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5:弾劾

エヴァンス牧師に呼び出されてからから数日は穏便に過ごせた。


人目を恐れて家に引きこもっていると、悪魔崇拝の儀式をしていると疑われるのではと恐怖した僕は、適度に水汲みや畑の様子を伺いに行き、村の人たちに健全で信心深い生活をしている自分を無言で主張した。

小突かれても、石を投げられても、丁寧に教会の挨拶をする。

エヴァンス牧師を見かけたときは特に丁寧に挨拶をした。

毎食前には以前より長くお祈りをし、寝る前は村人たちに受け入れられない罪深い自分を神に懺悔した。

一度、<黒いワシ>が野鳥の鳴き声で呼んでいたことがあったが、それに返答もしなかったし、森へも行かなかった。

成人の儀を断りに挨拶したかったが、今、森に近づくことは自ら絞首台に上るようなものだった。

サミュエルおじいさんも僕に対する村人の憎悪をとても心配して、薬屋としての村人の呼び出しに僕を連れていかなくなった。

もし村人の治療に僕を連れていき、治癒しなければ、僕が呪いを行ったと責めを受けることは明白だったからだ。


慎重に慎重に生活をしていた。

しかし、瓦解は一瞬だった。



それは月が薄くなった蒸し暑い夜、僕は讃美歌を口ずさみながらトウモロコシ収穫用の籠を編んでいた。

おじいさんはうちに1本しかない鎌を丁寧に研いでいる。

少しでも涼風をと窓が開け放たれ、虫の鳴き声がリーリーと響き、静かで穏やかな夜に、突然絹を裂くような悲鳴が村に響いた。

先日のグリズリーのように突然の悲鳴や物音は、自然と隣り合わせの入植地ではままある。

緊急事態に慣れた村中の人が、各々灯りを手にその悲鳴のもとに集まっていく。

野生動物の襲撃を予期し、銃や縄、鍬を手にしている人も見受けられた。

僕とおじいさんも、何か事故が起きていても対応できるように簡単な救急治療の準備をして駆けつけた。

おじいさんは僕を家に置いていこうとしたが、一人で家にいても危険と判断したのか、久しぶりに僕を連れて行った。


悲鳴のもとはリーズ家の農園で、先に到着した村人はざわめいている。


「家畜が死んでいるぞ。」


「全滅だ。」


「まるで、石化してしまったみたいだ、血の一滴も出ていない。」


オレンジ色の灯りが、村の人たちの不安そうな顔を揺らめき照らした。

なぜなら、リーズ家の羊と馬、20頭ほどが、ひっくり返って硬直し、動かなくなっていたからだ。

悲鳴は、この惨事を見つけたリーズ夫人のものだったようだ。

月明かりに息絶えた不気味な塑像たちが黒々と光る。


「困ったぞ、収穫を前にして、馬が全滅とは。」


村人が口々に動揺を口にしていると、よく通る声がした。


「何があったんです。」


エヴァンス牧師の一声で、その場が静まった。

村人は安堵の表情を浮かべ、僕は恐怖からおじいさんの後ろに隠れた。

そして、事態は僕にとって悪いほうに転がった、リーズ夫人が思いもよらないことを叫んだのだ。


「あの子はどこ!あの悪魔の子は!

あの子がやったのよ、うちの家畜をみんな、石にしてしまった。

石にして殺してしまった!!」


「…違う!僕は何も!」


声を出したことで、僕の立っている場所が皆に知られてしまった。

一斉に灯りを向けられ、何人かの屈強な男たちが、エヴァンス牧師の前に僕を引っ立てる。


「君には前に警告したはずだ。」


エヴァンス牧師は冷たく言う。


「違います、神に誓って僕は一度もここを訪れていません!本当です!」


「嘘おっしゃい!じゃあ、あの血の手形はなんなのよ!

うちに呪いの儀式のために悪魔の手形を付けたんでしょ!!!」


リーズ夫人はヒステリックに家畜小屋の壁の一点を指さした。

皆が灯りをそちらに向ける。


そこには子供の小さい黒い手形があり、恐ろしいことに僕はそれに身に覚えがあった。

ジョセフおじさんの葬式の日に石を投げられ、逃げ込んだ家畜小屋はリーズ家のものだった。

頭から流れる血を手で抑え、その手で壁を触ってしまったのだろう。


今でも悔やんでいる、この時僕はしまった、という顔をしてしまったのだ。

そして、そこにいる全員が僕の顔を見ていた。


「手形を確認しろ!大きさを合わせてみろ!!」


僕はされるがまま男たちに引きずられ、黒い手形に手を押し付けられた。

寸分たがわず同じ大きさだった。当たり前だ、自分の手形なのだから。

村人は一気に湧いた。

悪魔の子供は本当に悪魔だったと叫ぶ者、

悲鳴を上げてその場から走り去る者、

火あぶりにしろと手を叩いて囃し立てる者、

皆が騒ぎ立て、混乱を極めた。


「待ってくれ、これはジョセフの葬式の日に石を投げられて、ここにうちの愚孫が逃げ込んでしまったんだろう、離してやってくれ!」


「うるさい!そこをどけ!」


唯一サミュエルおじいさんは両腕を振って、空気が漏れるようなかすれ声で叫んでいたが、暗くて顔の判別がつかない誰かに殴られて倒れ、僕からは見えなくなった。


「おじいさん!サミュエルおじいさん!!!

離して!僕じゃない!おじいさん!!!」


僕は声の限り叫んでもがいた。

すると一瞬、僕をつかむ手が緩み、その隙を見て僕は闇夜に駆けだした。


本当はおじいさんを探して助け起こしたかったが、僕がおじいさんのためにできることはおじいさんがいるであろう場所から離れることだけだ。

僕が悪魔と証明されたことで、おじいさんにその咎が飛び火する可能性も考えられるが、おじいさんを失えばこの村には薬屋がいなくなってしまう。

今回の僕のように、なにか決定的な証拠がない限り、おじいさんに命の危険は訪れないだろう…訪れないことを切に祈っている。

それよりも、今は僕がいるところに悪魔を祭り上げようとする村人たちが集まってきてしまう。

現に村では、そこここで、かがり火がたかれ、闇夜が明るく照らされ始めている。

これ以上、灯りが増えて、影が消えればどこへも逃げられなくなってしまう。


僕はおじいさんの無事を祈りながら、できる限り物陰に隠れつつ森に向かった。

この前のグリズリーに怯えて、村の人たちが森に入ってこないことを願っていた。


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