裁きの爪痕
数年前、ある県で地震が起きた。その地震で津波が起きてその津波が
その街にあった原発の建屋を破壊して放射能を漏らした。
そのさまを遠くの街でテレビで見てた俺は
非日常クラスのその不幸を心から祝福した。
ネット掲示板に「あの街の周辺の人間は放射能に汚染されている」
と書き込んだりもした。どれだけ叩かれても、どれだけ批難されても。
真実だの実際だの事実だのは関係ない。その反応が面白かった。
一年前に首都圏での仕事が決まり、働き出して・・・昨日辞めた。
やな奴がいた。やな上司がいた。やないじめがあった。
ガキの頃からいじめられてきた。
同じ環境にいて同じように育ち、同じような生き方をしてきて
どうして俺はいじめられてきたんだろう?
特別裕福でもなかったが貧乏でもなかった。だから学校に行かずに済んだ。
通信教育で高校卒業の資格を取り25歳を過ぎて実家に居づらくなった。
俺がこうなったのは俺をこんなにした親のせいだ。学校のせいだ。
この社会のせいだ。
・・・なのに・・・なんで俺がこんな目に・・・?
男は目を覚ました。体中に刻まれた激痛、
激痛から発生する痒み。ひどい頭痛に身を起こす。
男の目にはほこり、煙の充満した知らない場所が広がっていた。
その日男は昨日やめた職場にはいかず、その職場に行うある決意を
実行するための用意をするためにあるものを買いにある店に行こうと
地下鉄をおり、地上に上がろうとしていた。その時に裁きは起こった。
男も異常には気がついていた。『人が多いな・・・』その異常に感じた感想。
男は過去からのトラウマから人間を恨んでいた。
『どっかいけよ!蛆虫どもめ!走ってんじゃねーよ!』
上がっていく人以上に降りてくる人間が多くその形相も一様に異様だった。
人を見ないこの男はその人々の顔を見なかったのが動作の決定を遅らせた。
いや・・・どう急ごうともどう何をしようとも手遅れではあったのだが。
悪魔の持ってきた核弾頭から1000m離れた地下鉄入口。
その周囲にも破壊の波は広がっていた。
男はなぜか入口途中でこの裁きによる光、破壊を受けたが
男の周りにガレキは少なかった。
周囲に建物が少なくかつ広場が手前にあったせいか
ガレキは散乱してしまっている。
だが広場だったからだろう人が密集し光と高熱を帯びた爆風を受け
人々は融解しながら死を迎えていた。男もまたその一人。
だがかろうじて息を吹き返すも、その命の先は見えていた。
この男だけじゃない。かろうじて命をとりとめた者も近くにいるようだ。
がそれはもう人とは呼べそうにない。
ひゅー、ひゅー。息なのか、
呼吸音が肉塊の中の耳のような形をしたところから聞こえる。
そこにはしばらく助けを求める声がそこかしこから聞こえていたが、
いまではうめき声が長い間をおきながら風が運ばれてくる。
ずちゃずちゃずちゃ・・・。粘り気のある何かが引き離される音。
何かが立ち上がってきた。あの男だった。
皮膚はただれ気持ち悪い色に変色し
何かとつながっていたかのように糸を引いている。
いつか書いた放射能を自分が受けることになっていることを
彼は気づくことはなかった。
自分に何が起こったのか未だに理解できてないが凄まじい痛み、痒み、
吐き気をどうにかしたい一心で起き上がってきた。
「お!元気なのがいるぞ!はははっ!」
「こりゃ~うまそうじゃないか!」
はっきりとした言葉が男の耳に聞こえてきた。
言葉の内容はどうでもよかった。
ただ普通にしゃべっている人間がいる。そこに行けばどうにかなる。
男はそう考える。力が入らない体。無理やり捻じ曲げているような感覚。
でも男はもう考えるという事をやめたようにただ声の方に体を引きずり始める。
左手が落ちた。人間だった床を埋まりながらも進み続ける男。
『邪魔なやつらどもめ。俺は助かるんだ!お前らみたいになってたまるか!』
男は少しずつ崩れ落ちる体に危機感を覚え始めた。
何が起きたか。自分に何が起きているのかは問題じゃない。
男はただ助かり、自分をいじめた復讐を成し遂げることを考えて
いまそこにある。その本懐を遂げることなく死んでしまうかもしれない。
それが男の危機感だった。何も見えなくなった男の視界。
笑い声だけを頼りに進んできた男の目だった器官に不思議なことが起こる。
何も見えない男の目におよそ人間には見えない肌の色をした。
中学生くらいの大きさの体に頭にツノが生えている生き物が
何かに座っているような姿勢で二匹、男を見ている。のが見えている。
背景も座っているのがなんなのかも見えてはいない。
「おお!ここまできたか!死に損なってるのにたいしたもんじゃないか!」
「ふぅん、この肉どもより美味そうだが・・・こいついい匂いしてるな」
一匹が男に近づいてくる。男は動かない。もう動けないだけなのだが。
『助けてくれ・・・助けてくれ!
