↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

STEAM TANK

作者: 蒸気戦車道履修コース一同(幸、シャーペン丸、海雀鳥落)
掲載日:2017/02/05

この小説は三人による合作です。

プロットを制作し、各担当に分け繋げていく。いわば、リレーのようなもの。

一般的に認識されているリレー小説とは違い、この作品は決められたレーンを走っていきます。

どうぞ、読んでいってください。みんな喜びます。

  Prologue ‐帰還途中‐


 車窓の景色は移ろいゆく。すでに黒煙と湯気が立ち上る空はそこにはない。高速で切り替っていく景色に微かに見える黒煙は、僕が乗っている特別急行列車のものだ。

 客室からでも聞こえる蒸気機関の心音。一定のリズムを刻みながら、全身にエネルギーを送り込んでいる。いつも聞いているものとは違うけれども、すごく心地が良い。

 僕の田舎がある、シャルボン共和国の南西部、ドグドーヌは首都であるルセントレとは違い、大きな工場や軍事施設がないため、空が汚れていることも稀だ。

 蒸気機関で町を興すのが当たり前の今の時代、都会の連中からすると、開発が遅れた田舎という程度の認識しかないようなところだ。避暑のため訪れる人がいて、観光業は一定の儲けを得ているけれども、全体的な田舎臭さは否めない。

 そこで生まれ育った僕にとっては退屈過ぎて、何者にもなれなくて、一度は飛び出した場所だった。戦場という憧れが住まう場所に行くため、僕は一度逃げ出した。

 結局、故郷に戻ってくるのに幾度か季節を巡らせてしまっている。ありえないことだが、今すぐに戻って来いと言われたら僕はまたかの地に赴くだろう。

 幸い、隣国のアイゼン帝国との鉄と石炭という今の時代、人にとって重要な二つの資源を巡る戦いは約二年の時を経て終わっている。現在は互いの損害に見合った算段を付けようと、政府同士がにらみ合っている頃だろう。これが一時的なものなのか恒久的なものなのかは誰も分からない。

 しかし、一先ず僕は休暇を与えられ、こうして故郷、ドグドーヌ行の特別急行列車に乗り込むことができている。

 今は戦争の事も、軍の事も忘れて、ゆっくりと故郷に思いを馳せよう。

 懐中時計を見ると、降車駅に着くまでまだ数時間の余裕がある。昼寝をしろと言わんばかりの穏やかな日差しも降り注いでいた。

 日差しが目に当たらないように帽子を深くかぶり、腕を組んで体を縮めた。しばらくすると、自然と僕の意識は落ちていく。

 夢を見れるなら、無邪気に駆けた緑が萌ゆるルーディリゲの林が良い。




  Chapitre 1 ‐均衡‐


「フォッシュ一等兵! ぼさっとするな!」

 バルジャン軍曹に怒鳴られて、僕は意識を引き戻された。

「すいません!」

 現在は戦車の整備中だった。

 翌日には大幅な前線の押上げを試みる作戦を控えているため、僕がいるブリッソー要塞には緊張感があった。戦車の整備を行うドックにもその空気は伝わってきている。皆、気合が入っているのだ。

今は戦車を覆う装甲版を外して、戦車の心臓ともいえる蒸気機関の点検をしなくてはならない。現在取り外している装甲は蒸気機関と機関士を守るために、正面の装甲並みに厚く加工されており重い。留め金できちんと固定してからクレーンで外さないと、危険すぎる。

 整備のために鉄板を仕込んだ安全靴を履いているけれども、多分気休めでしかないと思う。落としたやつを見たことないから何とも言えないけど。

 僕は慌てて装甲をクレーンの留め金に止め、外れないかを点検する。大丈夫、これなら外れないだろう。

「上げてください!」

 クレーンを動かす同僚に合図をすると、クレーンが動き装甲が徐々に上がって、蒸気機関から離れていく。

 装甲は低い位置で宙づり状態のまま移動させられ、装甲の点検場所へ。この分なら大丈夫だろう。

 装甲を見送り、蒸気機関の点検に入る。

 配管のゆがみ、損傷。弁、ピストンの動作確認、……

 少しの異常さえ見逃すことが許されない。作戦を成功させるためには必要なことである。僕は目を皿にする。

 蒸気機関の仕組みを知っていても実際触らせてもらえる人なんて、職人のような腕前を持つ人間しかいない。現代では頭と技術は持っておくべきといった感じだろうか。

 工業学校を出ていてよかった。でなければ、もっとみじめな仕事をさせられる気がする。

 実際やってないから分からないけど。

 訓練時に僕らを担当した教官が言っていた。蒸気機関の整備を任されるのは立派なことだと。

 僕には理解ができなかった。戦場に赴き華々しい戦果を挙げる。それを目的にここに来たのに。

 理想の戦場は僕が思っている以上に遠い。

 そんな中でも本当の戦場、弾丸、砲弾が飛び交い、人の生死が決まる場所に何回か遭遇した。

 けれど、思った通りに僕は振る舞えなかった。

 はじめに隣にいた同僚の頭が吹き飛んだのが悪かったと僕は思う。

 一瞬で、瞬きをすることも許されないうちに、悲鳴を上げる暇もなく。さっきまで一緒に作業をしていたはずだった。

 その時に僕の体は竦んでしまった。

 頭がなくなった同僚を捨てて、僕は走り出していた。

 応戦する余裕なんて頭の片隅にもなかった。

 敵前逃亡だ。

 応戦できるような武器なんて大したものは持ってなかったけれども、あの時まず逃げ出したのが悪かった。

 あの瞬間の後も何度か似たような境遇に遭ったが、もうだめだめ。

 二回目、いや三回目だっただろうか、応戦をしようと試みたこともあったが、弾は敵に当たらない。誰かを助けたこともなければ無残に死ぬこともなかった。

「命有ればこそ」とよく言うが、何もできてない自分からすると心の中は地獄だった。

 さっさと終わってくれないだろうか、この戦争。

 故郷へ思いを馳せる時間が長くなる。


 戦車の整備が終わり、食堂に向かう。

 配給された分の食事を運び適当な席へ向かう。丁度奥の方が空いているか。

 座ると同時に誰かが目の前に座った。

「よう、ロラン。調子はどうだ」

「ブロンドー上等兵……元気ですよ」

「なんだ、はきはきしないな」

「えぇ、まあ」

 アンドレ・ブロンドー上等兵。僕より一つ上の階級で確か二、三歳年上。よく僕に構ってくれる。社交的な青年だ。他の整備兵にも一目置かれるような兄貴的存在となっている。

「蒸気機関の整備、そんなにつまんねぇか」

「いえ、そういう訳では」

「そうか?」

 ブロンドー上等兵は首をかしげる。

 嘘だ。はっきり言ってつまらない。自分が知識としてあることをそのまま整備で出力するだけの作業。

 自らの人生を変えたくて戦場に来た僕にとっては、故郷にいた時と大差ない生活だ。偶に巻き込まれる戦闘はうまく立ち回れていないせいで、何もできてないし。

「ま、気楽にやれよ」

「はい」

「そういや、お前に手紙が届いていたぞ。部屋の机に置いといた」

「どうもっす」

「また彼女か?」

「違いますよ。そんなんじゃないです」

 僕はそう言いつつ苦笑する。

 故郷に住む、隣家の幼馴染である、ベルからの手紙。定期的にやってくるそれは、こちらが返事を書かないと連日連夜手紙を書いて送り、届いたときには山盛りの束になる。それを部屋に届けられるという辱めをもたらすので部屋に帰ったら返事を書かなければならない。一度やらかしてしまった時、僕の顔は相当青ざめていたことだろう。

 とんだ迷惑だと思う。故郷を離れたくてこちらに赴いたのに、……。

「迷惑な話ですよ」

「いいじゃねぇか。待ってくれている人がいるんだから」

「そんなもんですか?」

「そんなもんよ」

 ブロンドー上等兵はそういって、スープを口に運んだ。


 食事を終え自室(共同)に戻り、机を見ると言われた通りベルからの手紙が置かれていた。つい、数日前に返事を書いて送ったばかりなのにかなりの速筆である。補給物資が来るたびに手紙が来ている気がする。

 封筒の封を切り、中身を読もうとする。

「げ、……」

 開いてみた手紙にはびっしりと字が書かれていた。しかも細かい字で。

「これ、読めっていうのか」

 整備で結構疲れているのに。

 しかし、返事が遅れると手紙の山が待っているため、少しでも読んでおく必要がある。頭に入れておくべき蒸気機関の仕組みなどはまあ、今までの知識で対応できるから読む必要もないし。

 食事を終えたのか同室の者が帰ってくる中、俺は机を占拠して手紙を読む。

「また、手紙か?」

「ああ」

 興味がない奴に対する僕の返事は素っ気ない。

「へ、入ってそうそう蒸気機関の整備に就けた人間は勉強しなくても良いってか」

 確か、こいつらあまり蒸気機関に触れさせてもらってもなかったな。

 蒸気機関の整備をする際に必要とする知識はゼロから入れようとすると結構時間がかかる。工業学校で蒸気機関について学び多少なりとも触ったことがあっため、僕は下地があるが彼らは全くない。専門性が要求されるため、きちんとできるようにならないとメインで整備はさせてもらえない。

 学校に行っていた意味は多少なりともあったということだろうか。手紙を読みつつ思慮を巡らす。

「……そうだな」

「こいつ!」

 自分から煽っておいて、逆ギレはないだろう。構うのも馬鹿らしいので視線は彼に向けない。

 近くにいた奴がキレた奴を制止する。こんな小さいことでもめ事は避けたいという意志なのだろう。僕に対する不満があるわけではないだろうけど。

「……ふん」

 僕がこんな奴らと同僚であるということに腹が立つ。軽く舌打ちをして僕はまた手紙を読むことに集中することにした。

 現実からの逃避にはちょうどが良い。


 手紙の内容は結構ありきたり。故郷で何があったかとか、彼女自身の近況とか、それと僕の父母の事とか。

 事細かに書かれている。今年は気温が高く、避暑地のはずなのに暑いとか、戦争が長引き今年も故郷で作られているワインの製造量が減るようだとか、避暑に訪れる人々がほとんど存在せず家の売り上げが出ないとか。

 さすがは宿屋の娘というとこか。経済的な話題が多い。常の関心は家と周辺地域の状態みたいだ。

 少し進むと彼女自身の近況について。これを書いた数日前に一人の男に言い寄られたようだ。名前は書かれていない。

 恰好は良かったようである。しかし、何とも言えないうさん臭さがあり結局振った様だ。後々近所の人に聞いてみると、彼は隣町の商人の長男で休みになると度々町を出て女遊びをしているとか。

 危うく付いて行きそうになったと書いているがベルのことだ、どうせ手ひどく振っているだろう。

 そして次に僕の家族についての報告。元気で過ごしているようだ。聖教神の使者の像の前で毎日祈りをささげているという。確かあの使者は戦で名を上げたはずだ。

 武運を祈っているということだろう。応援はしていると受け止めた方が良いのだろうか。その使者は戦の途中で命を落としていたような気がするが、どうなんだろう。

 最後に僕について。きちんと食べているか、怪我はしていないか。隊の人とうまくやっていっているか。母の心配事のようなものが羅列されている。この前の手紙でも聞かれていることだ。いい加減その手の心配は解消していいと思うのだが。

 しかし、三つ挙げられたうち三つ目はたぶん今後もうまくいかないだろう。見破られていると考えるのが筋だろう。

 直接会って話してもいないのにここまで見透かされているのはいささか気味が悪いが、それがベルなのだろう。

 その上、僕は手紙にいくつも嘘を散りばめてある。整備兵であることはさすがに隠していないが、戦闘で巻き込まれた際の対応や周りとの関係性。戦場の空気感に対する気分。

 手紙を書いていて、こいつは一体誰の事だよと思うくらい僕には似ても似つかない姿。ここにいる同僚には決して見せられない。適当に吐いている嘘だから、以前の内容なんて忘れていることも多い。そのため、整合性もとれていないのだろう。

 戦場にいる理由がもはや意地であるということはベルにも見透かされている。はっきりと帰って来いと書いてないのは彼女なりの優しさなのか皮肉なのか。

 困ったことに人の気持ちを考える余裕が自分の中から消えてしまっている。

 そのため、手紙を読みつつ自己の分析が日課になってしまった。自分が今、何を思っているのか、考えているのか。どうしたいのか、何をするべきなのか。それを考えるだけで手一杯だ。

 戦場から逃げ出したいという衝動が襲ってくる日がある。ここにとどまっている意味。すでにほとんどを失いつつある。

 憧れだけじゃ乗り切ることなんて到底できない場所だった。

 僕が戦場で見てきたものは、戦車に積まれた蒸気機関だけではない。

 前線での出来事もそうだが、前線から撤退し戻って来た兵たち。傷ついたり、命を失ったり。見ていられないほど残酷な姿。それと、膠着しきった前線。押しては返される。それの繰り返し。出撃前と比べてまた一回り心を削られたような顔。

 肉体的な傷は見ること、負うことに対する覚悟はあった。もちろん、人が死ぬこと、殺すことに対しても。しかし、心がすり減っていくことに対する覚悟が僕にはできていなかった。

 帰ってきた兵士たちを見た時、僕は思わず目を背けた。何だ、あれは。とても故郷で暮らすときには見ることが不可能な人の表情。人がする表情の中でも最悪のものかもしれない。

