プロローグ・逆さ虹の森の危機
とある世界の片隅に、『逆さ虹の森』と呼ばれる森がありました。
そこは魚が空を飛び、鳥が川を泳ぎ、虹の形が∩じゃなくて∪というような、色々なものの性質が逆さまになっている不思議な場所です。
そこに生きる動物たちは洋服をまとい、村のようなコミュニティを作り、およそ獣らしからぬ人間のような暮らしをしておりました。
ある時、その森に一匹の黒いウサギが産まれ落ちました。
『燦月』と名付けられた、夜空を思わせるような毛皮と月のような金色の眼を持つその黒いウサギ。
穏やかな草食動物であるはずのウサギ族ながら、肉を食み、猛々しい気性を孕み、成長するにつれて並々ならぬ破壊の力をもって、逆さ虹の森で暴威を振るうようになりました。
暴虐の限りを尽くす暗黒ウサギを恐れた森の動物たちは、ひょっこりと村に現れた白い老ウサギに助けを求めます。
その老ウサギとは、『時の大仙獣』と呼ばれるすごいお方。
『暗黒ウサギ』サンゲツと、『仙 獣』白い老ウサギの戦いは七日七晩続きましたが、その戦いの勝者は老ウサギ。
破れたサンゲツは、時の術法による柩に閉じ込められ、森の奥底の洞窟に封印されることとなりました。
逆さ虹の森は平和を取り戻し、それは永きに渡って続きます。
しかし、二百年後。
再びその平和を脅かす者が現れた事から、物語が始まるのです……。
*
「くまった、くまった。くまったぞ……」
ここは、逆さ虹の森の村。
その村長さんである、クマ族の『森野くま』さんは落ち着きなく村の中をウロウロしていました。
「どうしたんだい、なんか困った事があったのかい?」
赤ずくめの衣装を着た、キツネ族の『赤井きつね』さんは、くま村長さんの慌てようを見かねて問いかけます。
「ああ、きつねさん。実は、矢文でこんなものが届いたんです」
くま村長さんが大きな手のひらに乗せた小さな手紙。きつねさんがそれを受け取って読んでみます。
ご機嫌うるわしゅう。くだらぬ、逆さ虹の森の愚民どもよ!
我々『ネガ・パンダ団』は、近々逆さ虹の森に攻め込み、うぬらを支配下としようではないか!
我の恐ろしさは既に聞き及んでおるだろう! おとなしく従うなら良し、逆らうならば皆殺しに処す。首を洗って待っているがよい!
グフフフフ、グハハハハ、グワーッハッハッハッ!!
ネガ・パンダ団大頭領 裏王パンダ
「こ、これは……!」
「そう、あの悪名高いネガ・パンダ団の脅迫文です……」
ネガ・パンダ団。
昨今、近隣の森域を荒らし回っている、残虐非道の山賊集団。
裏王パンダを頭領とし、レッサーパンダの大軍を従えたこの軍団は、数々の森を攻め落とし、それらを次々と手中に収めているのです。
「最近では、あの『はなえ森』や『夢がモリ森』を征服したと聞きますし……」
「抵抗した『めめんと森』に至っては、骨も残さず壊滅させられてしまったらしいね」
「あー、くまったなー。どうしよう……」
「とりあえず、こんな道端じゃ話にならないから、君の家で相談しようか」
くま村長さんはきつねさんと共に、村の主だった面子を自宅のログハウスに集めて会議を開きました。
「私は、素直に降伏するべきだと思います」
気性の激しい雑食動物であるクマ族のはずなのに、気弱なくま村長さんは、村獣達に提案します。
「何しろ、奴らは五百匹以上の大軍勢。その上、頭領の『裏王パンダ』は恐るべき戦闘力を持った化け物と聞きます。ここは一つ、身の安全を図った方が良いのでは……」
「いや、絶対に最後まで戦うべきだ!」
身体は小さいですが、村一番の武闘派であるアライグマの『荒岩らすかる』さんは、机を叩いて徹底抗戦を主張しました。
「話じゃあ征服された森の民は、奴隷にされて明日をも知れない生活をしてるらしいじゃないか。それなら戦って死んだ方がよっぽどマシだ!」
「ボクはー、戦いたくないなー。お腹いっぱい食べる事ができたら、別にそれでいいんだけどー」
「だから、奴隷にされたらそれが出来なくなるんだって!」
少食のヘビ族なのに、なぜか食いしん坊のデブキャラ『重石へび』さんは現状維持を求めますが、すぐにらすかるさんに否定されます。
「しかし、私たちには戦いの経験もノウハウもないですが、それはどうしたら良いのでしょうか?」
「本来ならクマ族の村長に先陣を切って戦ってほしいところなんだが……。なあ、きつねさん。キツネ族得意の悪知恵でなんとかならないか?」
らすかるさんに、話を振られるきつねさんですが。
「他の森のキツネならともかく、僕にそれは難しいよ」
良く言えば知恵が回り、悪く言えばウソつきで狡猾なキツネ族にありながら、お獣好しの赤井きつねさんは静かに首を振ります。
それからも、あーでもないこーでもないと議論を交わすものの一向に意見がまとまりません。
「くまったなあ……、本当にどうしたら良いものか……」
まったく光の見えない状況にくま村長さんが頭を抱えていました、その時。
「ほっほっほっ、お主ら困っておるようじゃのう」
村獣たちが声のする方に目を向けると、そこにいたのは。
「あ……、あなたは……?」