死にたくない!あいつらより先には死にたくないんだ!』
もはや体も動かず異形の何かを目の当たりにしても
逃げることすらしなくなった男。だが女々しくも生にしがみつく理由。
人に復讐しようという気持ちが異形の二匹の興味を引いた。
一匹が男の頭に自分の額を付ける。
「ほうほう。なるほど。生きながらえる理由はこれか・・・。
普通の人間の憎しみの度を超えている。それで俺らに気づいてってとこだな」
「ほっといても死ぬだろ。さっさとそのまま食っちまおうぜ」
二匹目も近づいてきた。
『助けてくれ!痛い、気持ち悪い!
どうせ死ぬんならせめてあいつらを殺して死にたいんだ!
俺を認めないあいつら!俺を嫌うあいつら!
俺を見ない連中皆殺しにするんだ!』
額をつけている悪魔が薄らわらいを浮かべる。
「まぁ待て。こいつ。肉として食うよりよっぽど
美味そうな憎しみを持ってる。俺はこいつに力を持たせることにした」
「おいおい。融合するのか?そもそもできるのか?そいつそんな状態なのに」
「なぁに死んだら食っちまっていいぞ。
たまにいるこういう人間が楽しいんだよな~」
「俺らの目的は人間の絶滅だぞ?楽しんでていいのかよ?」
「なぁに心配いらねぇよ。お頭だって好きにしろって言ってたじゃねぇか」
「違ぇねぇ!はははははは!」
笑いながらの会話の中、男の思考はその全てを耳に入れながらもただ一点。
―自分を見ない人間どもを皆殺しにする―
で止まっていた。
「おい、人間、今苦しかろうがこれからもうちょっと苦しくなるぞ。
それでもその気持ち持ててたらお前ののぞみは叶うだろう。
いいか?死ぬなよ?」
そう言うと悪魔は男の口だった部分を思い切り引き裂き、
中へと自分の体を押し入れていった。
『!!ぎゃあああああああああああ!!』
突然の今までの痛みとは違う激痛が顔に広がる。
この一瞬の衝撃で絶命してもおかしくないほどの痛み。
男の顔の部分はすでに鼻から上は頭の皮膚にぶら下がったような状態だ。
生きていてはおかしい状態。その中に悪魔の一匹はズルズルと入っていく。
数センチ感覚で入る度、直立のままの男の体はビクッビクっと痙攣する。
『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない』
男の心を占める言葉が悪魔にも伝わってくる。
その言葉に浮かび上がるのは自分をいじめながらなのだろう
ある男たちが下卑た笑いを浮かべながら蔑んで見下している光景だった。
その光景がだんだん遠ざかっていく・・・。そして。
男は目を覚ました。さっきまでの苦しみを感じていない。
今いる場所がどこかも考えない。この直前まで何があったのかも考えない。
次の日の朝。のような感覚。ぼーっとする頭。
目の前に広がるのは雲一つない星空。男はゆっくり起き上がる。
男は以前太っていたが、そんな感じをさせないほどなめらかに
上半身だけゆっくり起き上がる。所々まだうめき声が聞こえる。
膝を曲げ男はその場で起き上がる。あたりを見渡す。真っ暗である。
光は何一つない。だが男には不思議と周りが全て見えている。
光がなくとも周りの瓦礫や何かの肉塊を避けながら足を動かす。
すぐに止まる。左手を顔まで持ち上げる。続いて右手も上がる。
男は自分のもののようには見えない自分の両手を見て。
「生きてる・・・ふふ、はははははははははは!」
笑った。
「裁き・・・悪魔が出てきて人間を皆殺しにする世の中・・・。
ははは!どこの中二病だよ!なんだそりゃあ!?あはははははは!」
音もない暗いがれきの中で男の一人叫びがこだまする。
悪魔のもっていた情報が男の中に入ったことで男はこの状況を理解した。
笑い声が途絶える。
男の顔に笑が消えおもむろにそこらにあった瓦礫を掴んで持ち上げる。
ガラガラ。男と大して変わらない大きさの瓦礫が片手で持ち上がる。
瓦礫を見つめ何かを念じると
コンクリートを多く含んでいるはずの瓦礫が燃え始める。
しかし男は手を離さない。燃え盛り出す瓦礫。
男の視線が瓦礫から斜め上に変わる。
ブォン!
