易世界3
*
; 場所: 野原
三人は町に向かって進んでいる。
時折、コボルドという魔物と遭遇した。
コボルドとは、比較的 脅威の小さい魔物だ。その外見は、二足歩行の犬のような姿。小柄で、その大きさは、私くらい。
「ショットガンファイア!!」
と、このようにシャノンの魔法攻撃で、蹴散らしてもらっている。
ちなみに、ショットガンファイアとは、名の通り。火炎弾を、散弾銃みたく、一度に複数発、放つ。
バゴ、メチャ、ボファ、という被弾音をさせながら、コボルドたちに着弾している。大抵、2,3発、当てることで、倒せているらしい。
私と鬼さんは、見ているだけ。
*
; 場所: 岩山
岩山を進んでいる。
地響きがする。
「何か来ますよ……!」
「あちらだ」
私が、指さす先には、岩肌を滑り落ちる、謎の巨体。
それは、あまりに大きなチューブのような、ミミズのような、そういうグロテスクな生き物だった。
「おぉ大きいですな……」
「は、わ、ああ……、わ、ワーム……」
「ワームという魔物か」
「くッ……! バーストファイア――!!!」
シャノンは、焦りの見える顔つきで、火炎弾をワームにぶつける。
「――連発だぁ!!」
さらに、さらに、火炎弾を放つ。
ワームに着弾。ワームは煙に包まれる。
ワームが襲ってくる前に攻撃しちゃったな。いいのかな。見かけによらず、いい魔物かもしれないし。……ま、どーでもいーや。
「…………」
煙がおさまると、そこには無傷のワームが、こちらに突進していた。
「グルガロガルゴロキロゴロボロ!!」
ワームは怒っている。
鬼さんは、前に立つ。
「鬼さん、逃げてくださいっ!」と、シャノン。
ワームの突進を、鬼さん、がっちり受け止めた。
鬼さん以上の、その大きな巨体だが、パワーでは負けていない様子。
鬼さんは、ワームを引き離し、蹴とばして、距離を稼ぐ。そして――
「アース!!!」
鬼さんの、土系統の魔法だ。今回は、岩山だからか、鬼さんの手には、手ごろなサイズの岩が出現した。
それを、出しては投げる。岩を、出しては投げる。ワークのお口へ。
ワームは初めのうちは、余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》に、岩を飲んでいた。が、そのうち、岩があふれ、口が閉まらなくなった。
さらに、岩を飲み込ませ、やがては窒息した。
「グボバボグボバボ……、ボホオオ……」
のた打ち回ったワームが、その命を終えたらしい。
「た、倒したんですね……、あのワームを……!」
シャノンは、信じられないという顔をした。
「だが……」
私が山の上の方を見上げる。
「う、そ……」
表情から生気をなくしたシャノン。
「ちょっと、これは……、ワタクシの手に負えるかどうか……」
と、汗を拭う、鬼さん。
山の上から、観戦していたワームの群れが、今、目の前に下りてきた。
*
シャノンは覚悟を決めたらしい。
「た、ただではやられません! せめて、一匹だけでも道ずれに……ひ、ひ……」
ちょっと怖い笑いをしている。
一方、鬼さんは、眼光鋭くワームの群れを見て、グギリバキリと、拳の骨を鳴らしている。
その二人に、私は云う。
「二人とも、ここから動かず、じっとしてなよ」
私は、周囲に結界を張った。
「この中にいる限り、安全だ」
「これは……結界!? ハヌマさん、魔法が使えるのですか!?」
「そう……、基本的なファイアやらウォーターやらアースやらサンダーやら……、そういうのは全くもってダメなのに、結界とか、こういうのは出来るんだなぁ~不思議」
ワームの中でも、移動が速い連中は、もう私たちを取り囲んでいる。……と、すると、最初に戦ったワームは、多分、どんくさい方だったのだろう。
「周囲360度、ワームがより取り見取り。ただし攻撃してくる」
シャノンの表情が強張っている。
「でも大丈夫。この程度の攻撃、びくともしない結界」
「し、しかし、ハヌマさん! 結界魔法の維持は、最大でも10分から20分が限度なんですよね!? その間に何とかしないと……」
「20分が限度ぉ? 短いな。私なら丸一日、余裕で持たせることができんぜ」
「結界魔法を丸一日ですかっ!!??」
シャノンのビックリに、私がビックリした。
「どしたの。ワームより、結界の方に驚いたりなんかしちゃって?」
「そんな……丸一日なんて、馬鹿げています……。いいですか……?
