002.覇王の生まれ変わり
002.覇王の生まれ変わり
; 視点: 一人称<幸>
; 場所: 覇王が封印された遺跡
私が意識を取り戻したとき、周囲は真っ暗だった。
のみならず、身体が全面的に固定されていて、動けない。
どうなっているのか。
「……!!」
ピカリと発光し、ドンと爆発する。
何が起きたか分からないが、衝撃と共に視界が開けたのは確かだった。
十分な明るさの中で、宙に吹っ飛ばされ、やがて地面に激突した。地面は石だった。大層、痛い。
周囲をジロジロ観察した。
ここは、外ではない。
床から壁から天井まで、切り出された石材で作られていた。
天井の一部が崩れており、そこから眩い日光と、砂が入っている。
先ほどの爆発によって、がれきの山が出来ている。爆発の原因は分からない。
一見して、遺跡っぽいと感じる空間だったので、遺跡と呼ぶことにした。
ヌラリと立ち上がる。
「よっこいしょ」
楽々動くその身体に、若返ったことを実感した。
しかし同時に、聞きなれぬ少女の声がした。
「誰かいるのか?」
また少女の声だ。そもそも自分が喋ろうした言葉と、全く同じ言葉で、少女の声が聞こえ……あ。
ああ、自分の声か、自分の声が変わったのだ、と気づいた。
随分、若くなったものだ。
今の自分の姿を、分かる範囲で見た。
髪が特徴的だった。鮮やかな赤い長髪で、これは、いささか目立つ気がした。
そして服装は、メキシカンポンチョを羽織り、ウエスタンハットを被っている。私が要望した通りのものだ。
*
……誰かやってくる。人の気配がした。
私は物陰に身を潜めた。
この世界の住人と関わるのは、まだ早い。まずは様子見だと考えた。
二人、やってきた。
片方は老練の冒険者といった感じの風貌、もう片方は若い冒険者だった。
そのコンビは、おびただしい がれきの山を前に、青ざめていた。
気持ち悪い虫でも見つけたのかもしれない。
大層仰天している若い冒険者が騒いだ。
「旦那ぁ! こここ、これって! 封印、解かれとりますよね!?」
どうやら、現地の言語は理解できるようだ。
「慌てるな、まだ覇王を目にした訳でもない」
そう語る老練の冒険者。
二人は続けて話し込む。
「目にしたときにゃ、死んどりますよ!!」
「そうだろうな」
覇王は殺戮マシーンらしい。
「旦那ぁ! 早くここを出ましょうよ! 覇王と出くわしゃ、もう、にっちもさっちもいきませんぜ」
私も早く出たい。
「そうだな、直ちに戻って、このことを報告せねば――、ん、ちょっと待て」
老練の冒険者は、地面に落ちてある斧に注目した。
「そりゃア、『覇王の斧』ですね。どうかしたんですか?」
若い冒険者は浮き足立ちながら、急かすように声をかける。
「オイ、お前、これを見て、おかしいと思わんのか?」
「え? いや、斧は、前からそこに落ちとりますよね?」
「いいか? 覇王の斧ってのは、その名の通り、覇王以外には、誰一人として扱えない代物だ。持ち上げることすら叶わん。誰一人! としてな」
「エエ、知っとりますとも。だから何も出来んで、放ったらかしなんすよね?
アア、旦那が不審に思ったのは、こういう訳ですかい?
さっきの爆風食らっても、微動だにしねえってのは、さすがに異常すぎるだろう、と。ですがね、やっぱ、それはそれ、『覇王の斧』なんて云おられてるくらいっすからね、ははん――」
「ワシが云いてえのは、そんなこっちゃねえっ」
「と……すると? いかがなことで……?」
「だってよ、妙じゃねえか? なぜ斧が、まだここにあるのか……?」
「いやだってそりゃ、誰にも動かせねーんでしょー? しょうがないでしょ」
「覇王以外はな、覇王以外、は」
「キョトン……」
若い冒険者は首をかしげた。
「覇王が復活したんだぜ? その覇王ご本人様ならよ? 覇王の斧は持っていけるさ。
だが実際のところ、斧は残されている……、なぜだ?」
「単に忘れて行ったんじゃないすか? それとも要らなかったとか?」
「そーいや肝心な点だが、この斧はホントウに覇王の斧か? いっちょ試すぜ――」
老練の冒険者は、覇王の斧をつかみ、持ち上げる――つもりだった。
相当、力を込めている様子だが、斧は柄の部分さえピクリとも動かなかった。
それを見て、呆れた笑いを吐きながら、若い冒険者が云う。
「たははっ……、旦那がやったって、これっぽっちも動きゃしないんです。
正真正銘、本物の覇王の斧ですよ。こんな斧、持てる奴なんていませんよ」
老練の冒険者は諦めて、一息ついたのち、云う。
「色々と腑に落ちねえが――、良し分かった、もういい、帰るぞ」
「へいへい」
二人は遺跡から去った。
*
身を潜めていた私は、慎重に歩み出した。
何しろ、さっきの話が正しければ、危険地帯に私はいるということなんだから。
覇王に見つからないように、ひっそりと、ここを脱出しなければ。
「ぬべぁっ!」
そういうときに限って、転んでしまった。
何か足に引っかかった。
――覇王の斧、か。
何とはなしに手を伸ばしてつかんだ。
重たいな、と思っているうち、引っ張ったら、
ズリズリ ズリズリ
と、摩擦音。
動いた、な……。
さらに持ち上げることも出来た。重かった。
つまりこれは、どういうことかな。
先ほどの二人の会話を思い出す。
――覇王の斧は、覇王以外には誰一人として、持ち上げることすら叶わない。
そんな話だったはずだ。
あれは嘘だったのか。
もしかすると、自分自身が覇王だという可能性も考えたが、どっから見ても自分は人間で覇王には見えなかった。
そういえば、自分は特別性の身体を頂いてきた。何かしら特別な力が備わっているのだろう。だから、普通では有り得ない、覇王の斧を持つことだって、出来たのだ。――と、それが一番、妥当な説明付けだと思った。
しかし重いな。この斧。
それでも持っていきたい。
何しろ、武器を持っていないのだから。
というより、持ち物は服装以外、ない。
「何もない状態から成り上がってみたいな」なんてゴッドマザーに云ってしまった記憶がある。軽はずみな発言だったかもしれない。
ああ、そうだ! アイテムボックス。
私は、唐突に開いた空間の穴に、覇王の斧を、放り入れた。
アイテムボックスとは魔法の一つだ。
異次元空間に物がしまえる。
これにより、重い荷物を背負うことなく旅ができるという、優れもの。
この世界では、そう珍しい魔法ではないらしい。
ついでだ。
がれきから、手頃な大きさの石材も、たくさん拾った。
石もまた、武器になる。
んじゃ、外に出ようか。
*
; 場所: カラッカラ砂漠
見渡す限り、白い砂浜。
私は遺跡を脱出し、地上に出ていた。
――地上は砂漠だった。
■要約
・人工世界ファンタジア内の遺跡で目覚めると同時に爆発が起きる。
・爆音を聞きつけて、老齢冒険者ダイオードと、若年冒険者バリコンが来る。二人は覇王の封印が解かれたことを知る。覇王の斧が残されている点をダイオードは訝しむ。
・二人が報告のために去ったあと、隠れていた幸が、覇王の斧と、大量の石を拾って、遺跡を出る。