 帰ってきた兵士たちと話す機会が何度かあったが、前線は最悪らしい。作戦開始から何日も塹壕で暮らし、結局敵の襲撃により撤退を余儀なくされたらしい。何も得られない時間だったようだ。

 今の状態で何も得られていないのに、前線に向かったところで意味がないことも分かってしまった。

 手紙を読んで思う故郷が懐かしくてたまらない。この意地がいつまで続くだろうか。

 僕は不安を感じつつ、ベルからの手紙を閉じた。

 もう寝なくては、明日は早いのだ。




  Chapitre 2 ‐衝撃‐


 翌日、要塞の中は慌ただしかった。今日は大事な作戦前なのである。整備兵の中でも蒸気機関の整備をできる者は各場所に散って蒸気機関の整備を行っていた。

 僕も同じように駆り出され、蒸気機関の整備を一通り終えて休憩に入ろうとしていた。

 その時、バルジャン軍曹に呼び出された。

「フォッシュ一等兵」

「はい!」

「前線に出張っている砲兵牽引車の蒸気機関がどうやらいかれた様で、点検に行ってくれないだろうか」

「整備を担当した者はどうしたのですか」

「奴は今違う場所に出しているんだ」

「成程」

「頼めるか」

「はい、了解しました」

 予想以上に整備が早く終わったと思ったのだが、そううまくはいかない様である。

 牽引車が壊れたのは要塞を出て、前線に近い位置にあるようで到達するのに時間を要した。

 僕の補助として一つ階級が下の二等兵を連れて、移動した。

 砲を届けて戻ろうとしたときに壊れてしまったため、そのまま放置するわけにもいかない様である。

 牽引車の所に着き、整備を始める。確かに蒸気機関がいかれてしまっている。持ってきた部品で足りるだろうか。

「どれくらいで直る?」

「ちょっとわからないですね」

 蒸気機関の蒸気を通すパイプが割れており、そこを取り換える必要がある。取り換えて、動作を確認、調整……道具がそろっている要塞内とは違うため、すんなりと直せるだろうか。

 二等兵の補助を得つつ、牽引車の蒸気機関を修理していく。

 壊れた箇所や故障の影響で状態が良くない部分を修理し、ようやく目途が立った。

 作戦開始まであと、十数分。この調子だと間に合うだろう。

 懐中時計で時間を確認し、再び修理に戻ろうとしたとき、


 わずか百メートル先で地面が穿たれ、爆ぜた。





  Chapitre 3 ‐崩壊‐


 そこそこ遠い場所でズドォン、と腹に響く音が聞こえ、茶色っぽい泥が飛び散る。

――敵の砲弾だ! 

僕はほとんど反射的に頭を庇ってその場に伏せたが、次の瞬間その行動を後悔した。

 前線において、敵の砲撃は机の上のペン立てくらい有り触れたものだ。これほど工業力が発展した現在、砲弾はそれこそ年中無休で作られ、奴らの砲兵によって僕たちのもとに届けられる。昼に射撃データを取る為に撃ってくる時もあれば、夜中に相手を寝かせないために撃つ時もある。砲弾が落ちる度に伏せていたのでは仕事にならない。

 その上、これだけ離れていればまず怪我をする事はない。奴らがよく使ってくる一五センチ重榴弾砲でも、加害半径は五〇メートルもない。つまり僕は、遠くに落ちた脅威にもならない砲弾にビビッて無様に這いつくばったわけだ。

助手の二等兵が鼻で笑う音が聞こえた。

僕はこいつを連れてきたことを後悔した――きっとこいつは今夜食堂で、僕の情けない様を仲間内でこそこそ話して楽しむに違いない。そして同室の奴らがそれを聞きつけて、その事で僕をからかうのだ。このまま土の中に埋まってしまいたい気分だった。

「くそ……」

言い訳を考えながら僕が体を起こそうとした時――雷鳴のような音がして、僕は再び地面に顔面を押し付けた。何かの衝撃で地面が揺れたせいでバランスを崩したのだ。みじめに倒れ伏した僕の真上を、硝煙の臭いが混じった熱い突風が通り過ぎる。

その数秒後、頭上から何かがパタパタと音を立てて僕の上に降り注いだ。冷たくて濡れていて、砂粒の混じった感触。泥だ。

「おい、一体何が――」

尋ねようと二等兵の方を見て、僕は絶句した。

二等兵は仰向けに倒れていて、上顎から上が綺麗さっぱりなくなっていた。舌と思しきピンク色の肉の塊が、地面にだらりと垂れ下がっている。損傷個所から赤黒い血が流れ出ており、現在進行形で地面に血溜まりを作っていた。

 こういう死に方には心当たりがあった。砲弾の破片や爆発で弾け飛んだ石なんかが当たると、こんな感じで体の一部が吹っ飛んでしまうのだ。僕はその光景を間近で見たことがあった。

――しかし、この距離まで破片が飛んでくる砲弾なんてあるのか?

 辺りを見回しながら立ち上がると、すぐ異変に気付いた。

 先ほど砲弾が落ちた場所に、見た事もないような大きさのクレーターができていた。雨が降れば水たまりを通り越して池になりそうだ。

雨が降って地面が柔らかくなっていると、砲弾が地中深くまで刺さってから爆発して深い穴ができる。だがそれにしても、この規模は異常だった。野砲ではなく、要塞攻めに使うような超重砲――少なくとも、三〇〇ミリを優に超える大口径砲に違いない。

 また、遠くに砲弾が落ちた。今度はさっきとは違う、よく見る一五センチ砲弾だ。

 ただし今度は数が違う。夕立がポツポツと降り出すように、降って来る弾の数が加速度的に増えていく。このままここにいたら、この二等兵の二の舞だ。

僕は半分パニックになりながら塹壕を探した。最悪、五〇センチもないような小さな段差でもいい。ほんのちょっとの遮蔽物で命が助かる場合だって珍しくないのだ。

辺りをキョロキョロと見回すと、傍の牽引車が牽いてきていた砲が視界に入った。牽引式の対戦車砲だ。築城の途中だったらしく、砲は既に駐鋤を展開した放列姿勢で置かれており、傍には土嚢と砲弾が入った木箱、土の付いたシャベル、そして――砲兵が隠れるための塹壕。

「――あった!」

 これ幸いと僕はそこに飛び込んだ。体中が冷たい泥にまみれ、底に溜まった水でびしょ濡れになったが気にしてはいられない。

 塹壕は掘りかけで別の壕には繋がっていなかったが、きちんと規定通り二メートルの深さに掘られていた。これなら砲弾が壕の中に飛び込みでもしない限り大丈夫だ。少なくとも、あの二等兵のように体を吹っ飛ばされる心配はなくなった。

 しかし塹壕の中にしゃがみ込んでいると、今度は別の不安が頭をもたげてきた。

 ――これからどうする? いつまで続く?

 もしこれが攻撃前の準備砲撃だとしたら、丸一日撃ってきても不思議じゃない。三六時間ぶっ続けで撃ってきたという話だってある。夏とはいえ濡れた身体で、しかも飲まず食わずで、三六時間も塹壕の中に蹲っていられるものなのだろうか? それも一人きりで? 下手をすれば塹壕が崩れて生き埋めになるかもしれないというのに。

また、逆に数十分程度で砲撃を切り上げ、戦車や突撃歩兵でもって奇襲を仕掛けるという手段もある――。この場合、砲撃はすぐに終わるが、間髪入れずに敵が攻めてくる。戦車なら体中に泥を塗って隠れていればやり過ごせるかもしれないが、突撃歩兵だったら一巻の終わりだ。塹壕の中に手榴弾を投げ込まれるか、あるいは短機関銃でダダダッと撃ち殺されてしまう。

 別の誰かがいれば気も紛れただろうが、何分ここには僕一人だ。ストレスで胃がキリキリと痛みだす。僕は頭を左右に振って、考えるのを放棄した。何がどうであれ、砲撃が止むまで塹壕から出る事はできないのだ。

 近くに落ちた砲弾の爆発で弾薬箱が壊れ、砲弾がゴロゴロと塹壕の中に転がり込んできた。危ないから外に放り出そうかとも思ったが、止めた。下手なことをして危険に晒されるくらいなら、何もせず塹壕に籠っていた方がマシだ。

 壕の外では死が渦巻いている。

 嵐の海の中を板切れに掴まって泳いでいるような状況だ。もしもベルや両親が今の僕を見たら、多分卒倒してしまうだろう。 

――早く終わってくれ。

 僕の頭の中はそれだけだった。

 

 突然、静かになった。雨粒のように降り注いでいた砲弾が止み、地面の振動が消えた。

 耳鳴りがする。まだどこかで砲弾が炸裂しているような感じがした。

 壕から慎重に顔を出して辺りを見回すと、味方は誰もいなかった。多分、さっきの砲撃の間に塹壕を伝って逃げたか、あるいは砲弾によって土の中に鋤きこまれたのだろう。僕一人だけがこの場に取り残されている形だ。

 腕時計を見ると、砲撃が始まってからおよそ四〇分が経過していた。

 ――間違いない、敵がやって来る。

 僕は塹壕から飛び出して逃げようとした。今頃要塞からは沢山の友軍が出撃しているはずだ。一キロメートルでも後退することが出来れば、無事に逃げのびられるだろう。

 しかし頭を出して後ろを向いたところで、僕は再び塹壕の中に戻った。

一〇〇メートルくらい向こうから、五台の戦車が白い蒸気を上げながら走ってきていた。聴覚が戻り始めると同時に、無限軌道の軋む音が聞こえてくる。

 あれは僕が昨日整備していたのと同じ、シャルボン軍のトルテュだ。ずんぐりした箱型の胴体に、塹壕を乗り越えるための無限軌道。前方には二四口径の七五ミリ砲がくっついていて、その両脇には機銃が一挺ずつ。装甲は最大で五〇ミリと厚めだが、脚はあまり速くない。

 トルテュとは亀のことだが、こいつがノロノロと走る姿はむしろ芋虫に似ている。西のイール帝国の連中は無限軌道をキャタピラーと呼ぶそうだし、多分そう思っているのは僕だけではないはずだ。

 蒸気が噴き出す音を立てながら、トルテュの群れが塹壕の真上を通り過ぎていく。

 もしあの時飛び出していたら、敵と間違えられて機銃の餌食になっていたかもしれない。こんな泥まみれでは軍服での判別なんて不可能だっただろう。

 飛び出すタイミングを窺っていると、突如、すぐ近くで金属同士がぶつかる破壊音が響いた。

塹壕から顔を出すと、一輌のトルテュが正面装甲に穴を空けられていた。徹甲榴弾が中で炸裂したらしく、乗員が脱出する様子はない。

「まさか――」

 嫌な予感がして弾が飛んできた方角を見ると、前方からこちらに向けて突っ込んでくる敵戦車がいた。

 敵戦車は武装のレイアウトは概ね同じだが、車体はトルテュより平べったく、傾斜した装甲板を備えていた。主砲は五〇ミリとトルテュより細いが、砲身が長い分貫通力で優れている。

 敵戦車の背中には手すりが溶接されていて、そこに数人の歩兵が貼り付いている。きっと敵の突撃部隊に違いない。

一度鹵獲した物を解体したことがある、あれはアイゼン軍のケフェルだ。数は五輌。

 ケフェルはトルテュの倍近く速度が出るし、傾斜装甲のおかげで防御力も高い。正面からトルテュの主砲で倒すのは、相手の主砲の間合いまで近寄らないと難しい。

 確実に撃破するにはどうにかして側面に回るか、あるいは――対戦車砲で狙うかだ。

 ふと気になって、壕の側に据え付けられた対戦車砲を見る。

――使えそうだ。

弾の大きさからして、恐らく五七ミリ対戦車砲。砲兵ではない僕に詳しい事は解らないが、少なくとも砲身や閉鎖器に損傷はない。正確に当てる事ができれば、ケフェルだって倒せるはずだ。

 だがその事実は、僕をさらに悩ませることになった。

 もう一度周囲を見回したが、やはり生きた人間は僕だけだ。

 今、僕の目の前には二つの選択肢がある。

――逃げるか、戦うかだ。


 戦車の上に乗ったアイゼン兵達が、焼き栗が弾けるように一斉に戦車から飛び降りた。

 四輌のトルテュがケフェルの一輌に狙いを定め、一斉に砲撃を集中させた。重い七五ミリ砲弾がケフェルの正面装甲を滅茶苦茶にぶん殴る。

集中砲火を食らったケフェルのハッチが開き、中からアイゼン兵が飛び出してきた。装甲が破られたのか、怖じて戦車を放棄したのかは解らなかったが、ともあれこれで四対四だ。

 しかし敵も黙って見ている訳では無かった。こちらのトルテュが一輌を撃っている隙に、他の四輌が側面に迂回攻撃を仕掛けてきたのだ。このままでは瞬く間に四輌ともやられてしまう。