高位の魔術師だって、結界は20分……いえ、ギリギリ30分は維持できるかもしれません。
歴史上の、伝説的な魔術師なら、……それでも連続1時間、結界を維持できたら、もう、人間業ではありません。
ですから……! 丸一日も結界に魔力を送り続けるなんて、クレイジーです!」
「そんな理屈、並べたってさ、出来るモンは出来るの!
それに! 魔力は送り続けてないの! もちろん送り続けることもできるよ? でも、面倒くさいから、最初に一発ドカンと、魔力は結界に送り済みなの!
もっと云やァさ、ワームくらい屁でもないのヨ! ドラゴン相手にだって、大丈夫なくらいなんだから、この結界っ!」
熱く語ったよ!
「そんなことができるなんて……」
「まだ何か疑問点が?」
「ズルいです!」
「ズルい!? どして?」
「分かりません! でも、ハヌマさんはズルいです!」
「よく分からんよ!? ただ、どのみち、ズルいはズルいで結構だよ!」
「娘様、お話し中、申しわけありませんが、今もなお、ワームに襲われている最中です」
「だから?」
「……。ここは一つ、娘様の力で、ご解決願えれば、と」
「鬼さんが、そう真摯に頼むなら仕方ない。分かった! とおッ」
私はジャンプする。鬼さんの肩を足場に、さらにジャンプして、結界の外に出た。
「一気に、ここいら一帯を爆散させる……! 二人とも、結界から出たら、命はないと思ってね」
私は右手を天に掲げる。豆粒サイズの光球が現れる。それがバスケットボールほどの大きさまで膨張した。
露骨に危ない気配が、周囲の空間に充満した。
「そいやっ!!」
それを、ワームが集まる中心点に投げつけた。……すなわち、二人がいる結界に向けて。
「わーっ! わああっ! わあああ!!」
シャノン、混乱。
「娘様ぁぁぁ!! 大丈夫なんでしょうななあっぁああ!!」
結界に着弾、……大爆発。
「おうわぁぁぁあああ!」
その爆発には、私自身も巻き込まれ、吹っ飛ばされた。
けれども、一緒にワームの肉片も吹っ飛んでいたから、勝利を確信した。
*
結界は無事だった。だから、二人も傷一つ負うことなく無事だった。
――ガタガタガタガタ
心の傷までは見えない。
「鬼~~~さぁ~~ん~~~~」
私は落下している。垂直だ。まっすぐ、ストーンと落ちている。
鬼さん、こちらに気づき、構えた。
――ガシッッ、ズズズズン
強靭な筋肉によって、受け止めた鬼さんだったが、地面は耐え切れずに、沈んだ。
「鬼さん、大丈夫だった?」
「たいそう、怖い思いをしましたが、平気です」
「それは良かった」
シャノンを見ると、……体育座りして震えている。命に別状はなさそうで、良かった。
そのあと、ワームの遺体を拾っては、鬼さんのアイテムボックスに収納した。
一部の肉片は、鬼さんに焼いてもらって、食ってみた。まずまず食える。
「シャノン、ワーム食う?」
「げえっ」
苦虫を噛み潰したような顔で云われた。美人が台無し。
*
「さぁ~て、シャノンの調子が悪いようだし……、鬼さん、肩車してやって」
「かしこまりました」
「え!? え!?」
ヒョイッと、すくい上げて、シャノンを肩車する鬼さん。
「ちょ、ちょっと! ボクは、歩けますからっ! 降ろしてください」
顔を赤らめている。
「恥ずかしがるシャノンを見て、ご満悦」
と、云ってみると、
「あ……ぅ……」
なお、赤くなった。でも、大人しくもなった。
「よし、行くべ~」
「はい、娘様」
*
;場所: 岩山
「お!? これはもしかして? もしかしなくても、もしかして?」
ちらりと、シャノンを見て、確認する。
「ええ、あれが町ですね」
「ヨーシ、鬼さん、もうすぐだよ。まちまちまちまち!」
「娘様、ハッスルですな」
「あの、もう降ろしてもらえませんか……? もう体調も良くなりましたので」
「私、町に行ったら…………何しよ?」
「ワタクシも、人間の町に行くのは、久しいです」
「あの、ボクの話、聞いてくださいません? 降ろしてください」
「そうだな、下りよう、この岩山を。そして、すぐ町だ。繁華街だ。今日は、あったかい布団に寝れるぞ! 温もりあふれる――」
私は、崖から飛び降りた。
「へえっ!!?」
シャノンはびっくりする。
――ダシン!!
