時の大仙獣
気がつけば、空は晴天の青さを取り戻し、森にはチチチチチッと小魚たちの鳴き声が響き、色とりどりの蝶々が舞い踊ります。
いつもの穏やかな、逆さ虹の森の風景が帰って来たのです。
『本当にありがとうございましたーっ!!』
村の獣々は揃って頭を下げて、暗黒ウサギのサンゲツに感謝の意を伝えます。
「ハッ、別にテメェらのためにやったんじゃねェ」
サンゲツは照れもせずデレもせず、くだらねェと言わんばかりに鼻を鳴らします。
「……というわけで、ミミコさんよォ」
突然話を振られ、ギクッと肩を震わせる巫女のミミコ。
サンゲツに詰め寄られ、冷や汗をたらたら流します。
「テメェ、報酬のことァ忘れてる訳じゃねェよなァ?」
「あ、いえ、もちろん。ですが、今日は皆さんおつかれでしょうし、報酬の件は後日またゆっくりと……」
「いいや、今すぐここで払ってもらうぜェ」
「えっ…………、ここで!? ちょっと待ってくださいよ!」
「待つわけねェだろうが! 発情期のウサギをなめんなよォ!」
「ウサギは年中発情期ですよ!?」
サンゲツは素早くミミコの背後に回り、法衣の上からブラジャーのホックを器用にパチンと外しました。
「本当に待って。わたくし、まだ心の準備が……」
「心配すんな。初めてなんだろ? 優しくしてやっから大人しくしろよ」
「えっ、えっ、えっ? 皆さんが見てる前ですよ? 青○になっちゃいますよ?」
「あァ? それがどォした。俺様は一向に構わねェぜェ」
「どんだけーっ!?」
わーわー言いながら逃げようとするミミコを捕まえて、服をむしり取ろうとするサンゲツ、くま村長さんだけがそれをハラハラしながら見ています。
すると。
『しょうがない男じゃのう……』
ミミコはスッと目を細めて老練な顔つきになると、パチンと指を弾き。
「『解除』!」
「!」
みるみるミミコは時間を早送りしたように年を取り、あっという間にフサフサした白い毛並みを持つ、老ウサギの姿に変わりました。
「ほっほっほっ、これでもまだワシとヤりたいかの?」
「ゲッ……、『時の大仙獣』ーッ!?」
そこに現れたのは、二百年前にサンゲツと伝説の戦いを繰り広げたという、時の大仙獣らしき獣物。
サンゲツは一瞬驚きの表情になりますが、すぐに眼光鋭い凶相を取り戻し。
「テんメェーッ! どっから湧いて出やがったーッ!」
サンゲツは超スピードで時の大仙獣に飛び蹴りを喰らわそうとしましたが、老ウサギは影すら残さずに姿を消します。
「!?」
「ほっほっほ、あぶないあぶない……。時を止めなければ、ワシゃ粉々になっとるぞい」
「ヤロォ……」
フサフサしすぎる眉毛のせいで判りにくいですが、ニコニコと微笑みを湛えている、時の大仙獣。
瞬間的にサンゲツの後方に移動していましたが、どうやら時間を止める仙術によるもののようです。
「相変わらず、猛獣のような男じゃな。若い娘の姿の時にはもちっと優しかったはずなんじゃがのう」
「んだとォ……? つーこたァテメェ、俺様を騙してやがったのかっ!?」
「ぷっ……」
いきり立つサンゲツの様子に、誰からともなく吹き出す声が漏れます。そして。
『わっはっはっはっ!』
こらえきれずに村獣たちは大声で笑い出しました。
「やべえっ、ウケるーっ! あいつ、今頃気づいてやんの!」
「ダメだよ、らすかるさん。最後まで我慢しないと」
「テ、テメェらもグルだったのかよ……」
村獣たちもドッキリに加担していた事を知り、あまりの事にさすがのサンゲツも愕然とします。
「無理だって、きつねさん。前もあいつがジイさんとチューした時も笑いをこらえるのに必死だったんだが、もう限界だぜ」
「笑っちゃ悪いよ、そういう愛の形もあるかもしれないじゃないか」
「そういうお前も、あの時は顔がひきつってただろ?」
「あァん? ……ああァーッ!?」
以前、森の洞窟でサンゲツがミミコの唇を奪った行為は、すなわち時の大仙獣とキスした事になるのです。
おえーッと言いながらサンゲツは、今さらですが口をゴシゴシとぬぐいます。
「あの時のお主の接吻はなかなかの物じゃったのう。巧すぎて腰が砕けてしもうたわい、ほっほっほっ」
「ゲェッ、気持ち悪りィ事言ってんじゃねェ! テメェ、その気があんのかよ!」
「いや? そもそも、お主は勘違いしておるぞい」
「?」
「こう見えても、ワシはれっきとした女性じゃよ」
…………………………。
…………………………。
「何だとォーッ!」
『えーっ!?』
その発言にサンゲツはもとより、村獣たちも驚きの声を上げました。
「なんじゃ? お主らもワシを男と思っておったのか? 失礼な奴らじゃなあ。ワシはたまに見かける、見た目がジイさんみたいなバアさんじゃよ」
『いや、いますけど! 逆のパターンもいますけど!』
「ちなみに、時空の巫女の『ミミコ』はワシの本名じゃよ。そしてあの姿は、『時戻しの術法』で花も恥じらう十八歳の頃に戻ったワシじゃ。自分で言うのもなんじゃが、なかなか可愛かったじゃろ?」
「ぐぬぬぬぬぬ……ッ!」
「じゃが、この歳でおぼこ娘の演技をするのは、ちと骨が折れる仕事じゃったわい。ほっほっ」
えー、結構ノリノリだったよな? うん、ノリノリだった。と、村獣たちは時の大仙獣の後ろでひそひそと話をします。
「テ、テ、テメェらァ……! よくも俺様を虚仮にしやがったなァーッ! 一人ずつ並べェ! 順番にぶっ殺してやらァーッ!!」
ゴウッ! と、怒りの豪炎を上げる暗黒ウサギの剣幕に、ひいぃと怯える村獣たちですが。
「そうはさせんよ。ホレ、『時の拘束』!」
時の大仙獣が呪文を唱えると、いかにも仙人が持ってそうな木の杖から二条の拘束具が飛び出し、サンゲツの両手両足を絡め取ります。
「ぐッ、またこれかァ!? 今度はそうは行くかァッ!」
サンゲツは必死に手錠と足錠を引きちぎろうとしますが、老ウサギはすかさず。
「『時空の柩』!!」
時の大仙獣は白い光弾を発し、サンゲツに直撃すると足元から凍り付くかのように、巨大な水晶体がサンゲツの身体を覆って行きます。
チッ、チッ、チッ、チッ……。
「があァーッ!?」
「今回はおつかれじゃったのう。じゃが、お主にはもうちびっとだけ眠っていてもらうぞい」
「畜生ーッ! 出せッ、出しゃァがれ、この野郎ォーッ!!」
「ほっほっほっ、さっきからワシは女じゃと言うとろうに」
『くっそォーッ! やりゃあがったなッ、このクソババアがーッ!! 覚えてやがれゃーッ!!』
チッ、チッ、チッ、カッチーン!
と、時計の針が止まったような音が響き、時の柩に収まったサンゲツ。
あわれ前回と同様に、黄金の瞳に怒りを滾らせながら、またしても封印されてしまったのでした。