――もう逃げるのは無理だ。戦うしかない。

僕はそう決意した。もしこの場で逃げ出したとしても、ケフェルは時速三〇キロで追いかけてくる。あっという間に追いつかれて、機関銃で撃たれて殺されてしまう。

 僕は足元に転がった五七ミリ砲弾を拾い上げ、その中から徹甲弾を探した。榴弾や榴散弾では戦車を倒すことはできないからだ。

「……これかな……?」

 何種類かある砲弾の中でも最も重い砲弾を探し出し、泥をこすり落として対戦車砲の砲尾に押し込む。薬室の閉鎖器が自動的に閉まり、砲がいつでも撃てる状態になる。

 対戦車砲は普通なら数人がかりで使う兵器だが、ここには僕一人しかいない。僕は塹壕からゆっくりと身を乗り出し、見様見真似で照準器を覗き込んだ。

 照準器のガラスにはよく解らない目盛りが書き込まれていて、とても素人の僕には理解できなかった。だが、生き残るためにはやるしかないのだ。

 結局僕は照準器の目盛りを頼りに狙いをつける事を諦め、大昔の砲兵のやり方に倣うことにした。つまり、まず一発撃ってみて、それから狙いを修正するのだ。

 ケフェルたちはこちらの戦車隊を完全に取り囲み、主砲でトルテュを手酷く叩いていた。また一輌のトルテュが撃破される。 

砲には二種類のハンドルが付いていて、それぞれ砲を左右と上下に動かすことができる。僕は力一杯ハンドルを回し、一機のケフェルの尻に狙いをつけた。

「よし。次は……そうだ、拉(りゅう)縄(じょう)!」

 砲尾近くの金具に結び付けられた麻紐を取り、僕は砲から距離を取った。手順を間違えていなければ、これを引っ張れば弾が飛び出るはずだ。

「――当たれ!」

 僕は拉縄を力一杯引いた。撃鉄が落ち、破裂音と共に砲口でオレンジ色の炎が弾ける。

 当てずっぽうで撃った砲弾は、奇跡的にケフェルの背面装甲を撃ち抜いていた。穴からは白い湯気と黒煙が混じったものがもくもくと上っている。蒸気機関が破壊され、機関室の中に燃える石炭や熱湯がブチ撒けられたのだ。

「やった!」

 僕は思わずその場でガッツポーズを決めた。――が、幸運もそこまでだった。

 発砲炎と音を聞きつけた敵の突撃歩兵がこちらに一直線に走り込んでくるのが見えたのだ。

敵兵は誰も彼もが手に武器を持っている。

短機関銃――手榴弾――よく研がれたシャベル――。どれも言葉にすればそれだけのものに過ぎないが、あらゆる苦しみと恐怖がそこにある。

短機関銃なら人間一人くらい三秒で蜂の巣だ。手榴弾なら身を隠す間もなくズタズタにされて、遺体らしい遺体も見つけてもらえない。だが特に恐ろしいのはシャベルだ。

シャベルは銃剣と違って重くて頑丈で、縁をよく研げば立派な刃物になる。突いても、殴っても、斬っても人を殺すことができるのだ。上手く首と肩の間に振り下ろせば、胸のあたりまでバッサリと切り裂くことができる。そんな目に遭うくらいなら、まだ銃や弾片であっさり死ぬ方がマシだった。

 ――HURRAAAAAAAA!

 アイゼン兵が怒りの雄叫びを上げ、僕の方に接近してくる。慌てて塹壕に飛び込んだが、もう遅い。こちらの位置は完全にバレているし、この塹壕はどこにも繋がっていないのだ。

 僕が持っているのは腰に提げたピストルが一挺のみ。とてもじゃないが反撃は不可能。

 已んぬる哉、僕はもう終わりだ。こんな事なら、下手な勇気など出さなければ――。


 僕の心が折れかけた時、前方からタタタタタ、と発砲音が聞こえた。アイゼン兵の雄叫びが悲鳴へと変わる。恐る恐る顔を出すと、突っ込んできていた兵士は一人残らず背中から撃たれて死んでいた。

 見ると、包囲されたトルテュの一輌の機銃口から煙が上がっていた。

――僕に気付いてくれた! 

敵が僕に襲いかかってくるのを見て、機関銃で助けてくれたのだ!

現金なもので、味方が僕の姿を認めてくれたと解ると、むくむくと勇気が湧いてきた。足元から別の徹甲弾を拾い上げると、再び塹壕から出て砲を操作する。

砲を撃った後の操作は見たことが無かったが、この手で機械に触れればどう動かすべきかは何となく解ってくるものだ。僕が準備栓を押しながらレバーを引くと、真鍮色の空薬莢が薬室から弾き出されて泥の上に転がった。

同じ手順で弾を込め、別のケフェルに狙いをつけ、撃つ。

 しかし砲弾はケフェルの一メートル上をすり抜け、そのまま向こうへ飛び去っていった。

 すぐさま再装填をしようとレバーに手をかけたところで、僕は仕留め損ねたケフェルがこちらに旋回してくるのに気が付いた。

機銃程度なら砲の防盾が防いでくれるが、榴弾でも撃たれたらどうにもならない。僕は慌てて砲から離れ、その真後ろに伏せた。

 しかし、ケフェルの五〇ミリ砲が砲を発射する事はなかった。トルテュの一輌が放った七五ミリ砲弾が、見事に側面装甲を突き破ったからである。

 これで三対二――いや、四対二だ。

二輌撃破したことで包囲は完全に解け、今ではケフェルの方が逃げ回る側に回っていた。

 僕と戦車隊の間には、知らぬうちに無言の連携が出来上がっていた。敵がどちらかを狙えば、もう片方が側面を狙う。常に一輌のトルテュが僕の側に陣取って、敵兵の攻撃を牽制してくれたため、僕は砲の操作に集中できた。

 また一輌のケフェルが撃破された。脱出した乗員が機関銃のシャワーを浴びせられてバタバタと泥の上に倒れる。これであと一輌だ――。

 そこで、最後に残ったケフェルが信じられない行動に出た。下がるでもこちらを向くでもなく、目の前のトルテュ目掛けて突っ込んで真横に張り付き、盾にして砲の射線から逃れたのだ。

 盾にされたトルテュが旋回するが、遅かった。五〇ミリ砲の発砲音が聞こえ、ずんぐりしたトルテュの巨体が停止する。少し遅れてハッチが一斉に開き、中から戦車兵達が転がり出た。

 一輌仕留めたケフェルはもっと暴れようとしたのか、それとも踵を返して逃げようとしたのか――撃破されたトルテュの陰から出てきたところを、残る二輌の砲撃で仕留められた。

 僕は戦闘が終わった事を実感できず、砲の側にへたり込んでいた。

 この五七ミリ砲とは会ってまだ数時間も経っていないというのに、まるで幼少期から共に過ごした相棒のように思えた。できるなら家まで持って帰ってやりたいくらいだ。

 戦車隊の方を見ると、先ほど撃破されたトルテュから飛び出した一団がその場で何かをしていた。人数は七人。一人がその場に寝かされ、他の六人がその周りを囲んでいる形だ。

 きっと誰かが負傷したのだ。僕は震える足を抑えつつ立ち上がり、一団の方へよろよろと歩いていった。

「――エミール、しっかりしろ!」

 大尉の階級章を着けた眼帯の男が、そう倒れた一人に呼びかけている。

 寝かされているのは僕と同じくらいの、若い男だった。

運悪く砲弾の破片が当たったのか、背中が割れてそこから肺が見えている。

もう助からない。僕は息を呑んだ。

別の男が戦車から持ち出した救急箱から注射器を取り出し、男にモルヒネを打った。これで少なくとも、痛みに苦しみ抜いて死ぬことはないだろう。

眼帯の大尉は倒れた男の瞳孔が開ききったのを確認し、それから僕の方に向き直った。

――ちょっと待て。この人はうちの中隊長じゃないか。

僕は身内に会えて嬉しいような、気まずいような不思議な気分だった。

「……エミールを毛布で包んで、無事な戦車の背に載せてやれ。俺はこいつと話がある」

そう他の乗員に告げ、大尉は立ち上がって僕に歩み寄った。

「砲を動かしてたのはお前か、小僧」

決して大きいわけではないが、何故かよく通る声だった。

一等兵の僕にとって、大尉というのは雲の上の階級だ。自然と背筋が伸びる。

「そうであります、ビヨット大尉殿!」

 僕は直立不動の体勢で、ビヨット大尉に報告した。

「俺を知ってるのか。砲兵には見えないが。所属と階級は?」

「ロラン・フォッシュ、階級は一等兵です。所属は第一戦車中隊の整備小隊であります!」

「ウチの中隊か。……その煩わしい喋り方を止めろ、今は緊急事態だ。何故ここに?」

 僕はできるだけ簡潔に、それでも途中で何回かつっかえながら、どうにかこれまでの経緯を大尉に説明した。

「ぶっつけ本番で砲を当てたのか。大したもんだ――。しかし状況はよくないぞ、ブリッソー要塞はもうすぐ落ちる」

「え――そんな、嘘だ」

大尉の前であることも忘れ、僕はそう零した。

 あまり新しい設計ではないにせよ、ブリッソーは立派な要塞だ。建物はみんな厚さ数メートルのコンクリートでできているし、砲台やトーチカなんかも充実している。少なくとも、一日も持たないなんて馬鹿な話はない。

「正確には、もう少しで放棄して逃げる羽目になりそう、だな。――さっきからずっと、バカでかい砲撃が要塞に飛んできてるのが解るか?」

 憎々しげに大尉が吐き捨てると、遠くで雷鳴のような発砲音が轟いた。

「あれと並行して、敵は浸透戦術を仕掛けてる。――つまり複数の小部隊で、こっちの防衛網の隙間を通って浸み込むように攻めてきているわけだ。おかげでこっちの指揮系統は完全に麻痺しちまってる。しょうがないから独断で出撃してきたが、もうどうにもならん」

 大尉は野戦服の胸ポケットから葉巻を一本取り出し、咥えてマッチで火をつけた。

「ま、ここにお前がいたんだ。無駄じゃなかったさ。……フォッシュ一等兵、お前は戦車の上に乗って、要塞に帰り着くまで周囲を警戒しろ。怪しい物が見えたらハッチの辺りを叩いて、車長に危険を伝えるんだ。できるな?」

 大尉の一つしかない青い瞳が、僕の顔を正面から見据えた。体が自然に敬礼の姿勢を取る。

「精一杯努めます、大尉殿」

「うむ。では、行ってよろしい」

 僕は一輌のトルテュに近寄り、側面に溶接された手すりを登って天板の上に上った。僕がハッチの近くにしゃがみ込むと同時に、蒸気機関が起動してトルテュの巨体が動き出す。

 トルテュの速度は一五キロくらいだから、注意していれば振り落とされはしないだろう。


 灰色の空からポツポツと雨が降り始めた。砲弾穴だらけの地面に雨が降り注ぎ、ようやく乾きかけた地面を再びドロドロの湿地へと変えていく。

 最後のトルテュが出発した後には、敵兵の死体と沢山の水たまり、そして五七ミリ砲だけが残されていた。





  Chapitre 4 ‐変化‐


 戦車の駆動に揺さぶられ、どれくらい経っただろうか。振動は僕の小さな傷を動かして痛めつけてきたが、代わりに余計な思考を与えずにいてくれた。

戦車は森を突っ切って進んでいった。

森は広葉樹林となっており、重なり合った葉の隙間からは、月の光が地面を照らし出していた。地面は落ち葉でその姿を隠し、見えないフクロウが規則正しく鳴いていた。

僕は木々の間や茂みを、目を皿のようにして観察し続けた。

敵国―アイゼンの軍服は深緑の色をしていて、特に森林地帯での隠蔽率が高い。そのため森林地帯を通る時は、銃剣等の金属物の反射にも注意しろ、と軍曹に言われたもんだ。

「フォッシュ、敵影は見つかったか?」

「いいえ、見つかりません」

大尉は時折、僕に声をかけてくる。大尉も疲れている筈なのに、その声は落ち着いており、一切の疲れを感じさせなかった。

「妙だな……普通なら追手が来るはずなのだが」

大尉はいぶかしげな声でそう言った。

大尉の読みであれば、追撃で部隊が雪崩れ込んでくるはずだそうだ。砲撃で混乱した軍を一気に叩く。そうする事で、手負いの兵が後方に逃げるのを防ぐためだそうだ。

僕もそれを聞いた時は成程と思った。

しかし、後方はおろか、進行途中に敵兵は一人もおらず、それが却って不気味であった。

「大尉、森が空けてきます」

目指すは元いた基地、ブリッソーだ。首都側に存在する基地で、補給物資の集積地となっている。まずは物資をここに集め、それから前線に送る事で、物資管理が効率よく行えるという寸法だ。

「よし。ここで補給を行い、敵の攻撃に備えるぞ」

大尉は車内のクルーに大声で伝えた。ここからは見えなかったが、クルー達は安堵の滲んだ声で「了解!」と返事をした。

やがて葉っぱの数も減り、月明かりがどんどん差し込んできた。

そして木々が広がってくると、そこには立派な要塞が……

あるはずであった。

目の前にあったのは、要塞と言い難い、そう、廃墟と言った方がいいような有様であった。

「大尉……これは……」

僕は唖然とした。前線に送られるその直前までは、経年劣化も見受けられたが、それでも威厳のある立派な建物であった。

それがどうだ。足元に転がるのはコンクリートの破片と鉄骨ばかり。建っているものと言えば、わずかながら原型を残した柱や壁のみであった。

土地には砲弾がいくつも刺さっており、運悪く下水道に当たった個所からは、息をするのも嫌になる位の悪臭が漏れ出していた。

時折別の物が見つかるが、殆どが無残に吹き飛んだ家具や兵器ばかりだ。中にはべったりと血糊が付き、その姿を真っ赤に染めた物もある。

「成程な。追撃しなかったのは味方を巻き込まないためか」

大尉は戦車から降りると、忌々しそうな顔をしながら煙草に火を付けた。思いっきり吸って、ため息交じりで思いっきり煙を吐いた。

「フォッシュ一等兵、ここまでよくやった。俺たちは戦車を停めるから、お前は先にテントへ向かえ」

煙を吐き終わると、大尉は僕に先にテントに入るように言った。僕は言われるまま、崩れた基地の真ん中に立つ、簡易テントのキャンプへと向かった。

受付でテントの番号を貰うと、自分のベッドのあるテントへと向かった。途中で少し周りを見渡せば、そこに映るのは負傷者ばかりだ。いや……正確に言えば、けがをしていない人間など一人もいなかった。

