003.カラッカラ
003.カラッカラ
; 視点: 一人称<幸>
; 場所: カラッカラ砂漠
日差しがまぶしい。
私は広大な砂を前に、呆然としていた。
熱射病になるな、まもなく。
そんなことを、ぼんやり思った。
いよいよ私にはハードモードに感じてきた、現在の状況に。
彼方では砂嵐も散見されるし……
とりあえず今度は、大量の砂も、アイテムボックスに入れておいた。
何かに使えるかも、と。
*
日が明るいうちに、行動に出よう。
私はとにかく、砂漠の只中を突き進んだ。
そのしばらくのち。
刺すような気配を感じ取った。――敵意だろうか?
地中から、何かが飛び出し、それをすんでの所でかわす。
「ジウジウジウ! ジジジジウウウウ!」
威嚇するそれは、巨大モグラのような生物だった。
だがモグラと違い、一つ目の大目玉が特徴的だ。
これが、魔物という奴か……
初めての魔物との戦い。力が入る。
私はアイテムボックスを探り、ポケットに手を忍ばせた。
そして、あえて、逃げ腰の体勢。
私は敵に、背中を見せた。
「ジジジジウウウウ!」
巨大モグラが、背後から飛び掛かってきた。
それを見切り、かわしざまわに、握りしめた砂を相手に投げつけた。
「ジウッ!?」
砂は、大目玉に直撃した。
巨大モグラは、着地も満足にできず、すっ転ぶ。
隙だらけの相手に、とどめを刺す。
アイテムボックスから、覇王の斧を勢いよく取り出す。そのまま、弧を描いて、巨大モグラの上へ、ズトン、と落とした。
肉も骨も断つ。たやすいことだった。
覇王の斧は特別性だ。ただ置くだけで、獲物を押し潰してしまう。
この斧を手渡しなんかしたら危険だ。ましてや放り渡すなんて論外だ。
だから覇王の斧は、いちいちアイテムボックスにしまうことにしている。
売ったら幾らになるんだろうな。斧。
戦いの果てに殺傷してしまった、な。
良かったのだろうか?
相手を殺そうとするなら、自分も殺されることを覚悟する――、そういう原則がある。
殺気立って襲ってくる相手を返り討ちにした。
思い返してみても後悔はない。
ならば、今回の行動は自分にとって正しかったのだろう、敵にとっては悪だとしても。
私は巨大モグラの死骸も、アイテムボックスに放り込んだ。
アイテムボックスから死臭がしそうで、少々ためらったが……、多分、魔法的な力で浄化されるのだろうと、願った。
*
大目玉の巨大モグラには、その後も襲われた。
しかし、あまり賢くないようで、同様のパターンで仕留められた。
そして死骸は全て回収している。
その訳は、それしか食料候補がないためだった。
そう。あの死骸を食おうと、考えている。
絶対的健康が、我が身にあるなら、食あたりになることもないだろう。
はぁ……、にしても、やはり喉が渇いた。
水分を持ち合わせていないわけではない。
死骸から、血や体液をすすれば、水分補給できる……
だが、やりたくない……
時々、枯れ木を見つける。
斧で切って、枯れ木も、アイテムボックスへ。
これは、薪に使えると思う。
ようやく、サボテンもどきの植物も見るようになった。
そのサボテンもどきを、私は斧で叩き切って、根っこまで四散させた。
少ないながら、水分が詰まっている。それをしゃぶって飲んだ。
*
アイテムボックスは割と簡単な魔法だ。
同様に、火魔法も、着火程度なら簡単な部類だ。
すぐに出来るんじゃないかと思った。
事細かにマッチの炎を想像し、そして唱えた。
「ファイア!」
目の前に、途方もない炎の壁が立ち塞がった。
「…………」
私は、暑い日差しに、熱い壁が出てきて、もうこれ以上ないほど、熱かった。
とりあえず、火魔法はやめておこう。ここは砂漠だ。暑苦しくて敵わない。
気を取り直し、私は、斧と枯れ木を取り出した。
斧で、枯れ木を、叩きつけた。
何度となく叩きつけた。
段々と、メラメラした陽炎が見えてきた。
覇王の斧からは、凄まじい運動エネルギーが現れる。