燃え盛る瓦礫を視線の方向に投げる。凄まじい勢いで投げられた瓦礫は
一固まりのまま風圧で炎を消しながらどこかに飛んでいった。
「・・・すげえ・・・すげえ!すげえすげえすげえええええ!!!」
再び叫び声。
「俺の力すげえ!俺の強さすげえ!人間を殺す。あいつらを殺す!
俺ならできる!どいつもこいつも皆殺しだ!この力ならなんだってできる!」
男の殺戮劇は・・・この直後幕を上げることなく終わる。
「この力であいつらを殺して、そして・・・そしてあの娘に・・・」
男の復讐心は自分の中の
気づいていても認めたくない非力さが憎しみとして増幅させていた。
その復讐心はいじめが原因ではあったがそのいじめの中に
男にはある女性への気持ちがあった。
いじめを克服できたらあの女性も振り向いてくれるかもしれない。
無論完全な妄想である。
だが復讐心の影にあったその女性への気持ちが男の復讐心と
悪魔の力を結びつけた何かに不具合を生んだ。
「はははは!俺の力であいつらを殺して・・・うぁっ!なんだ?」
男は急にうずくまる。胸の中心を押さえて息も絶え絶えにしている。
「なんだ・・・?なんでいきなり・・・俺は悪魔にな・・・て」
たまらず身悶えする男。
「なんでなんでなんで、いででだあぁ~~!!ぐぅあ゛あ゛あ゛!!!」
のたうちまわる男の胸が大きく膨れ上がる。何もできなくなる男。
「死にたくない死にたくなああああああああ!!」
バチャァァン!!
膨張しきった胸が水風船のように破裂した。
瓦礫が血だらけになるも星空の弱い光には
黒く映るだけ。そもそもそれを目の当たりにする視線がそこには・・・。
「あ~あ・・・ああなったか・・・。」
巨大な血だまりを見つめる視線。一匹の悪魔がため息混じりにつぶやく。
「これで俺ひとりか・・・。
放射能の中でまだ死にきってない肉を喰らいながら
憎しみや欲望の力あるものに身を捧げて力を与えてもなぁ~」
悪魔は血だまりに近づいてゆく。
「人間てなぁ、どれだけ憎しみを持ってても
心のどっかになにかしら良心ってのがあるんだ。
憎しみの真っ只中にいるときはまだいいが
人間は時々振り返りやがる。それが面倒くさい。
その良心に触れた瞬間、魔力が逆流して・・・
ドーン・・・やれやれだな全く・・・」
悪魔は血だまりにたどり着くとその血だまりをすすり始めた。
「まぁ、それが人間か・・・じきに放射能も落ち着く。
まだ仲間増やさないとな~」
裁きによる爪痕は人類に深くえぐられていた。そして徐々に広がってゆく。
裁きの起きた都市部でのひとコマのようすです。
冒頭の内容は実物の内容と関係はございません。あしからず。
人を恨んだりする人間の陰険さを出すためにこういう内容になりましたが
ご了承ください。次回はいよいよ覚醒編最終回です。