「うぷっ……」

ただでさえ下水で曲がりそうな鼻の奥に、鮮烈な血の匂いが突き刺さった。匂いのもとを探ると、医療テントから漂っていたのが分かった。

ここからは見えなかったが、匂いからして病院内の状態を想像するのは容易い。僕は吐きそうになるのをこらえ、その方向から目を逸らして通り過ぎた。

 テントに行くと、他の兵士も既にいた。皆、ベッドと言うのもはばかられるような、木の板に布をしいただけのモノに身を置き、悪臭も気にせずに眠っていた。

テントを照らすカンテラは少し暗く、落ち着かせるはずの明かりが、却って気分を乱してきた。加えて、下水につられたのだろう。外では蠅がやかましく飛んでいて、それらが目・耳・鼻を容赦なく攻撃してきた。

 「はあ……」

僕は体を寝床に預け、今は寝て休む事にした。木の寝床は非常に硬く、寝返りをうつだけで、背骨がゴリゴリと嫌な音を立てた。そのせいで寝返りをうつことができず、膝を曲げ、丸くなることでしか寝る事が出来なかった。

しかしそんな状態でも、ずっと気を張り詰めていたからか頭は次第に休みはじめ、いつの間にか、僕の意識は夢の中へと落ち込んでいった。

 

その場所は暗かった。

どこまでも暗闇が広がっており、何故か、整備服を着た僕の姿だけが見えた。

前方には微かな光があった。いつの間にか体が動き出し、その方向へ全速力で向かっていった。水たまりがあるのか、走るとバシャバシャと音がして、跳ね返りが顔にも付いた。

理由はないが、全力で、足を動かしているのすら分からない程走った。

光にもう少しで届きそうな時、柔らかい物につまずいてしまった。暗闇も少しだけ晴れたため、今どういう状況なのか理解した。

いや、理解してしまった。

水たまりと思っていたのは血の池で、躓いたのは、顔の吹き飛んだあの時の二等兵の死体だった。

「うわああああぁぁぁ!」

あらん限りの悲鳴をあげながら、僕は夢の世界から引き戻された。

荒い息をつきながら周りを見ると、外はまだ薄暗く、隣に寝ているヤツも、僕の悲鳴に全く気付いていなかった。

寝間着には脂汗がべっとりと付いていて、その感触がより一層不快指数を上げた。

また寝たいとも思ったが、目を瞑るとさっきの夢がフラッシュバックしてきて、どうしても寝る事が出来ず、気晴らしに夜風に(と言っても空は紺色で、夜明けが近いのだが)あたる事にした。

 僕はテントから這い出ると、出来るだけ悪臭の無い方を歩いてみた。

どこもかしこも被害を受けていたが、寝る前に食べたグリーンピースの缶詰のように、一部の物資は難を逃れていた。他にも、大尉のような後退してきた部隊の物資などがある。

しかし、この「元」要塞に集まった人間が満足できるほどの物資は無く、皆節約して使っていた。実際、僕の着ている寝間着と言うのも、ただ作業着のインナーになっているだけだ。

 ふと基地の端に目をやると、隊長が―森で摘んできたのか―花を、木の板に名前を書いただけの、簡素な墓に添えているのを目撃した。

僕は何とも言えない気持ちになったが、改めて、助けてもらった礼を言いに行った。

「おはようございます、大尉」

僕が敬礼をすると、大尉もまた、ああ、と一言いって、軽く敬礼を返してくれた。

墓地を見渡すと、何百と言う墓が乱立していた。中にはスペース節約のために、一つの墓に無数の名前が書いてあるものも見受けられた。

大尉はその中の一つを見ながら、僕に話しかけて来た。

「フォッシュ。ここには俺たちの仲間が数多く眠っている。酷い死に方をした奴だっている」

「はい」

「俺はこいつらの仇を今すぐ討ってやりたい。だが、それには戦闘員を失いすぎた。どの戦車も人員の余裕が全く無いほどにな」

大尉は一度言葉を切ると、僕に向き直った。

「昨日の戦闘は見事だった、フォッシュ一等兵。一秒でも惜しい。今日から短期訓練を行い、俺の戦車の砲撃手になれ。」

僕の心中は乗り気では無い。

まず第一に、僕は戦場の花形とも言える、歩兵に、騎兵になりたかった。戦車乗りではない。

そして何よりも、落ち着いた今、戦場が怖い。昨日は運よく生き残ったが、もし頭を上げていたら頭が吹っ飛んでいたかと思うと、冷や汗が全身から噴き出してくるのだ。

しかし今何もしなければ、永遠にあの悪夢に決別する事が出来ない。心のどこかでそうも思った。

僕は断りたくなる気持ちを抑え、努めて威勢よく「了解!」と言った。


 日が昇る頃、僕と大尉は基地の外れにて、同じ戦車の仲間と対面をした。

場所は森に近い所で、ある程度開けた所には、木で出来た的がいくつも並んでいた。

「皆、今日からこのフォッシュ一等兵がとっとと人並みの砲撃手になれるよう、しごいてやってくれ」

大尉は目の前の三人にそう言うと、僕に顎でクイっと促した。

「ロラン・フォッシュ一等兵です。砲撃手に配属されました。よろしく……」

僕は三人に向かって敬礼をした。と、その中の一人、同じぐらいの歳だろうか。茶髪の男が、砲撃手、と言った辺りで、大尉に向かって抗議した。

「大尉、こんな奴がエミールの後釜ですか? お言葉ですが、はっきり言って俺たちの足手まといにしかなりませんね。これなら案山子(かかし)の方が役に立ちますよ」

目の前に当事者がいるというのに、中々に辛辣な言葉をぶつけてきた。

それを聞いた大尉は眉一つ動かさず、落ち着いて、しかし凄みのある声で言った。

「そうだ、こいつが後釜だ。足手まといになると思うのならば、お前がそうならないよう、こいつを強くするんだな」

茶髪の男はそれ以上何も言わず、大尉から僕に顔を向けると、不愉快そうな顔で自己紹介をした。

「俺は装填手のジャンだ。とっとと上手くなって、せいぜい俺の邪魔をするな」

そう吐き捨てると、大股で戦車へと乗り込んでいった。

残った二人の内、軽薄そうな男が軽く敬礼をして、僕に話しかけてきた。

「俺はカミーユ・バイ、操縦者だ。ま、これからよろしくな」

そう言い、右手を差し出してきた。僕はしっかりとその手を掴み、よろしくと言った。

「ジャンの事は悪く思わないでくれ。あん時死んだ砲撃手のエミールってのがアイツの親友でさ、その席についたお前に八つ当たりしてんだよ」

ぽんぽんと僕の肩を叩くと、カミーユは後ろの男に紹介を促した。

二十代後半だろうか。その男は筋骨隆々で、高い身長が更に高く見えてくる。

「機関士のエディだ……よろしくな」

差し出した手もごつく、その役目上からか、炭が腕に付いていた。

「ほら、早速乗り込もうぜ!」

いつのまに移動したのか。カミーユはハッチに手をかけると、もう片方の手を振り、僕らに乗車を促した。

 

 戦車に乗ってみると、座席に座ってもある程度は足も動かせ、見た目に反して広かった。一応整備で中に入った事は何度かあるが、その時と比べると、心なしか広く感じられた。

「フォッシュ、今お前の前に照準があるだろう。覗いてみろ」

僕の頭上から大尉の声が聞こえた。何でも大尉は上で観測手を担っているらしい。

僕は照準を覗いた。そこには縦に並んだ定規の目盛のようなものと、横一直線に並んだ、いくつかの三角形があった。

「数字と目盛、三角形があるな?」

そこから大尉は、流れるように説明をしていった。

「まず、三角形で相手の距離と大きさを見ろ。今回の的は敵戦車ケフェルに似せ、幅四メートル、長さ八メートル、高さ三メートルだ。目安としては、正面を向いた的が三角形に完全に被った時、大体一キロメートルは離れているな。取りあえず今は、相手との距離の見方を覚えるんだ」

三角形に合わせてみると、確かに一㎞程先の的がすっぽりと入った。もう少し試そうと動かしていると、大尉が続きの説明をした。

「次に目盛に合わせろ。距離が分かったら、同じ数字の目盛に高さを合わせるんだ。そして狙いを合わせて撃つ。そうすればだいたい当たる」

大尉が言い終わるのを見計らうように、戦車は揺れだした。僕らの戦車、トルテュは蒸気の圧力で駆動輪を回す。そのためエンジンの始動は非常に遅く、エディは機関室で一人、会話が終わる頃を考えて、窯に石炭をくべ始めていた事が推測される。

訓練開始前。大尉は一言付け加えた。

「いわずもがなだが、戦車は動いている。偏差射撃(自身と標的の動きを考え、わざとずらして撃つ技術)を心がけろよ」

僕は緊張した手で照準を持った。


戦車は煙突から煙を吐きながら、ゆっくりと前進した。動かすための蒸気の配分はカミーユが行っていて、ペダルで量を、操縦かんで方向を操作する。途中停まる時は、ピーッと高い音を鳴らして、蒸気を出しながら停まる。これは蒸気を出して車輪に行かないようにするのと、圧力のかかりすぎで配管が壊れないようにするためだ。

しばらくすると、大尉が的を撃つように命令した。

僕は目盛を考えながら撃った。しかし砲弾はみるみる落ちてゆき、的の手前に空しく当たった。

と、一息つく間もなく、ジャンの手によって砲弾が装填された。

砲弾は非常に重く、その弾丸を飛ばすために火薬が多く使われている。そのため一歩間違えれば、自戦車が爆発し、乗員もろともあの世行きだ。そのため装填手には、素早い手つきと正確さが求められる。その点を考えれば、ジャンは班内でも優秀なのだろう。

「オラ、込めてやったからとっとと撃て、このヘボ助が」

僕に対しての口は、相変わらず尖がっているけど。


 それからも野外を駆け巡り、訓練を行った。

結果を言えば、失敗した。

「五分二十二秒……遅いぞ。」

大尉はストップウォッチを片手に呟いた。

当然だ。移動のズレを捉えられず、しかも揺れる毎に発生する砲身のブレを制御出来なかった。だから射撃の際に中々的に当たらなかった、その行動が結果に出ただけなのだから。

「とりあえず、当面は三分を切るまでにしておけ。それが出来たら並だな」

大尉はそう言いながら、再び席に着いた。

「まだ時間はある。訓練を続行するぞ」

僕は少し凹みながらも、再び照準へと目を当てた。


 昼までの訓練が終わる頃には、僕の体は悲鳴をあげていた。腕の筋肉が硬直しきり、関節が中々曲がらなかった。

「四分五十八秒。幾分か良くなったが……まだだ」

みっちりと訓練したお陰か、終わる頃には二十五秒程早くなっていた。

最も、目標にはまだまだ遠いが。

僕は座席に座りっぱなしで固まった体を、無理矢理動かしながら食堂へ向かった。手がハンドルとトリガーから中々離れず、はがすように離した程である。


 それから毎日、僕は射撃訓練を行った。

来る日も来る日も砲撃をし続けた。終われば食事を急いで済ませ、訓練地へと駆け足で向かった。夜は死んだように眠り、時にはベッドの前で倒れる事もあった。そんな中でも悪夢にうなされる日がいくつもあったが、倒れた時は悪夢を見る暇すら無かったため、かえってまとまった睡眠を摂る事が出来た。

技術面でも進歩があった。大尉の声を聴くと、同時に砲身を的に向ける事が出来るようになったのだ。お陰でとっさの狙いも正確に出来るようになっていて、日を追うごとに、十秒、二十秒と短縮できていった。

それと余談ではあるが、数日後には指揮系統が落ち着きを取り戻した。お陰で十分とは言えないが、食糧や衣料、兵器の補給が再開した。やっと缶詰まみれの生活から抜け出せるというもんだ。


あれから十数日。いつものように戦車に乗り、次々と的を打ち落としていった。

「二分四十三秒……上出来だ」

大尉はいつもの動作でストップウォッチを確認すると、少しだけ笑みをこぼした。

「へへ、やったじゃねぇか」

戦車を停めるとカミーユは拳を出し、僕とグータッチをした。

「……よくやったな」

機関室からエディも出てきて、僕の成長を喜んでくれた。

が、ただ一人、ジャンは舌打ちをしてそっぽを向いた。

「ケッ、俺は認めないぞ、絶対にな……」

チラリと見えたその顔は、亡き友人の事を思っていたのだろう、不満と悲しみが滲んでいた。


訓練を始めて何十日か過ぎた時。いつものように、崩れた個所を修理した、つぎはぎだらけの倉庫へと食料を受け取りに行くと、街道の方向から、後方からの支援物資に混ざり、見たことのない戦車が届けられたのを見た。