数十メートル降下して着地。しかし大丈夫。地面が陥没したくらいなもん。
「さ、ワタクシたちも行きましょうか」と、鬼さんも落ちた。もちろんシャロンを背負ったまま。
「きゃぁぁぁあああああ!!」
シャノンの絶叫は、目覚まし時計のベルのように、目が覚める音色だった。
町
;場所: ギブアップ町 入口
町の周辺には簡単な柵が張られていた。そして、武装した連中が見回る。
町へ入ろうとする、と――
「ちょっと待ちなさい! その魔物は何だね?」
老練の警備員らしき者から、そう尋ねられた。その人が指さす先は、鬼さん。
「初めまして。鬼と申します。このたびは、この町で見聞したく参りました」
と、鬼さんが当たり障りなく事情を説明した。
「しゃ、しゃべれるのかね!?」
そこに驚かれた。そして、さらにこう云われた。
「とすると、お前さん、もしや魔族か? にしても、見ない風貌だが……」
「魔族に分類されるか分かりませんが、ワタクシはジパング・オーガという種族になります」
「……初耳だ。オーガは分かるが、ジパング――いや、それは、いい。
手間を取らせたな。このギブアップ町へ、ようこそ。ゆっくりしていってくれ」
そう云って、警備員は離れていった。
;場所: ギブアップ町
その町は、岩山から通ずる緩やかな斜面に形成されていた。
「まずはどうします?」
「宿に泊まるのにも金が要る」
「ボク……無一文ですよ」
「そこで、このワームの死骸を、買い取ってもらう」
「とすると……ギルドに行くんですね」
「やはり買い取りもやっているんだな、ギルド。――行こう」
「ところで……、いい加減、降ろしてくれませんか?」
「おや……? まだ、そこにいたのか。鬼さん、降ろしてやって」
肩車されていたシャノンが、久しく、地上へ降りた。
「やっぱり、自分の足で、地を踏みしめたいものです」
;場所: ギルド
外の、どデカい看板には、『ギルド』としか書いていなかった。
「ここは冒険者ギルド?」
「いえ、単に、ギルド、です」
「そうか」
難しく考えないことにして、中に入った。
その場にいた皆の注目が集まる……鬼さんへ。
「ま、魔物使い、か……? いや、だが、見たことない魔物だ」
「大きい……」
「人間の子供を連れた、子連れ鬼、か……」
受付カウンターへ行く。
受付嬢が、応対してくださった。
「こんにちは。どのようなご用件でしょう?」
たじろぐことなく、受付嬢は鬼さんを見て、尋ねた。
「魔物の買い取りをお願い」
と、私が云った。カウンターの下から。
カウンター、高すぎる。受付さん、見えないっ!
