次空戦争と知られざる神話
「ふぅ……。何度やっても、暗黒ウサギの相手はどうにも骨が折れるわい」
『せ、仙獣様……、ありがとうございました……』
村獣たちは色んな意味で窮地を救ってくれた、時の大仙獣に心からのお礼を伝えます。
「いやいや、この森を守る事はワシにとっても必然の事でもあるからのう」
「でも、そんなに強いんだったら、最初から仙獣様がネガ・パンダ団と戦ってくれたら良かったんじゃないか?」
らすかるさんの言葉に、そういえばそうだなと他の村獣たちも疑問に思います。
ですが。
「それは、無理じゃな。ワシの術は基本的に回復補助がメインでの。一対一ならともかく、あれだけの数にはとても対抗できぬ。じゃから、こやつを解放して事に当たらせたのじゃ」
時の大仙獣はサンゲツが封印された水晶体を、杖でコンコンと小突いて言いました。
「こやつは戦いの天才じゃよ。格闘のみならず、戦略においても敵の機微を読み、状況に応じた的確な戦術を叩き出す事が出来る、まさしく『戦の神に愛された兎』よ。一緒に戦ったお主らなら分かるじゃろ?」
それは確かに、と村獣たちはコクンとうなずきます。
「まあ、悪い言い方をすれば、どんな事をしたら敵が一番嫌がるかが手に取るように分かる、根っからの意地悪なんじゃろうがのう」
ニッと笑いかける仙獣様の発言がすごく腑に落ちたのか、そうだそうだ、ワー! パチパチパチと村獣たちは総勢スタンディングオベーションをしました。
「ですが、サンゲツさんには非常に申し訳ない事をしてしまったような……」
「なあに、全ては時の導きによるものよ。気にするでない」
「は、はあ……」
くま村長さんは、本当に申し訳無さそうな顔で柩の中のサンゲツを見上げますが、仙獣様は優しく諭します。
(しかし……、あの裏王パンダは、ワシが本来の姿ではなかったとはいえ、拘束術をたやすく破りおった。やはり、メビウスの本格的な目覚めは近いという事か……?)
虚空を見つめ、深く思考している大仙獣に村獣たちが話しかけます。
「それにしても、あの裏王パンダとは一体何者だったのでしょうか。あの力はとてもこの世のものとは思えませんでしたが……」
「あと、『あくうしんメビウス』がどーのこーのとか言ってたけど」
「ふむ……、そうじゃの。お主らにも無関係な事でも無いから、話しておくべきかのう……」
時の大仙獣様は村獣たちに、知られざる一つの神話、そしてこれから起こりうる争いについて語り始めました。
太古の昔……、何も無い平べったい大地の上に太陽と月が生まれて空を照らすようになり、海や川、山と森ができて、生き物が誕生しました。
そして、『時空神クロノス』よって守護されている、次元と空間を合わせたこの世界の事を『表次空』と呼びます。
ですが、光の影には必ず闇があるように、表次空の裏側には『亜空神メビウス』が支配する『裏次空』があるのです。
亜空神メビウスは、星一徹がちゃぶ台をひっくり返すかのように、いつか裏と表を裏返し、世界を乗っ取ってやろうと考えていました。
そして、今から約二千年前。亜空神メビウスは本格的に表次空に侵攻を開始しました。
次元の歪みを作り出し、表次空の空間と生物を裏次空間に反転させ、亜空の瘴気で洗脳した生物を裏次空の尖兵として暴れさせたのです。
それこそが、亜空神メビウスが画策する『次空反転』。
徐々にその勢力範囲を拡大し、次第に世界は裏次空に侵食されて行きました。
「つまり、元をただせば裏王パンダも、次空反転の影響を受けてしまった普通のパンダなのじゃよ」
「そんな恐ろしい事がこの世界で起きていたなんて、初めて知りました……」
そんな危機的状況の中、世界を救うべく一人の勇者が立ち上がったのです。
彼の名は、次空の勇者『モモタロウ』。
時空神クロノスの神託を受けた彼は、冥府の門番『ケルベロス』、斉天大聖『ソンゴクウ』、非常食の『キジ』。そして、時空の巫女の『ミミコ』をお供に加え、裏次空に侵された世界をめぐる大冒険の末、見事に亜空神メビウスを討ち果たし、裏次空へと追い払うことが出来たのです。