「あれは……」

配給を受け取ると、戦車の近くまで駆け寄り、恐る恐るその車体を観察した。

横から見れば、まるで剣のような傾斜の付いたフォルム。脇には機銃と何かの噴射口、そして大きな穴が空いていた。特に大穴からは、金属で出来た大きな杭が仕舞われていた。

「やっと本部が本腰を入れ始めたな」

受け取り側の責任者としていたのだろう。ビヨット大尉は受付から僕を見つけると、側へと歩み寄った。

「上からのお達しだ。『次の作戦に備え、大至急、新型車両ウサードの転換訓練を開始せよ』だとよ。全く、無責任に言ってくれるな」

大尉は指令書を読むと、半ば呆れながら呟いた。

新型戦車か。これまでの戦車とは、内装面ではどう違うのだろうか? 砲撃の感覚はどんな風に違うのか? 僕は頭の中で想像をした。

大尉はそんな僕を尻目に、持っていた二束の書類を読み始めた。

「ウサードにはトルテュの武装にアッパーが施され、加えて、二門の火炎放射器とパイルバンカー(壁を壊すための巨大な杭)が装備されている。元の武装は大幅に変わり、新兵器の使用方法はマニュアルに書いてある訳だが……」

大尉はペラペラと書類―多分マニュアルだろう―を読み終えると、指に挟んでおいた、三枚の履歴書を持った。

「フォッシュ、一度経験したお前なら分かるな?」

大尉はそれだけ言うと、僕を見てニッと笑った。僕はそれを察し、ただ苦笑いを浮かべた。





  Chapitre 5 ‐加勢‐


「パイルバンカー射手、ナディア・ヴィンセントです。よろしくお願いします。」

「火炎放射器射手、アンリ・ドッジです!」「火炎放射器射手、オラス・ドッジです!」

その日の訓練場では、三人の自己紹介の声が響いていた。

三人とも、元は僕と同じ整備班だったからよく知っている。ナディアはどんな事でも真面目な奴で、そして物事の白黒をはっきりさせるタイプだ。技術力は高いのだが、その性格から「整備班の裁判官」と呼ばれ、仲間から避けられ気味だったのを覚えている。

アンリとオラスは双子なのだが……同族嫌悪の極致と言うか、とにかく仲が悪い。大きなことから小さなことまで、喧嘩の数は枚挙に遑(いとま)がない。つい最近だと、バゲットに合う食材についてで喧嘩をしていたっけ。


 その日の訓練では、新しく入った三人に合わせて訓練を行った。

僕の受け持ちである主砲についてだが、何と口径が二倍近い、百五十ニミリに変わっていた。無論、砲のハンドルも回しづらく、砲身を的に持っていくのに苦労した。普段は僕への愚痴しかこぼさないジャンですら、今日は新しい砲弾への愚痴を漏らしていた。

 新兵器の火炎放射器についてだが、間近で見た感想は、ただ恐ろしかった。

火炎放射器の仕組みとしては、バーナーのように気体を噴射するのでは無い。トリガーを引くことで、噴射口先端にある発火装置で火花を生み、噴射した油を燃やしながら敵にふっ掛けるのだ。

こんなものが塹壕やトーチカの銃眼に吹きかけられでもすれば、中にいる兵士は焼ける苦しみを味わいながら死ぬのだろう。そう考えると、僕にはこれが悪魔の兵器にしか見えなかった。

 もう一つの武装、パイルバンカーなのだが、これは火薬と蒸気の力を利用して杭を打ち出す兵器で、その力で城塞を崩すものだ。

残念ながら木の的では行えず、又、整備に非常に時間がかかるため、訓練中では中々その真価を拝むことが出来なかった。

 

その日の訓練が終わった後、僕のテントに来客がいた。

「ロラン、久しぶりだな」

そこにいたのは、整備班での上官であり、兄貴分でもある、アンドレ・ブロンドー軍曹であった。

アンドレは僕のベッドの端に腰掛けると、僕に近況を聞いてきた。

「お前、中隊長の戦車に乗ってるんだってな。どうだ、思い描いていたもんになれそうか?」

戦車兵は本来目指していたものでは無い。相手が親しい仲であったため、僕は素直に言った。

「正直言って、本来の目指していたものにはなれそうにはないです。けど僕は、今していることも悪くないと思っています」

言いたいことが積もっていて、僕らは小一時間話し続けた。

一通り話し終わると、外には星が出始めていた。アンドレは夜空を見ながら呟いた。

「ほんの少し前までは、お前は俺がいないとダメだと思っていたんだけどなぁ……今じゃ戦車隊の頼れる砲撃手か」

僕は一瞬ムッとしたが、その言葉から漂う郷愁(きょうしゅう)に、僕も懐かしい気持ちがこみ上げて来た。

「俺はお前たちが安心して出撃できるよう、全力で整備をするさ。お前も死なないように、頑張れよ」

アンドレはベッドの端から立ち上がると、親指を立て、僕を激励してくれた。


 それから更に数日経った頃か。その日の朝は、特に目覚めが悪かった。

僕の脳裏には、まだあの日の悪夢がつきまとっている。いつも僕の安眠を妨害してくるのだが、その日の夢は、いつもと違う事が一つだけあった。死んだはずの二等兵が、その血濡れの腕で、僕の足首を掴んできたのだ。

僕は頭の中でもたげる不安を振り払い、いつものように訓練地へと向かった。

 訓練地では、全員が先に集まっていた。

けれどその日は、カミーユのお調子話も、ジャンの愚痴も、アンリとオラスの喧嘩も、何一つ聞こえなかった。

全員が円になり、一つの写真を凝視していたのだ。

ただ一人、ビヨット大尉は隻眼を鋭く光らせ、黙って皆の事を見ていた。

「皆、何の写真を見て――」

僕は間に入り込んで、写真の内容を見た。と同時に、何も言えなくなった。

 要塞。そう形容した方が良い。

写真に写っていたのは要塞だった。要塞の壁には銃眼がいくつもあり、砲門からは大砲が顔を覗かせている。中央部には、僕らの基地を砲撃したであろう、巨大なキャノン砲の先端が見えていた。

しかし、そんな事はどうだっていい。あんな砲撃が出来るのは、これくらいは大きい砲だと言う事は想像していた。問題は、その下にあった。

巨大なキャタピラがいくつも付いていたのだ。

それを見て、僕の頭は真っ白になった。思考停止だ。

こんなものが走るのか?こんなものが、僕らを殺しにやって来ているのか?

大尉は僕の驚きっぷりを見た後、いつもと変わらぬ声で命令した。

「その写真は、偵察班が命懸けで撮って来た物だ。……こいつは俺たちの仇だ。何としてでも、奴らを潰すぞ」





  Chapitre 6 ‐前夜‐


 移動要塞、便宜上「エスカーゴ」と呼称する、の写真を見てから二日経った。相変わらず、僕の生活は戦車の砲撃の訓練だ。

 戦車に乗って拠点外の警戒に行ったことはあるが、実際に敵に向かって撃つ、ましてや砲を向けることもなかった。

 どうせ、この前の戦闘みたいにいきなり始まるに違いない。どう動くか、動けるか。その判断をするためにも、訓練を欠かすことはできなかった。

 命令がいつかかっても良いように、準備をしなければ。

 あ、ここだ。

 引き金を引くと的が弾ける。よし。

 また次の標的に狙いを定め引き金を引こうとした。しかし、何か違和感があった。

「ジャン、弾が入ってないぞ」

「え? あ、……クソッ」

 ガゴン

 僕に指摘されたのにイラついたのか、自分が他の事を考えていてミスしたことにイラついたのかは知らないが、彼は一度舌打ちする。

 ジャンの様子が写真を見た日からおかしい。理由は何となく察することができていた。

 写真を見た時、彼はすぐに「エスカーゴ」の攻略作戦が行われると思っていたようで、ビヨット大尉が写真を皆に見せた後そのまま解散させ、本部に戻ろうとするのを呼び止めていた。

 僕が今いる場所、ジャンの親友がいた砲手というポジション。かつての仲間の敵をすぐに討ちたいという気持ちが先行している。

 だからと言って、訓練をお粗末にされると困る。

「しっかりしてくれよ」

「……あぁ」

 少し嫌味なことを言ってみたが、ジャンの反応はよろしくなかった。これは相当やばい。僕のことを気に食わないと思っていたはずのジャンが敵意むき出しの応答をしないことなんて今までなかったのだ。

「ジャン・アーロン上等兵!」

 すると戦車が止まり、ビヨット大尉が大声を出す。

「はっ!」

「装填をしなかったのは何故だ」

「考え事をしていました」

「お前にそんな余裕はあるのか?」

「いえ、しかし――」

「なら、訓練に集中しろ」

 そういうと、大尉は再び戦車を動かすよう指示を出した。

「はい」

 滅多にジャンの行動に口を挟まないビヨット大尉にまで指摘されるとは。


 訓練が終わり、食事を取る。

 補給が行われ、不足しがちになっていた物資の補充されたため、基地内の雰囲気は良い。

 自分たちの仕事を終えた兵士たちで食堂はごった返していた。

「よう、フォッシュ」

「ジッド上等兵、えっと、――」

「俺はオラスだ。兄貴の方な」

 配給のレーンに並んでいると背後からオラス・ジッド上等兵に声を掛けられる。彼はにやりと笑った。

「何でしょう?」

「いや、特に? 丁度並んだのが真後ろだったんだ。声をかけるしかないだろ?」

「……はあ」

「ん? 変か?」

「いえ」

「そういや、フォッシュお前、アンドレ以外と飯食ってるの見たことないよな」

「そうですね。あまり、他人と一緒に食べるの好きじゃなかったですし」

「何々? 一匹狼気取ってたのか?」

 オラス上等兵は興味がわいたらしい。口角が上がっている。

「いえ、そういう訳では。単に一緒に飯食べるほどの仲じゃなかっただけですよ」

「そういや、お前、一等兵なのに、上官に交じって蒸気機関の整備してたもんな」

「まあ、工業学校に通ってたんで、訓練する前から一通り知ってましたし」

「なるほどな。そりゃ羨まれるはずだ」

「そうですか?」

「勉強する機会がないままここで仕方なくやる人間だっているんだ。羨まれるに決まってるだろ?」

「なるほど」

 ちょうど配給の順番になり、食事を受け取り僕は列から外れた。すると、オラス上等兵に声を掛けられた。

「おい、フォッシュ」

「はい?」

「どこいくんだよ、一緒に飯食うぞ」

「え?」

 

 結局、あの後長い間食事につき合わされた。というものの、食事にかかった時間は十分ほどであとはずっと雑談をさせられたのだが。

 先ほどようやく解放され、現在自室扱いになっているテントに戻ろうとしたとき、ジャンと大尉の話声が聞こえた。

 聞き耳を立てるつもりはなかったが、何となく気になった。

「何故、敵がいる場所が分かってるのに!」

「何故って言われてもな。上からの命令が来ないんじゃ動けるわけねぇだろ」

「それなら、大尉の方から――」

「できるわけないだろう? うちがどんな部隊か分かってるだろうが」

 そうだ。戦車部隊が今まで作戦の中心に動いたことはない。もちろん、大きな功績も上げたことがない。

 塹壕戦が行われる中で開発された歩兵のための巨大な移動する盾。それが蒸気戦車の開発された理由。

 運用方法も開発され、実戦投入された後も変わらず。偶に駆り出される作戦でも歩兵防衛、歩兵防衛。敵国も戦車を開発してからも同じことを繰り返させられている。

 おかげで、この部隊の発言権はないに等しい状態なのである。

「ったく、ピエールが死んでその敵を取りたいのはわかる。しかし、今日の訓練みたいなことをされてるんじゃあな」

「……はい」

「ん?」

 大尉が僕のいる方を見たのに気が付き、慌ててその場を離れる。

 ジャンには気付かれていない様だが、大尉には気付かれたか?


「おい、フォッシュ一等兵」

「はい!」

 背後から大尉に話しかけられ僕は驚いた。

「さっきの、聞いてたのか」

「え、あ、はい。まあ、通りかかっただけです」

「そうか」

「作戦、本当に決まってないんですか」

「エスカーゴ」の偵察隊が帰って来てからすでに二日経っている中、何も準備してないのは変だと思っていたので、質問してみる。

「まだだ。その時が来たら知らせるさ。んじゃあな」

 大尉は煙草を取り出して火を付けつつ、僕の前から立ち去って行った。


 テントに戻ると、同室になったジャンが簡易ベッドの上で寝転がっていた。ライトが消えたままだし寝ているのか?