受付嬢さんが、身を乗り出して、死角にいた私を見つける。
「あら、かわいいお嬢ちゃんですね。魔物の素材の買い取りですか?」
「鬼さん、やっぱり定位置にしよう」
私は、ジャンプして、鬼さんの肩の上、という定位置に座った。
これで、受付嬢さんさえ、見下ろす高さになった。
受付嬢さんや、周囲の人が、どこか和んだ顔をした。
気を取り直して、要件の続き。
「――そう、魔物の買い取り。でも、ここに出しちゃ、血で汚れる。それに狭い」
「でしたら、こちらへどうぞ」と、案内される。
;場所: ギルド大部屋
そこは、大きな倉庫っぽい所だった。
「それで、どのような魔物の素材でしょうか?」
「魔物の素材と云うか、解体が分からないから、丸ごと持ってきた」
「ええ、その場合は、解体することでもできます。その際は解体手数料を取りますが」
「じゃあ、鬼さん、ワームを全て出して」
営業スマイル状態だった受付嬢の顔が、初めて急変する。
「わ……ワームと仰いました……!?」
「……ワームだよね、これ?」
鬼さんは、空間に大穴を開けて、ドタドタ、ワームの死骸を出した。
「…………うそ、ほんと……?」
受付嬢さんは目を見開いている。グロテスクなものが苦手なら、見なければ良いのに。
「ちょっと待ってくださいね! 他の職員を読んできますから」
と、受付嬢さん、どこかへ行ってしまわれた。
目の前には血まみれワームの山。
「刺激が強すぎましたかね」
「いや、そうじゃないと思いますよ……」
シャノンは結構、無口だった。
*
あれからギルド職員が入れ替わり来た。
いろいろ、検分した結果、次のようになった。
「えー、ワーム。元は13体。かなり損傷。肉やら牙やら粘液、皮やらで……しめて、6万ゴールドってとこだな。手数料は差し引いてある」
なんか、アバウトな勘定……。
しかしまあ、金銭感覚のない私は、4万ゴールドと云われても、よく分からない。
「ここいらの宿は、なんぼくらいで泊まれる?」
と聞いてみた。
「食事つきで、一泊、1000ゴールドが相場かな。一人の値段でな」
とのことらしい。
暗算した。
三人で泊まれば三倍かもしれない。だから一泊、3000ゴールド。
10泊で、3万ゴールド、20泊で6万ゴールド。
20泊分の金を手に入れた、という感じ?
「ただ、長期滞在なら、もっと安い宿とか、プランがあったはずだ」
そういうふうにも云われた。
「そうか、そうか。じゃあ、買い取り金額、ちょうだい」
手を出した。
「悪いが嬢ちゃん、6万ゴールドはそれなりの額だ。すぐには用意できねえ。2,3日、時間をくれ」
「分かった。でも、だったら、支払うってことを約束する証明書みたいなものが欲しいな~」
「もちろんだ、この札を、受付に渡してくれ」
;場所: ギルド (カウンター)
私たち一行は、もらって札を、受付に戻った。
「もしもし! もし!」
と、勢いよくこちらに手を振る、先ほどと同じ受付嬢の元へ。札を提出し、代わりに支払い証明書? とでも云うようなカードをもらった。
「あの、このカードって、何て云うの?」
「それはですね、『あとで支払う約束したカード』って呼んでいますね」
「それってつまり、正式名称が、ないってことじゃ……?」と、シャノン。
「そうとも云います。正式名の必要性がなかったので」
どうやら、こちらの世界での書面というのは、キッチリしていないものなのかもしれない。土地や家も、口約束で売買したりして。
「じゃ、鬼さん」
あとで支払う約束カードを、鬼さんに渡し、アイテムボックスにしまわせた。
「それは置いといて――、それで、です!」
受付嬢が、あからさまに話題を変えた。
「申し訳ありません。貴方方は、ギルドへの登録なされていませんよね?」
私は肯いた。
「やっぱり……。魔物の買い取りをするにも、まずはともあれ、ギルドメンバー登録が必要なんです。
……いや、私が抜けておりました。すみません」
「そっか。……で、そのギルドメンバー登録の、デメリットは?」
「デメリットから聞きますか……」、シャノンが呆れがちにこぼす。
「当然。知らぬ間に義務や責任なんか課されちゃったりして。
私は、責任と云う言葉が、大嫌いでね。擦り付けに使われるんだもん」
「ギルドメンバーになることによってのデメリットですか。んーと……」
受付嬢さん、真摯に対応してくださる。
「そうですね。世界中のギルドに、存在が把握されること、くらいでしょうか……。基本的にデメリットはないと思われます。義務らしい義務もありませんし。
ギルドカードは、証明書としても機能しますし。町人のほとんどは、ギルドメンバーになっていますね」
ここのギルドは、あるいはこの世界では、難しい言葉をあまり使わず、平易な言葉で説明してくれるから、ありがたい。
「分かった。じゃあ、登録しようか」
「はい」
「かしこまりました」
「では、こちらでレベルの測定をお願いします」
受付嬢さんは、鏡らしき道具を示した。
「レベルって何?」
それには、シャノンが答えた。
「戦闘力を主とした、その人の能力のすべてを、1つの数字に表したものです。……そんなもの、参考程度にしかなりませんけれど」
さらに受付嬢さんが補足した。
「それでも目安になります。
一般の人々は、レベル10前後が平均となります。
これが、冒険者稼業をしている者なら、レベル20は行くでしょう」
「レベル30というのもある?」
「ベテランの冒険者ならば、そのくらいにもなります。
そして、レベル50以上ともなれば、達人の域です」
鏡らしき道具の前に、シャノンが立った。そして、鏡に意識を向けているようだ。
すると、鏡に、何か映る。
【シャノン Lv.13】
「レベル13ですね。なので、Gランクからになります」
「…………ランクって何? 説明されてないんだけど……」
「ギルドランクは……強さの目安みたいなものです。あまり気にしないでください」と、受付嬢さん。
もしかして、この受付嬢さん、テキトー?
