光の涙
・・・そろそろか・・・。突き出した握りかけている手のちからを緩める。私の周りは漆黒の闇・・・何も
ない・・・踏みしめる大地はおろか、呼吸のための大気すらない。今、私の在る場所は世に言う精
心世界と呼ばれるパラレルスペースだ。ユング・・・と言ったかな?‘現実に個として存在する人間
たちは精神の世界では一つにつながっている‘と言った者がいる。「魂の海」と名づけたようだ・・・
ここも、強引に解釈すればそういう所かもしれない。私が初めに来た当初は・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふぅ・・・やれやれ・・・また来たか・・・。
暗黒の空間。中空に佇む、全裸ながらも気品すら漂う容姿に微かに浮かぶ体全体から光る湯気の
ようなものその男の突き出す右腕の先には、距離は掴めないが目に見えて遠くと思える距離に光
る塊が在る。すると、そこから塊よりもはるかに小さいが、強い光が二つ、男に迫ってきた。男の姿
勢は変わらない。二つの光は壮健な白い翼をはばたかせた勇ましい男たちだ。二対一。男たちは
対峙した。
「彼の方よ、我ら人の心より光持つ者。我ら無くして人在る時代に光は在りません。どうか手をお引きください。」
「・・・その光がこの闇の中、なにが出来る?本来、私が手を出さずとも光はこうなる運命ではないのかな?」
「しかし、人が在る以上・・・」
「人が在る以上闇は止まらんよ。そして、それが全てだ!」
二人は黙ってしまう。
「私の結論に従えばいい。全ては暗黒・・・無に還るのだから・・・」
男の握りかけの手が再び閉じ始める。それを見た二人はとっさに振り返る。男の握
る速さと同じように光の塊は縮んでゆく。
うろたえる二人は意を決して怒りを顔に表したかと思うとほぼ同時に手を頭上にかざすと各々の手に光る剣が握られていた。
「彼方は、間違っている!!」
そう一喝し同時に男に飛び掛る。動かない男に容赦なく二振りの剣が襲う。その刹那。バキィィィン!
伸びた腕を狙った一振りが、首筋を狙ったもう一振りが鉄片を煌かせながら折れ切れた。
「・・・確かに、私は間違っているかも知れない・・・しかし、私の結論は正しいと信じている。それを実証してみせよう。」
二人はよもや太刀打ちできない事を悟り、力なく立ち尽くしている。
「どうした?・・・・在るべき光に戻るがいい。今、この場で死を得るよりもお前たちも我が意思の元、人と、星の逝く末を見届けるがいい。」
二人はしばらく黙っていたがそのまま無言で光へと戻っていった。
「・・・・・さて・・・ん?」
二人が戻っていった光の塊にふうっと人影が浮かぶ。塊を中心に白い衣をまとった
聖人の姿。
「彼方は・・・キリスト・・・か?」
人影は答える
「はい・・・星の意志よ・・・我らの、人の、万物の初源であり、全てである彼方に申し上げる。もうしばらく・・・時代を、人を、見守っていて下さらないでしょうか・・・」
「・・・と、いうと?」
「あなたが目の当たりにしてきた人類の退廃と興亡の繰り返しの中、他の種族にはない打撃を彼方は星として受けてこられた。しかし人はその繰り返しでも得ながらにして無くさない物も持っているのです。人が彼方たる星に在る限り、彼方たる星も消える事はない。私はそう信じています。どうか・・・」
「くふふ・・・」
「?」
「確かに、実際星たる私には星として存在しうる為には年数にして千を越える程の力がある。だがそれは人類の業を除いての計算だ。ま、それでも人類を含んだところで現状どうということではない。だが、私がここに在るので解るだろうが人類の心の大半は闇、実際ここは光の世界だったが私が軽く手を握っただけで彼方(光の世界)は小さくなっていった。それほどの闇を持つ人類がこの先、私になにをもたらすのか?どこに自分たちを、私を導くのか?それを考えると私の計算そのものも稚拙に思える・・・。形ある物はいつか消える・・・人類の言葉だ。しかしその終末に私は納得できないのだ。私は自らを生き長らえさせる為に命を創った、しかし、その命が私をおびやかし始めた。その不条理からの熟考の結論が、今なのだ。」
「その頑迷なる決意・・・私の言葉も届きはしないのですね・・・。我々をどうするおつもりなのですか?」
「人類にはこれからこれまでの贖罪を受けてもらう。私が人類を創り、その人類によって受けた傷を、人類にも負ってもらう。彼方方のように人類から創られた精神世界の闇には悪魔、と呼ばれる負の感情からなる者たちがいる。それらを野に放つ・・・それらに何をいうつもりもない。人類誕生当初、私も何も言わなかったのだから・・・しかし、きっと思惑通りになってくれるだろう・・・そんな気がする。ふふふ」
「そうですか・・・最後に、彼方の言う‘旅‘のなかで彼方は‘私‘であったことを覚えていますか?」
「ふむ・・・私は人類への干渉のなか様々に足跡を残してきた。その全てが思想から宗教といった形で現存している。問いに関しては覚えていないが、きっと彼方でもあったであろう確信はある。」
「・・・そうですか・・・我々は消されるのですね?」
「いや、消しはしない、隔離はさせてもらうがな。ユングの言う魂の海では精神の世界に存在するものも物理的世界に希少ながら影響があると言う。
彼方方(光の世界)を野放しにしても差し支えなさそうだがここまで来た以上消しはしないが封じさせてもらう。」
「ではここに来られた目的は?」
「精神世界を知るうえで私の意志におそらく敵対しかねない正の感情からなる光の世界を見ておきたかった・・・案の定、意にそぐわないにしろ敵、ともとれなかったが・・・」
「・・・星の意志たる彼方よ。彼方は正負の両端を見るよりむしろ、心そのものを見るべきでした・・・」
「・・・人類の創った言葉、それの意味する物。私の不関与なる物は私に害する物だという認識しかない・・・さて・・・語りも尽きた・・・私は現世にも動かねばならん・・・さらばだ。」
そういうと男は突き出した手を一度開き、目を見開いた刹那、ギュッと握った。光の塊に人影は消えていた。握ったと同時の瞬間、光は揺れながら
一瞬、米粒ほど小さくなったがそれが弾けるように膨らんで握られた時の大きさになるとその光と
は違う色の光がその塊をつつんでしまった。男は表情を戻しゆっくりと腕を下ろす。その時、その光の塊のはるか下に、とても小さな一滴の光が落ちるように消えたのを消えるまでみた。「・・・光の・・・涙か・・・弾けたとき破片(?)も飛び散ったからな・・・。しかし、あの一滴だけ、消えなかった・・・・・・・・・まあいい・・・次はいよいよ魔界だ。魔物を野に放つ為にも、手続きは踏まねばな・・・ふふふ」
男の姿は闇に溶けるようにきえていった・・・。物言わぬ、大気もない闇に月の光にすら及ばないほどに弱々しい光の塊が佇んでいる・・・あの時、零れ落ちた光の涙・・・。その涙は・・・そのまま消え行くのか・・・
その答えを待つかのようにも見える光の塊は静かに佇んでいる・・・。