 すると、ジャンはむくりと起き上がった。

「おい、フォッシュ」

「何ですか」

「それ、何だ」

 ジャンが指さしたのは仮の机(?)として使われている木箱の上。というか、溢れてる。

「あ、……」

「手紙だよな?」

「はい、すっかり忘れてました」

「何を?」

「返事を書くのを」

 そこにあったのは、ベルからの手紙の山だった。


「成程、その幼馴染から来る手紙か」

「はい」

「迷惑だとは思わないのか?」

「えーと、ずっと言ってるんですけど、聞いてくれなくて」

「あっそ」

 手紙を開封しつつ、ジャンに事情を説明していく。ジャンは明らかに呆れていた。

 まさか、襲撃があっても郵便がきちんと届くとは。だからと言って、この量はどういうことなのだろうか。

「あの、アーロン上等兵」

「なんだ」

「この前の襲撃って新聞に載ってたりするんですか?」

「さあ? 載っているんじゃないか。大規模の襲撃で要塞が一つなくなったんだ」

「そうですか」

 新聞なら田舎の方にも確実に出回っているため、ベルが確認していないわけがない。

 こちらが気付いて手紙をきちんと送っておくべきだったと思った。

 適当に開いた手紙には、返事を早く書けというのは相変わらずだが、怪我をしていないかどうかについても書かれていた。

 整備兵だから戦場に行くことは少ないと言っていたので怪我の心配はないと言っていたが、今回のブリッソー要塞の陥落によりベルにかなりの心配をかけてしまっているのだと思った。

 もちろん、手紙や戦場の状況は両親にも伝わっているだろうし、余計は心配をさせてしまっている。

「あの、このままこれ借りていいですか?」

「いいんじゃないか?」

 ジャンは適当に答え、またベッドに寝転がった。今は何もすることがないので、ひと眠りでもするのだろう。

 僕はその様子を見た後、さっそく返事を書くことにした。


 しかし、近況報告を書き終えた辺りでテントの入り口の幕が開いた。

「アーロン上等兵、フォッシュ一等兵! ビヨット大尉がお呼びです! 至急、中隊本部へとのことです」

 戦車兵の二等兵だった。色々なところを回っていたのだろう、息が荒い。

「すぐに行く」

 ジャンはベッドから飛び上がり、そして着崩れた軍服を綺麗に直した。

「ほら、早く支度をしろ、フォッシュ」

「あ、はい!」

 ジャンは先にテントから出ていった。一瞬、彼の顔が見えていたがその顔は笑っていた。僕はその表情を見て何となく察した。

 多分、これから「エスカーゴ」攻略のための作戦が発動されるのだろう。ずっと戦車兵をしていたジャンの様子を見ると間違いない。

 帰ったら、返事を書かなくちゃな。

 僕は机の上に手紙を残しテントから出ていく。そして、中隊本部に向かって走り出した。

 戦車兵としての初陣だ。





  Chapitre 7 ‐激闘‐


「敵部隊はエスカーゴの周辺で陣地を構築している」

 中隊本部として使われているテントで、大尉が言った。テントの中央には大きな机があり、その上にはこれまた大きな地図が広げられていた。地図には戦線の位置が書き込まれていて、その中で一ヶ所、こちら側に戦線が大きく張り出している場所がある。その張り出しの中央部に、赤いマーカーが一つ置かれていた。

 机の周りには大尉と、中隊の戦車長たちが並んでいる。僕たち中隊長車の乗組員はその一歩後ろに控えている形だ。なぜ、戦車を指揮するわけでもない僕たちがここにいるのかは解らないが――、多分、ジャンへの配慮だろう。大尉は凄く厳しいが、同時に部下のことをよく考えている。

「これは味方の観測気球部隊が確認した、確かな情報だ。敵はあの化け物の周りに塹壕を掘り、機関銃と対戦車砲を備え付けている。あれを即席の要塞として扱うつもりらしい」

「……何故、アイゼン兵は何日もあそこで足踏みしているのでしょうか。折角の奇襲がこれでは台無しだ」

 戦車長の一人が重々しく口を開くと、大尉はあっさり「解らん」と返した。

「補給切れか、機械的トラブルか……。ともかく、奴が再び動き出す前に仕留めねばならん」

 そう言って、ビヨット大尉は戦線の張り出しを指した。

「幸い、エスカーゴはこちらに向かって突出し、戦線に張り出しを作っている。こういった一ヶ所だけが突出した状態は非常に危険だ。何故か解る者はいるかね?」

 大尉が問うと、戦車長の一人が手を挙げた。

「張り出しの形成に伴い、戦線に『両肩』が形成されるからです。突出部は左右の両肩と正面の三方向から攻撃を受ける事になります」

「正解だ」

 大尉は頷いた。

「今回やろうとしている作戦は、まさにその通りだ。戦線の両肩からそれぞれ二個師団で攻撃し、突出部とその周辺を分断、そのままエスカーゴの背後を抑え込む」

 大尉がペンで赤いマーカーの両脇に矢印を書き込んだ。そのまま続ける。

「これと並行し、重砲によるエスカーゴへの砲撃を開始する。これには一五五ミリ加農砲と、三七〇ミリ列車砲を用いる。加農砲の方は既に放列を組んでいるし、列車砲はすぐ近くのトンネルの中で待機中だ。今夜のうちに準備をする。そして――」

 大尉が赤いマーカーの正面に、一直線に矢印を引いた。

「ここからが俺達の出番だ。味方の突入部隊を支援しつつエスカーゴを攻撃し、これを完全に沈黙させる。――可能なら、戦車でエスカーゴの中に切り込むことも考えている」

 戦車長たちが一斉にどよめいた。――当然だろう、戦車で敵の要塞の中に乗り込むなんて、見たことも聞いた事もない。

「もちろん、内部構造によってはそもそも不可能かもしれないが――。エスカーゴは歩兵や戦車を中に収容する能力を有している可能性がある。奴らが中から出てくるのであれば、外から入ることもできるはずだ」

 大尉がそう言うと、戦車長たちは一斉に押し黙った。

「突入部隊はお古のトルテュを改造した装甲輸送車に乗って我々に随伴する。砲撃だけで敵が音を上げれば御の字だが――、多分、そう上手くはいくまい。心しておくように」

 腕時計をちらりと見て、大尉はよし、と頷いた。

「作戦開始は明日の〇四〇〇(まるよんまるまる)だ。今夜のうちに攻撃発起地点に移動し、そこで夜を越す。今からちょうど三時間後、二〇〇〇(ふたまるまるまる)に移動を開始する。各戦車長はクルーを集めてガレージに集合、戦車の点検と消耗品の搭載作業を急げ。以上、解散」  

 テントからわらわらと出ていく戦車長たちを見送った後、大尉は僕たちの方に向き直った。

「聞いた通りだ。ガレージで戦車を戦える状態にする。行くぞ」

 大尉はそれだけ言って自分もテントから出ていき――僕たちも、それに続いた。


「――履帯テンションは大丈夫だ、接続ピンの緩みも無い。エディ、石炭と水は?」

「もう積み終えた。問題ない」

「弾頭、装薬共にフル搭載した。装填装置の稼働も正常だ。――おい、まだ終わんねぇのか!」

 車外からジャンが声をかけてくる。

まだ時間はあるんだからいいだろう――。そう言い返しかけたが、止めた。僕が自分の持ち場の点検にもたついているのは確かだからだ。

「照準器零調整よし、閉鎖器異常なし、砲の複座装置異常なし――」

 最後の確認として、僕は砲尾から砲身を覗き込んだ。ライフリングが彫られた砲身内部には、汚れも異物も無い。砲弾を叩き込んで引き金を引けば、弾はまっすぐ飛んでいくだろう。

「砲身内部異常なし。――終わりました!」

 ハッチから出て告げると、ジャンは不機嫌そうな顔で立っていた。

「エミールはもっと早くやれたぞ」

「僕はエミールじゃない。――それに、一番遅いってわけでもないでしょう」

 ジャンの背後を指さすと、台車を牽いたジッド兄弟がドタドタと走ってきていた。台車の上には液体用のタンクが載っている。

 この中には増粘剤を添加した、黒いタールのような油が詰まっている。火炎放射器はこれに火をつけ、圧搾ガスで敵目掛けて吹き付けるのだ。火のついたネバネバした物体が、服や肌にへばりついて燃え続ける――これで焼かれる敵の気分は、ちょっと想像したくない。

「すいません、遅れました! 今積みますんで!」

「いいよ、落ち着いてやれ。――あいつらはお前より日が浅い。搭載作業があるぶん時間もかかる。俺だってそうだ。お前はどうだ?」

 ジャンが軽く力こぶを作っていった。一五二ミリ砲の砲弾は、弾頭部だけで五〇キロの重量がある。装填の際は機械による補助を受けられるとはいえ、装填手は豪傑でないとつとまらない――。ジャンはこの砲弾を三〇発分、一人で車内に運び込んだのだ。

「ふん」

 しかしそれを認めるのも何だか癪に障ったので、僕は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。ジャンが舌打ちをしてその場で腕を組む。

「その辺にしとけよ。……あの杭打ち機は大丈夫かい、ナディアちゃん?」

 カミーユがナディアに訊くと、ナディアは事も無げに頷いた。

「既に点検は済ませました。完璧に動くと思います。どこまで役に立つかは知りませんが」

「ならいいんだ」

 カミーユが頷くと、目の前のウサードのハッチが開き、中から二人が這い出てきた。

「左火炎放射器、点火プラグよし、燃料満タンです」

「右火炎放射器、同上。完璧です」

「ご苦労。――あぁ、大尉が来たぞ。整列しろ!」

 カミーユが後ろから近づいてくる大尉に気付き、僕たちに整列を呼びかける。お調子者のようだが、クルーの序列の中でカミーユは大尉の次に高い。大尉がいない時にクルーを纏めるのは、いつだってカミーユの役目だった。


 全ての作業が終わってから十数分で、移動開始時刻がやってきた。

「――これより移動を開始する。二列縦隊、車間距離五〇メートル、続け!」

 僕たちの乗り込んだ中隊長車が先頭となり、中隊は夜中の平原をゆっくりと進み始めた。

 発起地点は最前線付近、敵の対戦車砲がギリギリ届かない距離だ。ライトの灯りだけを頼りにそこまで向かい、そのまま戦車の中で夜を越す。

 安全な場所を移動している時、砲手は基本的にやることが無い。ただ自分の座席に座っているだけで、眠たくなるほど退屈だ――実際は振動がすごいから、眠ることなどできないのだが。

 車内は沈黙に包まれている。これが昼ならまだお喋りの一つもあっただろうが、今は夜、それも作戦前夜だ。とても楽しいお喋りをする雰囲気ではなかった。

 ちらりとジャンの方を見ると、目を閉じて座席に座り、じっと時が過ぎるのを待っていた。――なるほど、うまい時間の潰し方を心得ている。

 僕もジャンと同じように軽く目を閉じ、時間が過ぎるのを待つことにした。

 

 目を閉じて三〇分ほど経っただろうか、戦車がゆっくりと停止し、後ろから聞こえる蒸気機関の音が止んだ。発起地点は平野の中央にある小さな丘の手前で、砲弾穴がいくつもあった。

「到着した。今日はここで夜を明かす。できるだけ車外には出るな、炊煙など以ての外だ」

 大尉が告げると、車内の空気は一気に緩んだ。少なくとも、明日の午前四時まではここで自由にしていられるからだ。

「ロラン、車外にある毛布を持ってこい。ジャンは反対側にある缶詰の箱を頼む。それぞれちょうど七人分だ」

「はい」「了解」

 僕は側のハッチから車外に出て、そこで深呼吸をした。吸い込んだ空気からは硝煙の染みついた泥の臭いがしたが、それでも戦車の中よりは幾分マシだった。それから車外に縛り付けてある毛布をほどき、地面に落とさないように気を付けて車内に持ち込む。

 毛布を全員に配ったのと同時に、ジャンが一つの木箱を抱えて車外に入って来た。木箱には「ソーセージとグリーンピースのシチュー」の文字。テントで良く食べさせられた味だった。

「今回は冷えたままですか」

 オラスが残念そうに言うと、カミーユはふふん、と得意げに笑った。

「そう思うか? ――エディ、いつもの頼む!」

 カミーユが木箱をジャンから受け取ると、それを後ろの機関室から出てきたエディに渡した。エディは無言のままで木箱を脇に抱え、機関室へと戻っていく。

「何なんです?」

 僕が訊くと、カミーユは「まあ見てろよ」とはぐらかし、また笑い声を漏らした。

 数分後、もう一度機関室の扉が開き、そこから木箱を盆のように持ったエディが戻って来た。木箱の上には蓋の開いた缶詰が七つ――ただし、どれもグラグラと煮立っていて、湯気が立っていた。

「……ボイラーに残った石炭で、缶ごと温めた。缶が熱いから気を付けろ」

 エディがそう言って、分厚い手袋をした手で僕に缶を差し出した。

「ありがとうございます」

 僕は手に厚くハンカチを巻いてそれを受け取ると、スプーンを差し込んで缶から直接シチューを食べた。飽きるほど食べたトマトとソーセージの味。だが、夜の戦地で食べる熱い食事は、緊張で凝り固まっていた精神を少なからずほぐしてくれた。

 食事後は缶を車外に捨てて(今の常識では考えられない事だが、当時の戦場ではこういった行為はごく当たり前のことだった)、毛布に包まって仮眠を取った。

 作戦前夜は、こうして過ぎていったのである。


 翌日の朝は戦車の中で迎えた。

 以前、戦車に試乗した政治家が「少なくとも寛ぐための乗り物じゃない」とジョークを言っていたが、まさにその通りだ。染みついた機械油の匂い、固い座席、ススの付いた冷たい鉄の壁。清潔とも快適とも程遠い。

 僕が目覚めた時には、既に外で無数の砲撃音が響いていた。

「全員起きろ! 出動準備だ!」

 頭上で大尉の怒鳴り声が響く。

「装填手は徹甲榴弾を装填、機関手はボイラーに火を入れろ! 他は自分の持ち場の最終点検、すぐ取り掛かれ!」

 大尉が命じると、僕たちはそれこそ火の入った蒸気機関のように慌ただしく動き始めた。

 ジャンが脇の弾薬ラックから徹甲榴弾の弾頭を抜き取り、砲尾に取り付けられた装填装置のレール上に置いて、装填レバーを引く――文章にすると簡単だが、実際は重さ五〇キロの金属の塊を取りまわすのだ! 

