞窟を目の前にしていました。
くま村長さんの横には、聖職者の象徴である白い法衣を纏った、白い娘ウサギの姿がありました。
「し、しかし、巫女様……、言い伝えでは『暗黒ウサギ』は恐ろしく凶暴だとか。そんな奴の封印を解いて大丈夫なのでしょうか……」
「封印は二重にかけてありますから心配ありません。時のお導きを信じてついて来て下さい」
心配性のくま村長の懸念を払うように、巫女様と呼ばれる娘ウサギはそう言うと、洞窟の中へと入って行きます。
彼女の後を追って、村獣たちも松明を照らしながら洞窟内を進んで行くと、終着地の広い空間に来ました。
「これが、伝説の暗黒ウサギ……」
そこには、巨大な水晶のような物体の中に、立ったまま閉じ込められた黒いウサギの姿がありました。
ウサギにしては大柄な身体にボロ布のような服を纏い、両手両足には鎖付きの手錠と足錠が嵌められています。
ですが、その金色の眼は激しい怒りに満ちており、今にも襲いかからんばかりの形相でこちらを睨み付けています。
「それでは、封印を解きます……『解放』!」
白いウサギが両手を胸元に構え、呪文を唱えるとそこに光の粒子が渦を巻きながら集まって来ます。
そして、両手を前に突き出すと、光の玉が黒ウサギを拘束する水晶体に直撃し、例えるならドライアイスのように粉々に霧散しながら溶けて行きます。
すると。
『やりゃあがったなっ、このクソジジイがーッ!! 覚えてやがれゃーッ!!』
洞窟が崩れるのではないかと思うような大音響で怒鳴りながら、黒いウサギが動き出しました。
村獣たちは、耳をふさいで怯えます。
「……って、ああっ!? ジジイが消えたァ!?」
と、手錠をじゃらじゃら言わせながらキョロキョロ見回す、暗黒ウサギ。
「つーか、ここァ何処だ!? 一体何が起こりやがったァッ!?」
どうやら、彼は今の状況を把握できていないみたいです。
くま村長さんは、意を決して暗黒ウサギに話しかけました。
「あの……、あなたが暗黒ウサギのサンゲツ様でしょうか?」
「あァん? テメェ、何だよ?」
暗黒ウサギは拘束された足枷のまま、ぴょんぴょんと両足飛びでくま村長に近づくと、いきなり胸ぐらに掴みかかり。
「おいコラ、いきなり出てきやがって、誰が暗黒ウサギだァ? 何者だテメェ!!」
クマ族とウサギ族ではかなりの体格差があるのですが、サンゲツはウサギとは思えない力でくま村長を引きずり倒し、襟元を締め上げます。
「く、苦しい……」
「しっかり喋れやコラァ! あのクソジジイはどこ行きゃがったあッ!!」
「お待ちください、わたくしが説明いたします」
凛とした女性の声にサンゲツが顔を向けると、そこには若く美しい白ウサギが立っていました。
サンゲツはくま村長を放り出し、娘ウサギを睨み付けながらぴょんぴょん近づいて行きます。
「何だァ? マブい女も居んじゃねェかよ……」
「わたくしは、巫女の『ミミコ』と申します」
「良く分からねェが、あのクマ野郎よりは話になりそうじゃねェか。ここは何処だ? テメェらは何なんだ?」
喉を詰まらせ、ゴホゴホと咳き込むくま村長を悪し様にけなしながら、暗黒ウサギはミミコと名乗る娘を問い詰めます。
「ここは逆さ虹の森の外れの洞窟。あなたは『時の大仙獣』との戦いに敗れ、封印されていたのです」
「んだとォ……、俺様ァ負けてねェぞ! 腹さえ減ってなけりゃあなァ、あんなジジイなんかに負ける訳がねェだろうがァ!!」
暗黒ウサギは白ウサギを恫喝しますが、ミミコは特に動じる様子も見せずに。
「ですが、あなたが封印されていたのは事実ですし、封印を解いたのはこのわたくしですから」
「チッ……。で、俺様はどれくらい寝てたんだ? 二、三日ぐらいか?」
「えっと、今年は創世歴二〇一九年です」
「……はァ!? フカシてんじゃねェぞ! 一八一五年じゃねェのかよ!」
「嘘なんかつきませんよ。あの戦いから丸々二百年は経っているのです」
サンゲツは大仰にため息を突くと、どっかりと地面に腰を下ろします。
「マジかよォ……。じゃあ、もうあのジジイも生きてる訳ゃねェか……。おい、テメェが着ている服はあのクソジジイと一緒だなァ。匂いも似てやがるし、テメェはジジイの子孫って奴か?」
「まあ、そんな所です」
「どおりでジジイの仙術を解ける訳だぜ……。だったら、今すぐこの錠前を外しやがれ」
サンゲツは自らに課せられた手錠をじゃらじゃら言わせて、目の前の白い巫女に突きつけます。
「それはなりません。あなたにはこれから一仕事をお願いしたいのですから」
「あァん?」
ミミコはくま村長に目配せすると、彼をはじめとする村獣たちはこぞってサンゲツたちの元へ集まって来ました。
「暗……、サンゲツ様! 今、我々の村は存亡の危機にあります、どうかあなたのお力をお借りしたい!」
「はァ?」