「ギルドランクは上から、A,B,C,D,E,F,Gと続きます。あ、さらに上にはSランクというのもありますよ。
そして、依頼は、依頼の方で、こちらにもランク付けがされます。同じくA,B,C,,,という具合に。依頼ランクと云います」
「なるほど、なるほど。
ランクが低いうちは、低いランクの依頼しか受けられない、と?」
「いいえ? どなたでも、基本的に、どの依頼を受けられますよ?」
「じゃあ、何のためにランクがあるの!?」
「ですから、目安です、目安。あまりに身分不相応に難しい依頼を受けるのは、危険ですよ、という目安です」
「つまり、Gランクの人は、Gランクの依頼を受けるのが、無理なくやれる、と」と、シャノン。
「そうです、そうです。――はい! 出来上がりました。シャノン様のギルドカード」
シャノンがカードを受け取る。
「何も……書いてありませんね……。!?」
カードが、シャノンの体に溶け込んで、消えた。
「ギルドカードは、精神に刻まれます。必要なときは、念ずることで、投影することができます」
云われた通り、ウンウン念ずるシャノン。
すると、情報が空間上に投影される。
{
シャノン Lv.13 Gギルドランク
人間 13歳
}
「見せたくない項目は、隠すこともできますので」と、受付嬢さん補足した。
「項目名がないね。ちょっと見にくい。……13歳?」
「ええ、そうですが。意外ですか?」
「いいや。予想通りの年齢だ」
次は、鬼さん。
鏡の前に立つが、大きすぎて、頭がはみ出ている。
「ヴぇっ!?」
誰か、吹きだした。
【鬼 Lv.100】
鏡を盗み見ていた、不良少年風の男が、腰を抜かしたように、尻もちついた。
当の鬼さんは、
「……………………」
鬼さんも固まっていた。
シャノンが口を開く。
「もしかして、鬼さんは、魔王なんじゃ……?」
「断じて違います。……この鏡の誤作動ではありませぬか?」
「鏡でなく、レベル測定器です……。
まあ、レベル100以上が出ることは、ないことはありません。かつての勇者が、その例ですし……」
「次、私!」
と、鏡…レベル測定器の前に行く私を、鬼さんとシャノンが、がっちり肩を押さえた。
「何? 肩もみ?」
「違います、ハヌマさん……」
「娘様。ワタクシのレベルですら、問題になりかねないのです。まして、娘様のレベルが明るみになってしまった日には……」
「ヨシ、分かった。一言文句を云う。――受付嬢さん!」
「……はい」
額に汗が流れている。
「レベルは個人情報だから。だから、他人に見せないようにするべきだと思う」
ざわざわ……、ひそひそ……
周囲の人々が、ウワサしている。
「レベル100とか……!?」
「いったい、どれほどの強さなんだ……」
「お前、ちょっと、からかってやれよ」
「冗談じゃない。殺される!」
ちょっとした騒ぎになっている現状を省みた受付嬢。
「そ、そうですね……」
レベル測定器の向きを変えて、他人からは、表示が見えないようにした。
「ギルドカードができました」
鬼さんの。
{
オニ Lv.100 Dギルドランク
ジパング・オーガ 128歳
}
「あの……、ジパング・オーガとは、いったい何でしょう」
「ワタクシめの種族になります」
「今まで聞いたこともないんですが……」
「オーガの上位種です。稀な存在なので、見かけることは、まずないでしょう」
「はぁ……」
「ところで、ギルドランクがGではなくDとなっておりますが、これでよろしいので?」
「ええ。レベルに応じて、DからGが、初期ランクとなります」
シャノンが尋ねる。
「128歳というのは、ジパング・オーガでも、高齢の部類でしょうか?」
「そう……ですな。150歳あたりでお陀仏する者たちが多かったように記憶しています。ワタクシも結構な歳ですなぁ」