 そうすると、装填装置のアームが自動的に弾頭を押し込み、薬室に弾頭を叩き込む。そうしたら今度は同じ手順で装薬――こちらもかなりの重量だが、少なくとも弾頭よりは軽い――を押し込み、砲尾の閉鎖器を閉める。これで発射準備は完了、僕が引き金を引けば砲弾が発射される。

「装填完了!」

 ジャンが叫ぶと同時に、僕たちのいる戦闘室の後ろ、ドアで仕切られた機関室の方からも駆動音が聞こえる。エディがボイラーに点火したのだ。

「よし、前進!」

「了解!」

 カミーユがアクセルを踏み、戦車をめいっぱい加速させた。

 ウサードはトルテュよりもずっとずっと素早い。時速四〇キロくらいなら余裕で出すことができる。蒸気機関がけたたましい音を立て、ウサード隊は突入部隊の先陣を切って進み始めた。

 その後ろからは、ウサードと同数のトルテュ――主砲を始めとする装備を外し、歩兵部隊を運ぶ装甲車として改造したものだ――が、ノロノロとした見慣れた速度で行軍している。彼らが今回の作戦の要の一つだ。彼らを敵の攻撃から守らなければ、要塞内への切り込みは不可能になる。

 しばらく進んでいると、外部視察孔を覗いていた大尉がむ、と声を上げる。

「二時方向に対戦車砲! 停止して旋回しろ!」

 ウサードが蒸気を噴き出しながら停止し、その場で旋回して指示された方向を向く。ここからは僕の出番だ。照準器に目を当てて敵の姿を探す。

「大尉、どこですか!」

「よく見ろ、防盾が地面から出ている! ――来た!」

 大尉がそう言うのと同時に、視界の一ヶ所で光が瞬いた。赤く光る火の玉のようなものが、こちらに放物線を描いて向かってくるのが見える。

次の瞬間、目の前でゴォン、と鈍い音が聞こえた。思っていたより小さい音だったが、それが敵の砲弾によるものだという事は僕にも解った。ともあれ、これで敵の位置は解った。僕は俯仰角ハンドルで砲を微調整すると、手元の引き金を軽く引いた。

 その途端、さっきの被弾音の何倍も大きな音がすぐ側で響いた。主砲がガクンと後座して空薬莢が吐き出され、薬莢受けに音を立てて落ちる。

 対戦車砲があった場所で凄まじい爆発が起き、砲が土砂と一緒に爆風に巻き上げられて宙を舞った。

「やった!」

「よくやった、初戦果だな。次、榴弾!」

「ウッス!」

 ジャンが再び砲弾に手をかけ、装填装置のレールに置いた。


 時々止まって射撃しながら、僕たちのウサードは敵の掘った塹壕に到達した。塹壕の最前線では数人のアイゼン兵が動いているのが見えたが、既に大部分が第二線に下がったのかその数は妙に少ない。ナディアは持ち場の機銃座につくと、的確な射撃でその動きを牽制し、敵が頭を上げるのを妨害していた。

 塹壕線の中に突入すると、車体両側にいたジッド兄弟がにわかに活気づく。

「火炎放射、始めます!」「こっちも!」

 二人が火炎放射器の肩当てに体を密着させ、体ごと狙いを動かしながら火炎放射を始める。

 逃げるアイゼン兵の一人に炎が追いつくと、粘性のある燃料が服にへばりつき、たちまち松明のようにしてしまう。アイゼン兵が叫びながら三〇メートルばかり走り、倒れ、そこで焼け死んだ。

「うっ……」

 自分が操る兵器の残虐性に慄き、オラスがうめき声を上げる。

「戦争だぜ、ガタガタ言うな!」

 装填を終えたジャンが振り返り、オラスを怒鳴りつけた。

「お前もだ、フォッシュ。わざと外そうなんて考えるなよ」

「……解ってますよ」


 機銃と火炎放射で敵を蹂躙しながら、ウサード隊は塹壕の中を切り拓いていく。ふと、戦車が向きを変え――エスカーゴの巨体が、僕の目の前にきた。


(――デカい! まるで陸を往く戦艦だ!)

 照準器からの狭い視野では、ただ黒い壁があるようにしか見えない。

 味方の重砲の砲撃で被害を受けているようではあったが――。生き残っているエスカーゴの砲台からは、こちらに向けてひっきりなしに砲弾が飛んできていた。

「仰角一杯、上の砲台を狙え! 徹甲榴弾!」

 大尉の指示通り、僕は砲を目いっぱい上に向けた。大尉の言う通り、エスカーゴの外壁の上部には張り出した部分があり、その上には装甲化された砲台があった。その一つに照準を合わせる。

「一五二ミリの直射だ、一撃で終わる。――撃て!」

 引き金を引く。放たれた砲弾が描く弾道は、キイチゴのような赤色に見えた。砲弾が砲座に向かって真っ直ぐ飛んでいき、爆ぜて土台ごと吹き飛ばす。

「よしいいぞ、このまま後ろに回り込め!」

 砲台を沈黙させ、ウサードが再び移動を開始する。塹壕を乗り越えるたび、車内はガクガクと揺れた。

「――見つけた!」

 大尉が叫ぶ。この時の僕には見えなかったが――、エスカーゴの両側面、地面スレスレの位置には、ぽっかりと開口部が空いていた。

「あそこが出入り口か――、ケフェルが来るぞ!」

 開口部からは跳ね橋のようなスロープが降りており、そこから数輌のケフェルがぞろぞろと湧いて出てきていた。やはりエスカーゴはただの砲台ではなく、移動する要塞そのものだったのだ。

「落ち着け、射程ならこっちが上だ。釣瓶打ちにしてやれ!」

「了解。――装填、急いで!」

「解ってら!」

 そう言うと同時に、ジャンが装填レバーを引いて閉鎖器を閉めた。

 飛び出した砲弾はケフェルの正面、きつく傾斜した装甲板に直撃した。一瞬、弾かれるかと思ったが――砲弾は装甲板を易々と破壊し、ケフェルの内部で爆発した。爆圧でリベットが吹き飛び、車体を構成していた鋼板がバラバラに吹き飛ぶのが見えた。

(やっぱりトルテュとは格が違う!)

 トルテュの七五ミリ砲で訓練した僕にとって、一五二ミリ砲の火力はまさに惚れ惚れするものだった。こちらが戦いの主導権を握れるのだ、こんなに楽な事は無い。

「あそこが出入り口か……。操縦手、突っ込め!」

「本気ですかい?」

 カミーユが尋ねたが、その片腕は既にギアを操作し、戦車を加速させる準備をしていた。

「車長は俺だ! 黙って従え! ――エディ、ボイラーに石炭を山ほど食わせておけよ!」

「了解、前進します!」

 カミーユがアクセルを踏み込むと、ウサードの履帯は今まで以上の力強さで動き始めた。車内の揺れが強くなり、脚の下から石や木材が履板と擦れ合う感触が伝わってくる。

「乗り込む直前に一発、開口部の中にぶち込んでやれ!」

「はい!」

 僕は照準をエスカーゴの内部、黒々と口を開けたその中に合わせて引き金を引いた。砲弾が爆発した直後にウサードの群れが次々とスロープに乗り上げ、無理やり中に侵入する。

「ここは……格納庫か?」

 大尉がぼそりと呟いた。

エスカーゴの厚い外壁の中には広い空間が広がっていた。あちこちに移動式クレーンや弾薬箱、そして停車したケフェルが並んでいる。中にいた敵の整備兵や戦車兵が逃げ惑い、戦車の中や下に逃げ込んでいるのが見えた。

壁・床・天井、全てが鉄でできている。一体何トンあるのか、これだけの重量をどうやって動かしているのか――。元整備兵としては疑問が尽きなかった。

「片っ端から撃て! 動き出すぞ!」

 大尉が即座に命令すると、僕は照準を一番近いケフェルに合わせた。

「装填、まだか!」

 砲を挟んだ向こうのジャンを見ると、まだ装薬をレールに載せている最中だった。

「今終わる! ――クソッタレ、終わったぞ!」

 装填レバーを引くと、ジャンはふぅー、と息を吐いて次の弾頭に手をかけた。一五二ミリ砲の唯一の欠点がこれだった。重い砲弾は発射速度を下げるばかりか、装填手に酷い負担をかけるのだ。今までにないハイペースでの装填も、ジャンの疲労の原因になっていた。

 僕はジャンに申し訳ない気持ちになりながら引き金を引いた。弾が停車したケフェルの横腹に吸い込まれ、爆発が車体全体をバラバラに吹き飛ばす。

「うぉおおおおおお!」

 重量挙げの選手のような雄叫びを上げ、ジャンは壁のラックから弾頭を持ち上げた。

「ふんっ……! おら、撃て!」

 ジャンがどうにか再装填を終わらせた。引き金を引く。

「大尉、ジャンがもう限界です!」

 僕は照準器から顔を上げ、上を向いて叫んだ。

 ジャンが荒い息をつきながら僕を睨むが、知るもんか。

「解った。少し休憩しておけ。――火炎放射に切り替える。接近して停車中の戦車を燃やせ!」

 カミーユが巧みな操縦で逃げる敵兵を蹴散らし、敵戦車の車列に取り付いた。

 同時に火炎放射器が火を噴き、車列に燃えるタールを浴びせかける。この程度では戦車を破壊するには至らないが、敵兵が戦車に乗り込むのを阻害できるはずだ。

 僕たち戦車部隊が入って来た開口部から、トルテュ改造の装甲輸送車が続いて乗り込んできた。装甲輸送車のハッチが開き、中からゾロゾロと短機関銃を持った歩兵が降りてくる。

「歩兵が着いたか。火炎放射器を中止、味方を巻き込むかもしれん」

「了解」

 火炎放射器が炎を吐き出すのを止めた時点で、既に格納庫内はメチャクチャに破壊されていた。一五二ミリの重砲並みの砲撃で壁にはいくつも穴が空き、戦車の列は炎に包まれている。僕は生々しい破壊の痕に小さな罪悪感を抱き、同時にちょっとした達成感を感じた。

「とりあえず戦闘は終わったか。……出来るだけ外に顔を出すな。煙を吸い込むぞ」

 大尉がそう言って、ガスマスクを着けて車外に顔を出した。

「おい、どうした。――何だって?」

 頭上から大尉の話し声が聞こえる。どうも外で誰かと話し込んでいるらしい。

 砲手席に座ったまま待機していると、大尉が車内に戻ってきてガスマスクを外した。

「九時の方向に転進、隔壁と思しき部分があるそうだ。ブチ破るぞ」

「砲撃ですか?」

 僕が訊くと、大尉は首を振った。

「弾がもったいない。――杭打ち機を使おう」

 大尉が僕の斜め後ろの座席――、そこに座っていたナディアに声をかけた。

「了解、持ち場に着きます」

 ナディアが機銃から体を離し、横に据え付けられたレバーに手をかけた。戦車が他の味方の間を縫って進み――、エスカーゴ内部の奥に通じる隔壁の前まで来た。

「蒸気充填開始します。三、二、一……」

 ナディアが淡々とカウントダウンをし、計器を睨みながら機械を操作する。

「発射!」

 ナディアがレバーに取り付けられたスイッチを押し込んだ。

 ドォン、という衝撃と共に、金属製の杭が前に突き出る。先端が目の前の壁に衝突し、そのまま隔壁を歪めて破壊する。

「もう一発だ。……カミーユ、このまま前進、隔壁を踏み越えろ!」

「足回り傷んでも知りませんからね――っと」

 カミーユがアクセルを踏むと、戦車がそのまま前進し、歪んた隔壁を更にぐいぐいと押し始める。同時にナディアがもう一度杭打ち機の発射準備を開始した。

「三、二、一……発射!」

二回目の一撃で隔壁は完全に破壊され、古いドアを蹴破った時のように向こう側に倒れた。隔壁の向こうには一本の通路があり、奥へと続いている。――戦車が通れる幅ではなさそうだ。

「下がれ、歩兵の邪魔になる。……後は彼らがやってくれるさ」

 戦車がゆっくりバックすると、味方の突入部隊は大挙してその通路に殺到していった。

「ここで防衛する、敵の生き残りが戻ってくるかもしれん。突入部隊の背後を守る」

 大尉が味方戦車に口頭で命令を伝えていくと、戦車隊は先ほど入って来たスロープから外部に降りていった。

「俺達も降りるぞ、急げ!」

 最後に僕たちのウサードが燃え盛る車列の前を通り、スロープに向かう――その時だった。


 僕の反対側の壁から、金属の破壊音が聞こえた。

 火花、煙、衝撃。色々なものが同時に襲ってきて、一瞬頭の中が真っ青になる。

「撃たれたぞ! 九時方向! 反撃しろ!」

 大尉が頭上で怒鳴るのが聞こえて、それで初めて状況を掴んだ。慌てて砲手席に座り、引き金に指をかける。

左側面に穴の空いたウサードがその場で旋回すると、燃えあがる車列の中から二輌のケフェルがこちらに向かって動きだしていた。二輌とも、未だ火炎放射器の炎に包まれている。

(まるでサラマンダーだ)

 何という事だろう。この二輌は、僕たちの戦車が隊長車だと解るまで――そして、他が格納庫から降りて僕たちが隙を見せるまで、炎に包まれながら待ち構えていたのだ!

