遥ケキ地ヨリ来タル者
「な、なに……?」
「え? な、何なの……?」
裏王パンダの身体から赤黒い瘴気が立ち上り、ドゴゴゴゴゴと大地を揺るがす轟音が響きます。
そして、木々がザワザワとざわめき、おびただしい数の小魚たちが一斉に空へと飛び立っていきました。
「あァ? 何だァ……?」
「なんだ、なんだ? 何が起こっているんだ?」
サンゲツも広場の村獣たちも異変に気付き、辺りを見回します。
すると。
「「うわーっ!?」」
今まで微動だにしなかった裏王パンダが、虚ろな表情のままムクッと起き上がり、一番近くにいたりすりす兄妹は転がるように逃げだします。
裏王パンダは、地獄から轟くような声色で語り出しました。
『我、歪ミカラ生マレシ者……。我、遥ケキ地カラ来タリシ者……』
「え? あいつ、何をブツブツ言ってんだ?」
「なにやら、彼は遥かな場所からやって来たと言っているようですが……」
『我、『次空反転』ヲ成ラシムル、『亜空神メビウス』ノ尖兵ナリ……!』
ゴオオオオオッ! と裏王パンダは赫黒のオーラを噴出させます。
裏王パンダの目の回り、耳、腕と脚の白い部分が血の色に染まり、すでにパンダと名状しずらい様相へと変化していきます。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーンッ!!』
「うわっ! 何あれ、怖っ!?」
「もう童話のノリじゃないぞ!? 今さらだけど!」
「ッだらあ!」
ドゴアッ!
サンゲツは動揺する村獣たちを飛び越えて、先手必勝とばかりに裏王パンダにドロップキックをおみまいします。
『サンゲツさん!?』
「テメェら、とっととココから離れろ」
『!?』
「ありゃァ、とてもテメェらの手に負えるモンじゃねェ。相当にヤベェ」
「し、しかし……」
「邪魔だっつってんだろうがァ!! さっさと行けえッ!」
『は、はいっ!』
サンゲツの今までに無い深刻な表情に、村獣たちは慌てて村の方へと駆けて行きます。
裏王パンダは何事もなかったのようにユラリと起き上がり、敵を認識したかのように、暗黒ウサギの方に顔を向けてニヤリと嗤いかけます。
サンゲツは手錠足錠の鎖をじゃらっと鳴らしながら、戦いの構えを取りましたが。
「こうなってくると、このハンディキャップは相当にキッツいぜェ……」
*
ドバキャッ!
「ぐわあああああーーーっ!」
裏王パンダの強烈な一撃が炸裂し、ゴロゴロと地面を転がる暗黒ウサギ。そこへ、裏王パンダのさらなる一撃が襲いかかります。
しかし、サンゲツは瞬時に体勢を立て直し、その場から飛び退さります。
ベゴォッ!!
裏王パンダの赤い拳がサンゲツがもといた場所に突き刺さり、地面がクレーターのように大きくえぐれました。
「クソぉッ! なんつう馬鹿力だよ!」
サンゲツはベッと血の混じった唾を吐き出し、再び裏王パンダに挑みかかります。
そこへ、裏王パンダの剛腕が横殴りに強襲しますが。
ヴゥン!
それが捉えたのは黒いウサギの残像のみ!
「クソだらッ!」
サンゲツは、ドゴッ! と裏王パンダの死角から、赤い背中にドロップキックを食らわせます。
「オラオラオラオラドラッドラッドラァーッ!」
さらに、ドガガガガガガッと空中と裏王パンダを交互に蹴って、スズメ蜂の大群が攻め寄せているかのように見える超スピードでヒットアンドアウェイを繰り返します。
が。
ゴリッ! ベキベキッ!