*
「じゃ、私の番だ」
……
「ヴぇっ????」
「これは、どう考えれば良い?」
先ほどとは、一味違った、驚きの声が響いた。
【ハヌマ Lv.-1】
「レベル1……ではないな、マイナス1だ。……そんなことってあるのか?」
「さぁ……」
「うーむ」、もちろん私も、「分からん」。
カードを受け取った。……何か嫌な予感がしたから、仲間内だけに、内容を開示した。
{
ハヌマ Lv.-1 Gギルドランク
人間? 256歳
}
「Gギルドランクか。仕方ない」
「それより気になるところがあるんですが……! 256歳ってなんですか!? それに、人間?って」
「娘様なら、御年、そのくらいになりましょう」
「見た目、10歳弱じゃないですか!?」
「人は見た目によらないのさっ。私は、生まれてこの方、1ミリだって成長しないんだわ……」
「んっと……、鬼さんは128歳でしたよね? ってことは、鬼さんより、ハヌマさんの方が、ずっと年上なんですか」
「お? 256歳という情報を信じた?」
「信じられませんけど、ギルドカードの情報ですし……。それに、ギルドカードからも、人間かどうか怪しまれている始末ですし。人外なら、その身に合わない年齢もおかしくは……」
「私は人間だよ! ホラ見ろ! どっからどう見ても、人間以外の何物でもない」
「じゃあ、ギルドカードの『人間?』っていう疑問符は、何なんですか?」
「ギルドカードが風邪ひいてるんだっ。調子が悪いに違いない」
「いや、何を云ってるんですか」
「おっ、もうこんな時間か。ほらシャノン、宿にいかねば」
私は、それらしいことを云って、会話を打ち切った。
*
;場所: 宿屋
「オジサン! 一部屋、三人で泊まりたい」
「はいよ」
あとの手続きは鬼さんに任せた。
「あの……ボクも泊まっても良いんでしょうか? 持ち合わせがありませんし」
「宿代は私が出す!」
「恩に着ます……」
;場所: 客室
小奇麗な部屋だった。
なんと、トイレと湯船付だ! だが――
「お湯は別料金になるそうです。水ならば、外の井戸を勝手に使ってもよろしいそうです」
「水風呂は、やだ」
「でしたら、ワタクシは、水も火も魔法で出せますので、それでご用意いたします」
「えっ、鬼さんは、水魔法と火魔法の両方が使えるのですか!?」と、シャノン。
「ええ。他に、土系統も、雷系統も……。基本的な魔法がそれなりに習得しております」
「うらやましいです……。ボクなんて使えるの、火属性だけですから……」
「……大丈夫です、シャノン殿。貴方はまだ若い。これからです。成長して、色々なことを覚えてゆくのです」
*
鬼さんには、さっそく風呂の用意をお願いした。
夕暮れ。シャノンは窓辺にいる。
「あれは何でしょう」
と云って、シャノンが岩山の方を指した。
ぼんやりとだが、光るものがある。
「たしか、あの場所は、ワームと戦った所じゃないでしょうか?」
「じゃあ、あれは結界だ」
「えっと……、あのとき張った結界が、まだ残っているんですか?」
「あの結界は、ダメージを受けなければ、半永久的に、残るよ」
「そ……そうですか。……異常現象としてウワサになりそうですが」
「構うことない。観光名所にでも、なればいい」
風呂場から鬼さんが出てきた。
「娘様、お風呂の用意ができました」
「ありがとう、鬼さん。じゃ、先、入る?」
「いえいえ、ワタクシは最後で構いません。
大柄なワタクシが入ると、湯があふれて、減りますからな」
「そっか――、じゃあ、シャノン、一緒に入ろう?」
シャノンの顔が、一気に赤くなった。
「な、なな、何でそうなるんですか!?」
「いや、裸の付き合いを地で行こうと……。そんな嫌がられるとは思わなかったわ」
「い……嫌とは云ってません。でも、ダメです」
「なんでかしら?」