ですが、世界の平和を取り戻したものの、メビウスを完全に滅ぼした訳ではありません。
幾世霜の時が過ぎれば、再び力を蓄えた亜空神は必ずまた表次空を狙ってくるのに違いないのです。
勇者モモタロウは来たるその時に備え、世界の各地に結界を張ることで、裏次空の侵食を食い止めるとともに次の世代の勇者パーティーを育成する地と為す事にしたのでした……。
「じゃが、その結界には少々副作用があってのう。次空反転の影響を受けにくくなる代わりに、ドングリ池や根っこ広場のようなパワースポットが発生したり、そこで生まれる種族は性格が逆転してしまうのじゃよ。穏やかな種は荒々しく、血気盛んな種族は大人しくなるといった風にのう」
「つまり、その結界の地の一つが『逆さ虹の森』であると……」
「さよう。空に浮かぶ『逆さ虹』こそがその地を護る結界そのもの。そして、数年後に起こる『次空戦争』で世界を救う次世代パーティーの一匹となるのが、この『燦月』という訳なのじゃ」
「あの、逆さ虹にそんな秘密が……」
「数年後に次空戦争……」
「暗黒ウサギが、勇者の一員だって……?」
初めて聞く、口伝にすら残らぬその神話はすべて途方もないものばかりで、村獣たちはそのスケールの大きさに言葉が出ません。
そして、仙獣様は目を細めて、柩の中で磔にされているサンゲツを見上げます。
「じゃが、『未来視』による予知能力でその事を知った時には、正直ワシは半信半疑じゃった。粗暴で性格が悪く、口が悪く酒癖が悪く、スケベで女グセが悪い、極悪を絵に書いたような男じゃ。その上、おダンゴばっかり食べよるからのう」
「けっこうボロクソですね」
「おダンゴは、別にかまわないのでは……?」
「しかし、ワシはサンゲツと行動を共にして、こやつがやりたい事のみを貫き、ひたすら自分に正直であるという事。そして、本質的には決して悪ではない事がよーく分かった。二百年前に逆さ虹の森の者たちと一悶着起こしとるが、よっぽど当時の連中と反りが合わなかったのじゃろうな」
時の大仙獣は水晶の中のサンゲツを見つめながら、心から安心したように微笑みます。
「これならば、どんなに世界が反転し、善悪の理が変質しようが、この男の本質は一ミリたりとも変わる事はあるまい。まったく、良くも悪くも真っ直ぐな男じゃよ。ワシもあと二千と百歳若ければ、こやつの相手をしても良かったがのう。ほっほっほっ」
「あ、あの~、仙獣さまは一体何歳なんですか?」
「村長よ、レディに歳を聞くのは野暮ってもんじゃよ」
「は、はあ……」
くま村長さんの素朴な疑問に、おそらくウインクをして見せながら、時の大仙獣はほっほっほっと高笑いをします。
「それじゃあ、ワシはそろそろ行くとするぞい。また五年後くらいにこやつの封印を解きに来るから、これをあの洞窟の中かどこかで保管をよろしくのう」
「五年後ですか、結構すぐですね……。サンゲツさん、めちゃくちゃ怒ってましたけど大丈夫でしょうか?」
くま村長さんは、封印されながらも今にも水晶体の中から飛び出して来そうな暗黒ウサギを見て、びくびくします。
「まあ、その時はワシもその場におるし、月見ダンゴを山ほど用意しておけば大丈夫じゃないかの? 次に来る時はこやつが冒険に旅立つ時になるから、盛大に送り出してやっておくれ」
仙獣様の言葉に、村獣たちはお互いに顔を見合わせ、コックリとうなずきながら。
「はい、もちろん。サンゲツさんは逆さ虹の森の恩人ですから」
「最初はヤな奴だと思ったけど、付き合ってみるとなかなか面白い所もあったし」
「同じ修羅場をくぐり抜けた戦友だしな」
村獣たちの言葉と表情を見て、時の大仙獣は満足そうにニッコリ微笑むと、深々と最敬礼をする村獣たちに見送られながら、村に別れを告げます。
そして、もう一度だけ振り返り、時の柩の中のサンゲツを慈しむように見つめると。
「また五年後、会おうの」
そう言って、時空の巫女のミミコは次の結界の地に向かって、再び歩み出したのでした。
この物語は天動説を採用しています。