「がはッ!?」
それを見切ったパンダの一撃がサンゲツの脇腹を捉え、重機の鉄球で殴られたような衝撃を覚えながら、暗黒ウサギは大地に転がりました。
「ぐッ……!」
それでもなお、手錠と足錠をじゃらじゃら鳴らしながら、サンゲツは裏王パンダに立ち向かうべく、身体を起こそうとします。
ですが、ゲボゲボッと血の塊を地面に吐き出し、再びベチャッと倒れ伏しました。
「へっ、やっぱりこいつァオーバーハンデだぜェ……。せめて、足だけでもまともに動かせりゃあ、どうとでもなるんだがなァ……」
そこへ、地の底が震えるような声で裏王パンダが語りかけました。
『グハハハハハ、ヤハリ『表次空』ノ生物ノ限界ハ、ソノ程度トイウ事ダ……』
「んだとォ……?」
『ダガ、ウヌニハ何故カ我々ト同ジ『裏次空』ノ気配ヲ感ジル。モシ命ヲ乞イ、我ガ主神『メビウス』ニ忠誠ヲ誓ウナラバ、我ガ配下ニ加エテモ良イゾ……』
「ぐだぐだ訳の分からねェ事を先刻からよォ……、勝手に抜かしてくれてんじゃねェぞ、ゴラァ……!」
肋骨が肺に刺さり、血を吐きながらも、サンゲツは闘志を燃やして立ち上がります。
「俺様は何にも従わねェ……、俺様はやりてェ事をやる……。自由に飛び跳ねてこその『兎』だろうが! テメェらのクソッたれの神なんぞによォ、ヘーコラしてたまるかよォ!!」
『ヌウウ! 我ガ神ヲ愚弄スルカ! ナラバ望ミ通リ死ヌルガ良イワ!』
幽鬼のように揺らめきながら、猛獣のように黄金の瞳をギラつかせる暗黒ウサギに、裏王パンダは光さえも飲み込むブラックホールのような口をガパッと開けます。
「やべェ……!」
ゴアアアアアアアアアアッ!!
そこから放たれる極太のエネルギー波!
異様な殺気に素早く反応したサンゲツは、咄嗟にそれを避けましたが、赤黒い光線は無限の射程で森を貫き、直線上の木々を全て薙ぎ倒して行きました。
「あ、危ねェ……」
あまりの破壊力にさすがの暗黒ウサギも唖然とします。
『グヌウッ……!』
そして、裏王パンダも自身が放った攻撃の反動に耐えきれず、先にサンゲツから受けていたダメージもあって、身体中から血を噴き出しています。
「ハッ、間抜けな野郎だ……、自分の技で苦しんでやがらァ。そもそも俺様の攻撃が効いてねェ訳ねェだろうが……って、まだやんのか!?」
にもかかわらず、裏王パンダは大口を開け、先ほどの光線を再びサンゲツに放とうとしています。
「クソッたれがァ……。だったら徹底的に根比べだァ! 俺様とテメェ、どっちが先にくたばるかのなァ!」
いつまで動くか分からない身体を抱えながら、長い耳を澄ませてエネルギー波のタイミングを測るサンゲツ。
その時。
「『時の拘束』!」
呪文のような凛とした女性の声が響き、術力で出来た金属の輝きを持つ拘束具が裏王パンダの両手と両足に絡みつきました。
「ミミコ……」
「大丈夫ですか!? わたくしが来たからもう安心ですよ!」
裏王パンダの背後、村がある方角をサンゲツが見ると、そこには息を切らせながら駆けつけて来た美しい白ウサギ、巫女のミミコの姿がありました。
「バカ野郎ッ! タイミングが悪すぎんぞォ!」
「え?」
バキィンッ!
サンゲツにも装着されている『時の仙術』による拘束具でしたが、裏王パンダはそれをエキスパンダーでもするかのように両腕を引き伸ばすと、破砕音とともに手錠と足錠が砕け飛びます。
『!』
そして、裏王パンダは目標をミミコに定めると、溜め込んでいた莫大なエネルギーを一気に放出しました。
ゴアアアアアアアアアアッ!!