シャノンが体を、もじもじさせる。
「だ、男女が、一緒の風呂なんて……、その……」
きょとん。
「あ~」
とんだ勘違いさんだねー。
自分の今の格好を考えた。渋いメキシカンポンチョをはおり、これまた男が被るようなウエスタンハットをしている。
「確かに、私はこんなナリしているし、その上、自分でも、自分の中身はオジサンだと思うフシもある。
誤解されてもしかたないけど、これでも女なのさ、一応。
女同士、風呂入っても、問題はないだろ?」
シャノンは、慌てて、両手を振って答えた。
「いや違います! 違います! ハヌマさんが女の人だってことは、分かってます。
鬼さんは、ハヌマさんのこと、『娘様』って、お呼びしてますし」
そういえば、そうだ。
「それに! こんな可愛い女の子が、男の子のわけ、ないです」
可愛い……と!? でへへへ……。悪くない、悪い気はしない。
「んや? てーことは、どーいうこったかな?」
「……ボクは男ですから。よく間違われますけど」
「……………………面白いジョークだ」
目の前にいるシャノンは、美少女と云って申し分ない。
それが男……? んなわきゃない。
「ジョークじゃありません。真面目な話です。ボクは男ですっ!
第一、ボクは自分のことを『ボク』と云ってるんですから、それで察してください!」
「今の時代、自分のことを、ボク呼ばわりしたり、オレ呼ばわりする女だっている。
それにさ! シャノン自らの発言。『こんな可愛いのが男の子のわけがない』――その言葉を返すぜ」
「えっ……、あ……、ボクは、かわいくなんかっ……」
「その恥ずかしがっている仕草なんか、そそるねえ」
耳まで赤らめちゃってるんだものさ。
「……っっ…」
「う~ん。その仕草、その表情――、どー見たって、100人が100人、君が少女だって疑わないよ」
「え……えぇ……。それでも、ボクは男なんです。じ、事実なんですから……」
困ったような顔して、云ってくる。
「強情な。だったら、ギルドカード見せてご覧よ。それで性別がはっきり――」
「ギルドカードには性別情報、書いてませんよ?」
「……そうきたか」
「いや、どうきたんですか」
「よぉぉおし、こーなったら、是が非でも、一緒に裸の付き合いをしなければ」
私はポンチョを脱いで、上着を脱いで――
「なな、なんでそうなるんです!? ちょっと! ここで脱がないでください!」
「あんたの性別など、どちらにしろ、一緒に風呂に入れば判然とすることだもんな」
「いや! 云ってること、おかしくありません!?」
「ここの風呂は混浴だと思やいい」
「うんと……でも……」
シャノン、顔を両手で、しなやかに おおう。
いちいち、おしとやかな……。
私は未だに、シャノンが男だと、信じていない。
「私の酒が飲めね……、間違えた。
私と一緒の風呂にゃ、入りたくねえ……と?」
「そうじゃ……ないですけど」
両手を、前で交差している。もしもし。
煮え切らない態度だよ~もう。
「ふぁあああああ……っと」
あくびが出た。
「ちょっと横になる。じゃあ、シャノン、先に風呂、入ってきて。私は後にするから」
「あ……、はい。じゃあ、お先に失礼します」
………………
すやすや……。
3分くらい寝て起きた。
鬼さんを見ると、イスに座って、うたたねしている。
シャノンは、入浴中か。
んじゃま、風呂、入ろっと。
;場所: 浴室
何食わぬ顔で、浴室に入る、素っ裸の私。
「おジャマします」
「えっ!?」
シャノンの体つきは、やはり少女のものだった。
ただ、股間にあるものを除いて。
それがチラリと見えてしまったとき、私の顔が熱くなるのを感じた。でも、全然平気な振りをした。
「とわぅっ!」
ジャンプして湯船に、ばしゃーん。
「…………やっぱり、入ってきましたね……」