僕はそのうちの一輌に素早く狙いをつけると、そのまま引き金を引いた。至近距離からの一五二ミリ砲弾がケフェルの装甲を打ち破り、そのまま沈黙させた。

「ジャン、装填は――」

 ハンドルでもう一輌に照準を合わせながらジャンの方を見て、僕は言葉を失った。

 そもそも、貫通弾が出た時点で予想できていたことなのだ。

 僕がいる位置の反対側にはジャンがいる。そこで貫通弾が出たのなら――ジャンが敵弾によって被害を受けていないはずがないのだ。

 ジャンは血まみれになって床に倒れていた。片手で腹を押さえていて、そこからは真っ赤な血がどくどくと流れ出ている。

「きゅ、救急箱――手当を――」

 思わず声が出ると、ジャンは脂汗が浮いた顔で僕を睨みつける。

「……弾、込めろ」

 掠れた声でジャンが言った。

 次の瞬間、車体正面に弾が当たる音が聞こえる。

 そうだ、目の前には敵がいる。ここで奴を倒せるのは僕だけで――僕がやらなければ、全員が危険に晒されるのだ。

 僕は砲の下をくぐって装填手席に行き、血まみれで倒れたジャンを跨ぐ形でそこに立った。弾薬架の弾頭に手をかける。――なんて重いんだ。ジャンはこんなものをさっきから次々装填していたのか。

「レールに置いて……レバーを……」

 僕はその通りにした。何回も訓練で見た動きだ、どうやるかは大体理解している。

 次に薬莢に入った装薬を担ぎ、同じ要領で砲尾に押し込み、閉鎖器を閉めた。

「急げ……」

 僕は砲手席に飛び込むように戻ると、半分立ったような体勢で照準器を覗き、砲を操作した。

 敵のケフェルがこちらに突進してくるのが見える。砲が効かないとみて体当たりをしかけるつもりなのだ。僕は引き金に指をかけた。

「――撃ちます!」

 大尉の返事は待たなかった。

 こちらに真っ直ぐ向かってきたケフェルに、正面から砲弾が突き刺さる。

 砲弾はケフェルの戦闘室を貫通し、そのまま機関室――ボイラーに直撃、そこで炸裂した。内部からの爆発でケフェルがバラバラに解体し、壊れたボイラーから漏れた熱湯が血のようにその場に流れ出した。

「――今度こそ、終わったようだな」

 大尉がそう呟くのと同時に、僕はジャンの方を向き直った。

「ジャンが負傷した! 救急箱を――」

「……止め、ろ!」

 声を上げて止めたのは、他ならぬジャンだった。

「無駄だ。……腹に大穴が空いてる」

 ジャンが腹に宛てている手をどけると、そこから腹腔と内臓が覗いているのが見えた。

「そんな――」

「聞け。……解ってたんだよ。エミールが死んだら、次は俺だと」

 どこか虚ろな目で、ジャンは僕を見た。

「神のお告げ、じゃないが……何か、解ってたんだ。俺がお前に、強く当たったのは……」

 ごぼり、とジャンの口から血が零れた。

「……お前が気に喰わなかっただけじゃ、ない。『その時』が怖くて、もどかしかったのさ……」

 ジャンが弱弱しく腕を持ち上げ、口の周りの血を拭いた。

「……ホッとしてるよ。皆に、先に行ってると、伝えてくれ……」

 ジャンがそこで言葉を切り、ぼんやりした、眠そうな表情になる。

「痛み止めは、いい……毛布を……」

僕は大急ぎで車外に出た。密閉空間の格納庫には煙が充満し、むわっとする熱気に包まれていたが、その時の僕にとってはまるで関係のないことだった。

 毛布を一枚ひったくり、大急ぎで車内に戻る。

「持ってきたぞ!」

 僕は寝転んだジャンの上から毛布をかけた。ジャンはもう喋る気力もないようで、ぴくりとも動かなかった。か細い呼吸音だけが聞こえた。

「大尉――」

「味方の衛生部隊を呼ぶ。少し待て」

 大尉は横の壁に掛けた信号拳銃を取り、エスカーゴの外に出た。手にしたそれを空に向けて引き金を引くと、信号弾が赤い煙を噴きながら飛んでいった。

「――作戦続行だ。中隊長車が戦線を離れるわけにはいかん」

 車内に戻ってきて開口一番、大尉が言った。

「ジャン、悪いが外に出てもらうぞ。……オラス、ナディア。慎重に運び出せ」

 大尉が装填手側にいる二人に命じると、二人はジャンの身体を毛布に包んでゆっくりを持ち上げた。

「……ああ」

 足の方を持ったナディアが、呆然として声を上げる。

「脈がない。――死んでます、大尉」


 それから二時間ほど経った時、エスカーゴ内にいた敵防衛部隊は降伏し、外壁には白い旗が掲げられた。早朝で気が緩んでいたところを強襲されたのもあり、こちらの突入部隊の前に敵は大した抵抗も出来ずに制圧されていった。

 戦車隊の方の損害も、作戦の規模の割には少なかった。これは運が良かったというよりは、ウサードのケフェルに対する性能的優位があったからだろう。

 エスカーゴの陥落により、大きい張り出しが出来ていた戦線は元の位置に戻り、その上張り出しが形成されていた場所の敵戦力は非常に薄くなった。ここを狙った攻勢作戦が、改めて計画されそうだとのことだ。ともあれ、エスカーゴ攻略作戦は大成功を収めたのだった。





  Épilogue ‐帰還‐


 あの後、装填手が別の者に代わったのは言うまでもない。

 戦車兵が先の「エスカーゴ攻略作戦」にて功績を上げたことにより評価され、戦場に赴く機会が増えたせいもある。中隊全体としては良いことだが、その分「エスカーゴ攻略作戦」以前より死傷者が出る機会が多くなった。当たり前のことだが。戦果を挙げれば当然うれしいし、その分中隊の状況が良くなる。けれども、先日まで一緒にいた仲間がいなくなるのは辛い。


 次の作戦に休めたのは五日程度。その間に急いでベルへの手紙を書いた。

 今回の戦争で僕自身が軍に入り得たものとその中で失ったものについて。

得たものは大きく、僕の人生の中で大切なものだ。僕はこの誇りを守るためにこれからも軍人として働くことになるだろう。そう確信していた。

失ったものは、何人もの戦友たちの命とそれまでの自分。戦友たちの命が消える瞬間は何度も目にしている。深く悲しむことはないものの、慣れることはない。今でもすぐに消えていった戦友たちの顔を思い浮かべることができる。辛いとは思うが、その分自分が生きていることを享受することもできる。複雑な感じ。

 失ったそれまでの自分は今現在思い出すと捻くれている子どもにしか思えない。しかし、たまに失った自分の中に大切なものが入っていたのではないかという不安もある。

 僕はすべて手紙の中に書き込んだ。

 気付いた時には手紙の量はいつもより数倍に膨れ上がっていた。自分でも書いた後に驚いた。

 多分届いたとき、ベルはすごく驚いたに違いない。

 量と内容両方に。彼女がそれに対してどのように思ったのかは知らない。手紙はいつもと変わらないペースで来るのに、その時の手紙の内容について彼女は触れてこなかった。いつも通りに、僕の心配や故郷の様子、両親と彼女自身の近況についてが手紙の中に書かれていたのだ。

 彼女自身の意図は僕にはわからない。しかし、その手紙を見るたび僕は安堵するのだ。理由はわからなかったけれど。

 次の作戦が決まった時、たしかあの作戦から四日後、僕たちが参加した「エスカーゴ攻略作戦」の雑誌記事を見た。

「難攻不落と噂されていたアイゼンの移動要塞、撃破。鍵を握ったのは最先端兵器蒸気戦車:ウサード!!」

 軍の広報かは知らないが、負け越しムードを払うために今回の作戦の一部を公開したようだった。これ、機密事項じゃないのか? と思いつつ読んでみると、僕ら戦車中隊について華々しく書かれていた。実際そんな扱いをしていなかったじゃないかと思う。

 何をやってるんだか。上の連中は。

 そんなことをジッド上等兵たちと話しつつ、僕たちはまた戦車に乗り込んだ。

 あと、作戦の後僕の階級は一つ上がった。

 一等兵から上等兵に。しかし、死んだジャンと階級が並ぶわけではない。

 彼はもう二つ先に行ってしまった。

 何年かかるかはわからないが、必ず生きて追いついてみせると僕は思った。

 そのためにはどのような状況でも生きて帰らなければならない。

 僕はより一層の訓練をし、戦車兵としての知識を得るため休暇を消費した。何度か同僚に一度くらい故郷に帰ってもいいんじゃないかと言われていたが、僕は訓練に身を捧げた。

田舎でベルや両親を心配させたままだったのは心苦しかったが、僕が勝手に立てた誓を果たすためには時間が惜しかったのだ。何度手紙で謝ったかは覚えていない。

 しかし、その行為に無駄はなく、僕は終戦まで何とか命を繋ぎ止めた。

 階級もさらに一つ上がり、曹長。同僚の戦車兵たちも挙って階級を上げていた。

 あと、一つだ。

 ジャン、すぐに追いついて追い越してやるぞ。


「次はドグドーヌ中央駅、ドグドーヌ中央駅です」

 車掌が車両を歩きつつ、もうすぐ着く次の停車駅を知らせているのを耳にし、僕は目を覚ました。

 ああ、せっかくいい夢を見れる機会だと思ったのに。平和しか知らなかった頃の夢はもう僕には必要ないということだろうか。

 僕は一つ背伸びをしてから、荷物をまとめ始める。荷物置きに置いていた大きなトランクを下ろし、脱いでいたコートを着る。

 そして、帽子をかぶった時ちょうど駅に着いた。

「ドグドーヌ中央駅、ドグドーヌ中央駅です!」

 駅員が大声を上げるのを耳にしつつ、僕は出口へ向かう。

 列車を降り、改札へ。プラットホームに人は少ない。今は避暑の季節ではないため、家路につく人以外この列車には乗っていない様だった。

 駅員に切符を渡し、駅の構内へと歩いていく。

 コッ、コッ、コッ

「あれ?」

 見える景色に変化はない。田舎の景色は数年たっても変わらないことを実感する。

 軍の宿舎があるルセントレとは違い時の流れは圧倒的に遅い。

 故郷に対する圧倒的劣等感。どうにかならないかなと思ったりする。しかし、その思いの隣にあるこの思いは何だろうか。

 この思いの正体を言葉で表すなら、どのように表現すればいいのだろうか。

 ふと立ち止まって、自分の中にある言葉を探す。

 これは初めて故郷に抱く感情だった。

 しかし、探すのにそう時間はかからなかった。

 僕は戦場でもこの感情を度々味わっていたのだから。

「ロラン!」

 誰かに声を掛けられる。顔を上げて見ると正面には長い間会っていなかった幼馴染がいた。

 しかし、久しぶりな感じはしない。けれども、今の僕と彼女は初めて会う。

 ああ、これが喜びか。

 僕は一歩前へ踏み出した。


La fin.


 プロローグ、エピローグ、あと中間部の一部を担当した幸です。

 今回のリレー小説の企画し、何とか学祭に間に合わせることができました。内容を詰めてから道に沿って書いていく。陸上などで行われる決められたコースをバトンで繋いでいく形式で今回は制作しているため、おそらく内容での矛盾はないかと思います(笑)

 世界観は一次大戦期に蒸気機関の積んだ戦車がいたらを軸に形成しています。そのため、モデルにした国は読んでいれば何となく分かる方はわかると思いますが、ほぼまんまです。分からないという方は石炭、鉄鉱石、欧州で調べていただければ。すぐに出ると思います。

 世界情勢など色々考えたんですけど、主人公の一人称で描くからあまり必要ないため、小説内には含まれていません。敵軍描写もないため、内容も短くまとまったと思います。

 まあ、内容が面白かったかどうかはお任せしますが。

幸 


戦闘のあるチャプターを担当しました。

描写の仕方が個人で上げた方の小説と被ってる? 何のこったよ(すっとぼけ)

 移動要塞とかいう非合理の産物については「これはフィクション……これはフィクション……」と自己暗示しながら書いてました。

海雀鳥落 


 こんにちは、シャーペン丸、略して㋛です。

 今回のリレー小説、中々に大変でした……。

 文章のミスが多いわ、連絡とるの忘れてたわ、うっかりミスは頻発するわで、自分の未熟さとか色んなモンが浮き彫りになりました。他二人にはすまなんだ……。

 作品作成中、自分自身に軍事の知識はあまり無かったですが、世界大戦物知りの別作者のお陰で(せいで)わりかし知識が身につきました。理解するのに苦労して、うんうん唸りながらですけどもね。

 特にヤバかったのは、基地の描写。「できたでー」と連絡ツールに送って、返って来たのは大量の指摘。全部自分が悪いんですけど、流石に凹みました。

 80ページと長めかつ戦車もので、加えて専門っぽい物も頻出していたので、正直読み手が凄く絞られたと思います。そんなわけで、最初から最後まで読んで下さった方は本当にありがとうございます。

 色々言いましたけど、それではさようなら。またどこかで。


 どうでもいいですけど、食堂の鳥龍田うめぇ。

シャーペン丸 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。