斧を叩きつけた後には、ほとんど熱エネルギーになる。
そして、着火した。
魔法は使わなかった。
――
巨大モグラの死骸は、適当に切って、焼いたり干したりした。
皮は、日光にさらしてある。
さばき方も、なめし方も、干し肉の作り方も、さっぱり知らないため、適当だ。
――日没。
砂漠の夜は、一転して冷えるという。
皮をなめしておきたかったのも、防寒に使うためだった。
しかし、いざ夜になると、
「そういえば、火魔法があった」
と思いだし、それを使った。
今の私は、炎のカーテンに包まれている。
暗くなった砂漠で、一際輝いて存在感を示していた。
これなら暖も取れるし、魔物も襲ってこないだろう。
そう思って、本日は寝ることした。おやすみ。
*
翌日の早朝、竜巻に吹っ飛ばされた。
炎のカーテンのせいで、竜巻の接近に気づかなかった。寝てたし。
暴れ狂う竜巻によって、弾丸のように弾き飛ばされた私は、あろうことか戦場に着弾してしまった。
私の着弾地点には、巨大ナメクジに似て非なる魔物がいた。
「ワンギャ!?」
と、その魔物は叫び、おかげ様で衝撃吸収を担ってくださった。ヌルヌルしている。
周りを見る。朝も早から、巨大ナメクジと人間たちが争っていた。
人間たちの乗ってきたらしい馬車は、半壊し、その内部から赤い液体がこぼれていた。
のみならず、恐れおののく人間の表情を、こちらに見せてくる。
「あんた! ウえ!? いったい!?」
ろれつが回らないほどに、あたふたしている最後の一人が――
「ぐぬあ、ぬばは ――」
たった今、魔物に一飲みされた。
あの巨大ナメクジは、よーく見れば、ナメクジとはかなり違う。ナメクジとミミズと大蛇を混ぜて、オドロオドロしくしたような化け物だ。
怖いのは、巨大な口があること。
それを、ウツボのごとく、これまた鬼気迫る怪物面で跳ね飛ぶのだから、ゴキブリよりはるかに怖い。
何より怖かったのは、ここに残った人間が、もう自分一人だということだった。
どう考えたって、あのギラギラした目は、私を狙っている。そうに違いない。
そのとき――!
そのギンギラギンな目ん玉に、矢が刺さった。
私は何もやってない!
「逃げろ早く! こっちだ!」
生存者がまだ一人いたらしい。
砂丘の、こちらからは死角であった場所から、見覚えのある年老いた男が叫んだ。
先ほどの一矢は、この方の一撃らしい。凄い腕だ。
私は、さささっと、風に吹かれるチリのように、男のそばまで避難した。
そして一言。
「凄い腕ですね」
素直に褒める。それが私の流儀。
「まだだ、奴を見てみろ、大して堪えてねえ」
「爺様、このナメクジみたいな化け物、いったい何なんですか?」
「ワームを知らないってが?」
「ワーム、ワーム、ワーム」
その語感の良さから、聞いたことがあるような気がして、聞いたことはなかった。
「すいません、あらゆることに無知なもので」
「いいか嬢ちゃん、気付けば皆の首がもげて食われていた、それがワームって奴だ」
この状況で、のんびり教えを乞――っている場合じゃなさそうだ。
「おっそろしいですね。仕留めないんですか?」
「ああ! 今すぐにでも素っ飛んで、奴の息の根を止めたい所だ。
……だがな!
俺が得意とする弓も剣も槍も、奴のヌルヌルお肌には通用しない!
皆、柔らかく弾いてしまうんだ!
全てだ! 全て奴には通用しない!!
ワシ以外、バタバタ倒れた。
ここまで手も足も出ないなどとは……終わりだ」
「まだ生きているじゃないですか。まだですよ、爺様」
「ワシは――最期に、奴の囮になる。
嬢ちゃん――生きろよ」
よく見れば、爺様は、足を引きずっている。
もう動くこともままならぬ状態だ。
にもかかわらず大胆果敢に爺様が飛び出す前に、何とかしなくては。
■要約
・砂漠の砂も大量に入手。巨大モグラと初めての魔物ファイト。サボテンもどきから水分を、魔物の死骸を食料にした。
・翌日早朝、竜巻に飛ばされ、ワームとの戦闘へ。