顔を半分ほど、湯に沈めながら、ジトッとした目で、見つめてくるシャノン。しかし、それも一瞬のこと。
シャノンの視線が、私の顔から下へ移動したと思えば、途端に赤面して、背を向けてしまった。
「しゃの~ん」
「……っ……」
「……怒っているのかい?」
私は、シャノンの胸に、腕を回し、抱きしめた。
「…………怒っては、い…ません」
シャノンの息遣いが聞こえる。
シャノンの両手は、股間のあたりにある。男のモノを押さえているのだろうか。
なんか、しんみりした。
「シャノン……、これからも……一緒にいて、くれる?」
「…………なんか、……ズルい、です、よ……、ハヌマさんは」
「あれっ。前も、何か、ズルいって云われたような……。なんで、どこが、ズルいってぇ」
「ズルいですよ……。男勝りな、頼りがいあるセリフを吐いたと思ったら、その一方、今度は、年ごろの女の子みたいな、可愛げある言葉を吐くん……。
そんな風に、云われた方の心が揺らぐこと、考えてのことですか……?」
んん……と。
「どーいうことかな……?」
「無自覚ですか……」
「私はいつでも、思うままに、言葉にするのさ。自分に正直だよ。
だ、だから。シャノンが、す、好き……ってことも、正直に云う」
「好き……、好き……って……!? え!?」
「ちょ、ちょっと、う、うろたえないで……」
「うろたえているのは、どちらですか……」
自分の顔が赤いや……。鏡、見なくても分かるくらい。
ぽーっとするもんね……、あ、のぼせかな。
「は、ははっ……。その、好きってのは、恋愛感情か、分かんない。恋愛、したこともないし、ね」
シャノンは、こちらを振り返って、視線を合わせてくれた。
「…………」
「でも、分からんけど、好きは好き。
一目惚れのような、一時の、感情かもしれない。分からないよ。
私が今、シャノンに望むのは、これからも、当分は、一緒にいてほしい、な、って」
「…………ふふ」
シャノン、微笑む。
「にゅあっ……」
シャノンの手が、私の頭をなでる。
「なでられるのは、……嫌ですか?」
「イヤ……で、ないよ」
なでなで、なでなで、なでられる。
「ふへはぁ……」
頭皮だけでなく、顔も緩む感じする~。
――
シャノンと、裸の付き合いをした。
;場所: 客室
風呂から出た二人は、部屋でくつろいでいる。
今は、鬼さんが入浴中だ。
鬼さんは、体が大きいから、一人で浴槽が埋まる。
だから、ざっぱ~ん、という、お湯が盛大に溢れる音が、さっきした。
「そういや、なんでシャノンは女の格好をしていたの?」
「ええっ!? これが、女の格好に見えますかっ!?」
改めてみれば、粗末な服装で可哀そうだと思った。
「違うの?」
「全然、違いますからね!」
と、すると、単に体形の問題かな。シャノンの体形が少女にしか見えない体つきだから。その形に衣がまとっているだけか。
「今度、服屋にでも行こうね。服、買わないと」
「ハヌマさん、オシャレするんですか?」
「違う。シャノンの服だよ」
シャノンの顔が、ぱーっと笑顔になったのを見た。
「それと、さらに疑問点一つあった。シャノンは女の名前だよね?」
だから、シャノンが少年だと気づけなかったのだ、と正当化したかった。
「いいえ、シャノンと云う名前は、男女兼用ですよ。
ですから、ボクの両親は、男でも女でも、シャノンという名前を付ける気でした」
「へー……そですか」
当人がそう云うなら、そうなのだろう。
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@@@@@@@【出稼ぎ魔王アリス】名前の印象と違って、ヘビー級ボクサーの風貌。それを鬼さんが倒したことで、魔女インフェルノの目に留まる。
■要約
・ワームの群れを倒す
・ギブアップ町へ到着。
-未完-